23、シャルル・ミュレーズ(side:シャルル)
僕シャルル・ミュレーズは、ミュレーズ辺境伯の三男として生を受けた。
歳も近かったということで、僕たち兄弟はとても仲が良く、その年頃の子どもらしく毎日野山や海辺を走り回って遊んでいた。
貴族ともなればもう少し落ち着いた子ども時代を想定するかもしれないが、両親の教育方針なのかどうかは知らないけれど、僕たち兄弟は平民の子どもたちと変わらないくらいに伸び伸びと育った。
あの頃の僕は大人になるまではずっとこのまま、変わらない生活が続くのだと思っていた。
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「おいてくぞ、シャルル!」
「待ってよ、エドモン兄さん!」
先を走るエドモン兄さんを僕は必死に追いかける。しかし幼い頃の四歳差は大きく、距離は引き離されるばかりだ。
追いつくことに必死で左右確認を怠った僕は、曲がり角から来た人物に気が付かずそのままぶつかってしまった。
「うっわ!」
弾き飛ばされた僕は、いったい何が起こったのかと慌てて視線を向ける。そこには厳めしい顔をした大男が、僕を見下ろしていた。
「ふん、躾のなってないガキが」
吐き捨てるようにつぶやくと男はさっさとその場からさっさと立ち去ってしまった。
「なんだ、あいつ?」
不遜な態度を取られたことなどなかった僕は、自分の落ち度を棚に上げ男が去っていった方を睨みつけた。
「おい、シャルル大丈夫か?」
「なんか偉そうなおっさんにぶつかったんだけど! なにあいつ」
「おい、バカ! あんまり失礼なこというな! 怒られるぞ」
「エドモン兄さん、あいつ誰だか知っているの?」
「俺たちのおじさんだよ。父様の兄さん」
エドモン兄さんの話では、叔父は長男にもかかわらず素行不良でミュレーズ家の当主を下ろされたのだとか。それを逆恨みした叔父は父様だけではなく、僕たち兄弟まで邪険にしているらしい。
当時六歳の僕にはいまいちピンと来なかったけれど、叔父にはなるべく近づかない方がいいことはわかった。
「普段は王都に引きこもってめったにミュレーズ領には近寄らないのに、何しに来たんだろうか」
「兄さんもシャルルも、なにモタモタやってんだよ! 早く行こう」
先に行っていたはずのローラン兄さんが、しびれを切らしたのか僕らを急かすために戻ってきた。
「裏山にヤマモモ取りに行く約束だったろ!」
今日はローラン兄さんが見つけてきたヤマモモがたくさんなっているという、とっておきの場所に行く予定だった。
「そんなに焦らなくてもヤマモモはすぐに無くなったりしないって」
「俺が目を付けた場所が他の奴に見つかるかもしれないだろ!」
「ローラン兄さんは心配性だなー」
むくれるローラン兄さんを宥めながら僕たち三人は、当初の予定通りにヤマモモをとりに裏山へと向かった。
「ねー、ローラン兄さん。どこまで行くのー? もう疲れたよ、一回休憩しよー」
「もう少しだから黙ってついてこいって」
裏山に入ってすでに一時間以上歩いているというのにヤマモモは影も形も見当たらない。弱音を吐いた僕にローラン兄さんは不機嫌そうに言い放つ。この問答は既に三回目だ。ローラン兄さんが不機嫌になるものわかるけれど、僕の足もそろそろ限界だ。
よく外で遊びまわるので長々歩くのは慣れてはいるけれど、山歩きは慣れていない。木の根や石で凸凹の道を歩くと当然体力の消耗は激しい。
汗はふきでて、息は上がり、足はがくがく震えている。現在気力だけで兄さんたちの背中を追っている状態だ。気を抜けばすぐに置いて行かれるだろう。
「ローラン。僕も疲れて来たし、いい加減一度休憩しないか?」
「ったく、二人して体力ねーんだから仕方ねーな……」
渋々といった様子で、ローラン兄さんはようやく休憩することを受け入れてくれた。僕には厳しいくせに、エドモン兄さんには弱いんだから。
いったん休憩と、てきとうな平地に三人揃って腰を下ろす。
「ビスケット持ってきたんだ。食べるか?」
