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21、長身の男子生徒

 翌日教室へ向かう道中、私は盛大に悩んでいた。

 コルベール先生との約束を破るわけにはいかないし、かといって今更やめるというのは不義理すぎる。

 どちらにしても今日で約束の日だ。ならこのまま何もわからなかったということにしてはどうだろうか? いやいや、それでは嘘をつくことになってしまう。不誠実すぎる。

 とはいっても実際の話、従魔暴走の原因は、おそらく例の薬のせいに違いないだろう。しかしそれをマルチダさんに直接いったところで彼女はそれを認めない。

 認めないどころか、従魔であるベリーちゃんを庇っている状態だ。このまま庇い続けて、薬の切れたベリーちゃんがマルチダさんに襲い掛かるというぐらいならいっそこのまま殺処分された方が安全なのかもしれない。そんなこと彼女が望んでいないことは明白なのだけど。

 そこでふと、私はある矛盾に気が付いた。それはちょっとおかしいんじゃないだろうか。

 マルチダさんが例の薬でベヒモスを従わせていたとしたら、それが原因で暴走したことを彼女自身も気が付いているはずだ。先生たちも知っているくらいに噂になっているのだ、副作用についても耳にくらいは入っているはず。

 それとも自分だけはうまく扱える、そんなことにはならない。なんて安易に考えていたのだろうか。マルチダさんの性格を考えればそれもあり得そうだ。

 しかしそうだとしたらわざわざシャルルに原因を突き止めろ、なんて命令をしていないのではないか? むしろ彼女は薬の切れた従魔に襲われるのを恐れて、自分可愛さにこのまま従魔の処分を受け入れたのではないだろうか。またはシャルルに自身を守らせたのではないだろうか。

 なんだかよくわからなくなってきた。


 とりあえず一度皆に全部話した方がいいかもしれない。私一人で考えるには難しすぎる。そのうえで、どうするかを決めた方が賢明だろう。

 そうと決めてしまえば早く教室へと向かうべきだ。今まで重かった足が嘘のように軽くなり、足早に1―Aへと向かった。。


「あ! オトテール!」


 教室に入ってすぐさまシャルルの姿を探していると、大きな声で名前を呼ばれた。いつもの飴玉の甘い香りと共に駆け寄ってきたのはエイデンだ。表情に焦りと狼狽が見て取れた。


「オイ! アイツ見なかったか!?」


 アイツとはいったい誰のことだろうか。


「あいつってあいつだよ! 俺といつも一緒にいる!」


 そこでようやく誰のことかわかった。エイデンといつも一緒にいる長身のクラスメイトだ。だが私は今来たばかりで彼とはまだ会っていないし、どこにいるかなんて知らない。


「知らないよ。他の人に聞いてみたら? あ、そう言えばなんて名前だったかな?」


 クラスメイトの名前を覚えていないなんて薄情だとは思うけれど、ここは聞かない訳にはいかない。名前を覚えるのは苦手なのだ。


「知らないよ! ってか知りたくないし。あんなヤバイやつの本名なんて知らない方がいいに決まってる!」

「え、どういうこと?」

「あー、そっかお前らは魔力見えないもんな……。そりゃわかんないか」


 エイデンは生まれつき人の魔力の量や質を視認できるという。そのような体質の人間は多くはないが、珍しいというほどでもなくたまにいるらしい。一年生にも他に何人かいるという。おそらく師匠も同じ体質なのだろう。

 そんな特異体質のエイデンが言うには、長身の彼は


「あれは間違いなく人間じゃないね! だって魔力の質が人間のそれと全く違うんだぜ! 入学試験の時初めて見た瞬間、こいつヤバ! って思ったけどあの場で気が付いてるの俺しかいなかったし、ここで騒いでも見えないやつらにしてみたら頭のおかしい奴と思われかねなかったから、とりあえず監視目的で側にいたわけで。まあどうせ先生たちが気が付いて失格にするか、何らかの対策をしてくれると思ってたんだけど……なんで普通に入学してんの!? しかも同じクラス! 仕方ないから入学後も俺が監視するしかないじゃん!」


 一気にまくしたてると、三つ一気に飴玉を放り込んだ。彼にとって飴玉は精神安定剤か何かなんだろうか。かみ砕いているのか、ゴリゴリと盛大な音が彼の口から聞こえてくる。

 いやそれよりも今重要なのは、エイデンの話が本当だとしたら長身の彼はいったい何者かという話になる。エイデンも流石にそれはわからないらしいが、とにかく人間ではない何かと豪語している。

 禍々しい魔力はある程度離れていても感じられるらしく、エイデンいつもはそれをつたって彼を見つけ出していた。しかし、今日になって彼特有の禍々しい魔力が全く感じ取れなくなってしまったという。


「学院から出てどっか行ったっていうんだったらいいんだけどさ。むしろもう帰ってくんなって感じなんだけど。そんな楽観的なもんじゃないと思うのさ。多分今アイツは魔力の隠蔽(いんぺい)とかやって俺に気が付かせないようにしてると思う。人間じゃないなら、そんくらいは出来そう。だって絶対ただもんじゃないし。っで、今までは俺をおちょくって遊んでいて油断させてたんだって、絶対!」


 早々に口の中から消えてしまった飴玉を再び補給しなおすエイデン。


「じゃあ、今は」


 嫌な予感がした。それはエイデンも同様のようで、忌々しそうに顔を歪める。


「おう、なんかヤバいことやってんだよ、絶対。見つけ出さないと大変なことになるって!」


 俺探してくるからと言ってエイデンは教室を飛び出していった。

 今の話を聞いて私は酷く動揺していた。従魔の暴走、マルチダさん、『魔物隷属薬』、三か月前の似たような事件、裏町の売人、人間ではない長身の彼。そして一番最初にマルチダさんが怪しいと言い始めたのが誰だったか。


「もしかして……」


 前提が違ったのだ。三か月前の従魔の暴走と、入学試験の時の従魔の暴走。似た事件だったために、同じ原因とばかり思いこんでいたけれど、実際は二つの事件はまったく別だったのだ。


「オイ! なんか騒ぎが起こってるらしいぞ!」


 クラスメイトが慌てた様子で駆け込んできた。タイミング的に長身の彼がかかわっている可能性が固い。


「場所はどこ?」

「従魔舎の方らしいぞ」


 やっぱり。もしかしたらマルチダさんとシャルルもそこにいるかもしれない。返答を聞いた瞬間私は駆け出していた。


「おはよう、ブランシュ。って、どこ行くの!?」


 教室に入って来たピオレットに挨拶を返す余裕などなく、私は廊下をかけていく。

 途中コルベール先生との約束が頭をよぎったが、今はそんな場合ではない。ただ一心不乱に従魔舎に向かって走った。

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