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12、マルチダとベリーちゃん

 寮へと帰ろうかと校舎を出たところ、見知った人物を見つけた。


「シャルル」

「ブランシュ、用事は終わったのかい?」


 シャルルの言葉に頷く。用事はいちおう済んだ。目的の人物はいなかったけれど。


「シャルルは? みんなと一緒に帰ったんじゃなかったの?」


 ピオレットとヨルゲンと一緒に帰ったと思っていたけれど、まだ学校内にいるってことは一緒に帰らなかったということなのだろう。なにかあったのだろうか。


「帰るつもりだったんだけど、これがロッカーに挟まっててね……」


 と言って取り出したのは一枚の紙。中を開くと『用事があるから授業が終わり次第すぐ来て by,マルチダ』と書かれていた。『来て』とは書かれているけれど、どこにとは書かれていない。


「これは?」


 シャルルに視線をやると、困ったように笑った。


「マルチダとは、僕の義姉(ねえ)さんだよ。とはいっても実の兄妹ではなくて、実際のところは従兄弟なんだけどね。今二年生で、従魔師(テイマー)科に在籍しているだ。ちょっとうっかりしているとこがあってさ。どこに行けばいいか書き忘れてちゃったみたいでね。義姉さんがどこにいるか探し回っててこんな時間になってしまった訳さ」


 実の姉弟ではないという言葉が少し気にはなったけれど、今聞くことでもないような気がした。マリーロールが言っていた養子って話もそこと関係があるのだろ。


「シャルル、遅い! どこ行ってたのよ!」

義姉(ねえ)さん」


 二人で並んで歩いていると、女子生徒が一人こちらに駆け寄ってきた。青い目、水色の髪は二つに分けられて高い位置で結わえられている。表情には焦りと怒りが滲んでいた。

 シャルルが『義姉さん』と呼んでいるのでおそらく彼女がマルチダなのだろう。従兄弟と言っていたけれど、顔はシャルルにはあまり似ていない。彼女から甘い香りがするのは香水の香りだろうか。


「今までどこほっつき歩いていたのよ! 放課後になったらすぐ来てって書いたでしょ?!」


 目を吊り上げて、頭ごなしにシャルルを怒鳴りつける。

「ごめんね、義姉さん。どこに行けばいいのか書いてなかったから探していたんだよ」

「あ……。し、仕方ないでしょ、編入してきたばっかりでまだこの学校のことわからないんだから!」


 マルチダさんはしまったというような顔をしたが、言い訳を並べ立てた。


「それで、義姉さん用事って?」


 チラリと、マルチダさんが私に視線をやった。これは私がいたら邪魔ということだろうか。


「シャルル、この子は?」

「ブランシュ・オトテール、僕の友人です」

「あー、あなたね! 私のかわいいベリーちゃんに怪我させたのは!」

「え?」


 名前を聞いた途端にマルチダさんは、キッと目を吊り上げて私を睨んできた。

 いったい何のことだろうか。ベリーちゃんなんて人には全く心当たりがない。しかし怒るマルチダさんを見るに、冗談ではないようだ。


「待ってください義姉さん、話が全く見えません。彼女が何をしたというのですか?」

「誤魔化さないでちょうだい! 聞いたのよ! あなた達の入学試験の日に、私のかわいい従魔のベリーちゃんをボコボコにしたやつがいるって。それがブランシュ・オトテールって名前だって」


 ビシッと突き付けられた指。マルチダさんの目は私に対しての殺気を放っている。

 入学試験の日、従魔と言えば、思い出すのはグラウンドで暴れていたベヒモス。って、ことはまさか。


「ベリーちゃんって、あのベヒモスのことですか!?」

「そうよ! かわいいでしょ。ちょっとヤンチャで勝手にお散歩とかいっちゃうけれど、そんなところも可愛いわ」


 直接対峙した私から見て、ベリーちゃんはヤンチャなんて言葉では収まり切れてないと思う。正直な感想としては獰猛で怖いというイメージしかない。可愛いとはかなりかけ離れている。


