【幕間】コレットの華麗な寮生活
ブランシュ・オトテールの専属メイドであるコレットの朝は早い。日も昇らぬまだ薄暗いうちに起きだし、手早く身だしなみを整える。
魔術学院ソルシエールの寮に入寮している生徒は、使用人を連れてくることが許可されている。
使用人の部屋は仕える生徒の部屋とつながっており、お嬢様またはお坊ちゃまに何かあればすぐに駆け付けることが出来という訳だ。
使用人部屋は生徒の部屋に比べかなり狭く、ベッドと作業机がある程度の簡素な造りだ。
上流階級のお嬢様、お坊ちゃまの使用人となれば彼ら彼女らもまた貴族の出であることも多く、狭苦しい部屋に文句を言う使用人も少なくはない。
だが平民の出であるコレットとしては自室があるだけでも十分だった。実家では、たいして変わらない広さの部屋に姉弟三人雑魚寝だ。自分専用のベッドも作業机も存在しない。
それどころか寝相の悪い妹に、蹴られては変な時間に目が醒める毎日だった(コレットも寝相がいいわけではないのでお互い様なのだが)。
扉一枚でつながったブランシュの部屋へと向かうと、真っ先行うのはブランシュを起こすことだ。
頭まで布団をかぶっており寝顔は見えないが、はみ出た艶やかな黒髪がチョコりとわずかに垣間見える。
「お嬢様、朝です。おはようございます」
「う~ん……」
間接照明魔導具に明かりを灯し、声をかけるとくぐもった声が布団の中から聞こえてきた。
コレットはこれ以上声をかけることなく、踵を返すとカーテンと窓を開ける。爽やかな風と共に、眩い朝日が差し込んできた。
「おはよう、これっと」
主人の声に振り向くと、ベッドの上に身を起こしたブランシュが目を擦りながらこちらを向いている。
ブランシュの寝起きは基本悪くない。大抵一声かけるだけで目を覚ます。二度寝することはないので、起床に関してコレットは苦労はしたことはなかった。
しかしそれは起床に関してだけ。問題はこれからだ。今の段階は反射的に体が覚醒しただけの状態。頭はまだ寝たまま。
今も何をするでもなく、ぼんやりと壁を見つめて佇んでいる。見つめていると言っても、ほとんど瞼は閉じている状態なので見えてはいないだろう。
こんな夢うつつ状態のブランシュの手を引き洗面所まで連れて行っては顔を洗わせる。顔さえ洗ってしまえば、水の冷たさで多少は目が冴えるので後は心配ない。
最初の頃は起きたから大丈夫だと言われて本人に任せて他の仕事をしていたら、戻った時にはゴミ箱に脚を突っ込んだまま床に寝ころんで二度寝していた。
おそらく寝ぼけたまま洗面所まで行こうとして、ゴミ箱に突っ込んでしまいそのまま転んでしまったのだろう。
またある時、ベッドの角に脚をぶつけて小指を真っ赤に腫れあがらせたこともある。
それからはそんなことが無いように顔を洗いはじめるまでは必ず一緒についていくことにしたコレットだった。
メイド仲間の話では何度声をかけても起きず、起きたと思って目を話せばいつの間にやら二度寝しているなんてこともよくあるらしくブランシュはまだましなほうだ。
酷いものになれば、自分が起きれないことを棚に上げて使用人のせいにしてくる主人もいるらしく、その点ではコレットは毎度羨ましがられる。
ブランシュが顔を洗っている間に、コレットは着替えを用意しておく。取り出したのは見慣れた制服、ではない。動きやすさを重視した簡素な服装だった。
ブランシュは朝起きて一番にジョギングをするのが日課になっている。とはいっても体の弱いブランシュが、雨や雪にさらされれば風邪をひきかねないので雨、雪の日以外になるのだけれど。
幸いに今日は晴れており、風もなく日差しもまだ強くないのでジョギングにぴったりの天気だ。
運動用の服に着替えたブランシュと共にコレットもジョギングへと向かう。これはオトテール領にいた時から続けられていることだ。
ブランシュが師匠である、ダヴィド・バロワンに課せられたことだ。コレットとしては、初対面でブランシュを踏みつけた人物など信用に値しないし、正直な話嫌い以外の何物でもないのだけど、
