21、王都からやってきた宮廷魔術師(side:ダヴィド3)
ゆっくりと意識が浮上する。最初に感じたのは痛み。体中を引き裂くような痛みが駆け巡る。指一本動かせそうにない。目を開けることすらままならない。
次に感じたのは寒さだ。あまりの寒さに震えが止まらない。寒さを通り越し、痛みにすら感じる。
目が覚めたばかりの頭では状況が追い付かない。いったい何がどうなっているのだと、鈍い頭で考え、思い至る。ああ、俺様はフルーレティと戦って、そして負けて墜落したのだ。
全身を苛む痛みは奴にやられた傷と、墜落した際に負ったものだ。突き刺すような冷気はフルーレティが発する冷気だ。この寒さでは、奴はまだ近くいるのだろう。
どうやら俺様は死ななかったようだ。強化魔術がうまくいったようだ。あちこち骨が折れたりしているんだろうけど、生きているだけ儲けものだろう。
俺様はどのくらい意識を失っていたのだろうか。この寒さの中で、凍死しなかったことを考えると大した時間ではないと思うが。
「グワアアアアァァ!!!」
程近くからつんざくような叫び声が聞こえてきた。今の声はおそらくフルーレティだ。いったいやつに何が起こったというのだろうか。
あまりに鬼気迫った叫び声だった。俺様と対峙している時にはあんな叫び声は出さなかった。危機的状況にでも陥らないとあんな声を出すとは思えない。
と、なるとまさか別の魔物が現れたのではないのだろうか? 満身創痍の今の俺様では速攻で殺されてしまうだろう。
あわよくば、相打ちしてくれるとありがたいのだけど、そう簡単にはいかないだろう。何はともあれ、フルーレティが対峙している相手が何者なのか確認するべきだ。
瞳を開こうとすると、痛みが走る。それでも無理矢理こじ開けると目に入って来た状況は想像していたものとは大きく違った。
真っ先に見たのは、あたり一面氷の世界。地面も枯れた木も、少し先に見える川も全てが凍っている。まるでここは地獄なのかと問いたくなるような光景だ。
そして次に見えたのは、フルーレティ。やつは雪の降り積もる地面の上で倒れ伏していた。体からはおびただしい血が流れ出し、雪は真っ赤に染め上げられている。かすかに前足が地面を搔いていることからまだ生きているようだ。
続いて目に入ったのは、フルーレティと対峙する相手。フルーレティを倒せるのだ、凶悪な魔物だろうと当たりを付けていたのだけど、実際は全く違った。
魔物は死にかけたフルーレティ以外存在せず、宙にふらりと浮いているのは紛れもなく人だった。
しかもその人物には見覚えがある。数時間前にあったばかりの相手。全身を暖かそうなベージュの毛布に包まれた物体。もとい毛布人間。確か名前はブランシュ・オトテールといったか。
「……どういう、ことだ?」
かすれた声が、ぽつりともれた。理解が追い付かない。状況がわからない。
なんでこいつがこんなところにいるんだ? ここはオトテール家の屋敷から随分と離れた場所だ。偶然来るような場所じゃない。
俺様を助けに来た? いや、それはない。俺様が今ここにいて、しかも魔物とやり合って瀕死で倒れているなんて誰も知らないはずだ。
万が一、偶然戦っているところを見つけた誰かが領主に報告した結果駆けつけた? いや、それなら他にも救助に来たやつがいるべきだ。周囲に毛布人間以外の気配は感じられない。ただの娘であるこいつが単独で来るのはありえないだろう。
第一今日あったばかり、しかも馬鹿にしてきた相手を助けるなんて俺様だったら絶対にしない。それともこいつが底抜けにお人好しということなのか。いくら考えても答えは出ない。
さきほどまで小さくあがくように動いていたフルーレティだったが、暫くすると全く動かなくなった。死んでしまったと思っても大丈夫だろう。
ホッと息を吐き出した瞬間、どさりと音がした。まさかフルーレティはまだ生きていたのかと、身構え視線を戻すがフルーレティは息絶えたままだ。
では何の音だったのかと思い、周囲に目を走らせると先ほどまで宙を浮いていた毛布人間が地面に倒れ込んでいた。暫く待つも起きる気配はない。
「おい……!」
まさかと、嫌な予感がして、痛む体を無理矢理起こし引きずるようにして毛布人間の元へと駆けよった。
「オイ、大丈夫か!?」
抱き起すと、毛布人間は安らかに寝息を立てていた。安堵の息を漏らす。なんだ寝ていただけか。
