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15,新しいメイド(sideコレット2)

 アタシは今更ながらに後悔していた。後のことも考えず、つい衝動に任せてやらかしてしまった。あんなことをしでかしたとバレてしまえば、間違いなくアタシはクビだ。

 それだけではない、あとで母さんに散々怒られるだろう。それどころか家を追い出されるかもしれない。最近の母さんのブランシュお嬢様に対する心酔の仕方を見ているとあり得ない話ではない。

 そしてやってきたブランシュお嬢様との初顔合わせ。本当は既に一度顔を合わせているのだけど、そんなことは顔には出さず淡々と初体面を装い顔合わせを終えた。

 アタシの顔を見た瞬間に、ブランシュお嬢様がさっき会ったことをばらしそうになったが何とか誤魔化せた。あの時は心底ヒヤヒヤした。

 とりあえず顔合わせは何の問題もなく終わった。あとは二人きりになった時に謝っておけば、甘っちょろそうな子なので大丈夫だろう。

 正直あんな弱そうな人に仕えるのは不満しかないが、仕事なので仕方ない。アタシはブランシュお嬢様より二歳も上なので我慢くらいできる。


 その後ブランシュお嬢様の部屋で二人きりになると、お嬢様がアタシの家族について聞いてきた。

 なぜいきなりそんな話を振ってきたのか意味がわからない。何か目的があるのだろうか。我が家のことでも探りたいのだろうか。そんなの母さんから聞けばいいだろうに、わざわざアタシに聞く意味がわからない。

 もしそうだとすれば、あまり詳しいことを教えるわけにもいかないのでそっけない返事で返した。しかしブランシュお嬢様の質問はそれだけで終わることはなく、次は姉弟について聞いてくる。しつこいな。

 これについても単直に素っ気なく返した。あまり詳しいことを言う気はないけど、嘘をついても母さんに聞いたらすぐにばれてしまうので、すぐにわかることだけだ。

 そしてついでとばかりにブランシュお嬢様は自分の兄弟のことを語りだした。もしかして自分の兄弟たちの自慢がしたいだけだったのだろうか。


「コレット、お姉ちゃんなんだ。仲いい? 私の所はダニエルお兄さまとは少し年が離れているから、仲良し兄妹って感じではないけどそれなりには仲いいと思うよ。マクシムお兄さまとは……、あんまり仲良くないかな。すぐ意地悪言ってくるし」


 その言葉に思わず舌打ちしてしまう。ブランシュお嬢様が驚いていたけれど、構っている余裕はアタシにはなかった。心の中はぐちゃぐちゃに乱れる。

 マクシム坊ちゃまとあまり仲良くないだと? 少ししか二人の掛け合いを見ていないアタシでもわかった。マクシム坊ちゃんは表向きはツンケンした態度とりながらも、本当はブランシュお嬢様のことをすごく溺愛しているのだ。

 でなければ自分は既に首にマフラーを巻いているのに、それとは別にもう一本マフラーを持ってくるという面倒なことはしないだろう。こんなに分かりやすいのにブランシュお嬢様は何も気が付いていない。

