10、クラスメイト
「オトテール領って、精霊がいっぱい飛び交っているの?」
タイヨン先生の授業が終わり、私の元に訪れたピオレットが聞いてきたのは先ほどの授業を踏まえた疑問だった。
「……見たことない」
というより見えない。生まれてこのかた一度も精霊なんて見たことなんてない。見える人もいる、という知識はあるものの周りにも精霊を見たことがあるなんて人はいなくて、私の中では精霊はおとぎ話のようなものだった。
「ふーん」
ピオレットの反応は淡泊なものだった。もっと突っ込んで色々聞かれるかと思っていたがそうではなかった。実際は色々聞かれても困るだけのだけれど。
オトテール領の特異性は、私とて今日初めて知ったことだ。ついさっきまでなんの変哲もないただの田舎領だとしか思っていなかったのだから。
「やっぱりまた会えましたね、ブランシュ嬢」
名を呼ばれ振りむけばそこにいたのは、メガネの少年。シャルル様だ。
「先ほどは挨拶も出来ず申し訳ありません」
「い、いえ、こちらこそ!」
授業前はそれどころではなかった。
王都を訪れた日、別れる際にシャルルが意味深なことを言っていたけど、これはこういう事だったのかとようやく気が付いた。それにしてもこんなに早く再会するとは思わなかった。
「ブランシュ嬢、私は確信していましたよ。あなたほどの魔法の使い手が魔術学院ソルシエール以外に入学するとは思えませんでしたからね。そしてきっと何か面白いことをしてくれるともね。まさか早々に入学試験でやってくれるとは思ってませんでしたけど」
私はそんなにトラブルメーカーに見えるのだろうか。でも確かに乗合馬車に続き入学試験と続いたのでこれは否定できないかもしれない。どちらも私のせいではないけれど。
「ちょっとブランシュ!」
ピオレットに腕を引かれた。どうしたのだろうか。
「ミュレーズ辺境伯令息とどういう知り合いなのよ? 紹介しなさい」
チラチラとシャルル様に視線を送りながら、小声で聞いてくる。
「王都に来る際の乗合馬車で一緒になっただけだよ」
「それだけ?」
ピオレットは訝し気に見つめてくるものの、本当にそれだけだ。
「あの、ブランシュ嬢」
「は、はい!」
シャルル様に突然呼ばれて、さっきの会話が聞こえてないかドギマギしながら向きなおる。
シャルル様の後ろには黒髪の少年がいた。始めからいたのかもしれないけれど、シャルル様に気を取られていて気が付かなかった。
確か彼は授業の前にマリーロールたちに絡まれていた人だ。
彼はおどおどとした様子でシャルル様の肩越しから私たちを見ている。とはいってもシャルル様の方が背が低いので全然隠れられてはいないのだけど。
「彼はヨルゲン。授業前の騒動で既に知っていると思いますが、ここでは珍しい平民の出です。そのためか、知り合いが全然いなくて心細いらしくて……、良かったら彼と仲良くなってくれないでしょうか?」
ヨルゲンと呼ばれた黒髪の少年は緊張しているのか、こわばった表情のままペコリと頭を下げた。
「もちろんよ! 学院では身分なんて関係ないもの。私はピオレット・オビーヌ、仲良くしましょう。ね、ブランシュ!」
「私はブランシュ・オトテール。よろしくね、ヨルゲン」
ヨルゲンに笑いかけると、前髪で顔が半分隠れていてもわかるほどに真っ赤になってシャルル様の後ろに引っ込んでしまった。恥ずかしがり屋なのだろうか。
「こらヨルゲン、人見知りなのはわかったけど、挨拶くらいちゃんとしないとだめだろ」
なんて言いながらシャルル様がヨルゲンを私たちの前へと押し出した。なんか母親みたいだ。
「……ヨルゲン、です。……よろしくおねがいします」
ぼそぼそと小さな声で呟かれた挨拶は聞こえづらかった。それでも人見知りの所を頑張って挨拶してくれたのだとわかると微笑ましい。
「ちょっと、堅いわよ! この学院にいる間は身分とか立場とか一切なしよ。敬称も堅苦しいのはなし! もっとフレンドリーにいきましょう」
ピオレットの勢いに押されてヨルゲンはまたシャルル様の後ろに隠れてしまう。
「……善処します」
「まあ、こんな感じだし、すぐには無理だから徐々にってことで許してあげて」
「まあ、いいわ。無理強いはよくないからね」
渋々といった感じで納得したピオレットが、「あ、でも」と続けた。
「あなたたち二人もよ! さっき敬語で喋っていたでしょ! それなしだからね」
私とシャルル様に向かって言う。
「そうだね、せっかくクラスメイトになったんだ。これからよろしく、ブランシュ」
「こ、こちらこそ、よろしく。シャルル」
なんだか無性に気恥ずかしい。横で満足げにピオレットが頷いていた。
これからの学院生活なにかと不安も拭いきれないけど、新たな仲間と出会えてうまくやって行けるような気がする。




