18、王都からやってきた宮廷魔術師2
「この屋敷のメイドの躾はどうなってんだ!? 客にタックル食らわせるとは何事だよ!」
「正門を通って来ていない人は、お客様とはカウントされません。不法侵入者です」
偉そうな男改め、本日我が屋敷に訪れたお客様はダヴィド・バロワンさん。王都で宮廷魔術師をしているらしい。
宮廷魔術師と言えば、この国の最高峰の魔術師の集まりだ。間違いなく、すごい人なのだとその肩書だけで理解できる。
そのすごい魔術師がなんでこんな田舎に訪れたかというと、私に魔法を教えるために来てくれたらしい。なんとカロリーヌ叔母さまの推薦だという。
私はそんな話、今初めて聞いたので驚いたのだけど、お父さまには事前に叔母さまから手紙が届いていたという。だがその手紙が届いたのは昨日のことで、急遽お客様を迎える準備におわれていたために私に知らせるのが遅れたらしい。
そんな重要な事本人にはもっと早くに教えてほしかったな。っていうか、カロリーヌ叔母さまもなんでそんな重要なことを事前に教えてくれなかったのだろうか。
それにしても私に魔術師の講師……、しかも宮廷魔術師だなんて恐れ多すぎる。魔法なんて生活魔術しか使えないのに。
うぅ、皆して私に魔法の才能があると勘違いしているせいで、早速よそに被害が出てる。こういうのは領内に留めてほしかった。いや領内でも、やめてほしいのだけど。
ちなみにカロリーヌ叔母さまの手紙では、バロワンさんは昨日屋敷につく予定だったらしく、昨晩大急ぎでお父さまが彼を迎えるために出て行った。そして今日になっても帰ってこないうえに、バロワンさんが一人で現れたところを見ると行き違いになってしまったようだ。
「仕方ねーだろ。どこからはいりゃいいのかわかんねーんだからよ。これだから田舎貴族の屋敷は無駄に敷地だけ広くていけねー」
「いったいどこから入ったのですか? 正門にいた門番は誰も訪れていないと言ってましたし、裏門も使用人用入り口も鍵がかかっていたのですが……」
「あ? そんなもん飛行魔術でポーンだよ」
「ああ、なるほど飛行魔術の使い手でしたか。流石宮廷魔術師様ですね。でしたら、王都からここまでも飛行魔術ですか?」
「いや、王都から半分くらいまでは乗り合いバスで来たんだけど、この俺様が満員の馬車の中でもみくちゃにされるなんてあり得ないからな。ここ数日晴れているし、どうせならと飛行魔術で飛んできたわけだ。……って、え、ここスルーすんのか? 王都なら皆して『えー!? 飛行魔術―? すっごーい! 流石宮廷魔術師様―!!』ってばっかんばっかん盛り上がるとこだぞ! 俺の株もばっかんばっかん上がるとこだぞ! なんでお前ら全員そんなに冷静なんだ?! この使用人なんて、未だに俺の事不審者を見るような目で見てくるしよ!」
いやいや、私は充分すごいと思ったよ! びっくりだよ! 王都から半分って簡単に言っちゃったけど、まず飛行魔術を使えるだけですごいっていうのに、ここから王都までかなり距離あるし。
それに、今の季節なら空の上は絶対に寒いのに、バロワンさん大した防寒してないし、私ならそんな薄着で空飛んだら (飛べないけど)絶対に凍死する。そのうえ今日は風強いからよく吹き飛ばされなかったなって思うよ!
でも改めて周りを見渡すと、お母さまもお兄さまたちもこの場にいる使用人たちも全員誰も称賛どころか驚いてすらいない。コレットなんて、心底興味なさそうだし。
「っは! これはあれだな。感情が表に出にくいけどホントはめっちゃ驚いているってやつだ! オトテール領の特性か?」
「いえ、宮廷魔術師ともなればそのくらいできて当然では? うちのブランシュお嬢様だってそのくらいできますよ。多分」
コレット―!? ちょっと何を言っているの!? 私出来ないよそんなこと! 身内の冗談ならともかく天下の宮廷魔術師に嘘つくなんてなんてことを!
