14,新しいメイド(sideコレット)
アタシ、コレットはこの家の長女として生まれた。一つ下に弟のジャン。またその一つ下に妹のクレーがいる。
仲は小さい時はよかったのだけど、いつの間にか仲の良い姉弟とは言えなくなってしまった。とはいえ、ジャンとクレーはいまだに仲がいいので、アタシが一人仲間外れになってしまっただけだ。
まあそれも全てアタシがどんくさいせいなのだけど。
シェフの父と、メイドの母は領主様のお屋敷で働いており、一日のほとんどをお屋敷で過ごす。そのため我が家の家事は基本姉弟三人で分担してやっている。
「あー、ねーちゃんまた火加減間違えてベーコン真っ黒にしてる! なんで魔力流すだけの魔導具で火加減間違えるのさ」
「おねえは洗濯もの洗えるほどの水出せるほど魔力ないんだから、庭先でも掃除してて!」
だったのだけど、魔力も少なく、要領の悪いアタシは、なにやっても失敗して弟と妹にダメだしばかりされている。アタシに出来る家事なんて今では掃除しかない。
その掃除も手際が悪くて、終いには「いつまで掃除やってんの! とろい!」って怒られる始末だ。
毎日どうすればうまくできるか真剣に考えながらやっているのに、どうにもうまくいかない。自分の無能さに嫌気がさしてくる。
「今日ね、ブランシュお嬢様がとってもすごかったのよ!」
夕飯の席で母さんがまるで自分のことのように嬉しそうに、今日あったことを語りだした。
ブランシュお嬢様とは父さんと母さんが働いているお屋敷のお嬢さんだ。大変身体が弱いらしく、いつも母さんは心配だの可哀そうだの言っていた。
貴族のお嬢様なんていい生活しているだろうから、それだけで羨ましいけど、病弱ですぐに寝込んでしまうのもそれはそれで大変だろう。
体力だけは人一倍あって、外を駆け回るのが好きな私からしたら一日中ベッドで過ごさなければならないなんて苦痛でしかない。
しかし今日の母さんのブランシュお嬢様話には、『心配』も『かわいそう』も一言も出てこなかった。むしろ誇らしげに『すごかった』を何度も繰り返していた。
母さんの話によると、その日あった収穫祭の開会式で、紛れ込んだ魔猪をブランシュお嬢様が一人で倒してしまったらしい。
聞いた瞬間、アタシの感想は「そんなバカな」の一言に尽きる。
アタシも今日、収穫祭の会場にいたが猪が出てきたと知らせに来た領主様の誘導で、すぐに避難したために魔猪もお嬢様の活躍とやらも見ていない。
だからと言って簡単に信じられる話ではない。体の弱いお嬢様が、獰猛な魔猪を相手に圧倒するなんて何のおとぎ話だと笑いたくなる。
しかしブランシュお嬢様のことを語る母さんの瞳はいたって真剣で、冗談を言っているようには見えない。
「お嬢様はやっぱり何かすごい力を秘めていると思っていたのよ! きっと聖女ブランディーヌの生まれ変わりに違いないわ!」
流石にそこまで言い切ると呆れるしかない。伝説の聖女様の生まれ変わりなんて、いくら領主様の娘と言えども流石にそれは上げすぎだと思う。
第一今までお嬢様に魔法の才能があるなんて話、一度も聞いたことたことなかったのに、いきなりものすごい魔法を連発するなんてことはありえないだろう。
しかし弟たちはアタシとは違い純粋に信じたようで、
「すごい! ブランシュお嬢様の魔法、私も見てみたい!」
「聖女ブランディーヌの生まれ変わりとかカッコいい!」
と、口々にブランシュお嬢様を褒めたたえる。
「俺も、ブランシュ様みたいにすごい魔法使えるかな?」
ジャンが興奮気味に言った。ジャンは、兄妹の中でも一番魔力が多く魔法を使うのもうまい。そのためか小さい頃から、将来は王都に言って宮廷魔導士になるのだと豪語していた。
だからきっと、凄い魔法を使ったと言われているブランシュお嬢様に興味を抱いたのだろう。
「そうね、ジャンならきっとできるわよ」
「おにいは、おねえと違って魔法得意だから絶対できるよ!」
クレーがアタシをちらりと見ながら言った。アタシが魔法が苦手なのは事実なので、言い返す気にもならない。
「そうだ母ちゃんきいてよ! ねーちゃんたらまた火加減失敗してベーコン焦がしたんだぜ。もう何枚目だよって感じ!」
