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19、コルベール先生と裏通り

 大通りから外れ、細い路地を進んでいく。先ほどまで人の溢れていた大通りとは全く違い、行きかう人は少ない。さらに奥へと進むと華やかさは既になく、陰鬱ささえ感じられる裏道が続く。

 薄汚れ、今にも壊れそうなほどに劣化した建物、そう遠くないところから聞こえてくる何かの鳴き声や叫び声、鼻をつくような異臭、誰の姿も見えないのにどこからか見られているような視線を感じる。どれもが大通りとは大違いだ。

 一瞬進むのを戸惑った私とは違い、コルベール先生は足取り確かに止まることなく進んでいく。

 最初は声をかけようとしたけれど、気を張ったような真剣な表情のコルベール先生は珍しく、どこか声のかけにくい雰囲気をかもち出しており、タイミングを逃してしまった。

 かといってこのまま引き返すのもなんとなく嫌で、ついこそこそと尾行なんて真似をしてしまった訳だ。

 ここはおそらく裏町なのだろう。明るく楽し気な表通りとは一線引いた、ほの暗い住人の住処。正直あまり好んで来たくはない場所だ。今も既に帰りたい。だがしかしこのまま一人で帰るのも勇気がいる。

 それにコルベール先生は、何が目的で裏町に来たのかも気になるのだ。

 清廉で柔らかな印象をもつジェフ先生には薄汚れた裏町は酷く似合わない。まるで異物のようにこの路地で一人浮いている。


 王都において、大抵のものは大通りで手に入る。値段や質はピンからキリまで。王城に近くなるほど質が良く高いもの、離れた場所には平民向けのリーズナブル屋台などが連なっている。

 そのどちらに行っても手に入らないようなもの。それはもうおそらく表には出てこられない非合法なもの。そう言ったものは裏町でしか手に入らない。

 脳裏に例の噂が思い浮かぶ。

『魔獣を無理矢理従魔にする薬』

 まさかコルベール先生もその薬を買いにきたのだろうか。しかし精霊魔術科であるコルベール先生には必要ないはずだ。なら全く関係ない用事でここに? 何のために?


「あれ?」


 ごちゃごちゃとあれこれ考えこんでいたら、数メートル先を歩いていたはずのコルベール先生がいつの間にか姿を消していた。

 今通って来た道に曲がり角はなかったはずだ。この先に見えるのは壁しかない。行き止まりだ。いったいどこへ行ってしまったのだろうか。


「尾行だなんて行儀が悪いですよ」


 聞こえてきた声は確かにコルベール先生の声。しかし声のする方向はなぜか背後からだった。

 つい先ほどまで目の前を歩いていたはずだ。不思議に思いながらも振り返ると、そこには先ほどまで見ていたコルベール先生の姿が確かにあった。


「コルベール先生……」

「おや?」


 驚いた表情で立ち尽くすコルベール先生。


「なぜ貴女がここに?」

「ごめんなさい! 大通りでコルベール先生を見つけて声をかけようとしたんですけど、ついタイミングを逃してしまって……」

「それで後を付けてきたと?」

「はい……」


 これは怒られるだろうと首を垂れる私に対して、頭上から聞こえてきたのは柔らかな笑い声だった。


「仕方のない子ですね。今度からは後をつける前に声をかけてくださいね。びっくりしてしまいますから」

「はい、すみません」


 穏やかな声に怒ってはいないのだと、ほっと安心し息を吐いた。


「さて、ここは危ないですから大通りへと戻りましょう」


 差し出された節くれだった手に、私は自分の手を重ねる。長々と歩いてきた私の手はいつの間にか火照っていたようで、ひんやりとしたジェフ先生の手が心地よく感じられた。先ほどまで怖くて仕方なかった裏町だったけれど、コルベール先生が傍にいるというだけでとても頼もしく感じる。

 そう言えばコルベール先生はなぜ裏町に来たのだろうか。ふと思った疑問。聞いてもいいだろうかと視線を向けると、先ほどまでの柔らかな視線から一変し険しい目つきをしたコルベール先生がいた。

