4,初めての友達
真っ白で立派な造りの魔術学院ソルシエールの門をくぐると、そこは人で溢れていた。見渡す限りの溢れかえる人、人、人。
今日は試験のため学院はお休みらしいので、ここにいる人々は教師を除いたら全てソルシエールの入学試験を受けるために集まった受験者たちということになる。
まさかこんなに多くの受ける人がいるとは思っていなかったので今更ながらにソルシエールの知名度を知ることになった。
マクシムお兄さまのおかげで少しは持ち直したが、ここにきてまた緊張がぶり返してきた。胃がキリキリ痛む。試験も受けてないのに、私は既に帰りたくなっていた。
「人が多すぎる……」
「あなた迷子? 親御さんは?」
「え?」
突然声をかけられ驚き振り向くと、いつの間にか隣に女の子がいた。身長は私より高いが、同じくらいの年に見えるのでおそらく彼女も、今日試験を受けるためにここにいるのだろう。
ハーフアップにした長いオレンジ色の髪に、紺色の大きなリボンが印象的な少女。茶色と黒のストライプ生地に花柄があしらわれていて、素敵なデザインなドレスを着ている。やっぱり都会はオシャレな人が多いのだと感心してしまう。
それにしても今この子は、私に迷子と聞いてこなかっただろうか。まさか私も受験者と気が付いていないのかもしれない。
「あの、私は入学試験を受けるためにここに来たので、迷子ではないです」
「え、まさか飛び級? そんな制度この国ではなかったと思うのだけど……」
あれ? もしかして私幼い子どもだと思われているんじゃないのだろうか。
「私、今年で十三歳です」
「え!? 同い年? 嘘でしょう―!」
確かに私は同年代よりもかなり身長は低い。その上童顔だ。よく二、三歳は下に見られるがそんなに驚かれるとちょっとショックだった。抗議の意味も込めて目の前の少女をジッと見つめると、彼女は視線の意味を察し困ったように眉を下げた。
「ごめんなさい、あまりに人が多いじゃない? こんなに人が多いと小さい子だと親とはぐれたりしかねないと思ってね……。つい声かけちゃって」
別に怒っているわけではない。ただちょっと、ショックだっただけなので気にしてないと告げると、目の前の女の子はホッとした表情に変わった。
「それにしても本当に人が多いですね。こんなに受験者が多いと受ける前から不安になってしまいますね」
「違うわよ。実際に試験を受けるのはおそらく半分以下ってところね」
「え? じゃあそれ以外の人たちはいったい何しに来ているのでしょうか?」
見学とかだろうか? 観光? いや学校の試験を観光しに来る人はさすがにいないか。
「お貴族様方が使用人を引き連れているのよ。一人じゃ何もできないって大変ね」
そう言われれば、メイド服や燕尾服を着ている人もちらほら見受けられる。彼女の言う通り、きっとメイドや執事を連れてきているのだろう。
いっぽう私と言えば、コレットとは宿で別れたのでここにはいない。私とて一応貴族の娘なので、コレットと一緒に来た方が良かったのだろうか。
「やっぱり、貴族なら使用人と一緒に来るべきだったのしょうか……」
「え? 貴女貴族だったの? てっきり平民かと……」
子どもに見られた上に、貴族にすら見えなかったようだ。出かけにコレットに再三身だしなみチェックはしてもらったからおかしなところはない、はずだ。
貴族としてのマナーや立ち振る舞いは幼い頃から叩きこまれていたので、きちんと身についているはずなのだがやっぱり都会と田舎ではマナーとか違ったりするのだろうか。
私が不安になっていると、顔に出ていたのか目の前の女の子がごめんなさいと謝罪を口にした。
「バカにしたわけじゃないのよ、ただ使用人を連れていない貴族が珍しくて……。うう、私ってばいつも考えなしに喋るから、相手を不快にさせてばっかり……。お父さまにもいつも『お前は考えるよりも先に口を開くからダメなんだ。もう少し考えてから話なさい』っていわれているのに」
「気にしないでください。一人で来ちゃった私が悪いので……」
私自身に貴族っぽさがないのはわかっているので、たとえコレットを連れてきていたとしても、貴族に見えていたかはわからないけど。
「それは違うわ! むしろ連れてこなかったのが正解よ! 『当日は混雑されることが予測されますので、受験する本人以外はお控えください』って、受験の案内書に書いてあったのだから。一人で来なかった方が間違いなのよ」