 それどころかマクシム坊ちゃんの本音を考えようともしないで、意地悪だと決めつける。ああ、なんて浅はかなんだろうか。この人はもう無理だ。腹が立って仕方がない。

 予定変更だ。それなりに真面目に仕事をこなそうと思っていたけれど、やめた。


「アタシはアタシのやることがあるので、お嬢様は御自分のことは自分でなさってください。忙しいのです」


 と言って私は、さっさと部屋を出てブランシュお嬢様を置き去りにした。

 やっぱり末っ子なんて我儘に育つのだ。今までのうのうと甘やかされて生きてきて、腹立たしい。兄姉の苦労なんてきっと考えたこともないのだ。



 ▼



 ブランシュお嬢様に仕えるようになって一週間たったものの彼女に対する印象はよくなるどころが、悪くなっていくばかりだ。

 貴族のお嬢様の割には貴族らしさなんてものはまったくなく、私を叱ることすらしない。叱られたいわけでないけど、私が嫌っているのにも気づくこともない鈍感さに呆れる。

 きっと周りにちやほやされて育ったせいで、頭パヤパヤなんだろう。他人の悪意に気が付かないで生きていけるなんて羨ましい。むしろある意味才能なのかもしれない。

 それにしても身体が弱いとは聞いてはいたけれど、想像以上の貧弱さだ。少し走ればすぐに息を切らせるし、無理をすると翌日には熱を出して寝込んでしまう。

 こんなので聖女ブランディーヌの生まれ変わりなんてありえないので、間違いなく嘘だろう。

 それなのに母さんとおなじように、屋敷の人たちは皆ブランシュお嬢様が聖女ブランディーヌの生まれ変わりなのだと信じ切ってしまっているし、ただの病弱な少女に多大な期待を抱きすぎている。

 お嬢様は口では毎回否定しているけど、絶対に心の中では悦に浸っているに違いない。ああ、イライラする。

 だからちょっと困らせたいと思い、悪戯をしてみることにした。

 最初は机の上に置いているものの場所を入れ替えるとかそんなちょっとしたものだった。しかしブランシュお嬢様は気にしていないのか気が付いていないのか、何の反応もなかった。

 なんだか無視されているような気がして、アタシはムキになって悪戯は徐々にエスカレートしていった。後になって考えればその時点で諦めておけばよかったのだけど、何としてでもお嬢様困らせたいと思ってしまったのだ。

 靴を左右逆に置いたり、本をカバーと中身を入れ替えたり、今朝は勝手にお嬢様の体調が悪いと調理場に伝えて朝食をなしにした。

 直接傷つけるようなことはしない。バレたら言い訳が聞かないし、なりよりも面倒だからだ。痛い思いはしてほしいとは思うけど、物理的な話ではない。

 そんな折ついにブランシュお嬢様がキレた。大抵のことは気が付かないか、困ったように笑うだけだったブランシュお嬢様が、大きな声で怒りを露にした。


「もういい加減にして! なんで私にだけ嫌がらせばかりするの? 私があなたになにかした?」


 ああ、とても貴族のお嬢様らしい言葉だ。被害者面したその態度が忌々しい。自分が何一つ悪くないと本気で思っている。

 何もかもを持っているくせに。アタシのほしいもの全て持っているくせに、それでもなお自分は不幸です見ないな顔をしているのが許せない。


「しました! しましたとも! 母さんはいつもアンタのことばっかり話す。しかもここ最近に至っては、聖女ブランディーヌの生まれ変わりとか言い出して! これだけ母さんが褒めるのだからよっぽど素晴らしい人なのかと思って、母さんに頼んでメイドになったけれど、幻滅したわ。ただの何の変哲もない病弱な小娘じゃない。こんなやつのどこが聖女ブランディーヌの生まれ変わりよ。嘘にきまっているわ!」


 いろんな感情がぐちゃぐちゃになって絡まる。言う気のなかった事までついこぼれてしまった。涙が溢れ出そうになったけれど、奥歯をグッとかんで堪えた。

 このままブランシュお嬢様と同じ空間にいることに耐えられずに、アタシは全速力で部屋を後にした。

 言いたいことを言ってこれで少しはスッキリするのかと思ってけれど、なぜか全く心は晴れない。どうしてだろうか、むしろもやもやする。

 モヤモヤを振り切るように全力で廊下を駆け抜ける。

 お人好しのお嬢様は追いかけてくるかと思ったけど、その気配はない。振り向いても誰もいない。お嬢様の部屋の扉は開くことはなかった。まあ、流石にあれだけ言われたら誰だって怒るか。

 別に追いかけてほしかったわけではない。ただ気になっただけだ。


 しばらく走ると、誰もいない場所まで辿り着いた。アタシは息を切らせながら、ポケットに手を突っ込み中にあったものを取り出す。それは手のひらサイズの犬のぬいぐるみだ。

 これも嫌がらせの一環だ。机の上に置いていたそれを、ブランシュお嬢様がよそを向いている隙にポケットに突っ込んだ。

 別に本気でほしかったわけではない。指摘されたらすぐに返すつもりだったのだけど、お嬢様は気が付いていないようで何も言ってこなかった。

 たいして大事なものでもないのだろう。不細工だし。無くなって困るほどのものでもないということだ。このまま持っていても邪魔だしと、庭を囲む柵の上に適当に置き去りにした。