 視線の先は私ではない。数メート先の分かれ道の先。そこには何もないように見えた。


「出てきなさい」


 底冷えするような低い声で一言告げる。それを合図に曲がり角の先から見るからにガラの悪いごろつきのような男たちが五人ゾロソロと連なって出てきては道を塞いだ。

 一人は大きなカバンを背負っており、行商人のようにも見える。しかし服装や人相の悪さからとてもじゃないが、まともな商品を売っているようには見えない。


「俺らのこと嗅ぎまわっているジジイってお前か?」

「ようやく本命がおいでになりましたね」


 ガラ悪く絡んでくる男たちにコルベール先生は臆することなく、場違いなほど優雅に微笑んだ。ここが舞踏会で目の前にいるのか麗しいご婦人達だったらさぞ見惚れていたことだろう。しかし残念なことに、ここは裏町で目の前にいるのはガラの悪い男たちという切羽詰まった状況だ。


「テメー、何笑ってやがるんだ!」

「あなた方にお聞きしたいことがあるのですが……」

「ッハ、老いぼれなんぞに教えてやることはなにもねーよ!」


 男たちは下品な笑みを浮かべ、揶揄(からか)嘲笑(あざわら)う。しかしコルベール先生は安い挑発になど乗ることもなく表情を変えぬままため息を吐いた。


「生徒の手前手荒なことはしたくないのですが……。仕方ありません、手早く済ませると致しましょう」

「バカにしてんじゃねー!」


 怯えるでもなく淡々としたコルベール先生に、男たちは頭に血を登らせがなり立てる。

 男たちの中の一人が痺れを切らせたのか、舌打ちをすると懐から短刀を取り出した。見せつけるように抜き出すと、牽制するかのようにこちらへと向けて突き出した。血の気が多いうえにかなり気が短いようだ。


「っひ」


 凶器など今まで一度も向けられたことなどなく、むき出しの刃に思わず声が漏れ出る。


「大丈夫ですよ。あなたは私が守りますから」


 安心させるように微笑むと、コルベール先生は私を守るようにそっと立ち位置を変えた。

 短刀を手にした男が言葉にならない声を叫びながら、コルベール先生めがけて真っすぐに走って来る。短刀を無茶苦茶に振り回しながら突っ込んできたが、コルベール先生は危なげなく優雅に躱す。


「このおいぼれジジイが!」


 男は諦めることなく、再び短刀を振りかざしながら迫ってきた。


「やれやれ、そんなもので私を害することなどできませんよ」


 余裕の表情で呟くと、空を切るように手を一振りした。するとたちまち男の足元から間欠泉のように水をふきだした。コルベール先生しか目に入っておらず、足元など見ていなかった男は、避けることも出来ずに勢いよく噴出される水によって後方へと押し戻されてしまった。


「魔術師、ソルシエールの関係者か……」

「おい! ガキを人質にとれ!」


 男たちの中でリーダー格らしき人物が指図を出す。魔法の使えない男たちでは魔術師であるコルベール先生相手では分が悪いと思ったのだろう。

 男が二人、私の方へと向かってきた。とっさに後ずさるが背後は壁だ。逃げたくとも逃げ場などなかった。


「おっと、お前の相手は俺だぜ」


 私とコルベール先生の間を阻むように男たちが割り込んでくる。咄嗟にコルベール先生が私の方へと向かおうとしたが、三人の男に阻まれて動くことが出来ない。


「お嬢ちゃん、大人しくしとけば悪いようにはしねーよ」


 口の端を上げ、ニヤリと笑いながら物語の悪役が言うセリフを男が言う。

 一人の男の手には縄が握られていた。捕まえた私をそれで拘束するつもりなのだろう。縄以外には武器など何も持っていない。しかしガタイのいい男二人に立ちはだかれると、何の心構えなどなかった私は恐怖心でいっぱいになる。心臓はうるさい程に跳ねるし、両手は微かに震えている。

