・妹は同級生 - 牛さんより大きい! -
翌年の春、俺はリチェルと手を繋いで故郷を出た。
ろくすっぽ前が見えなくて難儀した街道を、リチェルに導かれて歩くのはとてもいい気分だった。
「えへへー、お兄ちゃんと、同じ学校! 同じ学校だよ、お兄ちゃん!」
「なんか夢みたいだな」
数え年で俺は18歳、7つ下のリチェルは11歳を迎えた。
歳は離れているがこれからは同級生だ。
「うんっ、ずっと夢だった! セラ先生、ありがとうだね!」
「はは、俺はハメられた側だけどな」
兄妹で気ままに歩いてゆくと、やがてトラム駅に着いた。
さてリチェルはどんな反応をしてくれるかな。
「お、お兄ちゃん大変大変っ!! 牛さんより大きいのがっ、動いてるよーっ!?」
「リチェル、牛を基準にすると田舎者だと思われるぞ。気持ちはわかるけどほどほどにな」
最後まで言い切る前に視界からリチェルが消えた。
「初めましてっ! あのおっきいのに乗りたいのです! お兄ちゃんとリチェルを乗せて下さい!」
リチェルは駅員の前に駆けて行って、そうお願いした。
俺の妹は礼儀正しいな。
少し恥ずかしいが、俺の妹がすることに間違いはない。
「おや、かわいいお嬢さんだね。魔導トラムは無料だよ、気を付けて乗るようにね」
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん大変大変っ、あれっ、無料だってーっ!!」
「あ、ああ……。リチェル、声はもう少し小さくな?」
「うんっ! 教えてくれて、ありがとう、おじさん!」
「楽しい旅を」
トラム駅のベンチで次のトラムを待った。
やがて軌道を鳴らしてトラムがやって来ると、リチェルの手を引いて乗り込んだ。
俺たち乗客が乗り込むと運転手がトラムを発進させる。
やわらかな風が頬を撫で始めた。
「ほ、ほわぁぁぁ……っ?!」
「リチェル、他のお客さんに迷惑だぞ」
「で、でもっ、でも凄いよ、お兄ちゃんっ! おっきいのがっ、牛さんより大きいのが動いてるっ!」
「そりゃトラムだしな。ほら座れ、立ってると落っこちるぞ」
そう警告すると、リチェルは兄の膝に座ろうとした。
さも当然と。
「いや、リチェル、人前でそれはまずい」
「え、なんでー?」
「なんでって……ちょっと仲が良過ぎるだろう? しかし似合うな」
人の膝に座ろうとするものだから、リチェルの制服に目の焦点が合った。
「えへへ……お兄ちゃん、もう50回くらいそれ言ってるよーっ!」
今日からリチェルは学生服だ。
ブレザーに魔法使いらしいマントを羽織って、学生帽子をかぶっている。
まるでアメリカの大学の卒業式みたいな帽子だった。
「言わずにはいられないんだ。うちの妹は世界で1番――いや、人前で言う言葉じゃないな、これは」
とにかくリチェルを隣に座らせて、あまりはしゃぐなと唇の前に人差し指を立てた。
転入を決めたのは正しかった。
こんな子を1人で王都に行かせられない。俺が面倒を見なければ、悪いやつにさらわれたり、騙されたりするに決まっている。
ああ、考えるだけでも肩がゾワゾワする……!
「いいか、リチェル。少しでも嫌だと感じる同級生がいたら、お兄ちゃんに言うんだ」
「うんっ。でも、なんでー?」
「それは、その子とお兄ちゃんが仲良しになるためだよ。そしたらその子も、リチェルと仲良しになれるだろう?」
「う、うん……」
うちの妹は天才だ。
いずれ必ずやっかまれる。
おまけにかわいくて性格がいいのだから、トラブルが起きないはずがない!
リチェルに少しでも妙なことをするやつがいれば、俺が排除する他にない……。
「それよりリチェル、目の前の風景をお兄ちゃんに語ってくれないか? さっきからがんばってはいるんだが、やはり、なんにも見えん……」
「うんっ、いいよー! あのね、今は青い小麦畑が見える! そよそよーって、風が見えるの!」
「おお、いいな、リチェルが言うと目に浮かぶようだ」
「えへへ……そうでしょー!」
「だけどもう少し、小さい声で頼むな」
他の乗客からすれば迷惑だったかもしれないが、俺たち兄妹にとってはとても楽しいトラムの旅になった。
2年前のあの日は何も見えなかったが、今日はハッキリと俺の目にも車窓が見えた。




