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・妹は同級生 - ハラペコーデリア -

「まあっ! お肉っ、朝から鶏肉のバターソテーですわよ、リチェルちゃん!」

「ほんとーっ!? リチェル、ここのお肉好き! ほわぁぁ、いい匂い……っ」


 小学生か、お前らは。


 大きなパンと鶏のバターソテー。

 蒸しキャベツと豆のサラダをトレイに受け取って、俺たちは食堂の一角に腰を落とした。


 やる気のある生徒はもう食器を片付けて、自主練のために食堂を出て行く。


 リチェルとコーデリアとの縁がなかったら、俺もあっち側だったろうな。


「はぁぁぁ……っっ! 入って、よかった……マレニア、魔術院……っ!」

「飯食うだけでそれだけ言えるんだから、大したもんだよ、お前」


「うふふふっ、今のわたくしに皮肉は効きませんわーっ! ああっ、鶏の脂と上等なバターが舌にとろけて……はっ、はぁぁ……っっ」

「ごめんなさい、コーちゃん。お肉は、残せないかも……」


「いいんですのよ……。わたくし、豆一粒でも残して下されば、むせび泣いて喜びますのよ……」


 濃いな……。

 いや、味ではなく、マレニアの生徒たちの個性が。

 イザヤはもっと真面目というか、普通のやつばかりだった。


 騒がしい友人と言葉を交わしながら、とろけるほどに美味い鶏肉でパンをほおばっていった。


 年上の食事のペースに合わせようと、一生懸命食べるリチェルが愛らしかった。


「身体を動かすからか、こっちに来てからというもの飯が美味い。ごちそうさま」

「あらっ、あらあらっ、では……失礼っ♪」


 一通り平らげると、コーデリアは人の食器にひょいと手を伸ばして、視力弱者の食べ残しを拝借した。

 まあ、今に始まったことではなかった。


「ごちそーさま……。やっぱり、食べ切れなかった……コーちゃん、お願い……」

「まあっ!? こんなによろしいんですのーっ!?」

「いいから食え、うっとうしい……」


 コーデリアはこの通りの女性だが、リチェルが大変お世話になっている。

 モリモリと食事を平らげる音をBGMに、俺は食堂に置かれていた新聞を開いた。


 ド近眼につき、顔面から10cmの距離で。

 活字の上の世界はぼやけたり、見間違えたりしなくていい。

 記者は嘘を吐くかもしれないが、文字は嘘を吐かない。


「お、迷宮攻略に成功したパーティが出たらしいぞ。クルト教官の今日の話題はこれだな」

「まあ美味しそう――あら、間違えましたわ。わたくしたちも負けてられませんわね」


 コーデリアのその返しに、俺は新聞を顔から遠ざけた。


「なんだ、まさかお前も迷宮を攻略して、領主になりたいのか?」

「ええ、まあ……」


「子爵さんの娘なのにか?」


 コーデリアは問いかけに黙り込んだ。

 銀色に光るフォークを口にくわえたまま、食事の手を止めてしまっていた。


「…………ずっとお二人に黙っておりましたが、実は、わたくし……。わたくしの実家は、凄くっ、貧乏なんですの……っ!!」


「それは知らなんだ」

「リ、リチェルも……気付かなかった……かも……?」


 うちの妹はいい子だな。

 まだ11歳なのに人に気を使うとか、やはりうちの妹はただ者ではない。


 コーデリア・ハラペからは化粧や香水、保湿クリームの匂いが一切しない女性だった。


「困窮のあまり、我がハラペ子爵家は、土地も全て手放してしまっておりまして……」

「そりゃ詰んでるな」

「お兄ちゃん……っ」


 リチェルが身を寄せて抗議して来た。

 俺は友達思いで偉いその子の頭を撫でた。

 するとリチェルは猫みたいになった。


「お父様もお母様も仕事をえり好みしてまともに働こうともせず……。もはやこうなったらっ、わたくしがっ、このわたくしがお家を再興させる他にないのですわーっっ!」


 彼女に1つ聞きたい。

 席を立ち、フォークを天にかざす必要性はあるのだろうか、と。


「笑われるかもしれないが、俺も迷宮攻略が夢だ」

「あら……? ですけど、ご実家は領主一族と(うかが)いましてよ……?」


「家はリチェルが継ぐ。領地なんて継いだら、冒険者をする楽しみが台無しだ」

「みんなのお家は、リチェルが守りますっ!」


「おお、頼もしい女領主様だ。きっとリチェルは、領民に愛される伝説的な領主様になるぞ」


 再びリチェルを撫で撫でして褒めまくった。

 うむ、このサラサラ感。

 やはり全てが素晴らしいと言わざるをえないな、うちの妹は。


「でへへ……お兄ちゃん、ありがとうっ」

「ますます貴方が信じられませんわ……。みすみす、自ら将来の安定を手放すだなんて、とて――」


 そこで予鈴が鳴ってしまった。

 いいところだったが、この話はここまでのようだ。


「そろそろ教室に行こう。早く食え」

「コーちゃん、もう食べ終わってるよー」


「なっ、早……っ」

「この程度余裕ですわっ!」


 俺たちは食器を片付けて、教室1-Cに移動した。

 そこでクルト先生の下手くそな座学を受ける。

 それが俺たちのいつもの朝だった。

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