 私には武術も剣術も心得がない。だがその代わりではないが、魔法なら使える。とはいっても戦闘用魔法など使えない。生活魔法が精いっぱいだ。

 ダメ元で火魔法でも出してみようか。驚かすことくらいは出来るかもしれない。でも万が一乗合馬車の時のように、予想以上の火力が出てしまったらどうしようか。あの時は何とかなったけれど、こんな建物が密集した場所で暴発なんてしたら全部吹き飛ばしかねない。

 私が迷っている間にも、縄を手にした男がじりじりと距離を詰めてくる。


「ブリジット、頼みますよ」


 コルベール先生が話しかける声が聞こえた。次の瞬間、誰かの歌うような、笑うような声が聞こえた。男たちの仲間でも来たのかと思い辺りを見渡すがそれらしき姿は見えない。


「な、なんだよこれ!」

「え?」


 そこには不思議な光景が広がっていた。

 男たちの足はいつの間にか氷でガチガチに固められており、一歩たりとも動くことが出来ない状態になっている。いったい誰がいつの間に。

 男たちを足止めしている氷は徐々に広がっていき、上半身をも覆いつくさんとしていた。


「助けてくれ!」


 私に向かって怯えながら助けを求める男たち。しかし私は何もしていないので、どうすることも出来ない。


「ブリジット、殺してはいけませんよ」

「……~~」


 先ほどの歌声のような笑い声のような声がまた聞こえた。まるでコルベール先生の言葉に返事を返しているかのようだ。

 ゴンと鈍い音がしたと思ったら男たちの頭の上には人の頭ほどの大きさの氷の塊があった。氷の塊が直撃した男たちは二人とも気絶したのか、静かになりピクリとも動かない。


「なにをしやがった!」


 あっという間に仲間二人を無力化され、リーダー格の男が狼狽える。私ですら何が起きたかわからないのだ。魔術が使えない人間にしてみたら恐怖すら覚えるのかもしれない。


「バケモン相手にやってられるか!」

「俺には無理だ! 逃げるぞ!」

「あ、おいこら!」


 勝てないと思ったのだろう、コルベール先生を囲んでいた男たちがリーダー格の男の男を見捨てて走り出した。背中に罵倒の声が投げつけられるが、聞いている暇などないとばかりに振り返りすらしない。

 しかし男たちの行く先を阻むものがいた。


「逃がしませんよ」


 コルベール先生が長い指先を翳す、と男たちの進行を阻むように目の前に氷の壁が出現する。


「くっそ!」


 男が悪態をつきながら蹴りを入れてくるが、氷の壁はびくともしない。もう一人が別の方から逃げようと向きを変えて走り出したが、二つ目の氷の壁が表れた。二枚の氷の壁は男たちを囲むようにして、幅を広げていく。あっという間に男たちは氷の壁に囚われてしまった。


「うそだろ……」


 四方八方に出現した氷の壁に囲まれて、完全に逃げ道はなくなり、呆けたような男の声だけが聞こえる。


「クソが……! 俺一人でも殺ってやる!」


 一人残ったリーダー格の男が短刀をがむしゃらに振り回しコルベール先生に向かって行った。


「あ……!」


 危ない。そう口にしようとした瞬間、コルベール先生の前に人影が見えた。正確には人影のような何かというべきだろう。

 全身青く薄っすら透けており、水のような質感の、女性にも男性にも見える中性的な人。とても整った容姿で、まるで人形のような造りめいた美しさ。人影が表れたのは一瞬のことで、まるで幻だったかのようにすぐに消えてしまった。

 カキンと金属同士がぶつかり合ったような音に思考が引き戻される。

 コルベール先生へと振り下ろされた短刀はジェフ先生の頭上で止まっていた。いったい何が、と目を凝らしよく見てみると、コルベール先生とリーダー格の男との間には薄い氷の膜が現れていた。

 氷の壁よりも薄く透き通り、光を受けてキラキラと反射している。

 攻撃が当てることが出来なかったリーダー格の男は、とっさに後ずさりしようとした。しかしそれは叶わない。氷の膜に当たったままの短刀の刃が張り付いて動かない。まるで氷が刃を食べようとしているかのような光景だった。

