【幕間】プロスペール・フォーコンプレとダヴィド・バロワン
魔術学院ソルシエールで三年生の付与魔術師科を受け持っているプロスペール・フォーコンプレは、二十数年前にフォーコンプレ伯爵家の次男坊として誕生した。
兄は彼ほど優秀な人間ではなかった。勉学も剣術も魔法も全てはプロスペールの方が上だった。とはいっても落ちこぼれという訳ではない。どれをとっても平均以上の実力は備えていた。ただプロスペールが優秀すぎただけだ。
となれば多少の嫉妬や軋轢が生じることが多いが、彼ら兄弟の仲は良かった。ひとえには彼の兄が、温厚で心優しい人物だったことが理由だろう。プロスペールは、兄から当主の座を奪う気などさらさらなかった。
そう言った訳で、幼少期から家を継ぐ気のなかったプロスペールは宮廷魔術師を目指したのは必然と言えよう。魔法の才能もあったプロスペールに周りも反対することなく、当然のように魔術学院ソルシエールへの入学へと至った。
在学時から付与魔術師として、数多の功績を作り上げたプロスペールは教師たちからの推薦状を貰い堂々と宮廷魔術師の試験を受けるつもりだった。
教師たちも、同級生たちも誰もが彼なら問題なく宮廷魔術師になれるだろうと疑うことなく思っていた。
あの男が来るまでは。
プロスペールが五年生の春の時だった。学院生活も残すところあと一年弱。同学年の生徒たちの会話の話題は、めっきり卒業後の進路か卒業パーティーの話ばかり。
そんな折、付与魔術師科はとある男子生徒の話題で持ちきりとなっていた。
件の男子生徒の名はダヴィド・バロワン。魔術学院ソルシエールの付与魔術師科、二年生である。
噂によれば、彼は二年生に上がり専門科に分かれて早々に学院で習う付与魔術の全てを習得したと言われている。
魔術学院ソルシエールは一年時では魔法の基礎を習うためそれぞれの実力に合わせたクラス編成となっているが、二年に上がると専門の科を選び、それに応じたクラス編成となる。
今は新学期が始まってまだ二カ月弱しか経っていない。優秀だともてはやされていたプロスペールとて半年はかかったのだ。
まさか、とは思ったが嫉妬はしなかった。優秀な後進が育つのは喜ばしいことだ。決して妬むようなことではない。
従魔師や魔術戦士のように派手な魔術ではない付与魔術が、盛り上がるというならそれで十分だった。
プロスペールがダヴィドに直接会ったのは、それから一か月ほど経った日のことだ。印象は初対面からして最悪だった。
「なあ、アンタ五年生で一番強いんだって? 俺様と決闘しようぜ」
下級生が訪れること自体が珍しい五年生の付与魔術師科のクラスに臆することなく堂々と入っていき、その上偉そうな態度で話しかけてきたダヴィド・バロワン。
プロスペールが真っ先に思ったことはなんだこの生意気な二年生は、だった。
彼の破天荒で傍若無人な様子は噂で聞いていたものの、実際にこの目で見ると想像以上の偉そうな態度に思わず小言の一つも言ってしまいそうになったが、ここは年上なのだからとグッとこらえて冷静な態度で返した。
「お断りさせてもらうよ。私闘は禁止されているからね」
「事前に許可とればいいんだろ? 俺様は教師に目を付けられているから無理だけど、学年一の優等生のあんたなら簡単に取れるだろ」
魔術学院ソルシエールはでは基本的には私闘は禁止されている。しかし魔法の試し打ちや、魔導具の試運転などでどうしても必要になることがある。そんな時は、教師に許可を取れば闘技場の使用が認められるのだ。
プロスペールも既に何回も許可を取り、闘技場を使用したことがある。
しかしだからと言って、ただ戦いたがっているようにしか見えない相手との為にわざわざ許可の申請をする気はなかった。
「なに? 逃げんのか?」
「何?」
「アンタ俺様に負けるのが怖いからって、断っちゃうんだ。ソルシエール一の付与魔術師もたいしたことねーのな」
ただの安い挑発だと受け流せばいい。と頭ではわかっていた。しかしプロスペールそう気の長い方ではなかった。その上プライドは人より些高い。
「そこまで言うならその決闘受けてやろう! ほえ面かくなよガキが!」
かくしてプロスペールはダヴィドの決闘を受けることとなった。
結果はプロスペールの勝利。中々いい勝負にはなったのだが、長期戦となったためにダヴィドが魔力切れを起こしてあえなく敗北してしまった。
流石に二年になったばかりのダヴィドでは最上級生であるプロスペールの魔力量にはかなわかったわけだ。
しかし魔力というものは研鑽すれば増えるものなので、現在の二人では逆転してしまっているのだが。
辛勝だったにしろ勝ってしまったプロスペールだったが、ここで負けていれば話はそれで終わりだったことだろう。だが勝ったので、終わりではなかった。
ダヴィドに一方的になつかれて、振り回される学院生活が始まってしまった。
しかも教師たちには保護者のような扱いを受けてしまい、ダヴィドがやらかすたびに呼び出されることとなった。
学院の備品である魔導具を壊すのは当たり前。学院の壁を破壊したり、グラウンドに大穴開けたりと様々な問題行動をやらかした。
だが案外プロスペールは世話焼きだったので、ダヴィドを突き放すようなことはしなかった。
ダヴィドが不可能だと言われていた自身への付与魔術を成功させた後も、嫉妬や妬みで突き放すこともなく変わらぬ関係が続いた (プロスペールは嫌々だったが)。
そんなある日、ダヴィドのふとした一言がプロスペールの人生を変えることとなった。
「アンタ人にもの教えるの才能あるよ。教師にでもなれば」
どんな話をしていたのかまでは思い出せない。ダヴィドとしてはたいして何も考えずに言った言葉だったのだろう。だが彼はその言葉をきっかけに教師を目指すこととなった。
自分よりも格上の魔術師がいることを知っていたプロスペールは、すでに宮廷魔術師になることは諦めていた。だからと言って悲観はしていなかった。だが卒業後の進路には悩んだのは事実だ。
卒業まであと数か月と迫っている中、焦っていたプロスペールにその言葉はすとんと落ちたのだ。
その数年後に見事教師となったプロスペールはダヴィドの言葉通りかはわからないけれど、それなりに生徒に慕われている。
そんなプロスペールが今年入学してきたダヴィドの弟子に頭を悩まされることになることに彼はまだ知らない。




