24、悪魔、アンドラス(side:シャルル)
朝登校すると、義姉であるマルチダに呼びとめられた。おそらく待ち伏せしていたのだろう。二人きりで話したいから着いてこいと命令される。
たどり着いたのは従魔舎。まだ朝も早く誰もいない。ここでなら誰にも邪魔されることはないだろうという魂胆なのだろう。
あちらこちらから従魔の鳴き声が聞こえてくる。生臭い匂いがやけに鼻につく。
用件は言われずとも察しが付く。捜査の進捗を聞きに来たに違いない。今日で期限の日だ。本日までに事件の真相をはっきりさせなければ、彼女の従魔であるベヒモスは殺処分されてしまう。
そしてベヒモスだよりだった彼女は退学となることだろう。
ソルシエールでは年に数回テストが行われる。そのテストで合格しないと退学となる。
勿論救済措置である追試はあるというが、学力は底辺、魔力も僕に劣る義姉にはベヒモスの実力に頼るしかなくなる。
頼みの綱であるベヒモスが殺処分されてしまえば、魔力の低い義姉にはそれに代わる従魔を調達することは出来ないだろう。それこそ再び例の薬でも用いらない限りは。
義姉の従魔がどうなろうが僕としては知ったことではないし、僕の有意義な学院生活のために彼女には是非とも退学してほしいところだけど、悲しいことに養子である僕は彼女に逆らえない。
「もちろん、私のベリーちゃんが悪くないって証拠、見つけてくれたんでしょうね?」
傲慢な態度で僕をねめつける。僕が義姉の為に働くのが当然だと言外に匂わせる態度。この人は僕のことを奴隷かなんかとでも思っているのだろう。
冷静を装うために眼鏡を上げるふりをして、テンプルに触れた。
「すみません、義姉さん。まだ何も見つかってないです……」
眉を下げ心底申し訳ないといった表情で返すが、そんなもの義姉には効くわけがない。
「この役立たず!」
目を吊り上げ激高した義姉が、怒りのまま手にしていた日傘を僕投げつけた。ここで避けるは簡単だけど、避けたら避けたでまた相手の逆鱗に触れかねないので避けることはしない。
飛んできた日傘は運の悪いことに僕の腹部へとぶつかった。痛いのは痛いが、ぶつかったのは先端ではなかったのでまだましな方だ。
「せっかくお父さまに調達してもらったのに、このままじゃ取り上げられちゃうじゃない! 新しい従魔を用意するのも大変なのよ!」
「例の薬でも使えばいいんじゃないですか?」
「薬? 何のこと言っているの? まさかあなた私が変な薬でも使ってベリーちゃんを調伏したとでも思っているの!? とっても失礼だわ。あれは私の力で調伏したのよ! ちょーとだけお父さまにも手伝ってもらったけれど……」
たいした実力もない義姉が、ベヒモスなんて大物を従魔に出来ているのはおかしいと思っていた。そしてその理由は噂の魔獣を従える薬を使っているのかと。
どうやら実際はもっと簡単なものだったらしい。
昔冒険者をやっていたという叔父がベヒモスを生け捕りにする。それを義姉が従魔にするという寸法だ。
もちろん魔力が離れすぎていれば従魔契約は出来ないので、ギリギリ義姉の魔力と釣り合うベヒモスを探し出したのだろう。
契約できたと言ってもギリギリであることには違いなので、当然のごとく暴走することもある。要は全ての原因は義父さんと義姉のせいにある。薬のせいでもなんでもなかったという訳だ。
三ヵ月前の事件のせいでてっきり義姉も薬を使っていたのだと思い込んでしまっていた。
本来であれば、従魔契約は従魔師一人でおこなうものだ。それを娘可愛さに余計な手伝いをしたせいで、今回の従魔暴走に至った。
それがバレれば、姉は退学。義父さんも貴族社会で大きな顔は出来なくなるだろう。
義姉は僕に架空の犯人でもでっち上げさせようと思ったのか、はたまた自分のせいじゃないと思い込みたかったのかは定かではないが。「誰かの陰謀のせいで私のかわいい従魔が処分されちゃう。私可哀そう」といった感じのことをあちらこちらに言いまわってはいたらしいので、後者の可能性の方が高いだろう。ただ悲劇のヒロインを演じてみたかっただけのような気もしてきた。
事実はただの自業自得。大げさにすればするほど義姉の首が閉まるだけ。ならいっそブランシュたちも巻き込んで大事にしてやろうと思ったけれど、想像以上の大事になってしまった。
どちらにせよ当然退学は免れないだろう。
そうだ、こいつらは散々僕を馬鹿にして虐げてきたのだから痛い目に合えばいいのだ。
「あなたは私と違って才能に恵まれてていいわよね。私の苦労なんて何一つわからないのでしょ」
だというのにこの人はこんなことを恥ずかしげもなく言う。
才能なんてものは何一つない。確かに幼い頃から治癒魔術を使えるようになったのはある意味才能かもしれないけれど、それを安定して使えるようになったのは師の教えが良かったのが大きいだろう。
入学試験で一位の成績を出せたのは、紛れもなく僕の努力のたまものだ。あなたのように何もせずに自堕落に過ごした訳ではなく、親に泣きついたわけでもなく、勉強も魔法も努力を積み重ねてきた結果だ。才能なんて安い言葉で一蹴できるものではない。