クレーをきっかけにジャンまでも、アタシの失敗をあげる。
わざわざ家族そろっているところで言う必要はないじゃない。好きで失敗したわけでもないのに。『告げ口みたいなマネやめなさい』と、ここで母さんがジャンを諫めてくれたらいいのだけど……。
「まあ、また? コレット、ベーコンだってただじゃないのよ。いい加減魔導具の扱いに慣れてちょうだい」
うん、いつも通り諫めることなく母さんはアタシを注意する。今回はアタシのせいだから言い返すことも出来ないけど、ジャンやクレーが嘘をついてて私に罪を押し付けている時でも母さんは疑うことなくジャンたちの方を信じる。 自分は悪くないって話しても、母さんは全く信じてくれない。
ちなみに父さんはというと我関せずと、黙って一人酒を飲んでいる。育児に関しては母さんに丸っと投げているのだ。
「コレット、聞いているの? 本当に何やっても要領の悪い子だね。お嬢様の爪の赤を煎じて飲ませたいよ」
ああ、ここでもまたブランシュお嬢様。心の中でため息を吐きながら、母さんの長い説教を聞く。
変に言い訳したら長くなるだけなので、黙って聞いていた方がまだましなのだ。
あれからというもの、母さんは何かとアタシとブランシュお嬢様を比べるようになった。
今までもジャンやクレーと比べられることはよくあったけど、二人が私より優れているのはアタシ自身が一番よく知っているので、仕方ないことだと受け入れていた。
しかし、ブランシュお嬢様にはアタシは直接会ったことがない。二歳も年下の病弱なお嬢様に、アタシが劣るなどこれっぽちも思えなかった。
まあお嬢様なので、家庭教師はつけられているだろうから勉強面では負けるかもしれないけどそれ以外は勝っていると思っている。
だってアタシは体力だけには自信がある。農作業の手伝いや、子守などお嬢様には出来ないだろう。 病弱お嬢様になんて負ける気はしない。
性格だって私の方がいいに決まっている。廟じゃなくお嬢様なんて、わがまま放題言ってまわりを困らせているに決まっている。母さんだって、相手が貴族様だから言えないだけで本当は迷惑しているのだ。
例の収穫祭の時の魔猪討伐だって他の人が倒したのを、ブランシュお嬢様のわがままで彼女の手柄にしてあげただけに決まっている。
あの日は確か領主様の弟であるリシャール様も来ていたと聞いた。王国騎士団副団長であるリシャール様なら簡単に魔猪を退治できたに違いない。そしてその手柄を譲ってほしいと姪っ子であるブランシュお嬢様に言われて譲ったのだ。そうに違いない。
お貴族様は家庭内でも上下が厳しいと聞いたことがあるし、次男であるリシャール様は、長男である領主様に言われればきっと譲るしかないのだ。
しかし一方的に決めつけてしまうのはあまりよくないだろう。実際にお嬢様がどの程度すごいのか自分の目で見極めたくなった。それと実際にこの目で見て自分より下なのだと確信して、安心したい気持ちも少しだけある。
という訳で早速、母さんに頼んで屋敷でメイドとして働かせ貰えるようになった。「絶対に迷惑かけんじゃないよ」と散々念を押された。どれだけアタシは信用されていないのだろうか
ともあれこれで噂の聖女ブランディーヌの生まれ変わりと言われているブランシュお嬢様をこの目で見ることが出来る。あれだけ大仰に言われてて、実際には大したことなかったら鼻で笑ってやる。
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今日からアタシはメイドとして働くために領主様の屋敷へと訪れた。しかしタイミングが悪かったようで、奥様が急遽出かけているので、帰るまで待っているように言われてしまった。
何もない部屋で一人待つのは暇でしょうがない。そこでアタシは屋敷内を探索することにした。今日から働く職場なのだ、たいした問題はないだろう。それに噂のお嬢様も早く見てみたいし。
屋敷内をふらふら歩いていると、窓の外から賑やかな声が聞こえてきた。窓の外を見ると、中庭に多くの人が集まっている。
何をやっているのだろうか。気になったアタシは庭へと向かうことにした。