エドモン兄さんがバックから取り出した小さな袋には、複数枚のビスケットが入っていた。
「兄さん戸棚から盗んできたの? また母様に怒られちゃうよー」
エドモン兄さんがおもむろにビスケットを一枚手に取るとローラン兄さんの口に押しこんだ。
「これでお前も共犯だ」
「ったく、仕方ないな~……」
「ほら、シャルルも食べろ。怒られるときは一緒だからな」
母様は普段はとても優しいけれど、怒るとすごく怖い。怒られるのは嫌だけれど空腹には勝てなくて、差し出されたビスケットを素直に受け取った。
ひとくち齧り口に含むともそもそと咀嚼する。口中の水分が取られてしまいひどく喉が渇く。
「喉乾いた……」
「じゃじゃーん、そんなこともあろうかとこんなものを用意してきてる俺! 偉い?」
陽気な口調でローラン兄さんが取り出したのは鈍色の魔法瓶だ。蓋をコップ代わりに中身を注いでいく。とくとくと注がれるのはまっ赤な液体。
「なにそれ?」
「クランベリージュース。台所にあったの勝手に貰ってきた」
「はは、お前もやるな」
手渡されたクランベリージュースを喉の渇きに任せて、一気にあおる。心地よい冷たさと、爽やかな酸味が喉の奥へとかけていく。
魔法瓶の中には魔法石が入る仕様になっており、保冷したいときには、氷の魔石。保温がしたいときには火の魔石をセットしておけばいい。夏場の今はもっぱら氷の魔石ばかり使用している。
喉の渇きをいやす三人だったが、たいして大きくもない魔法瓶はすぐに空になってしまった。しかし僕らはまだ満足できていないわけで、
「兄さん魔法で水出せない?」
「俺水魔法は使えないって」
困ったように笑うエドモン兄さん。
エドモン兄さんはまだ魔法の使えない僕やローラン兄さんと違って、すでに魔法を使うことが出来る。とはいっても、簡単な魔法だけだし得意の火魔法以外はさっぱりのようだ。
「じゃ、しょーがないか。シャルル、水くんできて」
「えー、なんで僕が!?」
「兄さんはビスケット持ってきた。俺はクランベリージュース持ってきた。でもお前は何にもしてないじゃん」
それを言われてしまえば何も言い返せなくなる。ただでさえ弟である僕は兄さんたちには逆らえない。
「ほらがんばれ、シャルル」
「すぐ近くに川があるから頑張って」
二人に見送られてぼくは川へと水を注ぎに行くこととなった。
エドモン兄さんが言っていた通り川はすぐ近くにあった。さっさと済ませてしまおうと、川の近くまで近寄った時のことだ。ガザガザと近くの繁みが音をたてて揺れた。
野兎でも来たのかのん気に思っていたけれど、姿を現したのは大きな野犬だった。
「っひ」
自分の身長ほどもある巨大な犬がこちらを見据えてグルグルと唸り声をあげる。逃げなければと思うものの背後にあるのは川。大きな声で助けを求めれば、兄さんたちが駆けつけてくれるだろう。しかし恐怖でとてもじゃないが声など上げる余裕などなかった。
涎を垂らしながら、野犬はじりじりとこちらに迫ってくる。とっさにこちらも一歩下がろうと足を後ろに一歩引いた瞬間、ずるりと足が滑った。
「あ」
気が付いた時にはもう遅く、僕は宙を舞っていた。そのまま滑るように川へと落ちる。川は深く、流れは速い。子どもでは流れに逆らうことなど不可能で、そのまま下流へと下っていくのを逆らう術などなかった。
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体中が痛い。痛くないところを探す方が早いくらいに余すことなく全身が痛い。
痛みと同じくらい気になるのは、先ほどから聞こえるゴォオという大きな音。いったい何の音だろうか。
痛む瞳を無理矢理に開いた。一番初めに目に入ったのは、大きな滝。止まることなく大量の水が流れ落ちている。先ほどから聞こえる轟音はこの滝の音だったのだ。
現状を確かめるために、痛む体を叱咤して半身をおこそうとした。しかしそれは不発に終わる。起き上がろうとするだけで激痛が走り何もできない。
