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22.とんでも師匠

 今日から師匠、自称天才宮廷魔術師ダヴィド・バロワンさんの魔法の授業が始まる。

 私としては、一度断ったのに何故受ける気になったのかまったくわからないけど本人も周りも皆やる気だから口を挟むに挟めない。

 かくゆう私と言えば、あまりやる気はない。私の魔法の腕前なんて一般並みでしかないのだから、宮廷魔術師に教えてもらうなんて私にはもったいない。

 しかしいまさらそんなことも言えず、私は魔法を教わるために中庭で師匠と向き合っていた。

 昨晩もまた雪が降ったので、中庭にはあちこちに雪がまだ残っていた。それなりに防寒対策はしているけれど、それでも寒い。

 動きやすい服で来いと指定されたので、簡素なジャケットとひざ丈のキュロットスカートに編み上げブーツを合わせている。それだけではまだ寒いので丈の短いコートを羽織った格好だ。

 師匠は中庭に来るなり、真面目な顔でじっと私を見つめだした。いったいどうしたのだろうか。まさか私の服装に何か問題でもあるのだろうか?

 改めて自分の姿を見てみるが何が悪いのかいまいちわからない。もしかして、魔術師にしかわからないマナー違反とかしているのかもしれない。少し不安になってきた。


「おい、弟子。とりあえず気絶して見せろ」


 なんて私が一人不安にかられていると、師匠は開口一番とんでもないことを言い出した。


「無茶言わないでください!」


 確かに良く気絶する私だけど、それらはすべて意図的なものではない。別に好きでしている訳ではない。気絶しようと思って出来るわけではないのだ。できるものなら気絶なんてしたくはない。


「ッチ、仕方ねーな……」


 横暴なことを言ったのはそちらの方だというのに、なぜか私が悪いような言い方をする師匠。理不尽だ。

 師匠が面倒くさそうに頭をかきながら近づいてくる。次は何を言う気だろうと身構えていると、おもむろに片手を振り上げる。なにを、と思った次の瞬間に頭部に重く鈍い痛みが駆け巡った。

 何が起きたのは判らぬままに私の視界は真っ黒に染まり、そこで意識は途切れた。



 ◆



「――――!!」

「――――」


 誰かが言い争う声が聞こえる。

 重い瞼を無理矢理こじ開けると、見慣れた天井が目に入った。私の部屋、そしていつもの定位置、ベッドの上。


「っん」


 起き上がろうしたものの、少し浮いた背中は横から伸びてきた手にそっとおされ、私は再びベッドへと戻った。


「ブランシュ、無理しなくてもいい。まだ寝ていなさい」

「やっと起きたか、ブランシュ。お前はバロワン殿に殴られて気絶してたんだ。覚えているか?」


 ベッドの横には憔悴気味のダニエルお兄さまと不機嫌そうなマクシムお兄さまがいた。

 思い出した。私は師匠に殴られて意識を失ったのだ。私を殴った本人はどうしているのかと室内を見渡すと、離れたところでコレットと何か言いあっているようだ。いや、正確には一方的にコレットが詰め寄っているけど、師匠は聞き流している感じみたいだ。

 それにしてもマクシムお兄様はなぜ不機嫌なのだろうか? 怒っているようにも見える。

 もしかして私が師匠の前で醜態を晒したから怒っているのだろうか? 確かに初日で倒れたのはどうかと思うけど、今回は私のせいではないので私に対して怒らないでほしい。原因はまちがいなく師匠にある。

