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17、王都からやって来た宮廷魔術師

 冬がやってきた。オトテール領は、極寒の北の地というほど寒くはないし、雪もたいして降らない。かといって全く降らない、というほどに南国でもない。

 そこそこに寒く、そこそこに雪が降る。北国の人たちに言わせれば、たいした寒さではないだろうけれど。

 だが私は寒い。とても寒い。震えが止まらない程度には寒い。このままでは凍死しかねない程に寒い。なので私はこの時期になると動ける限界ギリギリまで服を着こみ、暖炉の真ん前に陣取っている。


「……まだ初冬だよ、ブランシュ」


 雪だるまのようになっている私を見ながら、ソファーに腰かけたダニエルお兄さまが心配そうにいった。

 確かに今はまだ初冬。山間部は既に白い雪で覆われているが、私たちの住む屋敷がある辺りでは初雪はまだだ。

 にしても今年は例年より寒い気がするので、雪が降る日も近いだろう。


「ブランシュお嬢様、ココアをお持ちしました」

「ありがとう、コレット」


 改めて私の専属メイドとなったコレットは、早速甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれている。今も頼んでもいないのに見計らったかのように、暖かいココアを入れてくれた。私のメイド有能なのでは?

 湯気が立ち上るマグカップを受け取り、ひとくちココアを飲む。心地よい甘さと温かさが体を包む。

 寒いのは嫌いだけど、暖かい食べ物や飲み物は寒いからこそおいしく感じるのだろう。確かに真夏にホッとココアなんて飲みたくはない。

 だからと言って冬が好きになれるかと言ったらそんなことはないのだけど。

 暖かいマグカップで冷えた指先を温めていると、わざとらしいため息が聞こえてきた。振り向かないでも誰なのかすぐにわかった。


「今からこんな状態で、本格的な冬になったらどうするつもりなんだよ。ほんとひ弱なんだから」


 こんなチクチクとした言い方をするのなんて我が家には一人しかいない。マクシムお兄さまだ。

 今の寒さなど序の口で、これからまだまだ寒くなることはよくわかっている。去年もそれなりに雪が降ったので、今年もまたそれなりには雪が降るだろう。

 既に着られるだけ着こんでいる私にこれ以上の寒さに耐えられる自信は全くない。ならばこれ以上寒くなれば仕方がない、


「……暖炉の前で暮らします」


 暖かな炎を灯す暖炉。これがあるからなんとか私はベッドから抜け出せていると言っても過言ではない。これさえあれば寒い冬もなんとかなる。……はず。


「就寝時間になったら消すぞ」


 マクシムお兄さまは手厳しい。しかし確かに私一人しかいない時にも暖炉に火をつけておくには薪がもったいない。

 私の部屋には暖房魔導具が置いてあるが、安物であるため暖炉ほどの温かさはない。暖房魔導具の前に居ればそれなりに温かいが、少し離れてしまえば付けていないのとそう変わらない。

 それに加えて、魔石がもったいないので凍死するほどにものすごく寒い時以外は寝る時には消すようにしている。


 魔導具自体は消耗品ではないが、魔導具を使用する際に使われる魔石はある程度使うと中の魔力が空になり使えなくなる。

 魔石とは二種類あり、一般的なものは魔物の体内からとれる魔力の塊だ。魔石には保有主である魔物と同じ属性が備わっている。火属性の魔物なら火の魔石、水タイプなら水の魔石といった感じだ。基本魔石は一つの属性しか備えていないのだけど、稀に複数の属性持ちの魔石が発見されることもあるらしい。

 秋の収穫祭に出現した魔猪 (私が倒したということなにっているが多分なにかの間違いだ)はその稀な例外にあたり、土と炎の属性を備えた魔石を保有していた。

 取り出された魔石を見せてもらったが、土属性の茶色と火属性の赤がマーブル状に混ざり合ったとてもきれいな魔石だった。

 そして魔導具によって必要な魔石が違ってくる。暖房魔導具を使う際に必要な魔石は火の魔石なのだが、オトテール領では土の魔石や風の魔石が多く取れる反面、火の魔石はとれにくい。