病弱ですぐに倒れていたブランシュが、バロワンに与えられた課題を毎日やるようになっていくらか健康になったことに対してはそれなりに評価はしている。
未だに嫌いなままだけれど。
ジョギングのコースは毎朝同じだ。寮の前からスタートして、隣接している学院の周りをぐるっと回って寮まで帰る。
寮まで戻ってきたら、柔軟体操や筋トレを行い朝の日課はこれで終わりだ。
春が過ぎ初夏に差し掛かった今の季節、ほんのり汗をかいている。
もう少し暑くなったら、飲み物を持参するべきだろうなんて考えながらブランシュを部屋に備え付けられているシャワー室へと見送った。
ブランシュが汗を流している間に手早く着替えたコレットは、着替えを用意して脱衣所へと置き、朝食の準備へと取り掛かる。
とはいっても、食堂にすでに準備されているものを部屋へと運ぶだけだ。
寮には食堂があり、生徒たちの朝食と夕食はそこで用意されている。とはいっても必ず食堂で食べなければいけないという訳ではなく、自室でとる生徒も多い。特に朝は忙しいためか、食堂の利用率は低めだ。
ブランシュも同様に朝食は基本自室でとるようにしている。
「ブランシュお嬢様、本日の朝食はオムレツとブロッコリーのサラダとオニオンスープです。パンはお嬢様のお好きなクロワッサンですよ」
「相変わらず朝から豪華だね。食べきれるかな……」
小食のブランシュだが、特に朝は食べれる量が少ない。オトテール領にいた時にはスープのみやフルーツのみなんてこともざらだった。
しかし朝の運動を始めてからは、比較的朝食の量も増えた。とはいっても同性代の女子に比べたらまだまだ小食であることには変わりないので、前もって厨房には量は減らしてもらうように頼んでいた。
「ちゃんと食べないと、お昼まで持ちませんよ」
コップに注いだミルクを差しだすと、受け取ったブランシュは一気にあおる。
「お嬢様は本当にミルクがお好きですね」
「特別好きってわけじゃないけど……、身長伸ばしたいし」
コレットは知っている。ブランシュが魔術学院ソルシエールに入学して執拗にミルクを飲むようになった理由を。
同学年の中でブランシュが一番身長が低いからだ。入学試験の際に紛れ込んだ子どもと間違われてしまったことが酷くショックだったようだ。
オトテール領では同性の同世代の子どもとの交流はほとんどなかったので気にしたことはなかったのだけれど、同世代ばかりが集う学校だとどうしても気になってしまうようだ。
コレットとしては小柄なお嬢様は可愛いと思っているので、あまり大きくなりすぎないでほしいのが本音である。当然そんなことはおくびにも出さない。
朝食が終わると、ブランシュの身支度を整えて学院へと送り出す。
これで朝のコレットの仕事は終わりと言っても過言ではないだろう。
いや、午前中の仕事はまだまだあるので過言ではあるのだが、コレットとしては自らのお嬢様を送り出すまでが一大行事だと思っているので、あとは大したことではない。
主人を送り出したところで、ようやくコレットの朝食の時間となる。
使用人たちは寮生とは別の食堂、使用人専用の食堂がありそこで食事をする決まりとなっている。
今日の朝食は食パン、ボイルソーセージ、簡素なサラダ、具のないスープ。飲み物は水かミルクだ。寮生の朝食に比べると簡素なものだが、毎日ちゃんとした食事を食べられるのはありがたい。
オトテール領は農家が多いので、野菜に困るなんてことはなかったが乳製品や肉類はめったに手に入らなかった。何日もパンと野菜のみなんてことは日常茶飯事だった。
たまにお屋敷のあまりものを貰って帰る時もあったけれど、そんなときは姉弟で喧嘩が勃発した。大体が体の大きさと身体能力を駆使して、コレットが弟妹から奪い取っていた。後で母親に怒られるまでがワンセットだったが。