 切っ先から徐々に凍り出したナイフに、慌てた男がとっさに手を放そうとしたが間に合わない。恐ろしく速いスピードで凍結していき、あっという間に男は氷像となり果てた。氷はその美しさに反して、酷く残酷だった。


「まったく、やりすぎですよ……。まあ、あとで溶かせば問題ないでしょう」


 コルベール先生は動かぬ氷像など既に用がないとばかりに、横を通り抜けると氷の壁の前にまでやってきた。中では閉じ込められた男たちが喚いている。


「俺たちは頼まれただけなんだ!」

「なんでもするから助けてくれ!」


 必死で助命を乞うその様は、つい数分前までいきがり威圧感を出していた男たちととても同一人物とは思えない。


「ではまず、貴方がお持ちの荷物をこちらに渡してくれませんか」


 ヒヤリと背筋が凍るような冷淡な声。しかし男たちは気にすることなく喚く。


「なんで渡さなきゃなんねーんだよ! 大事な仕事道具だぞ!」


 ついさっきなんでもすると言ったのはもう忘れてしまったようだ。


「ブリジット」


 また、歌声のような笑い声のような声がすると、壁の真上で突如小さな水球が出現し、回転しながら渦を作っていく。

 ふわりと漂う水球は徐々に高度を下げていく。突然現れた水球に中の男たちは阿鼻叫喚の騒ぎを見せるが、暫くすると水球が浮かび上がった。中には男が持っていたトランクが閉じ込められていた。

 文句を叫ぶ声が氷の壁の中から聞こえるが、コルベール先生は我関せずと水球からトランクを取り出した。

 水球の中に閉じ込めたためにトランクはびしょ濡れになっていると思いきや、見た限りほとんど濡れていない。


「これはおそらくケルピーの皮で作られていますね。ケルピーには防水効果がありますので、よく鞄や靴などに用いられるのですよ」


 ケルピーとは水場に棲む馬の姿をした魔物だ。優雅で美しい姿をしているらしいが、みたことはない。人の前には滅多に姿を現さないので、ケルピーから得られる素材は大変高価だという。

 きっとこのカバンもさぞ高いのだろう。ごろつきたちが持つにはいささか不釣り合いだ。


「わざわざこんな高級品を使うということは、よっぽど重要なものがおさめられているのでしょうね」


 コルベール先生の言葉はどこか確信に満ちていた。もしかしたら彼はこの中に何が入っているのかおおよその見当がついているのかもしれない。

 トランクの取っ手に手をかけ開けようとしたが、トランクはガチャという音を立てるだけで開かない。鞄にはカギがかけられていた。


「どうしましょうか?」


 それだけこのトランクの中には高価なものが入っているということだろう。


「問題ありません」


 そう言い切ると、軽く鍵穴を撫でるコルベール先生。魔法で少量の水を出すと鍵穴に入り込ませた。次の瞬間パキパキという小さな音がしたと思えば、水は氷に変わっていた。鍵穴に入り込んだままの氷を回すと、カチリと小気味いい音がした。


「開きましたよ」


 まさか水を氷に変えて鍵の代わりにしてしまうなんて。

 コルベール先生が再び取っ手に手をかけると、先ほどとは違い鞄は難なく開かれた。

 彼の手の中にあった鍵は既に水となって消えていた。

 鞄の中には所狭しと多種多様なものがぎゅうぎゅうに押し込まれている。

 宝石に羽ペン、本に布らしきものもある。その中からコルベール先生が手に取ったのは海のような真っ青な液体が入っている小瓶だった。

 コルベール先生がコルク栓を引き抜くとふわりと甘い香りが立ち込める。


「おそらくこれは今世間を騒がせている厄介な薬です。人間には害はありませんが、魔物に飲ませると大変なことになります」

「……魔物を無理矢理従魔にする薬」

「おや、お存じでしたか。これは主に冒険者の従魔師(テイマー)の方々の間で秘密裏に流行っている『魔物隷属薬』です。これをかけることによって、自身よりも力の強い魔物を従えることが出来るといわれています。しかし当然のこと正規の手順を踏んでいないので、それ相応のリスクもあります」


