8,Aクラス
姿見の前でくるりと一回転。ロング丈のスカートがふわりと広がる。裾に着いたフリルがまるで花弁のようだ。
「とてもよくお似合いです、ブランシュお嬢様!」
コレットの誉め言葉に照れながら笑顔で返す。
現在、出来上がったばかりの制服を試着している最中だ。チャコールブラウンを基調としているので少し地味な印象を与えるが、模様や装飾品を明るい色で揃えているのでシックでおしゃれだ。
基本となる形は決まっているものの、好きにカスタマイズするのは自由らしい。私はオシャレなどよくわからないのでデザインはほとんど変えていない。
唯一変えたのはスカートと裾に付けたフリルくらいである。これはコレットの案だ。
「サイズは丁度よいとして、やはりもう少しフリルやレースを増やした方が華やかではないでしょうか。これでは少し地味すぎませんか?」
ただ、コレットとはしてこれだけでは全然足りないようだけど。
「しかし、お嬢様自身が輝いているのでゴテゴテと着飾る必要などない。というのもまた一理ある……」
ぶつぶつと独り言をつぶやいては勝手に納得している。こうなっては長いので放置しておこう。
私たちは今、試験前に泊まっていた宿屋から魔術学院ソルシエールの女子寮へと場所を移している。
試験当日から二日後に正式に合格通知が届き、入寮の許可も下りたのでそのまま移動することとなった。
寮は一人部屋と二人部屋がある。貴族の子女は一人部屋、平民が二人部屋だ。 私も一応貴族なので、一人部屋が与えられた。
使用人を何人も連れてきている人もいるらしく、随分と広い部屋が与えられたのだが、私が連れてきているのはコレット一人だけ
だ。無駄に広すぎる部屋を持て余してしまう。
私物もほとんど持ち込んでいないので、余計広く見えてしまう。
「お嬢様、明日から学校ですね」
そう、いよいよ明日は魔術学院ソルシエールの入学式だ。楽しみな反面、若干の不安もある。
もちろん勉強面でも不安も残るが、一番の不安要素は交友関係だ。片田舎で育った私は、貴族同士の付き合いなど親戚以外ではほとんどない。同性代の子どもとも交友はほぼない。なので当たり障りのない会話ができるかが少し心配ではある。
ああ、ピオレットが同じクラスだったならいいな。彼女もきっと受かっているとは信じているが、同じクラスになれる保証はない。
「お嬢様のことですからきっと心配は必要ないと思いますが、コレットはいつもお嬢様のことを応援していますね。始めはインパクトが肝心です。一発ドカンとかましてきてください!」
グッと力強くこぶしを握る。コレット、入学式ってそんなものじゃないからね。
「さあさ、明日は早いのですからもう着替えてベッドに入ってください。明日は何を言われましても絶対に叩き起こしますからね」
そして私は急かされるままにベッドへと入った。
何はともあれ、これでようやく私は障壁魔法取得への第一歩を踏み出したのだ。
入学してすぐに教えてもらえるかはわからない。もしかしたら二年とか三年、それどころか卒業間近にならないと習わないものかもしれない。それでも、便利な障壁魔法が習得できるなら私は構わない。私はそのために一年間必死に頑張ってきたのだから。
期待と少しの緊張を抱いて私は眠りに落ちていった。
◆
入学式は緊張のあまり胃痛で倒れて、そのまま保健室で過ごすという最悪の初日となった。
入学式も終わった頃に、胃痛も何とかおさまりを見せたので保険医の許可を貰って教室へと向かう。
事前に聞いていた私のクラスはAだった。保険医に教えられた通りの道を辿って行けば目的の1ーAへとたどり着いた。
教室に入った瞬間、一斉に視線がこちらを向いた。
「ほらあの子じゃない?」
「ああ、入学試験の時の……」
ひそひそと何かしら囁かれている。視線に嫌な感じは感じないので悪口ではないようだけど。
「よ、期待の有望株!」
「おー、同じクラスじゃん!」
長身の男子生徒と赤髪の男子生徒の二人組が声かけてきた。見覚えがある。たしか入学試験の時に近くにいた二人だ。
赤髪の男子生徒が言うには、丁度彼らが入学試験の時の話をしていたら私が教室に入って来たとのことだ。どおりで先ほどから視線を感じるわけだ。
