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3,ポークカツレツ

 ついに今日は魔術学院ソルシエールの入学試験の日だ。なのだが正直私は全く受かる気がしない。今すぐ逃げ出して領地に帰りたいぐらいには自信がない。

 魔術学院ソルシエールの入学試験は座学と、実技の二種類だ。

 座学は家庭教師に教わり毎日頑張って勉強したし、家庭教師にも合格点を貰ったので多分大丈夫だ。しかし問題は実技。魔術学院ソルシエールの受験を決めてから約一年間、やったことと言えば筋トレ、走り込み、柔軟のみ。

 魔術を使うことはこの一年師匠から禁止されていたので、馬車でのごたごたで使ったのがほぼ一年ぶりだ。そんな状態で魔術学院の試験が受かるなんて到底思えない。

 一年ぶりに使った魔法は一年前に比べてとても威力は上がっていたけれど理由不明。ただのまぐれである可能性が高いので、次もあの威力が出るかなんてわからない。

 第一、いくら威力が高くてもそれだけで良いわけではないだろう。魔法のことはよくわからないけど、様々な種類の魔法を使えたり、魔力量の調節が大事だったりするに違いない。多分。

 ああ、絶対に落ちるに決まってる。胃がキリキリしだした。


「ブランシュお嬢様はとても頑張ってましたから、きっと受かりますよ!」


 隣でコレットが励ましてくれる。だが努力は試験を受ける人は皆してこといるだろう。むしろ落ちたらコレットに失望されるんじゃないかと気が気でない。

 馬車での一見以来、コレットの中では私の株がさらに上がったようだ。『あんな凄い魔法を使えるなんてブランシュ様はきっと将来すごい魔術師になるに決まっています!』と目をキラキラにして言ってくる。私が落ちるなんてことは微塵も思っていない。落ちた時の反動が怖くて仕方ない。

 私が悶々と頭を抱えて悩んでいると、目の前に差し出されたものがあった。こんがりと焼けたきつね色のポークカツレツ。香ばしい香りが部屋の中に漂う。


「……これは?」

「ポークカツレツです! 一部地域ではゲン担ぎに試合や試験の前に食べる習慣があると聞きました。お嬢様にもぜひこれを食べて試験に勝ってほしくて用意しました!」


 確かにそう言う話は以前本で読んだことがある。大事な試験なのだ、神に祈りたいのもわかる。

 しかし今は朝。朝食からポークカツレツは少々、いやかなり重すぎる。

 朝から揚げ物は食べれないと、別のものを用意してもらおうかとコレットに視線を向ける。

 期待を込めた瞳がこちらを見つめている。あ、これは食べられないなんて言えない雰囲気だ。

 私は胸やけを必死にこらえながら出されたポークカツレツを平らげた。



 ▽



 食後に胃もたれと胃痛と戦っていると、ふいにドアのノックの音が響いた。

 ここは王都にある宿屋の一室。訪ねてくる人などいないだろうから、おそらく宿屋のおかみさんではないだろうか。今夜は夕食はどうするのかとか、シャワー室が壊れたとかそういった用事だろう。

 コレットが返事をしつつ、ドアを開けるとそこには意外な人物が立っていた。


「久しいな、ブランシュ」

「マクシムお兄さま!?」


 扉から顔を覗かせたのはマクシムお兄さまだった。お兄さまは王都の学園で寮生活をしているので、今ここにいるのは不思議ではない。

 しかし私は、この宿の場所を誰にも教えていない。マクシムお兄さまにも、同じく王都に住んでいらっしゃるカロリーヌ叔母さまにもこちらに着いたら連絡するように言われていたのだけど、いっさい何も連絡していない。

 なぜならマクシムお兄さまに至っては試験前にはとにかくプレッシャーをかけられそうだし、試験後は落ちたらとことんバカにしてきそうだだからだ。ああ、想像するだけで胃が痛い。

 カロリーヌ叔母さまはプレッシャーはともかく、落ちても馬鹿にすることはないかもしれないが、叔母さま経由でマクシムお兄さまに話が行くことを恐れて何も言わないことにした。

 と、いうのに何故ここにマクシムお兄さまがいるのだろうか。まさか……。ちらりとコレットに視線を向けると、ぺろりと舌を出して笑った。ああー、コレット―!

 マクシムお兄さまと会うのは、お兄さまが夏休暇に実家に帰ってきて以来なのでおおよそ七か月ぶりだ。その際にも『絶対受かれ』と散々プレッシャーをかけられた。ただでさえ自信がないのにこれ以上何か言われたらまともに試験会場まで行けるかすらわからない。


「あ、えっと、マクシムお兄さま……。えっと、その……」


 しかしこのまま追い返す勇気などなく、チラリと上目遣いでマクシムお兄さまを見上げたら鋭い眼光で睨まれてしまった。うう、怖い。


「ブランシュ」


 私を見つめるマクシムお兄さまの瞳が不意に、柔らかくなったような気がした。


「お前なら出来る。私の妹だろう?」


 お兄さまのくれた言葉はプレッシャーでも、バカにするでもない。叱咤でも激励でもない。それは間違いなく私に対する信頼の言葉だった。真っすぐに私を見つめるマクシムお兄さまの瞳には、確かな信頼を感じる。

 私なら魔術学院ソルシエールの入学試験に合格できると、そう思えるような気がした。キリキリ痛んでいたはずの胃はもう痛くない。さっきまで不安と緊張で縮こまっていた心はマクシムお兄さまの言葉で解きほぐされ、ほんの少しだけど自信が生まれた。

 この程度で前向きになってしまうなんて、我ながら単純だと思うけれど誰よりも厳しいマクシムお兄さまからの言葉だからこそ私の心に響いたのだ。


「はい、行ってきます!」


 精一杯の笑顔で答えると、マクシムお兄さまは深く頷いた。

 ここまで来たのだ、もう引き返せない。後は全力を出すだけだ。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様!」


 コレットとマクシムお兄さまの期待を感じ取りながら、私は試験会場である魔術学院ソルシエールへと向かう。

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