【幕間】スィユール村の村長たちのその後
日はとうに沈んだ夜中、真っ暗な森を進む者たちがいた。スィユール村の元村長とその息子、息子の嫁の三人だ。
彼らはスィユール村の麦の収穫で現れた悪魔アバドンに恐れをなし逃げ出した。畑も村民も、収穫の手伝いに来ていた領主の子であるマクシムとブランシュも見捨ててだ。
アバドンはその後ブランシュが倒したので大した被害はなかったものの、村人たちの村長一家に対する反感は拭えていない。
元村長たちは騒ぎが落ち着いたのを見計らって村に戻ろうとしたが、彼らを見つけた村民たちに追い出されて村に戻れないでいた。
アバドンの件だけであれば、それほど村民たちに疎まれることもなかったのかもしれないが、彼らは普段から村長という立場を利用して、傲慢に振舞っていたために嫌われていたのだ。
戻るに戻れなくなった三人は、嫁の実家のある隣村にお世話になることになった。しかし、そこもつい先日追い出されてしまったばかりだ。
スィユール村で収穫した作物の総量を誤魔化して、領主に報告していたのがバレてしまい、お尋ね者となってしまったのだ。
新しくスィユール村の村長になった者がさらに調べたところ、誤魔化した作物は他所の商人に高値で売っていたことがわかった。
その金を着服し、日々贅沢としていたというので許される話ではない。
いくら身内の頼みと言えども、犯罪者をかくまっていては自分たちまで捕まりかねないと隣村の村長が追い出した次第だ。
そんなこんなで寒空の下追い出された三人だが、これで反省したかと言えばそんなことは全くなかった。
「くっそ! なんで俺たちが追い出されなきゃいけねーんだよ!」
「文句言いたいのはこっちよ! なんで娘の私まで追い出されなきゃならないのよ! もともとと言えばあんたが悪いんじゃない!」
「はあ? 人のせいにしてんじぇねーぞ! お前だって同意してただろうが!」
言い争う元村長の息子とその嫁。この期に及んで見苦しいにもほどがある。
「いい加減にせんか! いい争っていても意味がないじゃろ!」
醜い言い争いをやめさせるために元村長が声を上げた。しかし、今に二人にそれすらも火に油を注ぐ行為だ。
「うるせー! 元々親父が領主のガキどもを手伝いに呼んだのがそもそもの間違いだったんだよ!」
「そーよ! あいつらさえ来なきゃこんなことにはならなかったのよ! なんで呼んだのよ!」
実際にはマクシムもブランシュも何も悪くない。ただの自業自得で地に落ちてしまっただけだ。だというのに彼らは自分のせいだと認めずに、未だに誰かのせいにしている。
「うるさい! 儂のせいではないわ! あいつらが全部悪いんじゃ、あいつらさえ来なければ……」
元村長もまた同じ穴の狢。彼らの中には反省という言葉はないのだろう。
剣呑な睨み合いの中、先に視線を逸らしたのは嫁だった。ぶるりと震え両腕を擦る。
「ねえ、なんか急に寒くない?」
「そう言えば確かに」
今、季節は晩秋。しかも夜中である。多少寒いのはおかしくはない。しかし先ほどまでは温かいほどであったのに急に震えるほど寒くなるなんてことは確かにおかしい。
「! 誰だ?!」
繁みからがさりと物音がしたので、まさか自分たちを捕えようとする領主が寄こした兵士かと危ぶみ、村長の息子が誰何した。
しかし繁みから出てきたのは人ではなく、一匹の黒豹だった。
「え? 犬? 狼? 大きい猫?」
「バカ、こいつは豹だ」
豹を知らなかった嫁を小馬鹿にしつつ村長の息子は笑う。
「なぜこんなところに豹が? この辺に豹なぞ生息しとらんはずじゃが……」
オトテール領に生息する大型肉食獣と言えば、狼か熊くらいだ。豹はもっと南の国で生息している。こんなところに居るはずがない。
その上、目の前の豹はただの黒豹ではなかった。二メートル以上ある巨体に、背中からは氷でできた翼。そして尻尾の先端も氷で作られていた。
これは明らかに魔物の類だ。しかも見るものが見れば、かなり強力な力を持った魔物なのだと一目でわかるほどに強い魔力を纏っている。
しかし彼らにはそんなことはわからなかった。
「なんだぁ? 餌でも集りに来たか?」
「しっし! どっかいけ! おまえにやるもんなんざ何もないわよ。私たちだって腹が減って仕方ないってのに」
手を振り追い払う嫁。そんなことなど気にせず、翼の生えた黒豹はゆっくりと村長たちへと歩み寄っていく。
「おい、くんなっていってんだろ!」
自分たちが餌になってはたまらないと、近くに落ちていた石を拾って投げつける。
だが投げられた石は、黒豹に当たる寸前に氷に覆われ地面へと落ちた。
「え?」
目の前で起こった事態に、三人はようやく目の前の黒豹がただの肉食獣ではないことに気が付いた。
「なんじゃこいつ、魔物か!?」
「い、いやー! なんでまたこんなバケモンが出るのよ!」
「く、くっそ! 俺はこんなことで死ぬわけにはいかねーんだよ!」
真っ先に逃げ出したのは元村長の息子。叫びながら踵を返して走り出した。しかし逃げるには既に遅かった。
黒豹が先端が凍ったしっぽを振ると、村長の息子はあっけなく氷漬けとなった。
「キャー!」
叫び声をあげその場に座り込んだ彼の嫁もまた同じように氷漬けになる。
「ひ、っひぃ……」
最後に残ったのは震えながら立ちすくむ元村長。自分も二人のように氷漬けにされるのかと逃げることも出来ず、ただ怯えるだけだ。
しかし黒豹は、元村長を氷漬けにすることなくその横を悠々と通り過ぎた。
「た、助かった……」
助かったことに安心して、息を吐くと同時に膝が笑い崩れ落ちた。そしてその瞬間、彼もまた二人と同じように氷漬けとなった。
黒豹は元村長を見逃したのではなかった。ただ逃げる様子も抗う様子もなかったので後回しにしただけだったのだ。
静かになった森の中には翼の生えた黒豹と三体の氷像だけが残った。その氷像もすぐに翼の生えた黒豹の腹に収まることとなるのだが。