「ったく、のん気なもんだ」
いや、別にこいつのことを心配していたわけではないからな。ただ宮廷魔術師がいる目の前で人が死んだりなんてしたら俺様の沽券にかかわるというだけだ。毛布人間がどうなろうが知ったこっちゃない。うん。
いやしかし、こいつのお陰で俺様は助かったのは間違いないのだろうから、少しぐらい心配してやってもいい。
それにしてもこいつはいったいなにをして俺様でも苦戦した (こいつが勝てた相手に負けたとは認めたくはない)フルーレティを倒したのだろうか。
昼に会った毛布人間は、フルーレティを単身で倒せるほどに強いようには見えなかったし、すやすやと眠る今の姿にも全く強さは感じない。
だが確かに、こいつが何かしらやったのは確実だ。それにとんでもない力を秘めていることも、だ。少なくともここまで来れる力は備えている。
屋敷からここまで約五キロ強。降り積もった雪で馬車は使えないだろう。ということは自力でここまで来たわけになる。
五キロ強の道のりをあいつは一人歩いてこれるとは思えない。時間的にも無理だ。ということは飛行魔法で飛んでくるくらいは出来るわけだ。
どうやら俺様はこいつのことを侮っていたのかもしれない。間違いなくただもんじゃねぇことだけは確かだ。
隠していたのか、自身も気が付いていなかったのかは定かではないけれど、どっちにしろ俺様はこいつに興味をもった。もっとこいつの魔術をみてみたいと思った。
間違いなくこいつには魔術師の素質が十分にある。このまま王都まで帰るつもりだったが、こいつを鍛えるのも悪くないかもしれない。
才能もないような雑魚の面倒を見るのはごめんだが、こいつは間違いなく才能の塊だ。このまま野放しにしておくのは魔術界の大損失と言えるだろう。
弟子なんてとったことないし、魔法の指導なんてものもしたことないが天才の俺様にかかれば何の問題もない。
「さてと……」
そうと決まれば早いとこ屋敷に戻らねぇと。フルーレティは死に、極寒の寒さからは戻りつつあるが、寒いのは変わらない。こんなところで寝かせていたら風邪をひいちまうだろう。
飛行魔術を使えるほどに魔力はまだ回復していない。
しかし、東の空がうっすら明るくなってきたのでそろそろ村人たちも出歩くころだろう。誰か捕まえて馬車で領主の家まで送らせるか。
▼
フルーレティとの戦いから既に三日。俺様はあの後、偶然通りかかった村人に頼み馬車で領主の家まで送ってもらい、そのまま居座っている。
魔力も完全に戻り、フルーレティにやられた傷は既に回復魔法を使って完治済み。魔法の講師の件は既に領主から許可を貰っているので、あとは本人にこのことを伝えるだけだ。
しかしフルーレティを倒した功労者は未だに眠ったままだ。何をどうやったのかは知らないが強敵フルーレティを倒したのだ、仕方ないだろう。
だがそれでも、そろそろ起きてくれないと俺様も困る。いつまでも居候しているもの少し居心地が悪い。使用人たちの視線も痛いしな。
「ブランシュお嬢様がお目覚めになりました」
応接室で暇つぶしに借りた本を読んでいると、年かさのメイドが俺を呼びに来た。
おお、ようやくお目覚めだ。さて挨拶でもしに行くかね。
部屋に入るとすぐに年若いメイドがすごい剣幕で俺様を睨んできたけど、面倒なのでスルーする。
「よう、お嬢様。随分と遅いお目覚めだな!」
意気揚々と扉を開けて部屋に入ると、盛大に驚いた声が聞こえてきた。
「バロワンさん?! なんで? 帰ったのでは?」
どうやらこいつは俺がすでに王都に帰ったのだと思っていたらしい。まあ今起きたばっかりなんだ、何も聞いていないのは当たり前か。
「ちげーよ、師匠だ」
「?」
不思議そうな瞳が俺様を見上げる。
「今日からお前の魔法を教えてやる。俺様のことは師匠と呼べ! よろしくな、ブランシュ」
「ええーー!?」
さてと、目下の目標は国内一の魔術学園『魔術学院ソルシエール』に入学させることだ。今十一歳ってことは学校入学までまだ一年以上ある。今から育て上げれば、入学試験には十分間に合うだろう。
来年には俺の知り合いが教師として入るから、あとはそいつに任せればいい。俺様がブランシュに教えるのは魔術師としての基本的な事だけだ。
それだけでも既に魔力が多いこいつには十分だろう。
未だに状況がわかっていないブランシュを笑いながら、俺様は脳内で今後の教育スケジュールを立てる。




