15、治癒魔法
「災難だったね」
魔力測定の最中に (故意にではないが)魔力測定用の魔導具を壊してしまった私は、現在保健室へと向かっている。
隣には付き添いを言い出してくれたシャルルがいる。一人でも大丈夫だったのだけど、心配だからとついて来てくれた。
怪我は本当にたいしたことはなく、手のひらに切り傷が二、三出来た程度だ。血もそれほど出てはいない。
「治癒魔法使えばすぐに治るんだろうけど、破片が入っていたら厄介だから一回見てもらった方がいいよ」
もし水晶の破片が入ったまま治癒魔法をかけると、異物が取り除かれること無く傷口が閉じてしまうので運が悪いと肉が腐りだしたりするとのこと。
上級の治癒魔法だと、体内にある異物を消去することも出来るそうなのだけどシャルルはまだ初級しか使えないらしい。
「ごめんね、役に立てなくて」
「いやいや、そんなことないよ! 初級でも治癒魔法使えるのはすごいことだよ。私は使えないし」
治癒魔法は難しいものだ。誰でもホイホイできるものではない。ましてや学校に通う前から使えるなんてとてもすごいことだと思う。
「シャルルは誰かに治癒魔法習ったの? 家族とか?」
学校に行く前の子どもが魔法を教えてもらうとすれば、家族からが一般的だろう。私も簡単な日常魔法は両親や、お兄さまたちに習った。
しかし、シャルルは緩く首を横に振った。
「ある日突然使えるようになったんだ」
「え?」
そんなことあるのだろうか。
「まあ男子なら良くある話なんだけど、子どもの頃は結構ヤンチャでさ、兄さんたちと外で遊んではよく怪我をして帰ってきては母様に怒られていたんだ」
今の大人しそうなシャルルからヤンチャな子ども時代は少し想像できない。けれどお兄さまたちもよく外で遊んでは泥んこになったり、怪我をしたりして帰ってきては母様に怒られていたのでどこも男の子は同じなのかもしれない。
「そんなある日、僕が五歳の時。無茶なことして、大怪我をして危うく死にかけるような目にあったことがあってさ。その時は上級治癒魔法の使える医者が運よく領都に来ていたから何とか間に合ったんだけど、後日母様にすごい怒られてね。まあ、当然と言えば当然だよね。だって息子がバカやって死にかけたんだからさ。でも、僕はバカだったからそこで間違った風に認識しちゃってさ。ほら子どもって、印象が強かった事だけ覚えていたりするじゃないか。母様は僕が心配で怒ってくれたというのに、僕は怪我したら怒られるんだって思いこんじゃってさ、大怪我して以来怪我をしたら隠すようになっちゃたんだ」
シャルルは過去を思い出しているのか、遠い目をして語る。彼としてはいい思いなのだろうか、その表情はとても楽しそうだ。
「でも子どもなんて怪我しないように気を付けてても、やっぱりどうしても怪我しちゃうわけで、その後も結局隠せないような大きな怪我しちゃったんだよね。確かあの時は、兄さんたちと山で遊んでいたら山犬追いかけられて、足を滑らした挙句川に落ちたんだ。そのうえ運の悪いことに川を流されて滝から落ちてさ、全身打撲で骨も折れたみたいで立ち上がることすら出来なかったんだ」
カラカラとシャルルは笑うけれど、私は聞いているだけで痛そうでそれどころではない。
「でもね、真っ先に思ったのは『痛い』でも、『助けて』でもなくてさ、『どうしよう怒られる』だったんだ。僕はあの時の母様がよっぽど怖かったみたいだ。残念ながら母様の心配は意図とは全く違った方向へとたどり着いてしまった訳だけど。で、骨が折れて歩けなくなった僕はどうしたと思う?」
「……大声を上げて誰か呼んだ、とか?」
私の答えを聞いたシャルルは、楽しそうに目を細めるメガネのツルに手をやり軽く押し上げた。
「違うよ。自分で治しちゃったんだ、治癒魔法で。とはいっても完全に治ったわけではないけどね。無理やり歩ける程度にはって感じさ。初めて魔法を使ったにしては上出来すぎだよ。これが火事場のバカ力っていうのかな。上級並みの治癒魔法が使えたのはその時一回だけだし」
折れた骨の治癒なんて難しいし、かなり魔力を消費することだ。ましてや初めて魔法を使った子どもが出来る難易度ではない。
しかし生命の危機を感じて実力以上の力を発揮する事象は、たまにあるのでシャルルの話も絶対にありえないとは言えないだろう。
