5,二次試験
昼食も終わり今から実技の試験だ。受験生が多いため複数の試験会場に別れることとなった。私はグラウンド、ピオレットは講堂と別会場だったので、お互いの健闘を祈り食堂で別れる。
案内役の人に連れられて、校舎の合間を進んでいくと広々とした場所にたどり着いた。隅には芝生や花壇が見えるが、中央にはただ地面がむき出しの空間が広がるばかり。
案内役の人の話では、ここは普段生徒たちが魔法の練習などに使うグラントとのとこだ。ここで今から私たちは実技の試験を行うという。なるほど、確かにここなら魔法で建物を壊したり、火魔法が何かに燃え移ったりいった心配はないだろう。
グラウンドの中央に既に多くの人が集まっていた。だがまだ試験官は来ていないようだ。みな一様に緊張した面持ちで待っている。
暫くすると、校舎から誰かがこちらに向かってくるのが目に入った。大人の男性だ。彼がこの試験の試験官だろうか。彼が姿を現した途端、まわりがざわざわと騒がしくなる。
金髪のオールバック。眉間の皺で神経質そうな雰囲気を感じる。彼は私達受験者を見回すと、鬱陶しそうに息を吐き数回手を打ち鳴らした。途端に騒がしかった受験者たちが一斉に静まり、オールバックの男性へと視線が向けられる。
「静粛にしたまえ。私は付与魔術師科のプロスペール・フォーコンプレだ。今から試験を始める。名前を呼ばれた者は前に来るように」
いよいよ第二次試験が始まるのかと思うと、緊張がぶり返してきた。
名前を呼ばれた八名が試験官の前へと向かう。受験者が多いので複数人を一度に試験を行うらしい。確かにそうでもしなければ一日では終われないだろう。
「何でも構わない、自分の得意な魔法を披露してくれたまえ」
名前を呼ばれた受験者たちは言われた通り、おもいおもいに自身の得意な魔法を披露し始めた。
氷で剣を作り出したり、小型な竜巻を発生させたりするすごい魔法を使う人もいるが、中には吹いたら消えてしまいそうな弱い炎や地面を少しだけ盛り上がらせた人もいた。
だがそのどちらも魔法を発動させた時点で、合格を貰っている。
もっと難しいことを要求されるのではと身構えていたけれど、どんなものでも魔法を発動するだけでいいのなら私でも問題なく合格できそうだ。
いや、安心するのはまだ早い。この国一番の魔法学校である魔術学院ソルシエールの入学試験がこんなに簡単はずがない。これはあくまである程度の人数を減らす目的の試験に違いないだろう。
前もって配られていた受験の案内書には試験は二次までしか書かれていなかったけれど、それは受験者たちを油断させるための嘘かもしれない。合格したと浮かれたところで、きっとこの後第三次試験ですごく難しい問題を出題されることだろう。安心はまだできない。少しだけ緩みかけたが、改めて気を引き締める。
暫くすると、試験官の「時間だ」という通りの良い声がグラウンドに響き渡った。
「時間内に魔法の発動が出来なかったものは不合格だ。大人しく帰りたまえ! 合格した者は今から入学に関する話が行われるので、彼女の指示に従って別室に移動したまえ」
試験官の後方には先ほどここまで私を案内してくれた女性が手をあげて立っていた。
「合格者のかたはこちらについてきてください!」
彼女に誘導されて合格と言われた人たちは校舎へと入っていった校舎へと向かう人たちは皆一様に安心しきった笑顔を浮かべていた。
反対に不合格を言い渡された人たちは肩を落として沈痛な面持ちでとぼとぼと校門へと向かって行く。中には「今日は調子が悪かった。やり直させてくれ」などと言って試験官に縋りついている人もいたけれど碌に相手にされず、他の生徒を案内してきた男性に引きはがされていた。
あれ? 入学に関することって今言ったよね? ってことはまさか本当に第二次試験で終わりなのだろうか。いやいや、そんな訳はないだろう。入学の説明って建前で第三次試験が始まるに決まっている。
