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【幕間】お父さまも仲間に入れてほしい

 ここはオトテール領、領都エルネスヴィールのオトテール家の屋敷。その一室に男性が一人、晩酌をしていた。歳は四十歳前後、服装はラフなものだ。

 男の名は、レオナール・オトテール。オトテール領の領主であり、この屋敷の主である。

 レオナールは赤い顔をしてぶつぶつと何かを一人で呟いており、一目で酔っ払っているとわかる。しかし、彼はまだワインをグラス一杯飲んだだけである。

 アルコールが強い人間から見ればこの程度で酔う訳がない、と思うことだろう。しかし残念なことにレオナールは酷く酒に弱かった。

 アルコールに強い妻、エリーナとは対照的にレオナールは下戸に近い。全く飲めないという訳ではないが、祝いの席などでたまに飲んでも度数の弱いものを少量嗜む程度だ。

 だというのになぜ今夜は度数の高いワインを飲んで酔っ払っているのか。それは彼に悩み事がある。酔って気を紛らわそうとしているのだ。

 簡単に解消されることのない彼の悩みごとは、酒でも飲んで酔って忘れるくらいしか鬱憤を晴らす方法がなかった。

 とはいっても、酔って忘れられる程度の悩み事で彼がここまで悩むことはないのだが。

 そんなレオナールが現在頭を抱える悩み事は何かというと、


「なんでだ、ブランシュ……」


 彼の娘である、ブランシュ・オトテールに関してのことだ。とはいっても、ブランシュが手が付けられないきかん坊で悪戯ばかりする。とか言った内容ではない。

 ブランシュはきかん坊とは真逆で、幼少時から体が弱く、よく倒れ、家族全員に心配されるような病弱さだった。外で走り回ることはほとんどなく、基本家の中で静かに本を読んでいるような子だ。

 かといって家族に甘やかされた我儘娘、なんてこともなく、人に体調以外のことで迷惑かけることもなく素直でいい子である。

 では悩み事とは、彼女の病弱さに関することだろうか? いや、それも違う。ブランシュは未だに倒れることもちょくちょくあるが、幼少期に比べて幾分かは体力も付き健康とは言い難いが、簡単に死んでしまうようなことはなくなった。

 そんな幼少期より少しだけ健康になったブランシュだが、初夏あたりから魔法の才能を開花させたのか、彼女の活躍が著しい。

 はじまりは初夏のことだった。橋が流されるような激しい豪雨が、オトテール領を襲った。

 このままでは川が氾濫し、領民たちにも被害が出るやもしれない。という時にブランシュは現れた。

 ブランシュは土魔法を駆使し、川を広くし、間一髪で川の氾濫を食い止めたのだ。

 しかし彼女の活躍はそれだけではなかった。

 同日、落雷による山火事もブランシュが水魔法で消火し、で大した被害もなく鎮静化させることが出来たのだ。

 被害は橋が流されただけで、幸い死傷者は一人も出ることはなかった。

 ちなみに、橋は現在復旧作業中だ。春には完成することだろう。


 夏には彼の妻、エリーナがアトリエから出てこなくなった事件があった。

 レオナールは妻を心配し、彼女をアトリエから出すためにあれこれと手を尽くしたが、これといった効果は得られなかった。

 食事もせず、碌に眠らず、徐々に衰弱していった。このまま死んでしまうのではと、皆がおもっていながらなにも出来ずにいた。

 しかし数日後にエリーナはアトリエから自ら出てきたのだ。

 彼女の話では絵に潜んでいた何者かに憑りつかれていたと言っており、憑りついていた何者かはブランシュが聖魔法を使い祓ったらしい。

 にわかには信じられない話だが、引きこもっていた最中のエリーナは確かに何かに憑かれたと言われてもおかしくない程に別人のようであった。

 それからは何もなかったかのように、元の優しいエリーナへと戻り、二度とあの時の悪夢のような日々が戻ることはない。


 秋の小麦の収穫時にはスィユール村で事件が起こった。

 悪魔と呼ばれるイナゴの王アバドンがイナゴの大軍を率いて現れたのだ。スィユール村の村長一家はアバドンの姿を見て真っ先に逃げ出してしまった。

 そこに偶然にも収穫のために訪れていたブランシュが果敢にアバドンに挑み見事撃破した。その姿はとても勇敢で勇ましいものだった。

 その後ブランシュは統率を失ったイナゴたちの処理も完璧にこなし、蝗害を最小限に止めることが出来たのだった。

 ちなみに逃げた村長一家はその三か月後に全員死んでしまったが、その事実を知るものは誰もいない。


 翌月の収穫祭ではついに家族以外の人達がブランシュの勇姿を見ることになった。

 開会式の最中に魔猪が乱入し会場を荒らすという事件が起きたのだ。

 その際もブランシュが浮遊魔法や水魔法を使って魔猪を打倒した。それはもう見事な立ち回りだったとその場に居合わせた人々は誰もが絶賛し、彼らは口々に言った。

 ブランシュ・オトテールは聖女ブランディーヌの生まれ変わりなのだと。

 そのような感じで数々の武勇伝を築き上げたブランシュ。

 始めこそ病弱な小娘に何ができるのか。何の見間違えかと皆が信じていなかったのに、今では誰もが疑ってなどいない。

 ブランシュが聖女の生まれ変わりだという噂をまるで信じず、目の敵にしていたメイドですら今ではブランシュを聖女ブランディーヌの生まれ変わりと信じて妄信しているほどだ。

