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16,新しいメイド(sideコレット3)

 ブランシュお嬢様のお陰で迷路から脱出できたアタシたちだったが、まだ地上に出ることは叶わなかった。地上へと続く長い階段を上がった先にあった扉を開くと、大きな木が道を塞いでいた。


「うそでしょ……」

「なんで、そんな……」


 思わず声が漏れた。希望が見えたところを落とされたのだ。その絶望は大きい。

 押したり引いたりして見たが、全く動く気配はない。まさかこのままアタシたちはここから出られないというのだろうか。やっと出られると思ったのに。

 こうなっては本当に私たちはここで死んでしまうかもしれない。私はともかく、ブランシュお嬢様だけでもなんとか脱出できないものだろうか。お嬢様はアタシより小柄で細いのだから、隙間に捻じ込めばいけないだろうか? いや、流石にそれは無理か。

 あれことれない頭を捻って考えていたら、隣に立っていたブランシュお嬢様がの身体が不意に傾いた。


「お嬢様!」


 咄嗟に手を差し伸べて、地面に倒れ込むのは何とか阻止した。声をかけるが、ブランシュお嬢様の瞳は固く閉ざされたままで意識が浮上する気配はない。

 いったい原因は何なのだろうか。額に手を当てて熱を測るが平熱、いや少しばかり低いように感じる。顔色も悪く血の気がない。貧血だろうか?

 どうしよう、このままでは死んでしまうんじゃないのか。医者を呼ばなければ。しかし倒れた木のせいでアタシたちは閉じ込められた状態だ。

 どうすることも出来ない。だがアタシは諦める訳にはいかない。ブランシュお嬢様の命がかかっているのだ、どうにかしてこれをどかさないと。


「くっ……!」


 再び押してみるが木は全く動かない。二人で押したときも全く動かなかったのだ。一人でやっても無理に決まっている。それでも諦めの悪い私は無謀にも木を押し続けた。せめて少しずつでも動けばいいと念じながら。

 無心で押し続ける私の横から、にゅっと真っ白な腕が伸びてきた。


「え?」


 驚き振り返ると、いつの間にか目を覚ましたブランシュお嬢様が立ち上がっていた。もう大丈夫なのだろうか?

 体調を伺う暇もなく、アタシが驚いているうちにお嬢様は私の隣へと来ると大木へとそっと手を添えた。


「お嬢様、無理をしないでください! ここは私が何とかしますから!」


 とは言ってみるが、実際のところはどうすることも出来ないのが現状だ。しかし体調不良のブランシュお嬢様を煩わせるわけにはいない。本人が大丈夫と言ったとしても、一度倒れた直後なのだ。安静第一である。

 ブランシュお嬢様が大木から引き離そうと彼女の肩に手を置いた瞬間、ッパキっという何かが壊れたような音が聞こえた。何の音だろうと考える間もなく、目の前にあった大木が粉々に壊れてしまった。


「ええー!?」


 信じられない光景だった。つい先ほど全力で押そうが二人で押そうがびくともしなかった大木がわずか数秒で、木っ端みじんに破壊されてしまったのだ。

 木が腐っていて偶然にも壊れた、なんてことでもないだろう。見るかぎり腐った所は見当たらなかった。

 あれは魔法だ、間違いない。アタシは魔法には詳しくないので、何の魔法を使ったのかはわからない。だがブランシュお嬢様ならきっと可能なのだと確証もなく信用することが出来た。


「すごいですブランシュお嬢様! これでようやくこの迷路から脱出できますね!」


 ブランシュお嬢様に視線を向けると、彼女の頭がぐらりと揺れた。


「お、お嬢様――!!」


 咄嗟に手を広げ、倒れそうになるブランシュお嬢様を抱きとめる。何とかお嬢さまが地面直撃するのは免れた。ホッとした。お嬢様は再び意識を手放しており、声をかけても目を覚まさなかった。

 おそらくお嬢様は最後の力を振り絞って木を破壊したのだ。アタシたちがここから脱出するために。後はメイドであるアタシの仕事だ。無事お嬢様を屋敷へと連れ帰らなければ!