「ウワァ――!!」
突如つんざくような叫び声が聞こえてきた。それと同時に、なにやら校舎の方が騒がしい。不合格になった人が自暴自棄になって暴れているのかとも思ったけれど、それにしては随分と危機に迫った声だった。
騒ぎは静まるどころか徐々に広がりを見せ始める。校舎から一人の女性が走って来た。彼女は確か先ほど合格者を校舎へと案内していた人だ。
「魔物よ! みんな逃げて!」
女性は必死の形相でこちらに向かって叫んだ。しかし彼女の言うことに従い素直に逃げ出そうというものはいなかった。
皆一様に言葉の意図が掴めずにどうすべきかその場に立ちすくむものばかりだ。私もまた同様に事態を把握できておらず、どうするべきか判断に迷っていた。
「学園内に魔物だと? いったいどこから?!」
「ありえないだろう?!」
皆一様にして「なぜ」「どうして」「ありえない」と口にする。そう、王都内に魔物が入り込むなどありえないはずだ。
王都ペレルミエには囲むように高い塀が張り巡らされている。その塀には王宮魔術師が手掛けた強力な結界が張られているという。よっぽど強力な魔物でないと、結界を破って侵入することなどできない。と、この国のことを家庭教師から習った際に教えてもらった。
それに付け加えて、この学院内にも王都の塀の結界には劣るが同種の結界が張られているという。二重の結界を越えて魔物が王都内に入り込むのは至難の業だ。
もし万が一結界に綻びが出ても緊急時を知らせるサイレンが王都内に鳴り響くようなっている。今現在そのようなサイレンは一度もなっていない。
しかしこちらに猛スピードで向かってくる黒く大きな影があった。近づくごとに姿が鮮明になってくるそれは、魔物であることは明白である。
巨大な体躯に浅黒い皮膚。頭部には左右に伸びた大きな角。鼻のあたりにも頭部のものよりは小さいが目立つ大きさの角が生えている。
あれはベヒモスで違いないだろう。図鑑で見たことがある。しかし実際に見るのは初めてで、あまりの大きさに慄く。大きなことは知っていたけれど、ここまで巨大な魔物だとは思わなかった。グランドの隅にある倉庫らしき建物よりもさらに大きい。こんな巨体魔物いったいどうやって学院内に入り込んだというのだろうか。
ベヒモスはその巨体を存分に駆使して暴れまわっていた。成人男性よりも太く長い尻尾で木を次々と薙ぎ倒し、倉庫に体当たりをしては破壊する。
図鑑にはベヒモスは凶悪そうな見た目に反し温厚な性格で比較的おとなしい魔物だと書かれていたのだが、目の前のベヒモスには温厚さなど見られず、狂暴としか形容できない。
倉庫を破壊しつくしたベヒモスは、次の標的を探すかのように首を左右に巡らせる。そして、ようやくその視線が止まったのは私たち受験者たちが集まっているグランドの中央だった。
突然のことに驚き固まったようにただ見ていた受験者たちだったが、ベヒモスの視線を受けた途端に、蜂の巣をつついたように騒ぎ出した。叫び声をあげるもの。泣き叫びその場に蹲る者。我先にと駆けだし逃げ出そうとするもの。ただ茫然とその場に立ち尽くすもの。
大騒ぎで、これでは試験どころではない。私と言えば、未だ事態について行けずに混乱していた。逃げるべきなのだろう。しかし足が竦んで動けそうもない。握った手がじっとりと汗をかいて気持ち悪い。
「慌てるな、貴様ら!」
誰よりも大きくよく通る声が狂乱する受験者たちを一喝した。逃げようとしたものも、泣き叫んでいたものもピタリと動きを止めて声の発信源へと視線を向ける。
「安心しろ。貴様らは私が守る! 指一本触れさせはせぬ!」
堂々とした力強い物言いで、ベヒモスへと向かって行くものがいた。試験官だ。その佇まいは風格を感じさせ、頼もしく感じる。
「マルロー先生は応援を呼びに、ショーソン先生とハーレー先生は受験者を避難させろ! ベヒモスは私が対処する」