そんな貧相な食事とは違い、寮では少ないながらも毎日乳製品や肉類 (稀に魚介類になるときもある)を食べられるのだ。実家では考えられないことだった。
今日もコレットはソーセージを食べながら幸せをかみしめるのだった。
朝食が終わったあとは部屋の掃除。その後は洗濯だ。洗濯籠いっぱいに衣服やらシーツやらを詰め込み外の水場へと向かう。
洗濯魔導具が備え付けられている洗濯部屋も存在しているが、そう言ったものは身分が高い寮生の使用人が使うことになっている。
学院の生徒間では建前だけでも身分は関係ないと言われているが、使用人たちはそうではない。何をやるにしても身分が関係してくる。
とはいってもそう言う規則があるわけではない。暗黙の了解だ。
主人が田舎貴族であることに加えて、自身が平民であるコレットはかなり下の方に入る。だからと言って特にいじめなんてものは存在せず、ただ不便であるだけなのでコレットは特に気にしてはいなかった。
主であるブランシュに迷惑がかかるようであれば烈火のごとくに怒るだろうけれど、自分が不便を強いられるだけなら特に問題はない。
それ以前に洗濯部屋を使えないくらいで不便だなんて全く思ってもいない。実家でもオトテール家でも洗濯魔導具なんて高価なものはなかったのだから、手洗いは当たり前だった。
洗濯部屋の魔導具の数はたいして多くはない。しかし寮にはその何倍もの生徒が暮らしている。よって洗濯魔導具の使えない残りの使用人たちは水場に詰めかけるのだ。
「私は伯爵家のメイドなのよ! 譲りなさいよ」
「没落寸前のくせに何を言っているの? 私が先に並んでいたのよ!」
水場は外にあるために広さだけはかなりあるが、そこに置かれている水を出す魔導具にはこれまた限りがある。洗濯魔導具よりも数は多いが、いかんせん使用人たちの方が多く全く数が足りない現状だ。
それを踏まえて他の仕事を先にして、時間をずらすものもいるがそうすると次は、日が落ちるまでに洗濯物が乾ききらない。今は初夏なのでまだ間に合うが、秋を過ぎると昼前に洗濯を終わらせないといけない。
だがコレットにはそんなことは関係なかった。水の魔導具の争奪戦をする使用人たちを横目に盥を片手に通り過ぎ、開いたスペースに荷物を下ろした。
盥の中に洗濯物を入れると、手を翳す。すると少しずつだが、盥に水がたまり始めた。魔法で水が出せるコレットには水を出す魔導具は必要ない。
「コレット―。私もお水ちょうだい」
ある程度盥に水を溜めて、持参した石鹸を洗濯物にこすりつけていると声をかけられた。そばかすが特徴的なくせ毛の少女。歳はコレットとさほど変わらないように見える。
「エマか。いいよ、盥出して」
「ありがとー」
名前はエマ。それほど爵位も高くない地方貴族のお嬢様の使用人だ。コレットと同じく彼女もまた平民である。
エマの主も今年学院に入学したばかりで、部屋も近く顔も合わせることが多かったので今ではコレットの仲のいい友人の一人だ。
「すごいね、魔法使えて。メイドなんかやめて入学試験受けちゃえば良かったのに。コレットなら入れたよ、絶対に」
盥に水がたまるのを待ちながらエマがそんなことを口にした。
オトテール領にいる間は知らなかったけれど、魔法とは皆が皆使えるものではないらしい。周りを見渡すと、コレット以外にも魔導具を待たずに水を出すものも複数いるが、そのほとんどが携帯式の魔導具を使っている。
自らの魔法で水を出すものなどコレットくらいしかいない。それほど使用人の間では魔法を使えるものは珍しいのだ。
理由としては先ほどエマが言ったように、魔法が使えれば魔法学校に入ることが出来るからだ。
魔法が使えるものは珍しく、どんな魔法でも使えるというだけで魔法学校に入学することが可能だろう。コレットのように、安定して魔法が使えるものは特待生として入学できるので平民でも金銭の心配はない。
魔術学院ソルシエールの場合は制服などのこまごまとしたものは自腹になるので平民の率は少ないが、全ての費用学校持ちという太っ腹な魔法学校もあり、そちらは平民の生徒もかなり多い。