「動ける程度に治った僕は、未だに痛む足を無理矢理引きずって家まで帰ったってわけさ。折角隠すためだけに魔法まで使ったっていうのに、母様にはすぐにばれてしまったね。そりゃ骨は何とかつなぎ合わせたけど、服は泥だらけで血だらけ、患部は真っ赤にパンパンに腫れあがってたからね。バレない方がおかしいよ」
「それで、怒られたの?」
「いや、その時は怒られなかった。それどころじゃなかったからね」
勿体ぶるようにそこで言葉を切ると、ニヤリと笑う。今日のシャルルはコロコロとよく表情がわかる。本来は表情が豊かな方なのかもしれない。
「屋敷には偶然にも過去大怪我した時に治療してくれた医者が来ててね、僕の傷口を見たら一発で治癒魔法を使ったのが分かったんだ。熟練の魔術師って魔法を使った後ってわかるのかもね。それで誰が魔法使ったのかって聞かれたから自分だって答えたんだけど、『子どもでしかも初めての魔法でこの出来は才能があるに違いない! 是非弟子に!』って言ってきてさ。僕は三男だったし、魔法の素質があるのならって、僕も両親も二つ返事で了承してそのまま弟子になることになったんだ」
「なるほど、その先生がミュレーズ家のご当主でミュレーズ家に養子に入ったってこと?」
ミュレーズ家の養子だと言っていたし、それなら辻褄が合う。しかしシャルルはまた首を横に振った。
「先生はミュレーズ家とは関係ないよ。今の義父さんは、実の父様の弟。ようは実の叔父さんだ。元から僕はミュレーズ家の血筋だよ」
「え、じゃあなんで養子に?」
会ってまだ数日の相手に踏み込んで聞くようなことではないだろう。しかし流れでつい聞いてしまった。
つい先ほどまで楽しそうだったシャルルの表情が一瞬曇った。しまったと思ったけれど、聞いてしまったことはもう取り消せない。
シャルルは怒ることなくつつける。まるで誰かに聞いてほしかったかのように。
「死んでしまったからね。両親も、兄さんたちも、先生も。五年前に」
そう言ったシャルルの顔は表情が一切消えていた。無表情でただ虚空を見つめている。一瞬言葉をかけるのを戸惑うほどに、今の彼はとても遠く感じた。ひどく透明で今にも消えてしまいそうだ。
「そういえば、君はどうしてこの学校に来たの?」
あからさまな話題転換だが、彼が聞かれたくないと思うのならこれ以上踏み込むべきではないだろう。そのまま私はその話に乗っかることにした。
「障壁魔法を習得したいから」
「え? それだけ?」
「うん」
本当のことを言っているだけなのだけど、どうも疑うような目で見てくる。そんなに嘘っぽい理由なのだろうか。
「オトテール領は王都から遠いだろ? それだけのためなら、わざわざ魔術学院ソルシエールに行かなくてももっと近くに魔法学校はあったとおもうけど」
「そうなんだけど、師匠に魔術学院ソルシエールに行くように言われたから……」
言われるままに来たというのはある。しかし師匠が行けと言った以上に何か理由があるに違いない。多分。いや、『面白そうだったから』なんて理由で言ってくる可能性も否定できない。
「障壁魔法はソルシエール以外では教えていない、とか?」
「いや、障壁魔法は一般的な魔法だから多分どこでも習うよ」
「えーー!?」
そんなどこでも習えるような魔法だったなんて……。そんな一般的な魔法なら師匠が教えてくれればよかったのに。そうすればもっと楽だったのに。
なんでわざわざ師匠はソルシエールに限定したのだろうか。それは多分師匠の知人であるアーサーさんと私を引き合わせるためだったからだろうか。
だがその肝心なアーサーさんは現在この学院にはいない。そのことを師匠が知っているのかいないのかはわからないけれど、私がソルシエールに来た意味は完全に消失してしまっている。なんで私ここにいるんだろう。
クスクスと笑い声が隣から聞こえてきた。
「ブランシュは面白いね。見てて飽きないよ」
「え?」
とても楽しそうに笑うシャルルはいつもの取り澄ましたような彼とも、先ほどまでの消えてしまいそうなほどに儚い彼ともかけ離れていて年相応の少年に見えた。
「あ、ついたね、保健室」
「え、あ……」
楽しそうに笑うシャルルの横顔を眺めていたら、いつの間にか保健室の目の前にたどり着いていた。言われるまで気が付かなかった。
「早く治療してもらおうか」
「うん」
怪我は見た目通りにたいしたこともなく、保健室で無事治療を終わらせ、私たちはすぐにクラスに戻った。