庭へと続く扉の前に三人いる。その一人は母さんだ。アタシはとっさに物陰に隠れる。使用人用の休憩室で待っているように言われたのに、勝手に歩き回っているのがバレたら絶対に怒られる。
見つかる前にこのまま戻るべきか考えていると、母さんが「お嬢様」と呼んでいる声が聞こえた。ブランシュお嬢様がそこにいるのだ。
壁に隠れながら様子を伺う。さっきは母さんしか目に入っていなかったけど、母さんの近くには二人の男女がいる。男の子の方はアタシとそう変わらない年頃に見える。女の子の方は私よりも少し下だろうか。
二人とも、上等な服を着ているので貴族に違いない。領主様には息子が二人と、娘が一人いるらしいので女の子の方が噂のブランシュお嬢様で間違いないだろう。
色が白く小柄で、折れてしまいそうなほどに細い。噂の通りひ弱そうに見える。見ただけでは聖女ブランディーヌの生まれ変わりと言われるようなすごい子にはとても思えなかった。
男の子の方は呼ばれた名前を聞くに、ブランシュお嬢様の兄であるマクシムお坊ちゃまのようだ。
目の前で繰り広げられるのは微笑ましい兄弟の様子。マクシムお坊ちゃまがはた目にもブランシュお嬢様を大切にしているのがわかる。
やっぱり下の子って無条件で愛されるんだろうな。うちも一番下のクレーが兄弟の中で一番かわいがられている。
「……別にうらやましくなんてないから」
うん、うらやましくなんてない。だってみんなに甘やかされて育って最後には我儘な甘ったれになるに決まってる。クレーがいい例だ。
甘やかされまくってわがまま放題のお嬢様なんて、聖女ブランディーヌの生まれ変わりなわけがない。
しばらくすると母さんとマクシム坊ちゃまはどこかに行き、今はブランシュお嬢様一人だ。
藁を両手いっぱいに抱えて、よたよたと歩いている。予想通りお嬢様は体力も腕力もないようだ。
庭ではどうやらガーデニングの冬支度をしているようだ。力仕事などお坊ちゃまやお嬢様がしなくても、使用人に任せればいいのに。
アタシはその辺に落ちていた枯れた蔦をブランシュお嬢様の足元に向かって投げつける。びっくりして声でもあげたら面白いと思ったからだ。しかし実際にはもっと面白いことになった。
「ひっ、蛇!」
ブランシュお嬢様は枯れた蔦を蛇だと勘違いして飛び上がって驚いた。両手に持っていた藁を周りにぶちまけながら。しかも無様にもそばにあった生垣に逃げ隠れた。
ダサい。ダサいうえにビビりだなんて、これのどこが聖女ブランディーヌの生まれ変わりだというのだろうか。絶対にありえない。
このまま姿も見せずに立ち去ろうと思っていたけれど、あまりの滑稽さに思わず言葉が漏れ出てしまった。
「だっさ。それただのかれた蔦だから。蔦を蛇と間違えてビビって隠れるとかビビりじゃん」
「え?」
慌ててアタシが投げた蔦を見るブランシュお嬢様。そこでようやく、蛇ではなく枯れた蔦だったことに気が付いたようだ。今更過ぎる。
そしてしばらく呆然と蔦を見つめていたが、ようやくアタシの存在に気が付いたように私の隠れていた木の方へと視線を向けた。
このままこの場を後にしてもよかったのだけど、折角だしとお嬢様の前へと姿を見せる。
怒って怒鳴り散らすと思っていたブランシュお嬢様だったが、実際には怒るでもなく、静かにアタシの顔を見ていた。見ていた、というよりも呆けていたという方がいいかもしれない。ぼんやりアタシを見つめるだらしない顔を見ていたら無性に腹が立ってきた。
アタシはそのまま踵を返すと、使用人用休憩室へと向かう。これ以上あほらしい顔を見ているのに嫌気がさした。
それにそろそろ戻らないと母さんが来てしまうかもしれない。私が言いつけを守らずに屋敷内を探索していたと知ったら怒るだろう。
全力で急いだおかげか母さんはまだ来ておらず、私が抜けだしたことがバレることはなかった。
その後私はよりにもよって、ブランシュお嬢様の専属メイドになってしまった。私が一番ブランシュお嬢様と歳が近いからだと奥様が言っていた。
正直あんなぼんやりお嬢様の世話などしたくはないけど、雇われている身なので何も言えない。ここは諦めて給料の範囲内はそれなりに頑張るとしよう。
心中の不満がバレないようににっこりと笑って私はその仕事を請け負った。