 アタシはブランシュお嬢様を担ぎ上げると歩きだす。目指す場所は屋敷だ。

 先程おんぶした時も思ったけれど、ブランシュお嬢様はまるで羽のように軽い。ちゃんと食べているのか不安になるほどだ。

 いや、嫌がらせで朝食を食べさせなかったアタシが言うことではないのはわかっている。屋敷に帰り着いてブランシュお嬢様が目を覚ましたらおいしいものをたくさん食べさせたい。

 周りは木々の生い茂った林の中。迷路の中をぐるぐると歩き回ったので、敷地の外にまで行っている可能性もあったが、目に入る植物が屋敷林にあるものとほとんど変わらない。多分まだ敷地内だと思う。

 敷地内であれば、太陽の位置さえわかればおおよそであれば屋敷の場所がわかる。まだ太陽は出ている大丈夫。


「領主様のお庭って広いことは知っていたけど、実際に歩いてみると想像の何倍も広い……」


 アタシたちは知らぬうちに随分と屋敷林の奥の方まで来ていたようで、三十分ほど歩いても屋敷の姿は見えてこない。万が一私が方向を間違えている可能性もあるが……。いや間違っていないはずだ。

 領主様の敷地はぐるっと塀に囲まれている。屋敷林も例外ではない。なので、気が付かないうちに森に迷い込んでいたなんてことはない。しかしいくら歩いても景色が変わらないというのは予想以上に気が滅入る。

 体力だけには自信があるので、肉体的な疲れはほとんどないが、精神的な疲れが徐々に出てきた。しかし今休むわけにはいかない。

 チラリと空を見ると、太陽が山に隠れ空が赤く染まっている。あと三十分前後で完全に沈んでしまうだろう。暗くなってしまう前には屋敷に帰らなければならない。

 いくら敷地内に魔獣がいないとはいっても、狐や猪などの動物はいるのだ。夜になってしまえば、襲われてしまうかもしれない。


「あ! この木は……」


 前方に見えてきた木には見覚えがあった。アタシが休憩するために中に入ったうろのある巨大樹だ。この木のせいでアタシとお嬢様は大変な目にあったのだ。

 キッと巨木を睨みつける。そんなことをしても何の効果もないのはわかってはいるが、なんとなくだ。

 確かに大変だったが、それだけではなかった。お嬢様の素晴らしさをこの目で見れたのだ。そこだけはよかった。

 この巨大樹まで来たのなら、屋敷まではあと三十分ちょいで辿り着く。よかった、方向は間違っていなかった。逸る気持ちに足を速めた。



 日が完全に沈み、辺りが闇夜に包まれる頃、ようやくお屋敷が見えてきた。お屋敷の前には数人の人がいる。奥様にダニエル坊ちゃまに、マクシム坊ちゃま。数人の使用人の中に母さんがいるのに気がついた。ドキリと体が強張る。


「ブランシュ!」


 歩いてくるアタシに気が付いた奥様が一番にこちらにむかって駆け出した。


「ブランシュは大丈夫なの?」

「意識を失っているだけなので、大丈夫です」


 未だ意識を失ったままのブランシュお嬢様を下ろすと、奥様は大事そうに抱きしめた。それだけで奥様がどれだけブランシュお嬢様を心配していたのかがよくわかる。ズキンと胸の痛みを感じた。

 きっと母さんはアタシの心配などしていないだろう。今この場に集まっているのはブランシュお嬢様を心配してのことだ。決してアタシではない。


「コレット!」


 そんなことを考えていると、母さんが強張った顔で私の名前を呼んだ。思わず肩が跳ねる。お嬢様にしでかしたことがバレて、きっとこれから怒られるのだ。思わずきつく目を閉じた。