「「「はい!」」」
試験官の言葉に、その場に留まっていた案内人たちも一斉に動きだした。
「受験者の皆さん! 今から避難するのでついて来てください!」
「慌てないで! 大丈夫ですよ、魔物の対処はフォーコンプレ先生に任せていたら問題ないですから」
女性二人の案内人が未だ混乱が抜けきらない受験者たちを宥めて避難場所へと誘導する。もう一人の男性案内人は校舎へと走っていった。
彼女らのきびきびと行動する様子は混乱した受験者たちを落ち着かせるには十分だった。さきほどまで阿鼻叫喚の渦だったグラウンドは次第に落ち着きを取り戻していく。未だに不安そうな表情は消せないものの、誰一人不満を言うものはいない。
私は二人に従い、避難場所へと向かいながら一人ベヒモスへと立ち向かった試験官へと視線を向けた。
「あれは従魔か……。ッチ、従魔師科の教師どもは何をやっている」
試験官が何かしら呟いたが、魔物の唸り声でよく聞き取れない。
ベヒモスは一人で向かってきた試験官に狙いを定めたようで真っすぐ突っ込んでいく。土煙を巻き上げながら向かってくる様子は猛々しく恐ろしい。
しかし試験官は怯むことなく、足元にあった棒切れを手にする。形状を見るに元はモップだったモノだ。おそらく先ほどベヒモスが壊した倉庫から飛び出したものだろう。暫くすると手にした棒が輝きだした。
「強化魔法だ! すげー!」
誰かの興奮したような声が聞こえてきた。
今のが強化魔法、そう言えば自己紹介で付与魔術師科と言っていた。
付与魔術師と言われて思い出すのは師匠のこと。
しかし師匠の強化魔法は術者自身を強化するものだ。試験官が用いた魔法とはだいぶん違うようだ。強化魔法にも色々種類があるとうことかもしれない。強化魔法も奥が深いのだろう。
「立ち止まらないで進んで!」
さきほどまで指示通りに避難していた受験者たちだったが、試験官がベヒモスと対峙しだすといつの間にやら彼らはギャラリーへと変わっていた。
女性の案内人たちが早く避難するように呼び掛けるが、その声に従うのは僅かばかりだ。私も例にもれず、戦いの行先が気になりつい足を止めてしまった。
「フォーコンプレ先生が相手ならもう大丈夫だろ」
「なにあの先生有名なのか?」
興奮を隠しきれない様子の赤髪の少年の呟きに、隣の長身の少年が訊ねる。
「え、お前知らねーの? フォーコンプレ先生っていったら付与魔術師の第一人者だぞ! 付与魔術師及び、付与魔術師を目指す人間で知らないものはいないと言われるほどのすげー人なんだって。俺もあの人に憧れてソルシエール受けに来たんだからな!」
「お、おう、そうか……」
拳を握りながら語る赤髪の少年の熱意の籠った説明に、長身の少年は少し押され気味になりながらも頷いた。
試験官が付与魔術師の第一人者……ということは、もしかして師匠よりすごい人なのだろうか。
天才宮廷魔術師を自称していたのでてっきりすごい人なのだと思い込んでいた。コレットも言っていたけど案外自称で本当は天才でも宮廷魔術師でもないのかもしれない。
「ハァー―!」
強化した光る棒を手に試験官がベヒモスへと殴りかかる。
ベヒモスの皮膚は大変厚く、普通の刃物では歯が立たない。そんなベヒモスにただの木の棒で殴ったところで何の意味もない。それどころか、木の棒が折れてしまうだけだ。
と思っていたのだけれど、試験官に殴られたベヒモスはぐらりとよろめいた。木の棒は折れてもいないどころか、ヒビの一つの入っていなかった。
「かっけー! あれが強化魔法の重ね掛けかー!」
赤毛の少年が盛大な拍手と共に歓声を上げた。完全に観客と化している。
「なにそれ?」