 レオナールもまた皆と同じように、ブランシュが聖女ブランディーヌの生まれ変わりと信じている。

 よそから見たら行き過ぎた親バカにしか思えないだろうが、ここオトテール領では誰も馬鹿にする者はいない。真実だと頷くだけだ。

 そんなブランシュを自慢の娘だと、レオナールは誇っている。しかし……。


「なんで私だけ、見れていないんだ……!」


 そう、これがレオナールの悩みである。レオナールだけが家族の中でブランシュの勇姿をその目で見たことがなかった。

 妻も息子たちも、弟夫婦も、新人メイドも、大勢の領民たちですらその目で見たというのに、父であるレオナールだけがまだ見たことがないのだ。


「こうなったら直接本人に頼むしかないと、ブランシュにお願いしても、『そんなこと私出来ないから、人違いだと思います……』なんて言われるし……。流石にその言い訳はないよ、ブランシュ」


 レオナールは長いため息を吐く。


「ブランシュはお父さんのことが嫌いなのだろうか……」


 どこを見ているかもわからないようなどんよりとした目をしたままグラスを掴むと、半分ほど残っていたワインを一気に煽った。ぐわりと頭が回る。


「旦那様、もうそのくらいでおやめになった方が……」


 完全に泥酔している主人を心配して、クラハが止めにはいるがレオナールは聞く耳もたずテーブルの上に置いてあったワインの瓶に手を伸ばした。


「なあ、その話詳しく教えてくれよ」


 レオナールに声をかけてきたのは、ダヴィド・バロワン。彼はブランシュの活躍を近くでみたカロリーヌが、才能があると見込み、姪っ子の為に魔法の講師を頼んだ宮廷魔術師だ。

 最初こそ断ったものの、再び舞い戻り自らブランシュの師匠をかってでたという経緯をもつ。皆の前で「やらない」と豪語して屋敷から出て行ったというのにだ。

 いったい何があったのかはレオナールは知りえないが、彼もおそらくブランシュの力をその目で見て実力を認めたのではないかと思っている。

 そうでなければ、高慢な態度の彼が一度断った講師の件を受けるとはとても思えなかった。


「バロワンさん。……私よりも、他の家族に聞いた方がいいですよ。何せ私だけブランシュの活躍を見たことないのだから」


 レオナールの表情がわかりやすく曇る。貴族であり、領主である彼は当然、表情を取り繕うことなど難しいことではない。

 しかしそれはあくまで、素面の時に限る。泥酔している際に、素面の時と同じように取り繕うなど難しい話だ。つい感情が表に出てしまっても致し方ないことだろう。

 いや、これが公式の場であれば、もう少しは取り繕えただろう。それ以前に、こうなってしまうほどの深酒をすることもなかっただろう。

 しかしここは自身の屋敷で、ダヴィドを除けば家族と使用人しかいない。多少の羽目を外してしまうのも致し方ないことだろう。

 レオナールはダヴィドをじっと見つめると、眉間に皺を刻んだ。

 レオナールは目の前の宮廷魔術師が苦手だった。

 宮廷魔術師ダヴィド・バロワンはとても個性的な人物だ。悪く言えば変わり者。常に自信満々で、高圧的な態度なのはこの国の魔術師の頂点である宮廷魔術師にもなれば当たり前なのかもしれないが。

 カロリーヌからの手紙で急ぎ馬車乗り場へと向かったレオナールだったが、馬車乗り場に着いたはいいが目的の人物はその場におらず、次の便の来るのではと寒い中何時間も待ったのだ。

 しかし結局ダヴィドは姿を現さなかったので、もう来ないのだと諦め屋敷の戻ることにした。いざ屋敷に戻ってみれば、先ほどまでいたがもう帰ったと言うではないか。レオナールは思わず崩れ落ちたものだ。

 そんなこんなで苦手意識が働くのもまた仕方のないことだろう。

 不機嫌を隠しもしないレオナールに、ダヴィドは気にすることもなく向かいの席に腰かけた。


「皆に聞いて回ってんの。今後の魔法の授業の為にいろんな角度から弟子のことが知りたいからな。ご当主にも話が聞きたい」


 言いながら、ダヴィドが手にしていたワインの瓶を傾けレオナールのグラスへと注ぐ。とぷとぷと真っ赤なワインがグラスを満たしていく。

 そのワインは数か月前にレオナールが妻からお土産にと贈られたものだ。彼はいつか祝いの時にでも飲もうと、大事にしまい込んでいた。

 そのようなものであることなど知らないダヴィドは、ワインセラーに大事にしまわれていたそのワインを当主の断りもなく「いいもんあるじゃん」といいながら勝手に持ち出したのだ。

 しかしレオナールは酔っ払って、手にしているグラスの中身が秘蔵のワインであることにまったく気が付いていない。

 クラハもエリーナに呼ばれ部屋を出て行ってしまったので、ダヴィドを止めるものはどこにもいなかった。

 レオナールは勧められるままに酒をあおり、自身の知っている娘の話を話する。度々のろけが入り無駄に長くなり、朝になって起きてきた妻に叱られるまで話し続けた。

 そしてダヴィドは自身の知りたい話とは全く関係のない、娘自慢から話を軌道修正することが出来ず、酔っ払いの面倒くささを改めて理解したのだった。

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