 魔物の生息地には地域差があり、オトテール領では土属性と風属性の魔物が多いためだ。

 海のある土地では水属性の魔物が多く、北の方では火属性の魔物と氷属性の魔物が多いらしい。どこの土地にも特性がある。

 魔物由来ではないもう一つの魔石は、自然に魔力が固まり魔石化する現象だ。こちらは魔物由来のものよりも発見率が低い。

 とはいってもものすごく珍しいものではないので、たまに河原や森の中など人の少ない場所に落ちていることがある。あまり出歩かない私でも何度か目にしたことがあるくらいだ。

 これもまた地域差があって、この辺りは風の魔石を見ることが多い。

 魔物由来、自然由来ともに、火の魔石はこの国ではあまり多くは取れない。北の帝国から輸入しているのだけど、最近北の帝国は情勢がよくないらしく火の魔石は高騰している。

 極度の冷え性の私には大問題だが、国の問題はどうしようにもない。


 なので出来るだけ暖房魔導具の使用頻度を落として節約したい。

 ならばとお母さまが湯たんぽを持たせてくれたので、湯たんぽもそれなりに重宝してはいる。寝る前に布団の中に入れておけば、中が暖められて冷たい布団で寝なくともいいので寒い夜にはありがたい。

 しかし、蓋がきちんとできていなくてお湯がこぼれたり、カバーがいつの間にかずれていて気が付かずに直接肌が触れてやけどしたり面倒なことも多い。なによりお湯は時間がたてば冷めてしまう。冷めてしまえば、冷たくなりただ邪魔なだけだ。

 こうなってくると私に出来る防寒など、毛布に包まるしかなくなる。ベッドの上で毛布にくるまっている間はまるで南国にいるかのように暖かで幸せだ。このまま出たくないとすら思ってしまう。

 しかし残念なことにいつまでも毛布にくるまっている訳にはいかない。お手洗いに行かなければならないし、基本ベッドの上での食事は禁止されている (体調が悪いときは例外だ)。


 そんなわけでこの時期になると、朝起きる時は毎朝戦場に赴くような気持ちになる。

 目が覚めると一番にやることは、毛布にくるまったままずりずりとベッドから這い出し、暖房魔導具のスイッチをオンにすることだ。

 部屋が仄かに温まってくると、ようやく着替えを開始する。着替えは素早く迅速に。いくら部屋が温まってきたと言っても暖炉の前や毛布の中と比べたらまだまだ寒い。

 なので一秒でも早く温かい服装に着替えなければ私は凍死してしまうかもしれない。

 しかし朝のミッションはこれで終わりではない。次に待ち受けるのは洗顔だ。洗面所で使う水は備え付けられた魔導具で出す。その際に出るのは冷たい水だ。お湯ではない。これも火の魔石があればお湯を出すことも出来るのだけど、火の魔石はないので現状魔導具には水の魔石しかセットしていない。