知らなかった。案内書にそんなことが描いていたなんて。どおりで普段なら真っ先についてくると言い出しそうなコレットが、今回は何も言わなかったわけだ。
逆に使用人を連れてきている人たちはどうして連れてきているのかと思っていたが、女の子曰く「ただの見栄」とのことだ。
「それに、私も貴族には見えないでしょ?」
「いえ、そんなことは」
「いいのよ、謙遜しなくても。お父さまはお金で爵位を買ったから、血筋的には全然貴族じゃないし。周りには成金男爵なんて呼ばれているぐらいだから……」
私は舞踏会やお茶会になどほとんど参加したことがない。親族以外の貴族をあまり知らないので比べられず、目の前の彼女が貴族らしいかどうかなんてよくわからない。でも彼女の立ち振る舞いに貴族の子女としておかしいところは特に感じられない。
どちらにせよ今は別に貴族としての社交の場ではないし、魔術学院ソルシエールでは身分など関係なく、貴族も平民も通っている。学院内では平等で、身分も権力も関係ない。
だが彼女は別にそう言ったことを言いたいわけではないだろう。貴族としての自分に自信がないのだ。それは私にもよくわかる。オトテール領にいた時にはそれほど感じなかったけれど、王都に来てからは改めて自分が田舎者なのだと強く感じることが多かった。
「お互い貴族らしくないなら、私たち似たもの同士ですね」
初対面の人を相手に何を言っているのだろう。口に出したら急に恥ずかしくなった。私みたいな田舎者と似た者同士なんて言われても困るだけだろうに。慌てて否定しようとしたが、勢いよく手を掴まれたことで私の言葉は阻まれた。
目の前には期待したような熱い瞳で見つめてくる女の子。
「似たもの同士だなんて嬉しいわ! 是非お友達になりましょう。私は、オビーヌ男爵家長女ピオレット。ピオレットと呼んでちょうだい」
お友達という言葉におもわず心臓がドキリと跳ねた。オトテール領にいるころは身近に同世代の女の子はコレットしかいなかった。しかしコレットとは主従で友達ではない。友達にはそれなりに憧れがあった。ダニエルお兄さまが学園での話をする時、マクシムお兄さまの手紙で友達の話をする時とても羨ましかった。
そんな私にもついに友達が出来た。彼女は私にとって初めての友達だ。
「私は、オトテール伯爵家長女ブランシュです。ブランシュと呼んでください」
「敬語はいらないわ。だってもう私たちお友達なんだもの!」
嬉しそうに笑うピオレットに私もつられて笑った。初めてのお友達に試験もまだだというのにとても舞い上がってしまう。
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学院の食堂の片隅で、私は友達になったばかりのピオレットと向き合い昼食をとっている。
広くてきれいな食堂には多くの受験者たちが昼食の為に訪れている。メニューが豊富でその上美味しい。しかも在学生は無償と来ている。無事入学できたら色々なメニューに挑戦してみたいものだ。私の大好きなアップルパイもあったのでこれは絶対に食べなければ。
午前中の座学の試験は何の問題もなく終わった。どんな難問が出るのかと戦々恐々(せんせんきょうきょう)していたのだけど、実際に出た問題はどれも簡単なものばかりで軽く拍子抜けしてしまったものだ。
「座学の試験は最低限の読み書き、計算ができるかどうかを見るためのものだからね。簡単で当然よ」
キレイにフォークにパスタを巻き付けながら、ピオレットは言った。
いくらソルシエールが身分に関係ないと言えども、学問を教える場所で読み書き、簡単な計算が出来ないというのはまずいので、最低限の知識のない人を振るい落とすための座学の試験だという。
「と、いうことは本番は実技……」
「そうね、おそらく半分は減るんじゃないかしら」
「え、そんなに!?」
「ヴェリテヴィオー王国一の魔術学園なんですもの、それくらい厳しいのは当然よ」
おそらくすごく難しい試験内容なのだろう。そんな難しい問題を私はクリアすることが出来るだろうか。全く自信がない。不安から胃がキュッと縮み上がる気がした。
試験不合格となってしまえば、折角できた友人であるピオレットともここでお別れだ。それは嫌だ。友達と仲良く楽しく学園生活を過ごしたい。