 おそらくお嬢様はこの後、母さんか奥様に私が何をしたのか話して解雇させるだろう。いまさら罪が一つ増えたってたいしたことない。

 気を紛らわせるために何も考えずに走っていたら、気が付いた時には屋敷林の入り口にいた。意図してここまで来たわけではないが丁度いい。暫くはここで隠れていよう。

 このまま帰ったら家に居るだろう弟や妹に馬鹿にされる。屋敷で働くようになってもっと遅い時間に帰っていたので、何かあったのは明白だ。どうせ見つかるだろうが、今は一人になりたかった。

 体力のないブランシュお嬢様がここまで探しに来ることはない。母さんたちが探しに来ても、狭くはない林の中ですぐには見つからないだろう。

 十分ほど歩き続けていると、大きな木の前に出た。一旦この辺りで休憩するとしよう。

 巨大樹の根元に近づくと、大きなうろが目に入った。これは隠れるには丁度いい大きさだ。よしここに隠れよう。


「あ、奥がある……」


 うろの奥にぽっかり空いた穴、丁度いいとばかりにアタシは潜りこんだ。どこに続いているのかも気になる。

 奥は狭いが入れない程ではない。匍匐(ほふく)前進で進んでいく。長時間のこの姿勢には慣れていないが、体力だけは人一倍自信があるので大した時間もかけずに出口へとたどり着けた。


「い、たた……」


 最後は思いがけず、下りになっていて滑り台のように滑り落ちてしまった。そのせいでうまく受け身も取れず落ちたので、打ち付けたお尻が痛い。


「……ここどこ?」


 痛みが引き改めて周りを見渡せば、そこは見覚えのない場所だった。全体的に薄暗いが、壁がうっすら光っていて真っ暗ではない。

 光る壁なんて初めて見る。これは魔導具の一種なのだろうか?

 林の別の場所へと出るのかと思っていたけれど、どう見ても室内だ。林の中ではない。

 しかし人の気配は全くしない。屋敷の中ではないのだろうか? 離れや倉庫も敷地内にあるらしいが私はまだそこに入ったことはない。そのどれかだろうか。

 すんと鼻を引くつかせると、カビの匂いがした。おそらく長い間碌に使われていないのだろう。だとすれば誰かがここを訪れる可能性は低いだろ。いっとき隠れておくのにちょうどいい。

 だがいちおう出口は確認しておかねばならない。

 いまさっき、自分が通ってきた穴を登ろうとしたけれど無理だった。体力に任せて無理矢理よじ登ろうとしたけれど、いずれもつるつると滑り落ちてしまった。諦めの悪いアタシは十回近く試したけれどまったく無理だった。

 仕方ないと諦めて、別の出口を探すべく私は薄暗い中を歩き始めた。



 おかしい、出口が全く見つからない。あれから数時間は経っているはずなのに未だにアタシは薄暗い場所から出れないでいる

 倉庫の中だと思っていたので、すぐに出口を見つけられる気でいたのだが、いくら歩いてもたどり着けない。

 途中に分かれ道があったり、行き止まりに当たったりでまるで迷路だ。いったいここは何なのだろう。

 広い部屋にたどり着いたので、ここなら出口があるかと手探りであれこれ探ってみたけれどそれらしいものはなにも見つからなかった。

 アタシはその場に座り込んだ。尽きたのは体力ではなく、多分気力だ。薄暗い中、果てのない迷路をグルグル回り不安が積もっていく。

 もしかしてこのままアタシはここから出られないのだろうか? このまま誰にも見つからないまま餓死してしまうのではなかろうか?