 冷たい水を洗面器いっぱいに出すと、気合を入れて息をとめて一気に顔を洗う。なぜ息を止める必要があるのかというと、なんとなくだ。深い意味は特にない。

 冷たい水で顔を洗ったらそのまま凍死しそうになるけれど、死にそうになりながらも炎の灯る暖炉の前に来ると冷え切った体は温もり、なんとか生き延びることが出来る。

 冬とは毎日のように死と隣り合わせの恐ろしい季節だ。この際もういっそのこと……、


「……冬眠します」

「いや無理だろ」


 バッサリ言われてしまった。

 ああ、なんで私は人間に生まれてしまったのだろうか。熊やリスなら寒い冬は冬眠して過ごせたのに。そして暖かい春になってのんびり起きてこられたのに。


「確かに今年は早くから随分と寒いわね。厳冬かしら?」


 お母さまの呟きに、私は愕然とした。厳冬なんて私は無事に冬を越すことが出来るのだろうか。春まで生きていられる自信が既にない。


「ブランシュお嬢様! 冬眠しなくとも大丈夫です。これをご覧ください!」


 コレットがいそいそと持ち出してきたものは、暖かそうな毛布? それにしては少々小さいような気もするが。

 毛布なら毎晩使っているものがあるので新しいものは必要ない。なんたって、太陽羊の毛が使われているのだ。

 太陽羊とは北国で多く飼育されている羊だ。夏の間に太陽の光を吸収して毛の中に陽光の温かさを蓄積して、冬になったら蓄えていた熱で自身を温めて極寒の冬を乗り切るのだ。

 そこそこに高級品なのだが、お父さまが王都で買ってくれた。私が冬になるたびに寒さで寝れなくて、寝不足になって倒れていたことが発端なのだけど。


「これは着用毛布です」

「着用毛布?」


 とはなんだろうか? 名前の通り毛布を着るということなのだろうか? しかし毛布を着るとはどういう感じなのかいまいち想像が出来ない。頭から毛布をかぶるとかだろうか? とても動きづらそうだ。


「寒がりのブランシュお嬢様の為に作りました! もちろん生地は太陽羊毛を使っています。ブランシュお嬢様の防寒具を作ると言ったら旦那様が提供してくれました!」


 じゃじゃーんなんて効果音を口で言いながらコレットが、着る毛布とやらを拡げて見せた。

 それは想像していたものとは全く違った。普段寝る時に着ていると毛布とは違い、コレットが手にしているものは確かに素材自体は毛布と変わらないようだけど形が全く違う。ガウンのような形をしていた。


「よかったら着てみませんか?」


 コレットから手渡されたそれは、手触りはまさに毛布そのもの。一般的に毛布に使われる生地と同じものだ。

 促されるままに羽織ってみる。太陽羊の毛が使われているというだけのことはあって、触りもよくとても暖かい。

 少し大きめに作られたそれは足元まですっぽりと覆われている。袖も長めだ。フードもついているので頭から足元までが毛布の温かさに包まれる。

 普通の毛布だったら、頭まで被ってしまえば当然何も見えなくなってしまうけれど、これだったら視界が遮られることもない。

 なにより、袖が付いているのでこれを着たまま本を読んだり書き物をすることだって出来る。毛布だと手を出した隙間から冷気が入って来て寒い思いがするがこれなら両腕も暖かいままだ。

 前の合わせ部分にはボタンが付いており、はだける心配もない。これを着たまま動くことも可能だ。名前の通りこれは間違いなく着用毛布だ。

 これがあれば春まで生き延びることも出来るかもしれない。


「これすごいよコレット! とっても暖かいし、毛布をきたまま動けるのはすごい。ありがとうコレット」

「喜んでいただけたようでよかったです。少しでもお嬢様が快適に過ごせるように日々ご奉仕させていただきます!」


 一度メイドをやめたコレットだったけれど、再び私の専属メイドとなってからは以前とは真逆で私に尽くしてくれる。

 嫌がらせをすることもなくなったし、仕事もちゃんとしてくれるのはありがたいのだけど、たまに私に対して主人というより信仰対象のような言動をするので少し怖くもある。できたら普通にしてほしい。



