17、被害者と、その婚約者
エイデンたちが帰った後も、私とピオレットは従魔暴走の時に現場にいた人物に話を聞いて回った。とはいっても全員の顔を覚えているわけではないし、試験に落ちた人も当然いる訳なので数えるほどの人数にしか聞けなかった。結果としてはめぼしい話はこれと言ってない。
そうこうしているうちに従魔舎に行っていたシャルルたちが帰ってきた。
「なるほど、義姉さんならあり得ない話じゃないかもね。第一あのベヒモスは義姉さんがソルシエールに来る直前くらいに調伏したものだ」
シャルルの話ではマルチダさんは去年までは王都内の別の魔術学校に通っていたのだという。しかし今年からソルシエールに編入するに至って、急遽ベヒモスを調伏し従魔にしたという。
入学試験はそれほど難しくなかったソルシエールだが、編入となると一気にレベルが上がるという。
編入条件を満たすためには魔術師として、それ相応の実力を見せる必要があった。そのためのベヒモスだったという。
「私会ったことないんだけど、シャルルのお義姉さんってどういう人なの?」
「えっと、気の強い人? かな?」
「……なんかすごく、うるさ、じゃなくて……元気な人かな?」
私もヨルゲンもシャルルの手前、直接的な言葉を避けてマイルドな言葉でマルチダさんを表現しようとしたのだけど、逆に皮肉のような言い方になってしまった。
従魔舎に行ったシャルルたちはどうやらマルチダさんにあったらしく、ヨルゲンが疲れ果てた顔をしていたので大体何がったのか察しがついた。
「ごめんね、どうしようもない人なんだ。さっきも従魔舎で喚き散らして僕だけでなく、ヨルゲンや従魔師科の人たちにも迷惑かけててさ……」
「……まさか、女性に胸ぐらをつかまれるとは、……思ってなかった」
二人の話では、マルチダさんは前回同様にベリーちゃんが処分されるからどうにかしろと騒いでいたらしい。宥めても落ち着かず、生徒ではどうすることも出来なかったので最終的に教師に連行されていったとのことだ。
「うっわ、思っていた以上に苛烈な人ね……」
ピオレットがげんなりした様子で呟く。
「自己至上主義の人だからね、止められるのは義父さんか義兄さんくらいだよ。いちおうあれでもマシになった方で、昔は気に食わないことがあるとすぐに手が出ていたからね」
「貴族の子女としてはどうなのかしら……」
「……いくら、義理とはいっても……弟にたいしてひどすぎないか?」
「あの人たちにとって俺は奴隷みたいなものだからね」
カラカラと大したことでもないように笑った。シャルルにとっては冗談のつもりなのかもしれないけど、ちょっと心臓に悪いのでやめてほしい。
「ちょっと、全然笑えないから」
「……冗談に、なってないよ」
シャルルはゴメンゴメンと軽く謝ると、話題を変えた。
「そうそ、従魔舎で興味深い話もきけたよ」
先ほどまでの重苦しい空気は既に払拭されており、ふわりとした柔らかい空気を纏っている。ころころと変わる雰囲気にどちらが本当のシャルルなのに混乱してしまいそうだ。
「どうやら従魔の暴走は今回が初めてじゃないらしい」
「え?」
「それって本当なの?!」
ピオレットが勢いよく立ち上がった拍子に、ガタリと椅子が音を立てる。
「でも、三か月前のことで……。当事者の従魔師は、既に退学しているって……」
「えー、それじゃ話も聞けないじゃない」
せっかく得られたと思った手掛かりだったが、空振りに終わったようで、落胆したピオレットは再び椅子へと腰を落ち着けた。
「でも、被害者はまだいるよ。従魔に襲われたせいで重傷を負って長らく入院していたらしいけど、無事退院して今月から復帰したんだってさ」
◆
ということで次の日、早速私たちは三か月前の従魔暴走の被害者に話を聞くために三年教室が並ぶ校舎へと訪れていた。
「ね、ねえ、……三年の校舎に、俺たち一年が勝手に入っていいのかな? 怒られない?」
ヨルゲンは一歩歩くごとに不安そうに、視線を左右に彷徨わせている。むしろ不審者のようで逆に怪しくもある。
「大丈夫よ、そんなこと誰も気にしてないから」