「入学式でぶっ倒れた時には何があったかと思ったぜ」
飴玉をかみ砕きながら赤毛の男子生徒が笑う。私はただ苦笑いを浮かべるほかなかった。
「やっぱりあなただったのね、ブランシュ!」
「ピオレット!」
次に声をかけてきたのは、入学試験の際に知り合ったピオレットだった。
私と同じチャコールブラウンの制服を身に着けているのだけど、基本のデザインのままの私とは違い、ピオレットはオシャレにフリルやレース、刺しゅうなどをふんだんに使用しており全くの別物のように思えてしまう。
「聞いたわよ、襲ってきたベヒモスをコテンパンにやつっけたんだって? 子どもみたいな小さい子って聞いてブランシュじゃないかって思っていたの。あなたって見かけによらずすごいのね」
「いやいや、私は何もやってないよ……」
土壁を作り出して、そのあとすぐに気絶していただけだし。倒したのは試験官だろうし。
それにしても小ささで私を連想されていたなんて。確かに見るかぎり、クラスでは私が一番小さいようだ。まだ成長期は終わってないし、ミルクをいっぱい飲めば伸びるかな……。
「またまた謙虚なんだから。まあともかく、改めてこれからよろしくね」
「うん、こちらこそ」
差し出された手に、自身の手を重ねる。他に友達も知り合いもいないので、今後の学園生活が不安だったがピオレットと一緒なら心強い。
「それにしても五クラスもあるから違うクラスになるんじゃないかと心配だったけど、偶然でも同じクラスになれてラッキーだったね」
「私は当然同じクラスだと思っていたわよ! だって私は優秀だし、ベヒモスを倒したなんて功績があるブランシュは当然Aクラスに決まっているもの!」
ピオレットが言うには、魔術学院ソルシエールの一年生のクラス分けは入学試験の成績順らしい。成績がいい方からAクラスだという。そんな話を聞くと、私がAクラスにいていいのか不安になってきた。
突如後ろの方で、大きな音が響き渡った。後には続くように笑い声が上がる。
笑い声の先には、数人の女子生徒。その女性たちに囲まれるように、黒髪の男子生徒が座り込んでいる。男子生徒は目の辺りまで前髪で隠れていてその表情はわからないが、口は言いたいことを堪えるように真一文字に結ばれている。
「あら御免なさいね、ホコリか何かだと思っていましたわ。だってあまりに汚らしいのですもの」
派手な髪飾りを付けた紫色の髪の女子生徒が笑った。彼女を取り巻くように、周りにいた女子生徒たちも同意するように笑う。
「平民風情がわたくしたちと同じ空間にいるなんておこがましいにもほどがありますわ」
高らかな嘲笑が教室内に響き渡った。
一部始終を見ていた赤髪の男子生徒と長身の男子生徒が言うには、紫の髪の少女の取り巻きが突然黒髪の少年を突き飛ばしたとのこと。
皆眉をひそめて迷惑そうにしているものの、誰も止める者はいない。おそらく彼女の家は高位の貴族なのだろう。下手に口を出したら、後々面倒なことになるのは目に見えている。
たいして黒髪の男子生徒は平民出だという。魔術学院ソルシエールは魔法の才能が有れば身分関係なく入学できるが、平民は珍しいらしい。
Aクラスにいるということは、特に優秀な生徒なのだろう。
「ブルシャルドン侯爵令嬢のマリーロール嬢よ。ブルシャルドン侯爵家は一族揃って選民思想の強い家系で、あんな風に身分の低い人間を馬鹿にして笑っているのをよく舞踏会とかで目にするわ。私の父も元平民だと言ってブルシャルドン侯爵に散々にこき下ろされたものよ。傲慢なお貴族様のお手本って言ったところね」
忌々しげな表情で、ピオレットが言い捨てる。
クラス中が遠巻きに見守る中、マリーロールたちはなおも黒髪も男子生徒を笑い交じりで罵っていた。
「制服を仕立てる余裕すらない平民は帰って土いじりでもしているのがお似合いですわ」
黒髪の男性生徒の来ている制服は、彼の体形にあってはいなかった。袖丈も着丈も余っており、ズボンは裾を折り返している。おそらく卒業生の着古しなのだろう。