 不安は一度考えだしたらもう止まらない。マイナスな考えばかりが頭の中を巡っていく。

 アタシみたいな役立たず行方不明になっても絶対に誰も探してなんてくれないだろう。むしろ勝手にいなくなってラッキーとまで思っているかもしれない。

 せめて母さんだけでも心配してくれないかなと思ったけれど、今の母さんが一番大事なのはきっとブランシュお嬢様だ。お嬢様をいじめたアタシの心配なんてしてくれるわけもない。

 ジワリと涙があふれてきて、視界がぼやける。

 泣くな。こんなとこで泣くな。アタシはお姉ちゃんだ。お姉ちゃんは泣くなって、お姉ちゃんでしょしっかりしてって母さんに散々言われてきた。

 だからつらい時も苦しい時も悲しい時も、アタシ一人おやつがなかった時も、弟におかずを取られた時も、妹に馬鹿にされた時も、風邪をひいてつらいのに一人ぼっちで家に残された時も我慢した。

 今だって泣いてはいけない。こうなったのは、だれにも心配されないのはアタシ自身のせいだ。自業自得なのに泣くなんて許されない。

 わかっている、はずなのに堪えきれなかった涙がぽろぽろと零れ落ちる。とっさに袖で涙を拭うも、あとからあとからと零れ落ちてくる。ああ、忌々しい。


「――」

「!」


 いま、何か物音がした。何だろうか? もしかして誰かがアタシを探しに来てくれた? いや、それはない。緩く首を振って自分の考えを否定した。

 ではなんの音だろうか。迷路内に入り込んだ魔獣か、獣? そちらの方がありえそうだ。

 キツネやアライグマ程度ならそれほど怖くはないが、イノシシや毒蛇とかだったらどうしよう。ましてや魔獣相手だとアタシにはどうすることも出来ない。

 しかもいくら壁が光ると言っても、薄暗い程度。夜目の効く獣や魔獣相手では分が悪すぎる。勝ち目などない。

 新たに迫る恐怖に、先ほどまで流れ続けていた涙はピタリと止まった。その代わりのように次は手足が震えはじめる。

 次の瞬間、突然一斉に壁に備え付けられていた燭台に灯がともった。


「え?」


 アタシは当然何もしていない。では先ほど聞こえた音の主が照明の魔導具のスイッチを押したのだろうか? スイッチがあったことに全く気が付かなった。

 獣や魔獣がスイッチを偶然押したとは考えにくい。なら人がいる?

 確かめなければいけない。この場所に勝手に入ったことと、今までアタシがやらかしたあれこれを怒られることだろう。それでもこのまま餓死するよりもましだ。

 アタシは未だ震える脚を叱咤して、音の聞こえた方へと歩き出した。


「え?……おじょうさま?」

「こ、コレット……?!」


 曲がり角の向こう側に人の気配を感じて、恐る恐る顔を出した。そこにいたのは、獣でも魔獣でも、ましてや母さんでもなかった。

 ブランシュお嬢様だった。想像すらしていなかった。まさかお嬢様が私を探しに来てくれるなんて。てっきり嫌われているとばかり思っていた。アタシはそれほどのことをお嬢様にしたのだから。

 感きまわり思わずブランシュお嬢様へと抱き着く。しかしお嬢様は振りほどくことなどせず、優しくアタシを受け入れてくれた。


「よ、よかった! このまま、アタシここから、で、出られないのかと……!」


 一度とまったはずの涙が再び溢れ出してとまらない。子どものようにボロボロと泣いた。そして泣きながらも今までのことをブランシュお嬢様話した。

 ブランシュお嬢様は何も言わず、静かにアタシの話を聞いてくれた。

 嫌われて当然のことをしたと思っている。それなのにブランシュお嬢様は一人でアタシを探しに来てくれたのだ。体が弱いというのに、こんな林の奥まで。青白い顔してまで必死になって。なんて慈悲深い人なのだろうか。

 アタシはブランシュお嬢様のことを勘違いしていた。いや、貴族のお嬢さんというだけで偏見に満ちた目で見ていたのだ。なんて情けないんだ。

 海のように深いお心をもつブランシュお嬢様は聖女ブランディーヌの生まれ変わりなのだとアタシは確信した。母さんの言っていたことは本当だったのだ。

 この人について行こう。そして今度はアタシがこの人を助けるのだ。そう強く心に誓った。


「さあ! 行きましょうお嬢様!」


 一度はもうだめだと絶望したが、ブランシュお嬢様と一緒ならきっと大丈夫。そう思えた。

 ブランシュお嬢様とつないだ手はとても暖かく心強かった。何も怖くないとまで思えた。

 アタシは優しいお嬢様に一生お仕えすると誓った。

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