 なんで師匠があんな暴挙に出たのかはわからないけど、私がなにかやらかしたとかではない。ハズだ。


「お、起きたか弟子よ」

「ちょっと! まだ話は終わってませんよ!」


 元凶である師匠が声をかけてきた。続く形で、コレットが後ろに続く。

「お嬢様お加減はいかがですか? 痛いところとかありませんか? 何かありましたら遠慮なく言ってくださいね」


 先ほどまで怖い顔をして師匠を怒鳴っていたコレットだけれど、私に向ける顔は優しい笑顔だ。


「心配性だなー。殴った後で頭には回復魔法かけたんだから痛いわけねーって」


 そういえば殴られたはずの頭部は全く痛くはない。今更ながらに言われてから気が付いた。師匠の言うことが本当なら、回復魔法のお陰なのだろう。だがしかし……。


「そういう問題じゃありません! お嬢様を殴っておいてなんですかその態度は!?」

「はいはい、すみませんでしたー」


 うん、痛くないからいいという問題じゃないと思う。

 怒るコレットに師匠は悪びれることもなく飄々としている。当然その態度は、火に油を注ぐようなものだ。コレットの怒りはさらに燃え上がる。


「貴様そこになおれ―!」


 短気なコレットにしてはよく耐えた方だと思うけど、流石にこれ以上は無理だったようだ。

 勢いに任せて殴りかかるコレット。しかし師匠はさらりとそれを躱す。続けざまに蹴りをくりだしてきたが、それも師匠は紙一重で躱してしまう。

 決してコレットの動きが遅いわけではない。むしろ早い方だと思う。私だった間違いなく当たっていたことだろう。

 初対面の時も思ったけれど、師匠は魔法を使って避けているのだろうか。常人の動きとはとても思えない。

 このまま続くと思われた二人の小競り合いは唐突に終わることとなる。


「バロワンさん」


 決して大きな声ではない。しかし騒がしい部屋の中でも良く通る声が響く。その声は温度を含まない、酷く冷たい声色をしており、ぞくりと背筋が震える。

 今しがたまで騒がしかった師匠とコレットもピタリと動きを止めて、声を発した人物へと視線を向けた。

 視線の先にはうっすらと微笑みを称えたダニエルお兄さま。しかしその目は笑っていない。つうと冷たいものが背中を伝う。


「伯母様からの紹介の手前、勝手にやめさせるわけにはいきません。しかし次はありませんからね」

「はい……」


 これにはさすがの師匠も敬語だ。へらへら笑顔も引っ込め、真顔にもなる。


「このことは父に報告しますから」


 ちなみにお父さまは二日酔いで寝込んでいる。昨晩遅くまで飲んでいるなとは思ったけれど……。お酒に弱いのだからほどほどにしてほしい。


「コレットも、あまり騒がないように」

「は、はい!」


 私には甘く優しいダニエルお兄さまだけど、怒るととても怖い。流石は未来の領主といったとこだろうか。



 ◆



「なあ、お前魔術師になりて―の?」

「え?」


 師匠に殴られ倒れた日の翌日、再び私は中庭で師匠と向き合っていた。服装は昨日と同じような軽装だ。

 庭の隅にはコレットとマクシムお兄さまがいる。昨日のようなことが無いように目を光らせているらしい。コレットはわかるけれども、何故マクシムお兄さまも?

 私のことなど面倒だと断りそうだけど……。ダニエルお兄さまに頼まれたのだろうか? マクシムお兄さまはダニエルお兄さまには弱いからな。

 ちなみにダニエルお兄さまは、現在学校に行っていて不在だ。

 監視がいる中で流石に今日はまともに魔法を教えてくれるだろう、そう思っていた開口一番に聞かれたのが先ほどの言葉。

 魔術師。それは多くの子どもたちが憧れる三大職業の一つ。

 余談だが三大職業のあとの二つは、騎士と冒険者である。

 騎士は貴族しかなることが出来ないが、魔術師と冒険者は貴族平民関係なく誰にでもなれる職業だ。

 便宜上、魔術師と簡単に一言でくくってはいるが、魔術師とは広い意味での職業名である。

 細かく分類すると、魔法や魔石などの研究をする賢者(セージ)。治療を専門し医者としても活動する治療魔術師(ヒーラー)。魔導具の開発を主とする錬金術師(アルケミスト)。など他にも様々。