寮に出入りする商人に魔法が使えると知られた際には、そちらの魔法学校に伝手があるからと誘われたこともあるが丁重にお断りした。
理由としてはブランシュに仕えるのが最優先だからとか、勉強が嫌いだとか色々理由はあるけれど一番の理由は、
「アタシなんかより、ブランシュお嬢様の方がすごいから」
この一言に尽きる。
「コレットのことのお嬢様はAクラスなんだっけ? それだと確かに敵わないかもしれないけどさ、別に戦う訳でもないし、関係ないって。将来的に魔術師になった方がいいって。絶対に!」
「それじゃダメ! ブランシュお嬢様の偉業は全てこの目に納めなければいけないの! そのためにアタシはお嬢様の専属メイドをやっているわけで、傍を離れるわけにはいかないのよ。本当なら常にお傍で見守りたいぐらいなのに、学院内には使用人を連れて行けないなんて、そんなことってある!? ああ、こうしている間にもお嬢様が何かしらすごいことを成し遂げているんじゃないと思うと今すぐ飛び出していきたくなる!!」
「そ、そう……」
あまりのコレットの熱量にエマは少しだけひいた。
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洗濯が終われば、部屋の掃除とベッドメイキング。
毎日掃除をしているのでたいしてやることはないが、主人に快適に過ごしてもらうために手を抜いたことなど一度もない。
隅から隅までしつこいほどに掃除する。ホコリ一つでも落ちている訳にはいかない。
もちろんこれはコレットが自主的にやっているだけのことなので、ブランシュがやるように命じているわけではない。むしろ毎日コレットが大掃除並みの掃除をしているなんてことすら知らない。
コレットとしてはブランシュに快適に過ごしてほしいだけなので、わかってもらいたいなんて全く思っていない。きっとブランシュが気が付くことは一生無いだろう。
正午を過ぎれば昼食だ。
今日のメニューは食パン、ベーコンエッグ、簡素なサラダ、具のないスープ。朝食とたいして変わらない。
「コレット、隣あいてる?」
声をかけてきたのは、先ほど顔を合わせたばかりのエマ。
昼には一斉に人が食堂に詰めかけるので、空席を探すのが大変だ。運よくコレットの隣が開いているのを見かけてやってきたようだ。
「どうぞー」
返事を返すと、素早くコレットの隣に座るエマ。手にしたトレイの中身はコレットのものと全く同じだ。
「あー、玉ねぎ入ってる! 私嫌いなんだよね。はい、あげる」
「はいはい」
慣れた様子で、自身の皿から器用に玉ねぎだけをコレットの皿に移すエマ。好き嫌いの多いエマとは違い、コレットはなんでも食べるのでこうやって嫌いなものを押し付けられるのはいつものことだった。
「あー、エマってばまたコレットに嫌いなモノ押し付けてる! そんなんだからいつまでたっても小さいままなんだよ」
呆れた顔でエマたちを見るのは、メイド仲間のアンナ。彼女の主人はブランシュの一つ上の二年生だが、洗濯の際に魔法で水を出してあげたことで今ではよく話す仲だ。
「私は小さくてかわいい方が似合っているからいいんですー」
「身長はともかく、胸も小さいままだよー。私程はいかないにしても、コレットぐらいはあった方がいいって。ねぇ、アンタもそう思うでしょ?」
先ほどまで座っていた人が退き、運よく開いた席に滑り込みながらコレットに話を振るアンナ。その胸元はこの三人の中では一番豊かだ。
「どっちでもいいよ」
さも興味がありませんとばかりに適当に返すコレット。しかしそこでふと、思った。これがお嬢様だったらどうかと。
出会ったころは痩せすぎでガリガリの鶏ガラみたいだったブランシュだが、今はコレットの献身によって以前に比べて肉付きはよくなった。とはいっても多少ましになったという程度だが。