「あ? お嬢様ってっと、この毛布人間のことか? 冗談も休み休み言えよな。魔力はまあ、人並みよりは多いみたいだけど、それ以外は大したことねーだろこんなちみっこ。第一いくら魔力が多かろうがそれをうまく使えなきゃ何の意味もねーんだよ!」
「お嬢様を踏みつけただけでなく、侮辱するとは! 何たる不届きもの、もう許せません!」
「コレット! ストップ!」
今にもバロワンさんに飛びつかんばかりのコレットを慌てて止めようと、腕をつかむものの私の腕力ではコレットを止めることなどできなかった。私の腕を振り切ったコレットは素早い動きでバロワンさんへと殴りかかる。
「危ない!」
腕を振りかぶるコレットにバロワンさんは身動きすらしない。バロワンさんにコレットの拳が直撃したと思ったその瞬間、コレットの拳は虚空を掻いた。
「え?」
「どーこ見てんだ、がきんちょ? 俺様はここだ」
「!」
突如消えたバロワンさんに驚くコレットの真後ろに、悠々と仁王立ちするバロワンさんがいた。いつの間に、移動したというのだろうか。瞬きなんてしていなかったのに全然わからなかった。
「うそ……」
「いつの間に」
バロワンさんが移動したことに気が付かなかったのはどうやら私だけではなかったようで、バロワンさん以外のこの場にいる人全員がびっくりしていた。
直に体験したコレットはというと、未だに理解が追い付いていないのか固まったまま動かない。
「まあ、女子の割にはいいパンチしていたと思うぜ。まあ、カロリーヌ姉さんには負けるけどな」
「っチ!」
この場にいる全員に聞こえるような大きな音で舌打ちしたのはコレットだ。彼女の表情は忌々し気に歪んでいる。そんな顔女の子がしていい顔ではないと思うよ。
さて、どう考えても良くない空気になってきた。挑発するようなことを言ってきたバロワンさんもよくないけど、それに乗ったコレットもまたいいとは言えないだろう。
しかも相手は宮廷魔術師だ。相手にもならなかったとはいえ、喧嘩を売ったのだからタダでは済まないだろう。いったい何を言われるかわからない。
「っじゃ、俺はもう帰るわ」
こちらが戦々恐々としていたら、バロワンさんはあっけらかんとした口調でそう言い放った。
「え?! ま、まだ来たばかりですよ?」
まだ何も教わってすらいない。私なんて踏みつけられただけだ。
コレットが殴りかかってきたことに腹を立ててそんなことを言い出したのかとも思ったけれど、彼の表情を見るに怒っているようには見えない。
「今俺がやったとこを何一つわかっていないような奴に教えられるものなんてねーよ! 宮廷魔術師は安くねーんだ! それだけの実力備えてから出直せ、毛布人間!」
それだけ言うと、言葉通りにバロワンさんはさっさと部屋を出ると玄関へと向かう。
せっかく来てくれたのにこれって大丈夫なの? 主にカロリーヌ叔母さまに怒られない?
「バロワンさん行っちゃうけど、どうしよう……。追いかけなきゃ!」
咄嗟に追いかけようとする私に、待てと声が掛かる。
「カロリーヌお義姉様には悪いけれど、見かけだけで判断してブランシュを馬鹿にするような人は帰ってもらって正解だわ!」
「別にいいんじゃないのか? やる気ない奴いても困るだけだし」
「ブランシュには今更魔術の先生なんて必要ないだろう?」
お母さまもダニエルお兄さまもマクシムお兄さまも誰一人として追いかける気などないようだ。様子を見守っていた使用人たちも何事もなかったかのように、自らの仕事へと戻って行く。えっと、いいのかな?
「ブランシュお嬢様……」
声をかけてきたのはコレット。もしかしてコレットは追いかけてくれるのだろうか。先程の様子からしたら少し意外だけど。
「申し訳ありません、あの不法侵入者を仕留めることが出来ませんでした。今度会ったら絶対に一発殴ります」
うん、違った。
せめて私だけでも引き止めないと。
玄関に向かっていると、玄関から扉の開く音が聞こえた。もしかしてバロワンさんが戻ってきたのだろうか?