 そしてそれらの魔術師の頂点にあるのが宮廷魔術師だ。

 また先述した騎士や冒険者の中にも魔術を生業とするものもおり、それらもまた魔術師と呼ばれている。

 今師匠がいった『魔術師』とは魔術を生業にした職業全てのことという事でいいのだろう。

 では改めて自分は、将来魔術師になりたいのかと言われるとよくわからない。

 まだ私は十一歳だ。将来のこととはよくわからないし、いまいち実感がわかない。

 小さい頃は、いつ死ぬかわからないと言われて将来のことなど諦めていた。今は成長して、少しは体も丈夫になったのですぐに死ぬことはないだろう。

 とはいえ私は女だし、お兄さまたちがいるので家を継ぐことはない。それならば、どこかの貴族の家にでも嫁ぐのだろうな。ぐらいにしか考えたことがなかった。

 私ぐらいの年頃でもすでに婚約者がいる人もいるらしいけど私にはいないし、お父さまもお母さまもそう言った話を持ってきたことはない。二人とも好きにしなさいと言うだけだ。

 マクシムお兄さまは学者になりたいと以前言っていたが、

 私は特にやりたいものなど何もない。明確な希望があるマクシムお兄さまが少しうらやましく感じる。

 私には夢もやりたいこともぼんやりとしていて何も見えてこない。あるがままに流されているだけだ。

 魔法においてもそうだ。カロリーヌ叔母さまから紹介されてもらったバロワン師匠だが、師事するように言われたから今こうやって彼と共に中庭で向き合っているに過ぎない。

 師匠と呼ぶのも言うように言われたから呼んでいるだけだ。はっきりと明確に魔術を覚えたい、上達したい。などの意志はない。

 改めて考えてみると、私という人間は何もないこと尽くしのつまらない人間だ。


「……わかりません」


 嘘を言っても、言い訳しても彼には見破られてしまいそうなのでここは正直に告げる。

 宮廷魔術師にもなるような人間だ。きっと私みたいな流されるままに魔法を習おうとしているものなど許せないに決まっている。怒られるだろうか。


「だろうな」


 だが師匠は怒ることもなく、さも当然といった顔でそう一言言っただけ。どうやら師匠にはバレバレだったようだ。


「お前さ、なんかこうー意欲とか熱意みたいなもんが感じらんねーんだよ」


 それはそうだろう。別にいやいやというほどではないけれど、自主的にやっているわけではない。やるように言われたからやっている。そんな感じだ。

 しかしそれをはっきりと口に出すのは戸惑われるので、ここはあいまいに笑っておく。

 師匠は深く息を吐いた。彼のことだ、きっと私に幻滅したに違いない。と、なれば次に彼は帰ると言い出すのだろう。

 最初に来た時に私なんかに教える気はないと言っていたぐらいなのだから。気まぐれな彼はきっとまたやる気をなくしただろう。

 今回に関しては私にやる気が感じられなかったのが理由だ。カロリーヌ叔母さまにもきっと言い訳が立つだろう。

 それもまた仕方がないし、私はそれでもかまわなかった。


「よし、飛ぶぞ!」

「え?」


 のだが、予期せぬ突然の言葉に意味が分からず聞き返す。しかし師匠は答えることなどなくいきなり私を小脇に抱えるとそのまま飛行魔法で浮かび上がった。


「え――――!?」


 見る見るうちに離れていく地面。あっという間に私は空へと連れ出されていた。さっきまですぐ近くにいたマクシムお兄さまとコレットが小さく見える。


「ブランシュ!」

「お嬢様――――!!」


 はるか下の方からマクシムお兄さまとコレットが叫んでいるのが聞こえてきた。降りて来いと必死に叫んでいるが、降りたいのはやまやまだけど私にはどうすることも出来ない。


「し、師匠、なにをするつもりですか!?」

「俺様が、今からお前に魔法の素晴らしさを教えてやるから覚悟しな!」


 こっちの意見なんて聞く気もない。なんて自分勝手な師匠なんだ。

 無理やり戻ろうと暴れるが、落ちるぞと言われてしまえば大人しくするほかない。


「おろして――!!」


 私の叫び声が冬の空に響く。

 師匠は私の声など無視して広い空へと勢いよく飛び立った。

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