好き嫌い自体はあまりないブランシュだけれど、胃が弱くあまり油気の多いものを好んで食べない。その上肉より野菜派だ。全く食べないわけではないし、出されたら食べるが多くは食べられないためにサラダでお腹いっぱいなんてことも多かった。
このままではいけないと、コレットは料理長に相談して食事の改革を行った。
まずサラダ。野菜を取らないのは体によくないが、逆に野菜だけでもよろしくない。かといってドーンと肉の塊を出されても一切れ二切れしか食べないのは目に見えている。
これが上の兄二人となればペロリ飛べて尚且つおかわりも催促してくるので、「女の子は難しい」と料理長 (兄弟は男のみ&子どもは息子二人)は嘆いていたけれど、ブランシュが特殊なだけだろう。
現にコレットは実家で肉料理が出ると、姉弟三人で取り分について喧嘩していた。むしろブランシュに仕えるまで人類は皆野菜よりも肉が好きなのだと思い込んでいたくらいだ。
そんな肉を好まないブランシュために考え出したサラダとは、『鳥のささ身の温野菜サラダ』だ。
肉類の中でも胃に消化のしやすい鳥のささ身。さらに野菜は茹でて火を通すことで胃に優しくしている。これは食べやすいとブランに大変好評だった。
その次に間食を増やす。とはいってもあまり増やしすぎると食事に影響が及ぶ。よって少量でもカロリーの多いナッツ系をメインで出すようにした。
栄養補給にもなるため体にもいいと料理長は言っていた。
そんな二人の献身で平均よりやや細身というところまで成長したブランシュの体形だけれど、胸囲に関してはいっこうに成長していない。同世代の女性に比べたらかなりささやかな方に分類されるだろう。
だがまだ十二歳だ。これから成長する可能性もないこともない。
コレット個人の意見としては、女性の価値は胸の大きさではないと思っている。ブランシュの良さはそんな俗物的なものではないし、そんなものに頼らなくともいいところはたくさんある。
だがしかし、今でこそ多少マシになった鳥ガラのブランシュであるけれど、成長したらどうなるかはこれから次第だ。と、いうことで成長したブランシュを想像してみた。
「今のまま成長して細身なままのブランシュお嬢様も可愛らしいけれど、肉付きよく成長されて豊満でセクシーなブランシュお嬢様も捨てがたい……。あ~、悩む!」
ようはブランシュなら何でもいいコレットであった。
「ハイハイ」
「出たよ、ブランシュお嬢様! なーんでそこまで自分の主人の事好きになれるのかね? 私はあくまで雇われているから、給料分だけ使えているって感じだけどさ、コレットはもう病気と言っても変わりないよね」
呆れた様子でぼやくアンナにコレットはピクリと反応を示す。
「アタシがブランシュお嬢様にどうして魂をささげるかに至った経緯を聞きたいってこと? そこまで言うなら存分に聞かせてあげましょう! そう、あれは一年半ほど前のこと……」
「その話長くなる感じ?」
「食べ終わったから食器返してくるねー」
「あ、ズルい。一人で逃げるな!」
話が長くなると悟ったエマはアンナを見捨ててさっさと席を立つ。取り残されたアンナは昼休憩の間中コレットのお嬢様話を聞く羽目になった。
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昼ご飯を食べた後のメイドたちは案外ひまだ。
屋敷にいた頃は広い庭の掃除や買い出しなどあったが、寮では学院に雇われたハウスキーパーがいるので生徒たちが連れて来たメイドたちの仕事ではない。
この時間帯、貴族出のメイドたちは簡易的なお茶会を開いてうわさ話に花を咲かせている。
だがお茶会など微塵も興味のないコレットが何をやっているのかと言えば、
「今日モ、来たネ。コレット」
寮の裏庭に向かい合う二人のメイド。その一人は軽装に身を包んだコレット。
もう一人は異国の軽装を着た、長い三つ編みが特徴的な長身の女性。
彼女の名前は品妤。ヴェリテヴィオー王国の遥か東にある、柳蘭国から来た留学生が連れて来た使用人だ。
