19、王都からやってきた宮廷魔術師(side:ダヴィド)
俺様は今最高に機嫌が悪い。理由は王都から遠く離れたオトテール領とかいうど田舎へとわざわざ行かなければならないからだ。
この国の全ての魔術師の憧れである宮廷魔術師であるこの俺様がなぜこんなクソ田舎に行かなきゃならない。
オトテール領まで乗り合い馬車はあるものの一日三本しかない。これだから田舎は嫌なんだ!
久々の遠出&オンボロの安馬車に疲れて寝坊したら既に馬車は出てやがった。一声かけるとかしろよな! ったく気が利かねー。
次の馬車を待つのも億劫なので、飛行魔法で目的地までひとっとびすることにした。乗り心地最悪な馬車に乗らずに済むのはいいけど、これはこれで地味につらい。
強風に何度も吹き飛ばされそうになるわ、カラスに追いかけられるわで。そのうえ飛行魔法ってかなり魔力食うんだよな。俺は魔力少なくはないし、どちらかと言えば多い方だけどつらいもんはつらいのだ。
従兄弟であるカロリーヌ姉さんに頼まれなければこんなド田舎になど来ていない。断ろうと思えば断れた。仕事が忙しいだなんだの言い訳して。
しかし運の悪いことに、ちょっと仕事でやらかしてただいま三ヵ月の謹慎処分中。ったく、たいしたやらかしでもないのに、全く頭が固いものだ。あのくそメガネは。
そのうえなぜかその件に関して、カロリーヌ姉さんには筒抜けだった。俺様からは一言もいっていないのに。
おそらく情報元はあの筋肉お化けの旦那だろうな。あれでも宮廷騎士団副団長なのだ、宮廷内の情報は入ってくるだろう。チッ、忌々しい。
まあ、そんなことがなくともカロリーヌ姉さんの頼みなら断るわけにはいかないのだけど。
『ダヴィドに魔法を教えてほしい子がいるのだけどいいかしら? 私の姪っ子なんだけど、絶対魔法の素質があるの! それこそ聖女ブランディーヌの生まれ変わりじゃないかって思うくらいには。だからその辺の魔術師なんかじゃ絶対釣り合わないから宮廷魔術師であるあなたに頼みたいの。お願い!』
アポもなしに宮廷魔術師団の詰所に顔を覗かせたと思ったら、そんなことを頼んできた。
姪っ子と言ってはいたが義理の姪だ。俺様とも何の血縁関係もない。カロリーヌ姉さんの旦那の方の血筋なのだから。完全に他人だ。
なんで赤の他人に天才宮廷魔術師の俺様が魔法を教えてやらなきゃならない。いや、たとえ血縁であっても願い下げだが。
だがカロリーヌ姉さんに『お願い』と可愛く言われてしまえば叶えなければいけない。敬愛するカロリーヌ姉さんのからお願いでなけりゃ絶対に断っている。
かといって真面目に教えてやる必要もなかろう。チラッと顔だけ見たら、碌に才能が無かったとか言って速攻で帰ってやろう。
◆
一目見た瞬間からわかった。こいつはカロリーヌ姉さんが言うほどの実力はないなって。いやむしろ、これは雑魚と言ってもいいだろう。
聖女ブランディーヌの生まれ変わり? いやいやありえねーって。どんだけ盛るんだよ。
魔力はパッと見た限り人並み以上にあるようだけど、ただそれだけだ。魔術師としての素質はほぼゼロに近い。毛布人間だし。
こんな雑魚をなぜカロリーヌ姉さんが俺に推薦してきたのかはわからないが、今回ばかりは見る眼がなかったのだろう。人の実力を見抜く目をもつカロリーヌ姉さんにしては珍しいものだ。
何はともあれ、才能もないような奴の面倒みてやるほど俺様は暇じゃねーので、サクッと帰ることにした。領主屋敷滞在時間一時間弱ってところか。
あー無駄な時間と労力使った。さっさと帰ろ。帰って酒飲もう。