「あんた、なにしてんのよ!」


 予想通り。アタシの心配など母さんがするわけない。胸の奥が少し痛むのは気が付かないふりをした。きっとこの後は平手打ちが来るのだろうと身構える。

 しかし、いくら待っても想像していた痛みは訪れない。代わりにふわりと温かいものに包み込まれた。


「心配、したんだからね……」


 絞り出したような声にゆっくりと目を開けると、目の前には母さんの顔。そこでようやく自分が抱きしめられていることにようやく気が付いた。


「母さん……?」


 ゆっくりと母さんの顔を見上げる。母さんの顔は歪んでいた。まるでそれは泣き出しそうなのを堪えるように見えた。

 なんで母さんがそんな顔を? まさかアタシを本当に心配していたの?


「心配したの? 私のこと……」


 自信がないために後半は小声になってしまった。心配してほしいとは思っていた。でもそんなことはありえないと、心の奥でもう一人の私が言う。

 役立たずのアタシなんか母さんにはいらない子でしかない。不出来な実の子よりも聖女ブランディーヌの生まれ変わりであるブランシュお嬢様の方が大事な事なんてわかりきっている。


「当然じゃない! 自分の子どもを心配しない親なんているわけないでしょ!」


 想像していた返事と全く逆の言葉が返ってきて、アタシは面食らう。これが普段からなにかと気にかけている弟や妹なら母さんも心配しているだろうと予想できる。

 だがアタシには違った。心配する前に小言が飛んできた。だから母さんが心配してくれているなんて考えてもみなかった。


「母さん!」


 ぽろりと瞳から涙がこぼれた。いい年して母親に抱き着いたまま泣くなんてまた何か言われるかもと、とっさに目元を拭おうとしたが、母さんの顔を見てあげた手をそのままに下ろす。

 母さんの頬にはアタシと同じように涙が筋を作っていた。しっかり者の母さんの泣く姿なんて初めて見る。ただ茫然と「母さんも泣くんだ」なんて思ってしまった。


「ごめんなさいね、ダメな母親で」


 首を横に振って否定する。否定しようとするも、口からはまともな言葉は出なくて嗚咽ばかりがこぼれた。母さんはダメな母親なんかじゃない。大好きな母さんだ。

 アタシたち二人はお互いの気が済むまで抱き合って泣き続けた。



 ◆



 その後ブランシュお嬢様は他の使用人たちによって屋敷へと運ばれた。その際の手慣れた手際に、よく倒れるというのは本当なのだと思い、改めてお嬢様の虚弱さを痛感する。

 そんな虚弱なお嬢様を振り回してしまった事実にアタシは今すぐに頭を地につけるほどに謝りたい気分に駆られたが、母さんに連れられそのまま家へと帰ることとなった。

 そして夜、アタシは母さんと色々話した。家族だからとお互いわかったつもりになっていたけれど、案外話してみなければわからないことの方が多い。

 今までたまりにたまった愚痴とか不満とか思いをお互い吐き出して、泣いて、言い合いになって、理解して。これで少しは歩み寄れたような気がする。

 丸っと一晩話し合ったアタシたちは、目を真っ赤にはらしたまま朝を迎えた。そして朝一に起きてきた弟に驚かれてしまった。

 後日、父さんや弟たちも含めて改めて家族会議が行われた。三人共アタシの本心を聞いて驚いていた。いや、驚いたのはきっとアタシの思いというよりも、アタシが泣き叫びながら訴えたからだと思う。

 昔からアタシは滅多なことでは泣かなかったからな。まあそれは「お姉ちゃんが泣くな」と怒られていたからなんだけども。

 すぐにわだかまりが溶けるわけではない。それもでも、少しずつ良い方向へと変わっているっていると感じている。

 クレーとはよく話すようになったし、ジャンは相変わらずツンケンしているが、前のような悪意はなくただの照れ隠しなのだとわかる。

 それを見たクレーに「恥ずかしがっているだけ!」とからかわれて、真っ赤になって否定してた。生意気なだけだと思っていたけど、案外かわいいところがあるものだ。

 父さんは相変わらず我関せずといった感じだが、時折心配そうな視線が背中に刺さる。少しこそばゆいので、見るくらいならいっそ話しかけてほしいものだ。



 結局アタシはあの後、オトテール家の使用人をやめた。私はブランシュお嬢様の専属メイドにはふさわしくないと思ったからだ。いくら心を入れ替えたと言っても、一度お嬢様を害した人間が傍にいるのはふさわしくはない。けじめをつけるべきだ。