チラリと自信の右腕に視線を向けると、曲がらない方向へとそれは曲がっていた。左腕は曲がってはいないが、怪我はしているようで血に染まっている。痛いのは痛いが、まだ動くだけましだろう。
脚は両足とも動かないので、もしかしたら両足とも折れているのかもしれない。
こんな状態では何もできやしないことだけはわかった。しかし運のいいことに、首は無事なので動く範囲内で当たりを見渡す。
今僕がいるのは、滝のすぐそば。足先はまだ川に浸かったままだ。こんな場所で倒れているということはおそらく僕は、この滝の上から落ちたのだろう。全身が痛むのは起きた時に負ったものか、それとも川を流れている際に岩などにぶつかってできた物か。多分その両方だろう。
こんな状況で真っ先に頭を占めたのは、『母様に怒られる。どうしよう』だった。今思えば場違いにもほどがある。最初に心配するのは怪我のことや帰路のことであるべきだ。
しかしその考えにたどり着いたのには理由があった。
去年僕が大けがをした際に、母様にすごく怒られたのが今でもトラウマだったのだ。
目を吊り上げ、声を荒げて怒る母様の姿は今でも思い出せる。あの時のことは一生忘れることが出来ないだろう。
こんな大けがをしたと知られたら、また母様に怒られてしまうだろう。どうにかしなければ。どうにかってどうすればいいの? 答えは簡単だ、怪我したとわからなければいい。
怪我をわからないようにするためには、怪我を隠すしかない。小さな怪我ならともかく起き上がることすら難しい怪我を隠すなんて無理じゃないか? いや、全て治してしまえばわからない。
治すってどうするんだ。小さな怪我は数日すれば勝手に治ってしまう。でも大きなけがは、何日もかかってしまう。かといって何日も怪我が治るまでこんな場所にいる訳にはいかない。今すぐ治してしまわなければならない。そんな方法あるのだろうか。
そう言えば去年大怪我した時に、お医者様があっという間に痕も残さずキレイに怪我を治してくれた。
あの時はいったいどうしたんだっけ。痛みであまりよく覚えていないけれど、確かお医者様は魔法で治したのだと後で兄さまたちが言っていた。
なるほど、魔法を使えばあっという間に怪我は治ってしまうわけだ。じゃあ、僕も同じように魔法を使えば母様にばれないで済むかもしれない。
でも魔法ってどうやって使うのだろうか?
エドモン兄さんがよく火の魔法を使っていた。どうすれば使えるのか一度聞いたことがある。確かあの時エドモン兄さんは「イメージすることが大事」と言っていた。ならば怪我が治るイメージをすれば魔法が使えるんじゃないだろうか。
僕は唯一動く左手を、右手へと当てる。
エドモン兄さんが魔法を使うときは、いつも利き手を翳していた。僕の利き手は右手だけれど、今は全く動かないのでこの際代りに左手でも仕方ないだろう。
右腕を擦りながら強く念じる。治れと。怪我がバレないように治れと。しかし右腕には何の変化も訪れない。
「なんでだよ……」
諦めきれない僕は、なおも必死で右腕を擦り続ける。
「治れ、治れ……!」
祈るように呟くと、左の手の平が急に熱を感じた。
「なにこれ?」
思わぬ事態に驚き、擦る手を止めると微かに手の平が光っている。光は次第に右腕へと移っていく。全て光が移っても傷口はしばらくの間光っていた。
どのくらいたったのかはわからなかったけれど、ようやく光が消え去った時右腕の怪我は治っていた。
「治ってる!」
とはいっても完全に治ったわけではない。しかし先ほどよりは目立たなくなった。大怪我がかすり傷程度になった。それでも十分だった。
自分も魔法が使えたという達成感と、これで母様に怒られないという安心感。
要領を掴んだ僕は同じ調子で両足の傷も治していった。流石に折れた骨まで完全に治すことは出来ず、鈍い痛みはまだ続いていた。
しかしいつまでもここにいる訳にはいかない。
門限を過ぎると怒られてしまう。空は赤く染まっている。門限はもうすぐだ。
痛みは最初よりもだいぶんましになった。この程度なら歩けないこともない。
その辺りに転がっていた木の棒を杖代わりにして、僕は家を目指して歩き出した。
