表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/57

5、麦畑

 秋も深くなり、そろそろ収穫の時期だ。オトテール領ももちろん例外ではなく、自室の窓から見える景色は金色の小麦畑が広がっている。

 オトテール領の主な農産物は小麦だ。どの村でも大々的に栽培している。

 極端に寒くも暑くもなく、湿気も多くなくカラッとした気候なので小麦の栽培に適しているのだ。

 ここ領都エルネスヴィールの収穫は来週以降だとお父さまが先日言っていたけれど、北の方になるともう既に収穫が終わっているところもあるらしい。

 今月に入ってからというもの、お父さまとお兄さまたちは毎日のようにあちらこちらの畑に収穫の手伝いに行っている。


 いっぽう私はというと、こうやって窓から麦畑を眺めるしかできない。虚弱な私には畑仕事はどう考えても無理だと言われてしまった。行っても足手まといにしかならないことは自分でもわかっている。

 わかってはいるのだけど、皆が忙しくしているのに自分だけジッとしているのは少々居心地が悪い。

 それに金色の麦畑をもっと近くで見てみたいという願望もある。太陽に照らされキラキラ輝く金色の海はとてもキレイだ。風になびく麦の姿を、香りを、音をその目で、鼻で、耳で感じたかった。

 お兄さまたちは十歳になった頃には収穫の手伝いに出ていたというのに私はまだ一度も参加したことがない。私ももう十一歳だ。そろそろ参加してもいいのではと思い、去年お父さまにお願いしたのだけど、体調を崩して連れて行ってもらえなかった。

 しかし今日はとても体調がいい。熱はないし、どこも痛くないし、咳も出ていない。これなら連れて行ってくれるんじゃないかな。


「ダメだ」


 と思っていたが、私の淡い期待はマクシムお兄さまの一言であっさりと崩れ去った。

 マクシムお兄さまはいつも私に意地悪を言う。ひどい。


「なぜですか!?」


 私がこんなに体調がいい日は珍しいくらいだ。だというになぜダメなのだろうか。食い下がる私にマクシムお兄さまは鬱陶しそうにため息を吐いた。


「今体調がよくても、お前のことだ、すぐに頭痛いとか熱が出ただの言い出すに違いないね。そんな軟弱者連れて行けるわけないだろ」

「そ、それは……」


 確かに絶対にないとは言い切れない。ついさっきまで体調が良かったのに数時間後には高熱を出して倒れたなんてことよくある。どんなに万全に備えていても、私の体調は自身の期待を裏切っていくのだ。


「第一、ろくに手伝いも出来ないお前は邪魔でしかない」

「……っ」


 マクシムお兄さまに言い切られてしまっては何も言えなくなる。確かに私に体力の要る農作業は出来ないかもしれない。

 やっぱり今年も私は大人しく留守番しかないのか。そう思うと心が沈んでいく。


「いいじゃないか、連れて行ってあげなよマクシム」

「兄さん!?」


 諦めかけていた私に、ダニエルお兄さまが援護してくれた。


「明日マクシムはスィユール村の収穫の手伝いだろ? それほど遠くはないんだしさ問題はないよ。それに農作業は出来なくとも、お茶を出したりとか食事の用意など農作業以外の手伝いをすればいいじゃないか」


「……そういうなら、兄さんが連れて行ってやればいいのでは?」

「私は父上と共に、シプレ村での収穫の手伝いだ。さすがに野宿はブランシュには無理だよ」


 片田舎で何もないこの領地だが、面積だけは無駄に広い。

 ダニエルお兄さまが行く予定のシプレ村はここから馬車で丸一日以上はかかる。いくら朝一で屋敷を出たとしても、目的地にたどり着くのは次の日の昼前だ。野宿は絶対に避けられない。虚弱体質な私が野宿できるかと言われれば、正直厳しいだろう。