「なに不安そうな顔してんのよ、ブランシュ。あなたならきっと大丈夫よ。出会ってからまだ数時間だけど、私は貴方が受かると信じているわ。もちろん私も受かるわよ」
ピオレットの力強い言葉に何故だか、不安はいつしか掻き消えていた。
「うん、二人で受かろう!」
二人で頷き笑った。仲間が出来たことで心強い。午後も頑張るために私はサンドイッチを頬張った。マスタードの効いた卵サンドがとてもおいしい。
「今年は受験者に聖女ブランディーヌ様の生まれ変わりがいるらしいって」
ふと横をすれ違った女の子たちの会話が耳に入って来た。彼女たちも私たちと同様に受験者なのだろう。
彼女たちの会話の内容に驚き、食べかけのサンドイッチをのどに詰まらせてしまう。
「ちょっと、大丈夫?」
ピオレットが慌てて水を差しだしてくれた。受け取り一気に煽り何とか落ち着く。
今さっき彼女たちの言っていた聖女ブランディーヌの生まれ変わりってもしかして私のことを言っているのではないだろうか。オトテール領でだけで広まっている話かと思って気にしていなかったけれど、まさか王都にまで噂が回っていたなんて。でもピオレットの様子だと私のことだとは気が付いていないようだ。名前までは出回っていないのだろうか。
正直私としては自分が聖女ブランディーヌの生まれ変わりなんて自覚はないし、そうであるとも思えないのであれこれ言われても困ってしまう。
「そう言えば、さっきの子たちがしてた話なんだけど」
「!」
まさかピオレットの方からその話を振って来るとは思わなかった。やっぱり彼女も私が聖女ブランディーヌの生まれ変わりだという噂を真に受けているのだろうか。
領民たちが私のことを聖女ブランディーヌの生まれ変わりだと崇める様子を思い浮かべた。何度違うと言っても聞いてくれない。ピオレットもそうなってしまうのではないかという不安がよぎる。折角できた友達なのに。
「な、何の話だっけ?」
冷静を装おうとしたけれどうまくいかず、噛んでしまった。
「聖女ブランディーヌの生まれ変わりが今年の受験者の中に居るって話よ」
「う、うん」
言われるままに相槌を打つ私にピオレットは気にすることもなく話を続けた。
「それっておそらくペネロープ王女よね」
「え?」
まったく別の名前が出てきたことに動揺して、思わず間抜けな声が出てしまった。あれ? もしかして私のことではないのではないだろうか。
「知らない? ヴェリテヴィオー王家の第三王女様よ。今年で十三歳だから私たちと同い年。強い魔力の持ち主で、その上聖女ブランディーヌと誕生日同じらしくだいぶん前から聖女教では聖女の生まれ変わりだともてはやされる有名人よ」
「王女様……」
どうやらただの私の思い違いだったようだ。私が聖女ブランディーヌなんて噂はオトテール領に限定されるものだし、田舎の噂話が王都まで届くなんてことは普通に考えてないだろう。第一それ以前に私は聖女の生まれ変わりでもなんでもないわけだし。
ああ、恥ずかしい。穴があったら入りたい! 思い上がり甚だしい。
散々生まれ変わりじゃないなんて否定しておきながら、『聖女ブランディーヌの生まれ変わり』と聞くと無条件に自分のことだと思ってしまうくらいには私の中でいつの間にか浸透してしまっている事実に困惑を隠しきれない。
私って案外のせられやすい性格なのかもしれない。
「顔赤いよ、大丈夫? 水貰ってこようか?」
「だ、大丈夫だから。えっと、それでペネロープ王女、だったかな? 今年受けるの?」
心配するピオレットに申し訳ない気持ちがつのる。気持ちを切り替えて話の続きを急かした。
「多分今年は受けてないんじゃないかな。今日来ているのだとしたらもっと騒ぎになっているはずだし」
確かにピオレットの言う通り、王女しかも聖女ブランディーヌの生まれ変わりと噂のある有名な人物が受験しているのであればもっと騒ぎになっているはずだ。
今日私は学院にきて一度もそんな話題は聞いていない。今この食堂でも、ある程度の騒がしさはあるが、騒ぎというほどの喧騒は聞こえてこない。
「病弱な方らしいから、体調崩して今年は取りやめにしたのかもね」
どうやらペネロープ王女は幼少期から体が弱く、何度も命の危機に見舞われるほどの病弱な体質だという。
私もよく熱を出し寝込んでは死の淵をさまよっていた。相手は雲の上の存在だというのに、勝手に親近感を覚えてしまった。