 やけに詳しいことを考えると、学院の先生たちは既に薬のことを把握していたのだろう。私のような入学したての新入生が知っているのだ、よく考えれば当然ことだろう。

 おそらくコルベール先生が探していたのはこの男たちだったのだ。男たちは話に聞いた裏町の売人に違いない。

 従魔の暴走が立て続けに起きて先生たちも噂の調査に乗り出した、といったところだろうか。


「薬なんてものは服用し続ければ、徐々に効き目は薄れていきます。その度に量を増やしても、最終的には全く効かなくなってしまう事でしょう。薬の効果が切れた瞬間、制御不能になり今まで自身を無理矢理縛っていた従魔師に襲い掛かると聞きました」


 ぞくりと怖気が背中を走る。自らの従魔に襲われて死にかけたベネトーさんのことが頭をよぎった。


「さて、貴方がたには何個かお聞きしたいことがあります。答えていただけますね?」


 言うやいなや、再び水球が氷の壁の中に飛び込んでいった。罵詈雑言捲し立てていた男たちは水球が飛び込んできた途端に静かになった。


「この従魔隷属薬をソルシエールの生徒に売ったことがありますね?」


 疑問形であるものの、言葉は確信に満ちていた。暫くの沈黙の後、男たちが悲鳴をあげた。壁の中はよく見えないが、どうなっているのか想像できる。


「傲慢な物言いをするいけすかねぇガキに売った。強ぇ魔物を従魔にして、自分を振った女の鼻を明かしてやるって息巻いてたぞ。確か四ヵ月前のことだ!」


 前回の従魔暴走事件は三ヵ月前。四ヵ月前なら丁度合う時期だ。おそらく男が従魔隷属薬を売った相手はベネトーさんで間違いないだろう。


「他には?」

「そいつだけだよ! 本当だって信じてくれよ!」


 男の必死に言い募る様子は、嘘をついているようには感じない。


「……わかりました」


 コルベール先生も彼が言っていること本当だと思ったようで、氷の壁の中から水球を引き上げた。

 マルチダさんもてっきりこの人たちから従魔隷属薬を買っていたのかと思っていたけれど、どうやら違ったようだ。

 考えながらぼんやりと鞄の中を見ていると、ふと気になるものが目に入った。


「紙?」


 丸められた数枚重ねて丸められている。いったい何が描いているのだろうかと気になり開いてみると、それには絵が描かれていた。


「これは……」


 首元にほくろが三つある少女の絵。聖女ブランディーヌだ。王都では聖女教が一般的なので聖女ブランディーヌの絵自体を見るのは珍しくはない。王都に来てからもあちらこちらで何度も見ている。

 しかしその絵に私が反応したのは、描かれているものにではない。絵そのものだ。見覚えのあるタッチだった。サイズこそ違うが、約二年前にお母さまが王都のお土産に買ってきた絵によく似ていた。お母さまがおかしくなった原因であったあの絵に。


「その絵がどうかしましたか?」

「いえ、……何でもないです」


 コルベール先生にはあいまいに答えた。結局あの件は色々とよくわからないままだった。それに似ているだけで全く関係ないかもしれないし。


「オトテールさん」


 名前を呼ばれ顔を上げると、至極真剣な表情をしたコルベール先生がいた。いつもの柔らかい笑顔は浮かべてはないなかった。


「今日のことは忘れてください」

「え?」

「お願いですから、この件からは一切手を引いてください」


 この件、とは従魔暴走の件のことだと言わずともわかった。


「でも……」


 私はマルチダさんの従魔であるベリーちゃんが暴走した原因を探すとシャルルと約束した。コランタンさんにも何かわかったら教えるように頼まれた。


「後は私たちで解決しますので、これ以上首をつっこむのはやめてください。あなた方生徒を危険にさらすわけにはいかないのです」


 私を心配する真摯な瞳。そんな目で見られては否と唱えることは叶わず、私は頷くことしかできなかった。


「ありがとうございます」


 ふわりと花がほころぶような笑顔でお礼を言われてしまっては、私は何も言えない。

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