しかしついてない時はどこまでもついていないものだ。歩くのも面倒だと、乗合馬車乗り場まで浮遊魔法でふわふわ飛んでいったのはいいが、途中で雪が降り始めやがった。障壁魔法を展開しているので、この程度なら寒さを感じることはないが、雪が視界を遮り前が見えずらい。そうなるとスピードはおのずと落ちる。
なんとか馬車乗り場まで辿り着いたが、雪のため馬車の運行中止と書かれていた。
「ふっざけんな!」
怒りのままに叫ぶものの、俺様の声は誰もいない馬車乗り場の中で虚しく響くだけだ。
「しかたねぇな、次の村まで飛ぶか」
流石に王都までは飛べない。ならある程度大きな街まで出てそこで宿をとるのがいいだろう。こんな田舎じゃ碌な宿もあるわけがない。
未だに雪は降り続けている。風が強いので完全に吹雪だ。障壁魔法のおかげで寒さを感じないが、きっとかなり寒いのだろう。
外はもう既に真っ暗だけど、視力強化で暗視ぐらいは簡単だ。
浮遊魔法を行使しながら、同時に障壁魔法と視力強化を維持するのはかなり魔力を消費するけれど、俺様ならこの程度どうってことはない。
この状態で、ドラゴンのような大物との戦闘にならない限りは大丈夫だ。まあドラゴンなんてこんな人里近い場所で出ることなんかないけどな。
地上を見下ろせば、雪が積もり出している。この辺りはそれほど北ではないので、大雪が降ることはほとんどないはずだ。しかも今は初冬。通常であれば、初雪もまだ早い。
この寒さと言い、降雪量と言い少し異常なのではないか。今年は厳冬になるなんて話は聞いていない。そんな話を聞いていたら俺様はオトテール領まで来ることなどなく、さっさカロリーヌ姉さんのお願いを断っていた。
なにもないど田舎で、雪に埋もれるなんてまっぴらごめんだからな。
「……なにか聞こえる?」
かすかに獣の鳴き声のようなものが聞こえた。耳をすませば、徐々にその鳴き声は大きくなってくる。
「ひょっとしてまさかなんじゃねーのか……」
背中に嫌な汗が伝う。とんでもねぇ魔力の塊を感じる。鳴声と共に魔力の塊もこっちへと向かってきているのがわかる。
数秒後、俺様の視界に凶悪なものが入り込んできた。
「おいおいおい、こりゃとんでもねーな……。下手なこと言うもんじゃねぇ。いや、ドラゴンよりかは多少マシか?」
とか軽い口調で言ってみるが、実際のところはたいして変わらないかもしれない。なんてったって、相手は未知の生き物だ。伝承くらいでしかお目見えすることがなかった。
目の前に佇むのは黒豹。しかしただの動物でないのは一目瞭然。二メートル以上ある巨体に、背中からは氷でできた翼が生えている。尻尾の先も同様に氷で作られている。
第一、飛行中の俺の目の前に出現したのだ。ただの黒豹が空中散歩なんて聞いたこともない。
そのうえ、禍々しい魔力を黒豹は放っている。ただの魔物ですらない。
「フルーレティ……」
思い当たる名前を口にする。その名は随分前、学生時代に教科書の中で見たことがあった。魔獣フルーレティ。通称冬の悪魔。雪や氷を操る能力を持ち、気象をも操ると言われている。
何百年に一回現れると言われているが、まさか生きているうちに会う羽目になるとは思わなかったぜ。
正直分が悪い。こちとら飛行魔法と視力強化と障壁魔法併用で魔力が平時の半分ほどに減っている。その上人間には不慣れな空中と来ている。
一方敵は余裕綽々(しゃくしゃく)。一見しただけでわかるほどの膨大な魔力を秘めており、禍々しいオーラが奴の周りに立ち込めている。しかも空中戦は翼をもつ相手のほうが有利ときたもんだ。