 ▼



「あ」


 いつもの定位置、ベットの中で読書中にふと視線を窓の外にやると真っ白な布が空を舞っていた。布は数秒ひらひらとはためいた後、ふわりと地面へと落ちる。

 そういえば今日は、朝から風が強いとコレットがぼやいていた。干していた洗濯物のシーツが風で飛ばされたのだろう。

 コレットに伝えようかと思ったけれど、つい先ほどクラハに呼ばれて出て行ったばかりだ。

 他の使用人に伝えようかと思って部屋から顔を覗かせるも、誰の姿も見られない。

 今日はお客様が来ると言っていたからみんな忙しいのだろう。慌ただしい時に声をかけるのも悪いので、見つけた私が取りに行くことにした。

 顔を出したついでにこのまま外まで行こうかと思ったけれど、部屋の外はとても寒かった。暖房魔導具の効いている室内とは雲泥の差だ。中型の魔導具なので、部屋全体を温めるには力不足だけどやはりあるのとないのでは全然違う。

 今の比較的薄着 (マクシムお兄さまに言わせれば十分厚着)のまま外に出たら間違いなく風邪をひいてしまう。ただでさえ熱っぽいから今日は寝るように言われていたのに、悪化したらお母さまに怒られてしまう。

 私は椅子の上にかけていた着用毛布を手に取り、着こむと部屋の外へと出た。暖房魔導具のついた室内では少しむっとして暑いくらいあったが、ひんやりとした廊下では丁度いい。

 唯一布に覆われていない顔が寒かったので、フードも被ると全身ほかほかだ。

 コレットにもらった着用毛布は毎日のように着ており今では手放すことが出来ない。

 とはいっても、いつも着ていると汚れるので洗濯しなければならない。洗濯中はまた以前のようにベッドに引きこもるか、暖炉の前から動かなくなってしまうのでコレットに洗い替えを作ってもらうことを検討中だ。


「あった!」


 庭に出て、自分の部屋の窓の真下へと向かうと地面へと落ちたままのシーツを見つけた。風で遠くへ飛んでいなくて良かった。


「いっぱいついてる……」


 シーツを持ち上げてみると、びっしりと枯れ葉がシーツに引っ付いていた。このまま持っていくわけにはいかないので、一つ一つ枯れ葉を取り除く。ふとつふたつなら大したことないが、大量にくっ付いているとなるとかなり面倒だ。

 必死に枯れ葉を取り除いている私は、こちらに迫る足音になど全く気が付いていなかった。


「っぎゃう!」

「うっわ、なんだこの毛布鳴くぞ!? 新種の魔物か?」


 唐突な痛みと共に、やけに騒々しい声。振り向くと、そこに知らない男性がこちらを見下ろしていた。この男性に踏まれたのだと理解する。

 シナモンブラウンの髪に灰色の瞳。歳は二十代中頃だろうか。顔は整っている方だろう。耳にはたくさんのピアスが付いていて痛そうだ。腰には剣を携えている。兵士? のようには見えないけど。

 見たことのない男性。間違いなく初対面のはずだ。だがしかし、彼はどこか見覚えのある顔だった。


「なにをするんですか! というか、どなたですか!?」


 突然の不審者に、警戒心あらわに尋ねると男はじっと私を見つめた。その瞳は酷く真剣で、思わず黙り込む。


「……毛布の魔物?」

「人間です!」


 いったいなんなんだこの人は? 私を踏みつけた足は退かせることなくそのままだし、初対面の人間を魔物扱いするなんて信じられない。やけに偉そうなのも腹が立つ。

 キッと睨みつけるが、目の前の男は胡散臭そうにこちらを見るだけだ。


「で、毛布人間が何してんだ?」

「普通の人間です! 風に飛ばされたシーツを拾い上げたら、枯れ葉がいっぱいついていたので取り除いていたとこです」

「おい、毛布人間。玄関はどこだ?」

「だから毛布人間ではないと!」


 話が全く通じない。何なんだこの失礼な人は!


「お客様ー!」


 私の声を遮るように大きな声が聞こえた。振り返ると慌てた様子のコレットがこちらに向かって走ってくる。

「お客様! 何故玄関も通らずにそのような所に……って何お嬢様を踏んずけてんだ、この野郎! その汚い足を退けろ!」


 コレットの見事なタックルが偉そうな男に決まった。男は見事に吹っ飛んだ。

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