ピオレットの言う通り、すれ違う生徒たちが一度はこちらをみてもリボンまたはネクタイの色を見ては、すぐに興味を失ったように別の方向へと視線を戻した。他の学年が校舎を行きかうのは大して珍しいことではないようだ。
ちなみに魔術学院ソルシエールは学年ごとに女子はリボン、男子はネクタイの色が違う。一年生が臙脂色。二年生が薄緑。三年生が紺色で、四年生が黄土色、五年生が紫だ。ここは三年生の校舎なので当たり前のことだが、紺色ばかり見る。
「えっと、ここだね」
私たち四人が訪れたのは三年の従魔師科の教室だ。このクラスに三か月前、従魔の暴走の被害を受けた生徒が在籍している。被害者の名前はクリステル・シャモナン。
近くにいた三年生に頼んで、クリステルさんを呼んでもらった。
暫くして現れたのは、腰のあたりまで伸びた金髪が美しい線の細い美少女だった。右手には痛々しく包帯が巻かれている。退院したものの怪我はまだ治りきっていないのかもしれない。
「……何の用事?」
私たちを見る眼には警戒の色が滲んでいる。
「三ヵ月前の従魔暴走事件の話を聞かせてもらえないでしょうか?」
そう私が切り出すと、クリステルさんは目を見開きびくりと肩を跳ねさせた。
「な、なんで……」
掻き消えるような小さな声で呟いた。青ざめた顔に、せわしなく泳ぐ目。重ね合わせた両手は小刻みに震えている。明らかにおびえている様子。
「なんで、そんな……思い出せるような、こと言うの……?」
真っ青な顔で己を抱きしめながら、涙目で浅い呼吸を繰り返す。明らかに尋常ではない様子に私たちは慌てる。
「え、どういうこと?」
「とりあえず、医務室に……!」
「クリステル!」
男性の声が聞こえたと思ったら、私たちを押しのけるように男子生徒が飛び込んできた。彼は私たちに視線を向けることもなく、蹲るクリステルさんへとまっすぐに向かうと彼女へと跪いた。
誰だろうかと思ったが、ピオレットが言うには彼はクリステルさんの婚約者でコランタン・タルデューだという。クリステルさんと同じ、三年生で妖術師科とのことだ。
「大丈夫だから、大きく息を吐いて、……吸って」
優しい口調で宥めながら、彼女の背中を擦ってやる。私たちはただそれを呆然と見守ることしかできずにいた。
暫くすると、クリステルさんの呼吸も落ち着いてきたようで、ぽつりぽつりとコランタンさんへと話しはじめた。
「……ごめんなさい、コランタン。いつも迷惑かけちゃって」
「クリステルは何も悪くないから、気にしないで。落ち着いたようでよかった」
コランタンさんはクリステルさんに手を差し伸べ立ち上がらせると、彼女の頬にかかった髪をはらいそのまま慣れた様子で頭を撫でた。親密な二人の様子は、仲の良い恋人同士そのものだ。
「悪いけど、先に行っていてくれないか。僕はこいつらと話があるから」
「でも……」
渋るクリステルさんに、コランタンさんは甘やかな笑顔を浮かべて大丈夫と囁く。心配そうに数度振り返りながらも彼女はその場を離れていった。
「っで、なんの用だ?」
ピリリと空気が張り詰めるような緊迫感。先ほどまでの甘い空気は既にない。コランタンさんが私たちに向ける視線には明確な敵意が乗っていた。
「あの、三ヵ月前の従魔暴走事件の話が聞きたくて……」
「君たち一年だろ? なんでそんなこと聞きたがるの? 興味本位なら怒るよ」
ギロリと睨まれて声が詰まる。しかしここで引き下がっては意味がない。逃げ出したくなるのをグッとこらえて、事情を説明するとようやく彼からの敵意が薄れた。
「……クリステルはトラウマになってるんだ。だから彼女の前ではあの時の話は禁止だ」
謝る私たちに、コランタンさんはよしと言いながら頷いた。案外怖い人ではないのかもしれない。
「なにから聞きたいんだ?」
「三ヵ月前におこった従魔暴走事件の全容を教えてください。今回の従魔暴走事件と何か類似点があるかもしれません」
コランタンさんは顎に手を添え少し考えると口を開いた。
「俺はあの事件は従魔の暴走などではなく、ベネトーが意図的にクリステルを襲ったと思っている」
「!」
