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6,二次試験(side:フォーコンプレ)

 ベヒモスに突き飛ばされた私はすぐに体制を立て直し、受験者を守るべく奴の背を追った。

 あのベヒモスは従魔師(テイマー)科に所属する生徒の従魔に違いないだろう。ベヒモスの耳に従魔師科の従魔である証のタグが見える。

 普段であれば、従魔は従魔舎に入れられているはずだ。授業中以外は、許可がなければ己の従魔であれ従魔舎から出すことは出来ない。

 今日は入学試験のため生徒たちは休みだ。従魔の世話の為に訪れた生徒はいるかもしれないが、従魔舎から出すことは全面禁止されている。だというのに、今ここにベヒモスがいるということは従魔科の教師の落ち度に他ならない。

 数ヵ月前にも従魔科は大事を起こしたばかりだというのにこの体たらく。いったい従魔科の教師どもは何をしているというのか。こんなことは前代未聞だ。けしからん。


 視線の先には今年の受験生たち。逃げろと指示を出していたのに、未だにあのような所に留まっているとは何事だ。案内役の教師たちはいったい何をやっているのだ。

 我が学院は貴族の子女が多く受けることが多い。万が一にでも怪我でもさせてみろ。親族総出で押しかけてこないとこ限らない。

 賠償金で片付くならまだいい方。賠償代わりに学園に入学させろと、言われたらたまったもんじゃない。適性があればまだしも無能が入学していいような場所ではないのだ。

 しかも一度でも前例が起これば、似たような問題をわざと起こして自身の子どもを入学させようとする傲慢な親が現れるに決まっている。それだけは何としても阻止しなければ。


 しかしこのような巨体を持ち、私でも対処に困難を極めるような強さの従魔は現在いなかったはずだ。

 従魔師科の生徒が従魔を従えるのは授業の一環でおこなう。学院近くの森に教師の引率で向かうのだが、その森には従魔師科だけでなく様々な科の生徒たちが授業の為に訪れるのでたいして強い魔物はいない。

 稀に入学前から調略していた従魔を連れているケースもあるが、大抵の生徒は新米魔術師でも扱えるような力の弱い魔物がほとんどだ。

 ならば育成の結果でこれほどの強さを得た? ないとは言い切れないがよくある話ではないだろ。

 どちらにせよこの従魔の強さの経緯などどうでもいい話だ。問題はこれほどの強さの従魔であれば報告する義務が従魔師科の教師にはある。それをされていなかったということは、従魔師科の教師の落ち度だ。

 本当に従魔師科は面倒事ばかり起こす。本来魔物は討伐すべき対象だ。それを調略したからと言ってペットや相棒のように、時には家族のように扱うなど馬鹿げてるとしか思えない。

 割り切っている従魔師も勿論いるが、最近の若い従魔師たちはどうにもその辺が抜けている者たちが多いように思える。担当教員に気を引き締めるように言っておくべきだろう。

 阿鼻叫喚の受験者たちが逃げ惑う中、転んだのか逃げ遅れた黒髪の小柄な少女が一人地面に座り込んでいる。ベヒモスはすぐそばだ。目と鼻の先、逃げている時間はない。

 まずい。このままでは少女はベヒモスの餌食になってしまう。守るために駆け出すが、すぐに辿り着ける距離ではない。食われる、そう思った瞬間少女の目の前に壁が出現した。

 素早い発動に、大きさも厚みも十分の土の壁。入学前の少女にしては素晴らしい手際だ。彼女なら文句なしの入学、しかもAクラスは決まりだろう。

 これで時間が稼げると安堵したのも束の間、ベヒモスの攻撃によって壁はあっけなく壊れてしまった。しかも運の悪いことに少女は砕けた壁の破片で頭を強く打ち付けてしまう。倒れた少女は頭から血を流して動かない。まさか死んでしまったのだろうか。