 ブランシュお嬢様の側にいていい人間ではない。一生そばで仕えると誓ったことを忘れたわけではない。それでも、アタシのような人間よりもブランシュお嬢様にはもっと有能なメイドが似合うはずだ。

 第一あんな戯言ブランシュお嬢様は覚えているわけがない。そう結論付けた。アタシの中ではこれで終わりだった。


「コレット、あなたにお客さんよ」


 一日の仕事が終わり、家に帰ってきた母さんがアタシを呼ぶ。アタシにお客さんなんて思いつく当てがないのだけど、呼ばれているのでいかない訳にはいかない。

 剥いている途中だった夕飯用のジャガイモをクレーに渡すと、アタシは玄関へと急ぐ。


「はーい、どちらさんです……」


 ドアを開いた瞬間言葉が途切れる。人間驚くと止まってしまうんだなと、変に冷静な私が思った。


「久しぶり、コレット」

「……ブランシュお嬢様」


 そこにいたのはブランシュお嬢様だった。

 一瞬夢か幻かと思ったが、目を擦っても目の前のブランシュお嬢様は消えることはない。ついでとばかりに抓った頬は痛かった。間違いなくブランシュお嬢様が今私の目の前にいるのだ。

 だがなんでこんなところにお嬢様がいるのだろう。ここは私の家だ。お嬢様のような人が来る場所じゃない。

 一人で来た? そんなわけはないだろう。誰に連れられてきたかなんて一人しかいない。

 横に立っていた母さんに視線をやると、いたずらに成功した子どものような笑顔を浮かべて家の中へと消えていった。何をやっているんだ、母さんは。


「ブランシュお嬢様、なぜここに?」

「コレット、一生仕えるって言ったのは嘘だったの?」


 言われた言葉に私は黙り込む。まさか覚えていたなんて思わなかった。

 あの時は嘘でも冗談でもなく、本気で言った言葉だった。この人になら誠心誠意仕えたいと思った。

 しかし時間がたち、冷静な頭で考えるとアタシなんかがブランシュお嬢様の専属メイドとしてお仕えするなんて、おこがましいのではないか。アタシなんかよりもっとふさわしい人がいるのではないかと思ったのだ。


「嘘じゃありません! ……でも私にはその資格がありません」


 そう、一度でもブランシュお嬢様に嫌がらせをしたアタシには傍で仕える資格などない。

 だがお嬢様はそんなこと、といって笑った。


「私が傍にいてほしいってだけじゃダメなの?」


 まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。お優しいお嬢様はアタシの愚行を許してくれた。それでも、アタシのこと面倒くらいには思っているだろう。別のメイドの方がいいと思っているのだろうと考えていた。

 でも実際のお嬢様はアタシの考えが及ばない程にお優しかった。ブランシュお嬢様はいつもアタシのほしい言葉をくれる。

 まだ少しアタシなんかよりももっといいメイドがいるんじゃないかと思わないでもない。しかし本人から側にいることを望まれたのはアタシだ。アタシはこれからもこの人の側にいていいのだ。


「もう一度、貴方のメイドでいさせてください!」


 ブランシュお嬢様は微笑んだ。その微笑みはまるで聖女ブランディーヌのように慈悲に満ちていて神々しかった。アタシはきっとこの光景を生涯忘れることはないだろう。


「今度こそ約束」

「はい!」


 今度こそ何があっても離れない、一生お仕えすると私は誓った。

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