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未だに痛む体をおしてようやく帰り着いた屋敷。そのころには既に日も沈み、辺りは真っ暗だった。門限はとうに過ぎている。
もっと早く帰るつもりだったのに、道に迷ったりして遅くなってしまった。遅くなったことで母様に怒られるかもしれない。折角怪我が治ったのにこれじゃ意味がない。
怒られるのでは、と考えると足が重くなるが帰らないわけにもいかない。
のろのろと歩いていると、突然「あーー!」という大きな声が聞こえてきた。いったいなんだと顔を上げると、門の前に人影が見える。
「シャルルが帰ってきたー!」
そう大声で叫んだのはローラン兄さんだった。ローラン兄さんは僕の姿を見つけると、いち早く駆け寄ってきた。もしかして僕を待っててくれたのだろうか。
「急にいなくなったから、心配したんだぞ!」
言いながらぎゅうぎゅうと抱きしめられる。正直力いっぱい抱きしめられると怪我が痛むが、心配をかけた手前離れてくれとは言いづらく大人しく抱きしめられていた。
「それにしてもどこ行ってたんだ? 魔法瓶川辺に落としていなくなっちゃってさ。どっか行くなら一言言えって! 兄さんとすごい探したんだぞ!」
「ごめんなさい、川に行ったら野犬に襲われちゃって……」
流石に滝から落ちたことは黙っていた方がいいだろう。服ももう渇いているし、黙っていればバレないはず。
「野犬!? 大丈夫だったのかシャルル? って、よく見たらお前服汚れてんじゃん! もしかしてそれ血?」
ああ、しまった。いちおう服の汚れは洗って落としたつもりだったのだけど、血痕は中々取れなかったのだ。
血に汚れた服を見て慌てるローラン兄さんに、腕を引かれながら門をくぐった。
「まあ、シャルル! いったいどうしたの!?」
屋敷に入って真っ先に駆け付けたのは母様だった。僕は怒られると思って目をつむって叱られるのを待っていたのだけど、いつまでたっても母様の怒った声は聞こえてこない。
「こんなに血だらけで……。怪我は? どこか痛いところはないの? でも良かったわ。今お医者様が屋敷を訪れているの」
それどころか母様が僕を見る眼には、不安や心配といった感情が見て取れ、少し申し訳なく思った。
母様の指示を受けた執事に抱え上げられると、僕はそのままお医者様の滞在している部屋まで連れていかれる。
そこで出会ったのが僕が生涯師と仰ぐ医師、ボワモルチエ師だった。師は一目見ただけで僕が治癒魔法を使ったことを見抜き、その上で適切な治療を施してくれた。
「魔法は初めて使ったのか?! そりゃ才能があるに違いねぇ。是非弟子にくれ!」
父様とは古くからの友人だったボワモルチエ師は父様に直談判して僕を弟子として迎えた。僕としても彼の華麗な治癒魔術を目の前で見て、感銘を受けたので願ってもないことだった。
診療所を経営している師の元で雑用などの手伝いをしつつ治癒魔術を学んだ。大雑把で豪胆な彼とは存外気が合い、よそから見ればまるで親子のように見えただろう。
家族と離れ寂しくないかと問われれば、たまに寂しくなる時もあったがそんな時は師がそっと側に来てくれて、いつもよりずっと優しくしてくれた。彼なりに僕を親元から引き離したことを悪いと思っていたのかもしれない。
しかしそんな生活も三年という短い期間で終わりを迎えた。
僕が九歳になった年、ミュレーズ領のとある村で疫病が流行った。疫病は瞬く間に領都にまで侵食し、日々感染者を増やしているという。死者も大勢出ているらしい。
父様からの要請で師が領都へと赴くこととなった。家族が心配な僕はついていくと駄々をこねたが、ついぞその願いは聞き入れてもらえなかった。
「大丈夫だ。俺が行くんだから何の問題もねぇ。疫病なんてすぐに治療してやるさ。安心して待っとけ」
そう言って師は僕の頭を優しく撫でてくれたのを、今でも覚えている。
僕は師に言われた通り、師の奥さんと共に師の帰りを待つこととなった。しかしいくら待っても師は帰ってこなかった。