 たいしてスィユール村は馬車で三時間もかからない。もちろん収穫を手伝うとなれば、スィユール村の麦畑も広いので一日では終わらないだろう。

 しかし夜は村長さんの家に泊めてもらうことになっている。野宿よりは格段に安心だ。


「ブランシュもスィユールの方がいいよね?」

「はい! マクシムお兄様、私もスィユールに行きたいです。お願いします」

「――っ。わ、わかったよ! 連れて行けばいいんだろ!」


 私がお願いすると、マクシムお兄さまは渋々といった感じで私が付いていくことを了承してくれた。


「ありがとうございます!」


 やった、これで私もいける。


「ただし途中で体調崩したらすぐに送り返すからな!」

「は、はい!」


 相変わらずマクシムお兄さまは厳しい。なんで私にだけ辺りが強いのだろうか。ここまでキツイ物言いをされると、嫌われているんじゃないかと不安になってくる。


「マクシムはブランシュが心配なんだよ」


 ダニエルお兄さまが耳打ちでこっそり教えてくれたが、とてもそんな風には見えない。いつも私が体調を崩すとイライラとしながら悪態をついてくるのだから。少なくとも好かれてはいないと思う。


「でもまぁ、ブランシュは高度な魔法が使えるんだし、何かあっても魔法で何とか出来るだろうし、そこまで心配することないと思うけどな」


 二か月前の大雨の日から、ダニエルお兄さまは私がすごい魔法を使ったと時折言ってくるのだけれど、実際の私はギリギリ生活魔法が使える程度だ。しかも吹いては消えるような炎や、コップ半分にも満たない水が出せる程度。

 難しい魔法なんて使えるわけがない。

 最近ではお母さまも私の事を「魔法の才能がある」と言うけれど、誰かと勘違いしているのではないのだろうか。

 そう伝えても二人とも、私がやったのだと取り合ってくれない。身に覚えがないことですごいと褒められても困るだけだ……。



 ▼



「わー、すごーい!」


 馬車の窓から外を覗くと、見渡す限り金色の畑が広がる。私が見たかった光景だ。空は高く青く、澄み渡っている。雲一つない収穫日和。


「おい、あんまり乗り出すと落ちるぞ」


 今日私はマクシムお兄さまと共に、スィユール村へと麦の収穫の手伝いに来ていた。

 スィユール村は領都エルネスヴィールの南にある、村民百人未満の農村だ。平地が多く、村の大半の土地が畑を占める。その中でも麦畑が一番多い。

 馬車は暫くすると、一家の屋敷の前で止まった。我が家よりは小さいものの、道中見えた家々よりは大きな家だ。


「ようこそおいでくださいました、マクシム様、ブランシュ様。スィユールの村長であるドーナと申します。本日はよろしくお願いします」


 馬車を下りた私たちを出迎えたのは、スィユール村の村長だ。彼に案内されるまま私たちは村長の屋敷の中へと向かった。


「今年は例年にないほど豊作でしてな。嬉しい反面収穫作業が大変になるでしょう。マクシム様のご助力大変感謝いたします」


 村長はいったん言葉を切ると、少し声色を落とした。


「しかし、懸念が一つございましてな……」

「懸念?」

「はい、例年に比べて虫が多いのです」

「イナゴか?」

「はい、そうです」


 イナゴ。以前本で読んだことがある。

 イナゴとは麦などを食べる害虫だ。北の方では食べる地域もあるらしいけれど、この辺りでは食べることはない。

 大量発生したイナゴは、麦などの作物だけでなく雑草なども全て短時間のうちに食べつくしてしまうらしい。そのため食料不足や飢饉の発生が懸念される。イナゴの被害は蝗害と言われる。