「あなたのせいで、今ベリーちゃんは重体なのよ! どうしてくれるのよ!」


 あの時私は土壁を出して防御しただけだ。ベリーちゃんをボコボコにした記憶などない。第一倒したのは私ではなく、試験官――フォーコンプレ先生のはずだ。

 どちらにせよあのまま放置していれば受験者の列に突っ込み、怪我人が多く出ていたことだろうから、いたしかたのないことだとは思うけれど。


「義姉さん。僕は直接見てはいませんが、彼女は暴れるベヒモスを止めるために戦ったと聞いています。好きで傷つけたわけじゃありませんよ」

「でも私のベリーちゃんは普段は大人しい子なのよ! 暴れるなんてきっとそっちが先になにかしたに決まってるわ!」


 何かしたも何もベリーちゃんは最初から暴れていた。そう言ってもマルチダさんは聞く耳を貸さず、私のせいだと一方的に糾弾するばかりだ。

 というか、二人して私が倒したということで話が進んでいっている。否定するも聞いてくれないし、どうすればいいのか途方に暮れるしかない。


「このままじゃ人を傷つけたって理由でベリーちゃんが処分されちゃうのよ!」


 人を傷つけたというのはおそらくフォーコンプレ先生のことだろう。あの時怪我していたし。私も怪我を負ったけれど、あれは自滅に近い。


「それに、ベリーちゃんがいなかったら、私退学になっちゃう……」

「落ち着いてください、義姉さん」

「なによ、シャルル。あなたこの女を庇うっていうの!?」

「そういう訳じゃ……、とにかく冷静になってください」


 興奮して感情的になっているマルチダさんを窘めようとしているが、それが気に入らないのかマルチダさんは更にムキになってシャルルに詰め寄った。


「ならあなた達二人でベリーちゃんがいきなり暴れ出した原因を調べてきなさいよ! 絶対になにか原因があるはずよ。じゃなければベリーちゃんがいきなり暴れるなんてあり得ないわ! 暴れるように仕向けた犯人がいるに決まっているもの! 丁度いいわ、元々あなたに調べてもらおうと思って呼んだのだもの。主席合格と期待の新人(ルーキー)なら簡単でしょ?」

「義姉さん、それは……」


 勝手に事を決めてしまうマルチダさんにシャルルが何か言おうとするもののそれは許さないとばかりに彼女は矢継ぎ早に口を開いた。


「期限は一週間後よ! それを過ぎたらベリーちゃんが処分されちゃうわ。だから文句は一切受け付けないわよ。弟なんだから姉の言うことを聞きなさいよ!」


 こちらの了承など、ハナから聞く気もないのかそれだけ言うとさっさと去って切った。まるで嵐のような人だった。

 あまりにも突然のことだったために暫く呆けていると、横からため息が聞こえてきた。


「ごめんね、うちの義姉さんが」


 眉を下げで困ったように笑うシャルル。その表情は不満があるものの、仕方ないと諦めに満ちている。今のように無理矢理難題を押し付けられることはきっとよくあることなのだろう。


「いつもああなんだ、嫌な事があったら僕に当たり散らして最終的に押し付けてさ。まあ、突然できた義弟なんて邪魔で仕方ないんだろうね」


 そう話すシャルルの表情は笑っているのに、どこか泣きそうに見えた。辛いならばいっそ泣けばいいのに、なんてことは会って間もない私が言うことではないだろう。


「ブランシュは気にしないで、僕一人で何とかしてみるから」


 そう言って、その場を後にしようとしたシャルルに私は制止の声を上げた。


「私もやるよ。ベリーちゃんが暴れ出した理由探すの」

「いや……、悪いよ」

「一人より二人の方がいいよ、きっと。それに私、当事者だし。このままだとすっきりしないもの」


 ベリーちゃんが暴れているその場面に私はいた。現場にいなかったシャルルの知らないことを見ている可能性もある。

 マルチダさんじゃないけど、今思えばあの時のベリーちゃんの様子はおかしかったように思う。元来ベヒモスは大人しい魔獣だ。何もないのにあのように暴れて人を襲うとはとても考えづらい。何か原因があるんじゃないのだろうか。

 このままうやむやにされるのもなんだか煮え切らない。それにベリーちゃんはこのままでは一週間後には処分されてしまうらしい。もし他に原因があるとしたら、このまま殺されてしまうのはあまりも可哀そうだ。

 後はマルチダさんに勝手に犯人扱いされたことが不満だったりもするので、こうなったら私たちで原因を突き止めてぎゃふんと言わせてやろうなんて思ったりもしている。

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