 嫌な汗が背中を伝う。


 ベヒモスの雄叫びが耳をつんざく。

 倒れた少女の指先がピクリと動いた。生きていた。だが安堵するのは早い。まだベヒモスはすぐそばにいるのだ。

 今度こそ守らなければ。息があるのであれば、今すぐに医務室へと運ばなければ。保険医に任せればすぐにでも治療を施してくれる。

 ちぎれそうな足を無理矢理に動かして駆けつける。だがベヒモスの方が早かった。

 倒れたままの少女へと伸しかかる。その巨体ではか細い少女の身体ではひとたまりもないだろう。ああ、才能のある若者の命がここで途絶えてしまった。

 せめてもの償いに、あのベヒモスは私が責任をもって処分しよう。

 足元に転がっていたボールを拾い上げ強化魔法をかける。

 ベヒモスノ分厚い皮膚を貫くには少々役不足だが、今他に武器になりそうなものは他にはないので仕方がない。奴の注意をこちらに逸らすぐらいにはなるだろう。

 存分に強化魔法をかけたボールを投げようと振りかぶった時、驚きの光景を目にした。目の前をベヒモスの巨体が吹っ飛んでいったのだ。

 さらに驚くべきことに、先ほどまでベヒモスがいた場所に死んだとばかり思っていた少女がその場に立っていた。顔は血にまみれたままで虚ろな目をしているが、しっかりとした立ち姿だ。生きていたことにも驚いたが、それ以上に彼女がベヒモスを吹き飛ばしたという事実に驚愕している。


「ブフォ……」


 吹き飛ばされたベヒモスが起き上がり、少女を見据えている。その瞳には憎悪が見て取れた。ただ単純に暴れ散らしていた先ほどとは違い、今は明確に少女を敵視している。

 ベヒモスは数度前足で地面を掻くと、再び少女へと向けて飛びかかる。先程よりも幾段も早い。


「……まずい」


 ぼんやりと見ている場合ではなかった。今度こそ少女を守らなければならない。手にした強化済みのボールを投げつけた。ボールが直撃したベヒモスは一度立ち止まったが、それは一瞬のことで再び少女に向かって走り出した。こちらには見向きすらしない。


「っぐ」


 追いかけようと足を踏み出した瞬間に、右足に激痛が走る。おそらく先ほどベヒモスに吹っ飛ばされたときに痛めたのだろう。

 痛みの発信源に視線をやれば真っ赤に腫れあがっていた。骨が折れているのかもしれない。さっきまでたいしたことなかったというのに、一度気が付いたらじわじわと痛みが増してきた。

 そうこうしている間にもベヒモスは少女へと迫る。しかし少女は微動だにせずその場に佇んでいた。臆することなくジッと正面からベヒモスを注視している。その姿はまるで勇敢なる戦士のようだ。

 ベヒモスとの距離あと数メートルというところで、少女が手を翳した。その瞬間周囲に炎の矢が複数出現する。その数の多さは我が目を疑いたくなるほどだった。視界を覆いつくすほどの炎の矢。彼女が莫大な魔力を待ち合わせていることが見て取れる。

 この学院の生徒では匹敵できるものはいないだろう。いや、魔力量だけを見れば私よりも多いのかもしれない。


「やめて、殺さないで!」


 突然第三者の声が割って入った。声がした方を振り向けば、校舎の辺りに女性が一人立っていた。あれは確か、従魔師科の教師だったはず……。


「その子は、生徒の大切な従魔(パートナー)なの。普段は温厚で穏やかないい子で、暴れたりすることなんて絶対になかった。きっと何か理由があって暴れているのよ。だから殺さないで、お願い!」


 コイツは今どんな状況かわかっていっているのか? どう考えても非常時だ。倉庫は跡形もなく破壊され、怪我人もいる。未だ逃げ遅れている受験者たちもおり、ここで討たなければさらなる被害者が出ることだろう。下手すれば死人も出かねない。