 イナゴは一匹のメスに付き三百個以上の卵を産むと言われているので蝗害は二~三年続くらしい。農業にかかわるものにとってはとても忌み嫌われる虫だ。

 イナゴの話が出た瞬間、マクシムお兄さまの表情がこわばったの感じた。


「父上には?」

「いえ、まだ蝗害と言えるほどには増えてはいないのでそこまで心配はないでしょう」


 村長の言葉にほっと胸をなでおろす。

 お父さまに報告するほどでないのであれば問題ないのかもしれない。イナゴが全く発生しないことなんてないのだから、いつもより少し多い程度なのだきっと。


「……そうか」


 しかしマクシムお兄さまはまだ難しい顔をしている。お兄さまは何かと難しく考えすぎなのだ。

 村長の案内で今日泊まる部屋へと案内された。私の部屋はマクシムお兄さまの部屋の隣だ。


「食事の用意が出来ましたらお呼びいたします。それまでご自由にお過ごしください」


 収穫は明日の早朝から始めるらしいので今日は特にやることはない。予定外に暇な時間が出来てしまった。どうしようか。

 自由に過ごしていいと言われたので、近くを散策してもいいかもしれない。麦畑でも見に行こうか。


「おい、ブランシュ!」


 そんなことを思いながら自室へと入ろうとしたところ、マクシムお兄さまに呼びとめられた。


「マクシムお兄さま?」


 どうしたのだろうか? 不思議に思っていると、スッとマクシムお兄さまの手が目の前に伸ばされた。私はとっさに瞳を閉じる。

 おでこに触れられる感触に慌てて目を開けた。マクシムお兄さまの手が私のおでこに触れていた。驚いたが、少し冷たくひんやりとしていて気持ちがよく再び目を閉じる。


「ッチ」


 目を閉じていると、唐突に舌打ちが聞こえてきた。舌打ちした犯人など一人しかいない。

 瞳を開けると、案の定嫌そうな顔をしたマクシムお兄さまがと目があった。


「ひぇ」


 鋭い眼差しについ声が漏れてしまう。何故お兄さまは私を睨んでいるのだろうか。私何かしただろうか? まだ倒れてもいないし、何もしていないはずだけど……。


「お前、熱出てるぞ」

「え?」


 まさか、熱を測るためにマクシムお兄さまは私のおでこに触れたのだろうか? でもなぜ私が熱が出ているときがついたのだろうか。自分でもわからなかったというのに。


「まさかとは思ったが、たった数時間の馬車での移動ですぐ体調崩して……。これでも飲んで寝てろ」


 文句を言いながらマクシムお兄さまが手渡してきたのは一本の薬瓶。これには見覚えがある。クラハお手製の滋養剤だ。


「べ、べつにお前のためなんかじゃないからな。母上から『ブランシュは移動で疲れるだろうから体調が悪そうだったら飲ませるように』と言われたから仕方なくもってきたやっただけだからな! いいか、これ飲んだら絶対におとなしく寝るんだぞ! どっかに遊びに行こうとかするなよ!」


 口早にまくしたてるとマクシムお兄さまは与えられた自室へと入っていった。バタンと大きな音がやけに響く。

 なるほど、お母さまに前もって私の体調管理を任されていたのか。そうでもなければ、私のことを面倒だと思っているお兄さまがわざわざ私の体調を気にする必要はないだろう。

 屋敷内を散策しようと思っていたけど、これで言いつけを守らないで体調が悪化でもしたら今度こそマクシムお兄さまに送り帰されることだろう。しかたない散策は諦めよう。


「はあ」


 部屋に入ると、私は貰った瓶を見つめため息をつく。。

 クラハお手製の滋養剤はすごく効くので重宝しているのだけど、ものすごく苦いのが唯一の問題だ。

 いったい何を入れればここまで苦くできるのか逆に不思議に思えてくる。

 出来るだけ飲みたくはないのだけど、マクシムお兄さまに念を押されてしまったので飲まない訳にはいかない。


「何か甘いもの持ってたかなー」


 私は呟きながら荷物を漁り始めた。これを飲むときは必ず口直しに甘いものを用意しておく。そうでないと苦さにのたうち回ることになるからだ。

 確かダニエルお兄さまからもらったキャンディを持ってきていたはずだ。

 私は覚悟を決めてクラハお手製の滋養剤を一気にあおった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