ベネトー、私はその名前知っている。シリル・ベネトー。三ヵ月前の従魔暴走事件の際に暴走した従魔の飼い主だ。当時二年生で従魔科所属。契約している従魔はミノタウロス。
当時従魔舎の掃除をしていたクリステルさんが突然暴れ出したミノタウロスによって重傷を負わされた。その場にベネトーさんはおらず、従魔の突然の暴走による事故だということで事件は片づけられた。
ヨルゲンが前もって調べてきた情報でわかっているのはこのくらいだ。
しかしコランタンさんはあれは事故ではないと言いたいようだ。
「どういうことですか? あれは事故だとなっていますが……」
ピオレットの言葉にコランタンさんは眉を吊り上げた。
「表向きはな……」
苦々しく顔を歪めると、当時のことを思い出すかのようにゆっくりと語りだした。
「ベネトーのやつ元々クリステルに気があって、俺という婚約者がいるにもかかわらず度々言い寄っていたんだ。クリステルに振られた後は子どもみたいな嫌がらせを繰り返したりもした。耐えかねたクリステルが従魔科担当の教師に相談して、注意してもらってからはピタリと嫌がらせもなくなって諦めたと思ったころに例の事件だ。逆恨みしたベネトーが従魔に命令してクリステル襲ったに決まっている!」
コランタンさんの握りしめた拳に力が入る。忌々しそうに語るその瞳には、怒りが滲んでいた。
「動機があるのはわかりました。でも、だからと言ってベネトーって人の指示って無理がありませんか? だってその場にはいなかったのですよね?」
従魔師のことは全く分からないけど、シャルルの言う事には従魔師が従魔を操るには声が届かなければならないそうだ。そう言う理由があるからこそ、あの事件は事故だと処理されたのだ。
「確かにあいつはその場にいなかった……。だがそもそもな話、たいして魔力も多くもないベネトーがミノタウロスなんて上級の魔物を従魔に出来ているのがおかしい。絶対に何か裏があるに違いないんだ!」
その話には聞き覚えがあった。マルチダさんもベヒモスに見合うほどの魔力を持っていないのに従魔にしているのではないかとエイデン言っていた。
そして今巷で流行っているという魔獣を無理矢理従魔にする薬の噂。
まさかと思いシャルルたちに視線をやると、彼らもそこに合点がいったのだろう頷いてくれた。
「コランタンさん、もしかしてベネトーさんは裏町に行っていたんじゃないんですか?」
「さあ? 僕はベネトーとはあまり話したこともなかったからな。でも、よく寮を抜け出して夜遊びしていたって話なら聞いたことあるからありえない話でもないな」
そう言えばと、コランタンさんが話を続ける。
「関係者以外には伏せられているので君たちは知らないだろうが、ベネトーが学院をやめたのは自主退学となっているけれどそれは表向きの話だ。実際のところ、アイツは大けがをしてやめざるを得なかったのさ」
「大けが?」
「ああ、俺が腹いせに殴りかかったとかではないよ。やってやろうと思ったことはあったけどな……。クリステルが襲われた後、従魔舎に来たベネトーにミノタウロスが襲い掛かったのさ。右足を引き千切られ生死のふちをさまよったらしい。魔術学院ソルシエールとしては前代未聞らしく、箝口令敷かれた。代々従魔師の一門であるベネトー家としても従魔に襲われるなんてことは恥だったらしく、このことは公にされていない。」
まさかミノタウロスに襲われたのが、クリステルだけでなく従魔師であるベネトーさん本人も襲われていただなんて。しかも死ぬようなケガまで負っていた。
「この件が事故だと言われているのは従魔師本人が襲われたってのが一番の理由だろうな。本来であれば、従魔は契約している従魔には絶対服従。契約が続く限り襲ってくることなんかないからな」
あらかた話を聞いた後、お礼を言って私たちはその場を去ろうとしたが、コランタンさんに呼びとめられた。
「もし何かわかったら教えてくれないか? クリステルの不安を少しでも取り除いてあげたいんだ」
とても優しい瞳で語るコランタンさんに、クリステルさんに対しての愛情の深さを感じた。