コレットに聞いた話、魔術学院ソルシエールの生徒の割合は貴族の子女が七割を占める。そして二割五分くらいがお金のある商人の子女。そして残りの五分がそれ以外の平民って言ったところだ。
理由は勿論金銭面。入学金も高いし授業料も高い。制服や教材なども勿論高い。寮費も高いが、全寮制ではないので通っている生徒もそれなりにはいる。
お金のない平民の生徒のほとんどは特待生だ。特別成績優秀で将来有望な生徒は入学金と学費を免除してもらえる。とはいっても、免除されるのは入学金と学費のみ。それ以外は他の生徒と同様に自費だ。
なので、特にお金のかかる制服や教材などは中古で買うらしい。王都にあるありとあらゆる学園の中古品を売る店もあるらしい。卒業生や退学した人たちが売るという。彼女らのいう通りなら、平民であろう彼もきっとそこで買ったのだろう。
実際のところ全額でどのくらいの金額がかかるかは知らないがかなりの出費であることは間違いない。通わせてくれるお父さまとお母さまには本当に感謝だ。
身分など関係ないと銘うってはいるものの、実際のところはこんなものだ。平民を見下す貴族は多い。
私としては平民を見下して何が楽しいのか理解できない。見ていていい気分じゃない。
ともかく止めなければ。そう思って、彼女たちに声をかけようとしたが私よりも先に動いた人物がいた。
「ちょっと! あなたたちやめなさいよ!」
そう言って、女子の集団と男の子の間に割って入ったのはピオレットだった。
取り巻きの子たちがギロリと睨みつけるが、ピオレットは全く引く気はない。
「あら、貴女確か……、成金男爵家のピグレットさんでしたかしら?」
「ピオレットよ! ピオレット・オビーヌ! 家柄は立派なようだけれど、記憶力はお粗末なようね」
マリーロールが顔をしかめる。どうやら二人は顔見知りのようだ。
「あなた、マリーロール様に失礼じゃなくて?」
「エセ貴族は引っ込んでないさいよ!」
「ピーチクパーチクうるさい! 群れてないと何もできないくせに、文句があるならかかってくればいいじゃない! 相手になるけど?」
取り巻きたちが一斉に喚きだしたが、ピオレットが強気に出ると彼女たちはすぐに押し黙った。しかしその表情は不服そうだ。小声で「不敬」だの「お下品」だのこそこそ言っているのが聞こえてくる。
ピオレットの後ろからことを見守っていると、ふとマリーロールと視線が合った。彼女の口元がつり上がる。なんだか嫌の予感がした。
「あら、貴女。入学試験の時ベヒモスを倒したっていう噂の新入生ではなくて?」
もしかしてこの人も私の身長で、そう判断したのだろか。
「わたくしはブルシャルドン侯爵家次女のマリーロールですわ。あなたお名前は?」
「オトテール伯爵家長女、ブランシュ・オトテールです」
聞かれるままに素直に自己紹介すると、マリーロールは馬鹿にするように笑った。
「ああ、オトテールって……、あの何もない田舎領地ですわね。お友達は選んだ方がいいと、忠告してあげるつもりでしたけれど……、田舎貴族と成金貴族お似合いですわね」
「あの制服見てくださいな、センスのなさと言ったら……」
「あのように小さくて本当に十三歳を迎えているのか疑わしいですわね」
「田舎ですもの、碌に食べるものもないのでしょうね。お可哀そう……」
マリーロールを皮切りに、なぜか次はいっせいに私を乏しはじめた。ピオレットに口で敵わないとわかると、一緒にいた私に矛先が変わったらしい。大人びた見た目の割に、随分と子どもっぽいことをするものだ。
「それにしてもこんな子どもみたいな方がベヒモスを倒したなんて本当なのかしら? オビーヌさんがお金でもばらまいで噂を広めたんじゃなくて? オトテールさんがあまりにも貧相で可哀そうだからとか言って!」
取り巻きたちが下品とか品がないとか言って笑っているが、どっちが品がないかなんて聞かなくとも明白だろう。
「もういい加減にしなさい! 下品なのはアンタたちの方でしょ!」
「あらいやだ、わたくしはオトテールさんに挨拶していただけですわ。それにしても、平民に成金男爵令嬢と田舎貴族令嬢と底辺どうしよっぽど気が合うのでしょうね。高尚な私たちとはわかり合えないのも無理のないことですわね」