 第一、人に危害を加えた従魔は理由はどうあれ殺処分されるのが決まりだ。だというのにこんなタイミングでしゃしゃり出てきて。

 元はというと、そちらの管理が杜撰だったせいで、脱走するようなヘマをやらかしてしまったのではないか。その尻拭いを生徒でもないただの受験者でしかない少女に強いるとはいったい何様のつもりだというのだ。腹立たしい。

 あのような半端ものの戯言など無視をすべきだと思ったが、少女は従魔師科の教師の言葉を受け、空中に出現させていた炎の矢を全て消してしまった。

 なんという事だ、ベヒモスがすぐそばにまで迫ってきているこのタイミングで攻撃魔法を消してしまうなんて。このままではまた少女がベヒモスの攻撃にさらされてしまう。


「っく……!」


 このまま見殺しにすることなどできない。私は痛む足を無理矢理動かし地面を蹴った。間に合う距離ではないのはわかっている。しかしこのまま何もせずに突っ立っているだけなど、そんな無情な事私にはできなかった。足がちぎれてしまうんじゃないかという痛みを無視して、私はひたすらに少女に向かって走る。


「ブオォォォ!!」


 ベヒモスが雄叫びと共に、少女に突っ込むという瞬間に私は見た。再び翳された少女の手から大量の水が噴き出したのを。水はまるで生物のように揺らめき、量を増やしながらベヒモスを取り囲む。あっと思った瞬間に水はベヒモスを取り込み水中に閉じ込めてしまった。

 ベヒモスは水の檻から逃れようと必死にもがくが、水の中では何をやっても無意味でしかない。従魔師科の教師が何か叫びながらこちらに向かって走って来るが、取り合う必要はないだろう。

 このまま溺死するのを待つのだろうと思ったが、少女は無表情のまま水の塊にそっと手を添えた。次の瞬間バチリと火花が散り、水中で稲光が走った。

 するとどうだろう、今まで無我夢中に水の中でもがいていたベヒモスが、ぴたりと動きを止めてしまったではないか。おそらく今のは、水の中に電気を流しベヒモスを感電させたのだろう。

 すぐに大量の水は消え、中からベヒモスの遺体が現れた。

 悲痛な面持ちで従魔師科の教師が駆け寄ってきた。流石に暴れるベヒモスを殺さずにとらえるなど無理な話だ。

 私たち教師は今から受験者たちのアフターケアやグラウンドの片づけなどやることが目白押しだ。呆けている暇があったら早々に仕事にとりかかってほしいものだが。


「あ、生きてる!」


 従魔師科の教師の安堵と驚きの入り混じった声が上がる。視線を向けると、死んだとばかり思っていたベヒモスが息を吹き返しフゴフゴと鼻を鳴らしていた。

 とはいえまだ体は痺れているようで、立ち上がることは出来ないようだ。興奮状態もおさまったようで再び暴れる危険性は感じられない。

 まさか従魔師科の教師に言われた通りに、ベヒモスを殺さずに鎮めてしまうとは。しかもあの短い時間のうちに作戦を変更し、それを成功させてしまう。

 ふんだんな魔力に、臨機応変に対応できる柔軟さ。それを可能にさせるには、様々な属性持ちではないとならない。もしや全属性持ちの可能性もあるだろう。末恐ろしい才能だ。彼女はまるで……、


「聖女ブランディーヌの生まれ変わりのようだ……」


 偉大なことをなした少女に視線を向ければ、伏せがちだった瞳は完全に閉じられふらふらと足元もおぼつかない。まさか最初に受けた怪我が悪化したのではないだろうか。


「大丈夫か君!」


 駆け寄り声をかけると、少女の身体が傾いた。とっさに腕を伸ばし抱きとめる。小柄な見た目相当の重量が腕へと掛かる。あまりの軽さに適切に食事をとっているのか些か不安になる。

 腕の中の少女は、安らかに寝息を立てていた。おそらく魔力不足だろう。あれだけの魔法を使ったのだ。

 さて、私も怪我の治療をしてもらわないとならない。たいして重さの感じない少女の身体を抱き上げると、私は痛む足を引きずりながら医務室へと向かった。

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