「お前知らないのかよ!? しょーがねーなー、俺が教えてやるよ。強化魔法ってのはな、重ねれば重ねるほど強くなるんだよ。今フォーコンプレ先生はおそらくあの棒きれに耐久性強化をかけた。そうすることによって鉄の棒くらいの強度になる。だがそれだけじゃ、防御力のやたらめった高いベヒモスには対抗できないわけ。そこで同じ強化魔法をなんどか重ねて棒きれにかけて、ダイヤモンド並みの強度にしたってわけ」
なるほど、だから木の棒は折れることがなかったわけか。
「へぇー、じゃあ強化魔法は重ねれば重ねるほどいいってことなんだな」
納得したように頷く長身の少年に、赤髪の少年がいやと否定で返した。
「なんでも重ねりゃーいいってもんじゃねー。モノには何事にも限界ってもんがある。それは強化魔法をかけられる側の物質にも当然あるわけよ。それを見極めないで、ただひたすらに強化魔法を重ねても壊れるだけだ。そこの見極めが難しーんだよ!」
力説した赤髪の少年は、ポケットに手を突っ込むと飴玉を取り出し、口へと頬りこんだ。ふわりと甘い香りが鼻を擽る。
彼の言う通りであれば、試験官はあの木の棒の限界を見極めて壊れるギリギリまで強化魔法の重ね掛けをしている。ということなのだろう。
たいして魔法に詳しいわけでもない私にはよくわからないが、彼の興奮具合を見るにそれはきっとすごいことなのだろう。さすが国内随一の魔術学園というだけあって、教師も一流の魔術師ばかりなのだろう。
試験官はなおもベヒモスに打撃を浴びせ続けていた。連撃による連撃。耐久値の高さでは定評のあるベヒモスも流石に押され気味だ。このまま試験官がベヒモスを倒しきるのも時間の問題だろう。そう思った直後、
「ブフォォォ―――――!!」
耳をつんざくような大きな雄叫びが響き渡った。それを開始の合図とばかりにベヒモスが再び暴れ出した。さかんに首を振り回し、何者も寄せ付けようとしない。角や尾に当たったらひとたまりもないだろう。そのため、試験官も近づけずに離れてみまもっている状況だ。
暫く暴れて落ち着いたのか、緩慢に首を回す程度に落ち着いたベヒモス。このまま大人しくしていてくれと思ったのも束の間、私たち受験者の列をめがけて突進してきた。猛スピードで突っ込んでくる様は、その巨体からはにわかには信じられない速さだ。
「なにをやっている。まだ避難していなかったのか!」
私たちを守るためにベヒモスの進路に立ちはだかる験官。すばやく頭部を棒きれで叩きつける。しかしその程度で立ち止まるベヒモスではなかった。猛然と試験官へと突進をかます。
咄嗟に棒切れで防御するものの勢いを殺すことは叶わず、棒切れは木っ端みじんに破壊され、試験官もろとも弾き飛ばされてしまった。
なおもベヒモスは速度を落とすことなくこちらへと駆けてくる。
「こ、こっち来るぞ!」
「逃げろ!!」
迫ってきたベヒモスにのん気に観戦していた受験者たちは大慌てだ。誰もが我先に逃げようとする。
「っきゃ」
私も逃げようとしたもののパニックに陥った人たちに突き飛ばされ、どんくさい私は転んでしまい逃げ遅れてしまう。立ち上がろうとした瞬間、頭上に影が差した。
見上げればそこには、大きな口を開けたベヒモスの姿。このままでは食べられてしまう。
咄嗟に私は魔法で土壁を作り上げた。そびえ立つ土壁によってベヒモスとは分断された。これで、逃げる時間は稼げるはずだ。
立ち上がり壁に背を向けた瞬間、いやな音が背後で響いた。振り返らなくともわかった。この音は土壁が破壊された音なのだと。
「危ない!」
聞こえてきた誰かの声は、ベヒモスの雄叫びによってかき消された。
このまま振り返らずに逃げなければ、と頭ではわかってした。しかし鳥肌が立つようなプレッシャーに私はつい振り返ってしまう。壊れた土壁から覗くのは凶悪なベヒモスの顔。
「あ、」
しかし垣間見たのは一瞬のこと。すぐに落ちてきた土壁の瓦礫によって私の視界は遮られる。視界が瓦礫でいっぱいになった時、鈍い音と共に鈍痛が頭を貫いた。真っ白になっていく視界に私の意識は遠のいていく。