しかし俺様は天才宮廷魔術師だ。悪魔だろうが何だろうが倒してみせるさ。
「いいぜ、かかってきな!」
余裕を見せるように手でこまねくと、フルーレティが威嚇のため低く唸った。やつは慎重なのかあっちから仕掛けてくる様子はない。
ならば先手必勝。飛行魔法で素早く相手の間合いに飛び込む。その際に腰に差した剣を抜刀しそのままフルーレティを切りつけた。
「っち」
しかし、俺の斬撃はフルーレティには当たらなかった。突如目の前に出現した氷の盾に阻まれて届かない。剣は氷の表面を滑っただけだ。
ドラゴンの爪を使って作った剣、その名も『ドラゴンソード』。そのままとかいうな、命名苦手なんだよ。
切れ味抜群、耐久値もずば抜けている。魔力も多く含んでおり、たいていのものなら何でも切れる。そのうえ様々な付与魔法で強化もしている。最強の剣だ。
そんな自慢の剣を持っても切れないということは、フルーレティが作り出した盾はかなりの魔力を含んでいるということだ。
ならば対処法は簡単。さらに魔力をこめて叩き付ければいい。
「火魔法付与」
氷といえば、対抗するにはやはり火だ。それは魔術でも変わらない。俺様が唱えると、ドラゴンソードの刀身が炎を帯びる。
「っハ!」
再び切り付けると、今度は手ごたえがあった。ミシリという音とともに、氷の盾に大きな亀裂が走る。しかし破壊するにはまだ弱い。
「筋力強化!」
自身に強化付与し、渾身の力をもって叩き付ける。バリィと大きな音をたててようやく氷の盾は無残に粉々に砕けた。弾けた氷の破片が宙を舞う。そのまま勢いを殺すことなく、俺様はフルーレティを切り付けた。
「ギャウッ」
再び氷の盾を張り防御しようとしたフルーレティだったが、さらに自身に俊敏強化も付与した俺様の剣には間に合わなかった。
肩口に太刀を受け、血がしたたり落ちる。頭をやったと思ったが、とっさにそらし致命傷避けたようだ。血は出ているが、傷はたいして大きくはない。あの距離で致命傷を避けるとは、なかなかの強敵だ。
フルーレティは後方へ飛び距離をとった。傷を負った肩が氷で覆われている。応急処置ということだろう。
距離を取られると、接近戦を得意とする俺様としては少々やりずらい。魔法攻撃もできないわけではないが専門外だし、なによりも空中戦である今、魔力は最小限で押さえたい。
俺様はこの国きっての付与魔術師だ。専門は当然付与魔術。付与魔法に至っては俺の右に出る者はいないといっていいだろう。
付与魔術師とは、武器や防具、人などに魔法を付与する魔術師のことだ。通常の付与魔術師は物や他人への魔法付与はできるが、自身への魔法付与はできない。
だが俺様は自身への魔法付与も可能だ。むしろそっちのほうが得意ときており、ガンガン自分に強化をかけて接近戦に持ち込むのが俺様の戦闘スタイルだ。
元々騎士の一族に生まれた俺様は、当然のごとく騎士を目指していたし、周りも騎士になるものだと思っていた。
しかし現実というものは残酷で、俺様には剣の才能がなかった。その代わりか、幸いなことに魔法の才能はあった。
シュヴァリエ学院を中退した俺様は、カロリーヌ姉さんの勧めで、魔術学院ソルシエールに入りなおした。そして魔術の勉強を経て、今までできないと思われていた術者自身への魔法付与を成功させたのだ。
魔術師になったとはいえ、幼少期から叩きこまれた剣術は体に染みついている。強化魔術と剣術を合わせることで、俺様は多彩な接近戦を得意とすることになる。
剣術だけでは駄目だったが、そこに魔法を加えることによって俺様は凡人を脱し、宮廷魔術師になりえたのだ。