オーホホホ高笑いをするマリーロール。以前読んだ小説に出てくる悪役令嬢を彷彿とさせる。あれは物語と割り切って読んでいたけれど、都会には本当にこんな人がいるという事実に驚愕している。
「失礼、そこを通してもらえないかな?」
どこか聞き覚えのあるふんわりとした落ち着きのある声に振り返ると、そこに数週間前に出会ったメガネの少年こと、シャルル様がいた。
「学年主席だ」
「あれが、試験トップ通過のシャルル・ミュレーズ……」
私は医務室に行っており知らなかったのだけど、シャルル様は学年主席として新入生代表の挨拶をしたらしい。
シャルル様は私たちの周りに集まっていたクラスメイト達をかき分けて、座り込んだままの黒髪の男子生徒の元へと向かった。
「ちょっとお待ちなさい!」
しかしマリーロールがシャルル様との間に割って入って来た。その顔は怒りからまっ赤に染まっていた。
「貴方なに様ですの! この私を無視してそんな平民を優先するだなんて、不敬にもほどがありますわ!」
「おや、最初に貴方に挨拶をしないといけないルールがあったのですか、それは失礼を。改めまして、ミュレーズ辺境伯家嫡男のシャルルです」
彼女の傲慢な物言いに怒ることもなく、シャルル様は礼儀正しくお辞儀をした。
相手がシャルル様だと気が付いたマリーロールは、途端に態度を一変させる。先ほどまでの傲慢な態度とは打って変わり、丁寧な仕草でカーテンシーをした。彼女の変わりように驚くしかない。
見事な猫の被り具合に逆に感心すらしてしまう。
「ミュレーズ辺境伯と言えば、国内では少ない港をもつ領地でしょ? 貿易とかいろいろ儲かっているらしいからああやってすり寄っているのよ。ブルシャルドン侯爵家って現侯爵が数年前に事業に失敗してから借金まみれって話よ。その上彼って顔も整っているから、多少家格が下でも、あわよくば結婚相手にでも狙ってるんじゃない? マリーロールって面食いだから」
ピオレットがこそっと私に耳打ちする。
「ブルシャルドンのご令嬢、申し訳ありませんが今は怪我人が優先ですので、後にしてもらってもいいでしょうか」
丁寧な言葉遣いであるものの、シャルル様はマリーロールの返答など期待していないようで、返事が返って来るよりも先に再び黒髪の少年へと向きなおった。
「な、な……」
怒りとは違い羞恥で顔を真っ赤にし、大きく目を見開きわなわなと震えるマリーロール。握りしめた手にはきっと痕が残ってしまうだろう。
侯爵令嬢である彼女はきっと今までぞんざいな扱いをされたことがなかったかもしれない。取り巻きの子たちもなんと声をかければいいか迷っているようだ。
「辺境伯家だからと言って調子に乗らないでくださいまし! 第一、後継者でもない養子など、お呼びでなくってよ! 後も継げない養子は田舎貴族や成金貴族、平民たちと一緒にいる方がお似合いよ!」
さきほどまでシャルル様にすり寄ろうと猫なで声を出していた人間が何を言っているのだろう。負け犬のようなセリフを言い捨てると、マリーロールはその場を後にした。慌てて取り巻きの子たちもバタバタと後についていく。
とはいっても同じクラスなのだし、もうすぐチャイムも鳴るので、教室の端に移動しただけだ。格好がつかない。
シャルル様はというと、マリーロールの方など一切見ることなく、黒髪の少年に向き合っている。
よくみると、黒髪の少年の手の甲には血が滲んでいた。おそらくマリーロールに突き飛ばされた時に負った怪我なのだろう。
シャルル様が傷口に手を翳すと手元が発光し、みるみると傷口がふさがっていく。
「この歳で治癒魔法を使えるなんて、彼すごいわね。治癒魔法は難しいから、学院に通う前から使える人なんてほとんどいないの。なんでベヒモスを倒したブランシュが学年一位じゃないのかと思っていたけれど、治癒魔法使いがいるなら納得ね」
あれが治癒魔法。本で読んだことはあるけれど見るのは初めてだ。乗合馬車で、シャルル様は医学をかじったことがあると言っていたが、治癒魔法もその一環で習ったのだろうか。
そのあとすぐに教師が来たので、結局シャルル様に話しかけるタイミングはなかった。挨拶はまたあとにしよう。