玄関から、人の気配がする。やっぱりバロワンさんが戻ってきたのだ。
「バロワンさん」
「ブランシュー! お出向かいに来てくれたのかい? 優しいね、ブランシュは。疲れ果てた心が癒されるよ!」
「お、お父さま!」
玄関にいたのはバロワンさんではなくお父さまだった。後ろには共に出ていた執事のアンドレもいる。
「聞いてくれよ、ブランシュ。カロリーヌ義姉さんの手紙を読んで急いで魔法の先生を迎えに行ったんだけど、待ち合わせ場所である乗合馬車の乗り降り場には誰もいないし、いつまで待っても現れない。乗合馬車の御者に尋ねたところ、それらしい男性は数日前まで乗っていたけど、寝坊したようで、指定の時間までに来なかったので置いて行ったっていうんだよ! 御者が言うには次の馬車で来るだろうってさ。でも次の馬車にもその次にも乗ってなくてさ……。いつまでも待っている訳にはいかないから。とりあえず御者に我が家までの地図を渡して帰ってきたんだ。いったい先生はどこに行ってしまったんだ……」
しおしおと肩を落とすお父さま。疲れているだろう時にバロワンさんが一人で来て既に帰った事実は黙っていた方がいいだろう。そう思ったけれど、
「あら、お帰りなさい貴方。遅かったわね。魔法の先生なら先ほど帰ったわよ」
私のそんな気遣いも、私たちの話し声に気がついて玄関まで来たお母さまに無意味にされてしまった。
「ええ――!? なんだって!?」
お父さまはその場で膝から崩れ落ちてしまった。
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吹きすさぶ風に叩きつけられて、ガタガタと窓ガラスが揺れている。夜になり気温がぐっと下がった。
私も窓ガラスのようにガタガタと震える。歯も寒さで合わせられずにカチカチと音が鳴る。
「さーむーいー!」
一度は寝たけど、真夜中にあまりの寒さに目覚めてベッドの上で私は震えていた。
家族はみんな既に寝静まっている。ダイニングにある暖炉の火もとうに消してしまっている。布団に入れていた湯たんぽの温もりも既にない。
はあと吐き出す息は室内だというのに白い。
夜中だけどこんなに寒いのだ、暖房魔導具を付けてもいいかと思って魔導具に手を伸ばしたのだけど、残念なことに魔石の魔力が空っぽになっていて使えなかった。
着用毛布を着てさらに毛布と布団をかぶって震えることしかできない。今晩は冷え込むかもしれないと、コレットが言っていたけどまさかここまでとは思ってなかった。
起きるのにはまだ早い時間。もう一度寝てしまおうと毛布にくるまり瞳を閉じるが寒さで眠れない。
窓の外へと視線を向けると、風に交じって雪が舞っていた。どうりで寒いわけだ。雪はうっすらと積もり始めている。例年よりも早い初雪だ。やっぱり今年は厳寒なのかもしれない。
ふと頭をよぎったのは、昼間に屋敷を訪れた一人の男性。宮廷魔術師だと言った、彼。ダヴィド・バロワン。
今なおバロワンさんは王都へと帰っているのだろうか。こんな雪の中じゃ乗合馬車も出ないだろう。行きのように飛行魔法で飛んでいるのかもしれない。
寒くないのだろうか。天才宮廷魔術師を自称するくらいなのだからどうにかできるのかもしれない。でもそうじゃなかったら絶対に凍死する寒さだ。
現に今私は寒さで死にそうだ。室内にいるし、しかも布団の中に入っているというのに死んでしまいそうなほどに寒い。
さっきから震えは止まらないし、足先なんてとっくの昔に感覚なんかないし、手指も碌に動かなくなっている。次第に頭が重くなり、ぼんやりとしてうまく動かない。眠気とはまた違う。これも寒さのせいなのだろうか。少しでも熱を逃がさないようにと手足を折りまげ丸くなる。
正直このまま眠ってしまいたいけれど、このまま眠気に身をゆだねても大丈夫なのだろうか。凍死いう言葉が頭をよぎる。だが身体は正直で徐々に意識は沈殿していく。
意識を手放す瞬間、目の前が真っ白に染まった。
獣の鳴き声がどこからか聞こえたような気がしたが、確かめることも出来ないままに私は意識を手放した。