暫くして師は疫病で亡くなったと知らせを受けた。師だけではない。父様も母様も兄さんたちも皆疫病で亡くなったという。遺体は火葬し、骨すら残らなかった。
ミュレーズ家で生き残ったのは僕と、まだ幼い弟だけだった。奇跡的に死にはしなかった弟だが、疫病から免れることは出来なかった。結果弟は寝たきりとなった。
それからしばらくして、猛威を振るっていた疫病はおさまった。まるで最初から疫病などなかったかのようにぱったりと。
寝たきりの弟と九歳の僕の二人きりで生きていけるわけがなく、心優しい師の奥さんは僕だけでなく、弟も共に養子にならないかと言ってくれた。
他に選択肢もなく、師と同じくらいに懐いていた奥さんの誘いを断ることなどなく、彼女の養子として迎えられるはずだった。しかし、そうはならなかった。
僕の前に再び叔父が現れたのだ。叔父は僕を養子にすることを早口に捲し立てると僕を無理矢理領都へと連行した。
彼が言うには、父様の遺言でミュレーズ家次期当主は父様の血を引く男児ではなくてはならないという。
今現在父様の血を引いているのは僕と寝たきりの弟のみ。結果的に僕が当主ということになる。しかし成人もしていない僕がすぐに家を継ぐことは出来ない。一旦、叔父が当主代行としてミュレーズ領を取り仕切るという。
なら弟はどうするのか聞くと、寝たきりの子どもなど邪魔なだけだいらないと叔父は言った。
たった一人残った肉親である弟を物扱いされ、僕は激怒した。怒りにまかせて叔父に殴りかかったが、相手は体格のいい大人の男性。子どもが敵うはずもない。蹴り一つで吹っ飛ばされて、壁へとぶち当たった。
痛みに呻く僕を見下ろして、気の短い叔父は怒鳴り散らすと喚くように語りだした。
「兄貴さえ死んでしまえば俺が当主になれると思ったのに」
「死にかけの癖に遺言なんか残しやがって」
「未成年なんだから、俺が当主代行をやってやる。ありがたく思え」
「成人する頃にはなんだかんだと理由付けて俺に当主を譲らせればいい」
子どもだと思って、理解できないと見くびっていたのだろう。実際に当時の僕は叔父の言っていることがよくわからなかった。ただ僕や弟にたいして悪意を持っていることだけはわかった。
しかし力も権力も何も持ってなかった僕は、抗うことも出来ずに傲慢な叔父の養子となった。そして我儘で意地悪な義兄と義姉に虐められる毎日が始まった。
弟は師の奥さんの元で保護してもらっている。それが唯一の救いだ。今の状態の弟をミュレーズ家に連れてきたらきっと殺されてしまうと思ったから。
叔父の元で暮らした四年間はとても退屈で窮屈で憂鬱な日々だった。
魔術学院ソルシエールに行くことになったのは推薦があったからだ。
推薦人は師の奥さん。彼女もまた魔術師でソルシエールの卒業生だという。彼女の推薦が無かったらきっとその辺のてきとうな全寮制の学校にでも入れられていたことだろう。
弟のことといい彼女には感謝してもしきれない。
入試前から叔父はあちこちに「息子があの名門の魔術学院ソルシエールに受かった」と自慢して回っていたらしい。
推薦状があるからと言って試験がパスされるわけではないが、そんなこと叔父にはわからないのだろう。まあ、国内屈指の魔法の学校である魔術学院ソルシエールの推薦状があるというだけで外面重視の叔父には社交界の話のネタには十分なのだろう。
そんなこんなんでようやく傲慢な叔父と、陰険な義兄妹から離れると思ったのに、義姉が編入すると言い出した。
僕がソルシエールに受かったからと、叔父に我儘を言ってコネで編入が決まったらしい。
性別が違うから寮も離れるし、学年も違うのでそんなに会わないと高をくくっていたのだけど、まさかあっちから接触してきた。しかもとびっきりの面倒事を抱えて。いい加減にしてほしい。
学園に向かう道中面白い子にも会えたし存外学園生活を楽しみにしていたというのに、彼女や新たに出来た友人たちも面倒事に巻き込んでしまった。
本当にあのどこまで行っても迷惑な人たちだ。ああ、いっそのこと一家そろって消えてくれないだろうか。