「成績優秀で治癒魔法なんて珍しい魔法まで使えて、いつも皆にちやほやされてるなあなたが憎い。養子のくせにお父さまに気に入られてむかつく! 許せない!」
この人には世界がどう見えているのだろうか。
義父さん(あの人)は僕のことが嫌いだ。だが嫌いで仕方ないくせに、僕の手柄や僕に対する評判を耳にするのは心地いい。養子の手柄や評判は自分に対する手柄や評判だと本気で思っている。
僕のことは自分の評価を上げるための、体のいいアクセサリーとか思っているのだろう。
散々父様のことを嫌いだ、恨んでいると臆面もなく息子の僕にいつも言っていた。酒を飲めば「アイツのせいで俺が惨めな思いをしたんだ。俺が不幸なのは全部アイツのせいだ」と喚き散らし「お前はアイツにそっくりだ。お前も俺のことを馬鹿にしているんだろ!」と暴力をふるった。
嫌いだ嫌いだと口にするくせに傍に置くのは、照れ隠しなどでは当然ない。周りに慈悲深い人間だと思われたいわけでもないだろう。
ぼくを引き取った理由もただ見張っていないと不安で仕方ないからだ。僕や父様が自分の上を行くのを許せないから、見張ってないといけないと思っているのだ。
見なきゃいいのに。ただ文句を言いたいから、何かミスをしたらいち早くあげつらってバカにしたい。ただそれだけのためだけに目を逸らせない、手元に置いて監視しておきたい。
精神的にも不衛生だ。バカのやることだ。親子そろって叔父も義妹も義兄も(三人共)全く一緒で頭のネジが何本か外れているんだ。そうじゃなきゃ脳みそが入ってないに違いない。
まったく親子そろって嫌になる。■ねばいいのに。
「うん、死ねばいいと自分も思うよ」
突然聞こえ来た爽やかな声。声に出した覚えのないことを肯定された。なぜ、と尋ねる前に目の前の女から喧しい金切り声が上がった。
「あなた誰よ! その臙脂色のネクタイ……一年生ね。一年はここには立ち入れないのよ! 出て行きなさい!」
僕も一年生だけどいいの? なんて思うけれど、聞いても多分この人は「私が連れて来たのだから良いに決まってるでしょ」とか傲慢な事言い出すのだろうな。
「うるさい人間を『鳥みたいにうるさい』とかいっちゃうやつもいるけど、鳥側からしたら迷惑だよ。人間の方が数万倍うるさいうえに、可愛げもない」
年上であるはずの義姉に、堂々とそう言い放った男は見覚えのあるクラスメイトだった。確か赤髪のエイデン・オリオルといつも一緒にいる、長身の……なんという名前だっただろうか。思い出せない。
「君、キレイな笑顔の下で真っ黒でどす黒いこと考えているなんて、最高だね。オキレイな善人よりも自分はそっちの方がよっぽど好きだよ」
向けられた笑顔は何故だか無性に怖い。まるで人間ではない何かと対峙している気になった。
「ムカつくよな? わかるわかるよぉ。お前滅茶苦茶我慢してきたもんな。でももう我慢しなくていいんじゃないか?」
軽薄な笑みを浮かべて、馴れ馴れしくも肩に手を回してくる。
「殺っちゃえば? 大丈夫だって、従魔が暴走して飼い主を殺したことにしちゃえばいいんだよ」
耳元でにんまり笑いながら囁いてくる。
「ほら、これでさ」
どこから出してきたのか、彼の手にはいつの間にか短刀が握られていた。漆黒の禍々しいデザインの短刀。差し出されるままに、僕は短刀を手にとった。
「な、なによそれ! なんでそんなもの持っているのよ! それで何するつもりなの? ……まさか私を殺すなんて言うんじゃないでしょうね!」
ああ、ぎゃあぎゃあと喚いて煩わしい。騒げば誰かが助けてくれると思っているのだろうか。
いや、思っているのではなく、実際の経験則か。ミュレーズ家では気に入らないことがあれば、騒いだり泣いたりすれば誰かが構ってくれた。そのしりぬぐいは全て僕に来るのだけれど。
「殺しちゃえば、静かになるよ」
囁くように語り掛けるクラスメイト。まるで悪魔のささやきだ。
鞘から引き抜くと、鈍い光を帯びた刀身が露となった。
「じ、冗談でしょ? あなた私に恩があるでしょ? 親が死んで一人ぼっちになったあなたに実の姉弟と同じくらい優しくしてあげたじゃない……」
僕が一歩近づくと、姉もまた一歩後ろに下がる。
優しく? 何を言っているのだ、この人は。あれのどこが優しいというのだろうか。
気に食わないと怒鳴り散らして、その辺りにあるもの手当たり次第に投げつけて。面倒なことは全部僕に押し付けた。姉弟などではない。奴隷の間違いだ。
ぼくから逃げるように後ずさりしていた義姉は、足をもつれさせてその場に尻もちをついた。
「こ、来ないで!」
金切声のような甲高い声で拒否を示す。無様に地に座り込み、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚して喚き散らす。ああ、無様だな。
義姉の無様な様子を見ても、いっこうに胸は晴れない。逆に苛立ちが強くなるばかりだ。
「もう、黙って」
もうこれで終わりにしようと、短刀を振り上げた瞬間扉を開ける大きな音が従魔舎内に響いた。
「シャルル!」
次いで現れたのは、息を切らせたブランシュだった。