彼女は武術の名人であり、メイドとしての仕事だけでなく護衛の役割も兼ねている。
「師匠、今日もよろしくお願いします!」
剣術、柔術、弓術などあらゆる武術を身に着けている品妤だが、一番得意としているのは槍術だ。
さすがに本物の槍を使用するわけにはいかないので、お互い手にしているものは何の変哲もない木の棒。壊れて使えなくなったモップの柄を槍に見立てて使っているのだ。
コレットの仕事はブランシュの身の回りの世話である。品妤とは違い護衛の仕事は含まれていない。
しかしブランシュが学院で頑張っている間に自分だけがのんびりお茶している訳にはいかないと、何かできることがないかと考えたコレットは、体が弱いブランシュに万が一何かあった際に護れるようにと品妤に頼み込んで手ほどきを受けている。
単純に頭を使うことは苦手なので、体を動かすことを選んだだけなのだが。
真っすぐに胴を狙って突きに言ったコレット。しかし品妤はいとも簡単にいなして見せた。
「甘いネ、コレット。狙いバレバレヨ」
二人の訓練は生徒たちが帰ってくるまで続けられた。
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夕方近くになれば、授業を終えた生徒たちが帰宅してくる。
寄り道などほとんどしないブランシュの帰りはいつも早い。
自由な時間が減るからと言って主人が早く帰ってくるのを迷惑がる使用人もいるが、コレットはブランシュの帰宅が遅くなると何かしらあったのではないかと不安に駆られる。
入学試験の日に、日が暮れても帰って来ず、何かあったのではやきもきしていたらブランシュが倒れたと連絡が来たときは本当に背筋が凍ったものだ。
入学してからは倒れたなんてことは一度もないが、一度だけ怪我 (ほぼ治っていたが)をして帰ってきたこともあり元気な姿を見るまで安心できない。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
頭のてっぺんから足の先までじっくりと確認。顔色よし、怪我無し。今日は何事もなかったようだ。
制服から部屋着に着替えたブランシュは、食事の時間まで宿題にとりかかる。
集中力を高めるハーブティと夕飯に差し付けない程度のお茶請けをテーブルに置くと、あとは邪魔にならないように早々に部屋を後にする。
取り込んだ洗濯物や、ブランシュの制服にアイロンをかけていると生徒たちの夕食の時間だ。夕食は朝食とは違い食堂で食べる生徒の方が多い。
先ほどまで賑やかだった各部屋が、再び静寂に包まれる。
夕食が終われば次は入浴だ。各部屋にはシャワールームが備え付けられているが、湯につかった方が体にいいと聞いたのでブランシュには毎日入浴をするように勧めている。
浴場の利用時間は決まっているので込み合うかと思われるが、ほとんどの生徒が自室のシャワーで済ませるため、いつ行っても数えるほどの生徒しかいないらしい。
広くて立派な浴槽があるのにもったいないと思う反面、ブランシュが心地よくゆっくりと入れるのならそれに越したことはないと思うコレットだ。
ブランシュはお風呂はゆっくり派なのでこの間に、コレットは夕食を済ませてしまう。
朝食や昼食と違い、夕食は時間がバラバラなため使用人用の食堂は空いている。エマもアンナも時間が合わないために一人で手早く食べてしまうと、急いで部屋へと戻った。
部屋に戻り少し経つと、ブランシュが風呂から上がってきた。
お風呂上がりのブランシュの髪を乾かし、寝る用意を整える。ブランシュが就寝の為に寝室へと向かえばコレットの仕事は終わりである。
使用人用のシャワー室で汗を流し、寝る前に今日一日のことを簡単に日記に書く (毎日『今日も嬢様は可愛かった』的なことしか書いていない)。
夢の中でもブランシュに会えることを祈りながらコレットは眠りにつくのだった。
これにて二章終わりです。
書き溜めてから投稿するので三章は少々お待ちください。




