18、街へ出かける
あれからも四人であれこれ聞き込みなどの調査を行ったが、めぼしい話はこれと言ってきけず無情にも時間だけが過ぎていった。ベリーちゃんの処分まであと明日と明後日の二日を残すだけどなってしまった。
このままではベリーちゃんが処分されてしまうだろう。私は襲われた側の人間だし、これと言って思い入れもない。慈悲深い人間でもないので思い入れも何もない魔物にたいして、可哀そうなんて感情は特に起きない。かといって逆に早く処分してほしいとも思っていない。
ただこのまま処分されてしまうと、マルチダさんが怒りながら怒鳴り込んでくることは容易に想像できた。まあ怒られたり、嫌みを言われるくらい気にすることでもないのだけど、シャルルのことを思うとこのまま放置するわけにもいかなかった。
赤の他人である私にあれだけ強く当たれるなら、きっとシャルルはもっとひどいことを言われているのだろう。
私ができることなんて大したことはないかもしれないけれど、それでもできるかぎりのことはやっておきたい。だがしかし残念なことに、今の私にはその手段が全く思いつかない。
一人で考えても結局思考は堂々巡りするばかりで何も思いつけない。行き詰まった思考にため息を吐く。
机に頬杖をつきながら考え事に耽っていると、カチャリという音と共に目の前にティーカップが置かれた。中には湯気を立てる紅茶が注がれている。仄かに香る香りはカモミールだろうか。ひとくち口を付けると、優しい香りがふわりと香る。張り詰めていた神経がほぐれていく。
「お嬢様、悩み事ですか?」
顔を上げると心配そうなコレットと瞳があった。
「大丈夫、たいしたことじゃないから」
学院内のことだし、部外者であるコレットにおいそれと話すわけにはいかない。誤魔化すために曖昧に笑うと、何を思ったのか私の手を取った。
「お嬢様、明日はお休みですよね?」
「あ、うん。そうだけど……」
「では街に出かけましょう!」
「え? なんで?」
「なにかご用事がありましたか?」
「いや特にないよ」
学院が休みで調査もなし。宿題は出ているが、たいした量ではないので既に終わっている。何もやることもないのでどうしようかと思っていた所ではあった。
「では丁度いいではないですか。王都に来てからほとんど出歩いていないのですから観光ですよ」
確かにせっかく王都に来たというのに碌に外に出ていない。観光どころか、買い物すら必要最低限の店しか回っていない状態である。
どうせやることがないのならこれを機に街に出てみるのもいいかもしれない。部屋の中でうだうだ悩んでいても碌に案も浮かばない。いっそ気分転換でもしたほうが何かヒントを得るかもしれない。
そんな感じでコレットの提案に乗り、明日の休みは王都の観光に出かけることとなった。
◆
屋台が立ち並び、人でにぎわう商店街。日用品を買いに来た主婦から、観光目的で訪れただろう観光客まで様々だ。
オトテール領の領都にも商店街はあったけれど、店の質も量も客の入りも比較にもならない。流石お都会だなーなんてお上りさんまるだしで人ごみを眺めていた。
橋のたもとにはピエロがジャグリングをやっている。五つの玉を同時に操るなんてまるで魔法のようだ。私なら二つでもすぐに落としてしまうだろう。
左側の店の軒先ではバルーンアートを披露している青年がいる。何の変哲のない白い風船がキュキュッと音をたててあっという間に兎へと姿を変えていった。いったいどうやっているのだろうか。聞いてもたぶんできないだろうけど。
今日私は息抜きがてらにコレット共に町へと出かけている。これといった目的もないけれど、街の中をぶらぶらと歩くだけで目新しいものが視界へと入るので飽きることはない。
あちらこちらへ目移りする私を、コレットは後方で微笑ましく眺めている。きっと子どもっぽいな、なんて思われているのかもしれないけれど今日ぐらいは許してほしい。
もしマクシムお兄さまがこの場に居たら、盛大にため息を吐いて「落ち着きがない」など「田舎者丸出しで恥ずかしい」だの馬鹿にするんだろうな。
でも地元にはない珍しいもの興味があるものもいっぱいあるのだから、目移りぐらいしたって仕方ないじゃない。と脳内のマクシムお兄さまに反論するが、本人には文句の一つも言えやしないだろう。
「お嬢様、そろそろ休憩にいたしませんか? あ、クレープの屋台がありますよ。何が食べたいですか?」
「ん~、シナモンアップルがいいな」
「了解しました! そこを動かないでくださいね!」
丁度小腹が空いていたので丁度いい。一番好きな種類を口にするとコレットは屋台へと向かって駆けていった。
一人残された私は、近くにあったベンチへと腰かけた。通りをぼんやりと見つめていると、思わずため息が漏れ出る。
王都は国一番の都会とあって、珍しいもの、初めて見るもの、興味深いもの、面白いものがいっぱいあって飽きないし見ているだけで楽しい。
しかしそれと同じように人も多く、人ごみに慣れていない私は少し疲れてしまったようだ。きっとコレットはそれを見越してクレープを買いに行ってくれたのだろう。甘いものを食べて休憩といったとこだ。
何もかもを見透かされていて少々恥ずかしくもあるが、それがまたありがたくもある。
この一年私はコレットに頼ってばかりだ。最初こそ仲は良くなかったが、今ではなくてはならない大切な存在である。きっと今コレットが私の専属メイドをやめると言ったら、泣いて引き止めるかもしれない。いや、確実にそうすることだろう。
「あれって……」
行きかう人込みをぼんやり眺めていると、ふと見覚えのある姿を見つけた。腰まで延ばした白髪交じりの金髪を一つに結った初老の男性。精霊魔術師科のコルベール先生だ。
コルベール先生の視線は先ほどまでの私のように、あちこち彷徨っている。
とはいってもコルベール先生は優雅でスマートな大人の男性だ。私のような田舎者でもあるまいし、見慣れぬ王都の街並みにお上りさんのようにあちらこちらに目移りしているなんてことはさすがにないだろう。
そうではないとなると、何かを探しているようにも見える。いったい何を探しているのだろうか。気になった私はコレットの言いつけを忘れて、その場を離れてコルベール先生の後をついていった。




