13,新しいメイド4
私たちは出口を探して彷徨っていた。中は想像よりもずっと広く、分かれ道もたくさんありまるで迷宮のようだ。
コレットが一人で探したときには持っていたメモ帳をちぎりながら目印にしたので、迷うことはなかったという。
今も同様に分かれ道に差し掛かったらメモを置くようにしている。これが無かったら私たちは今頃同じところをグルグルと回っていたことだろう。
方向音痴ではないにしても、似たような道が続いていると迷ってしまうのは仕方がない。
どこまで行っても、壁に備え付けられた燭台には煌々と明かりがともっている。私が壁に手をついた際に灯った燭台は、入り口の辺りだけではなくこの迷宮全域に着けられているのだろう。
燭台には見るかぎり、蝋燭も油もない。おそらく魔力が燃料なのだろう。しかし、私が壁に手をついただけで火が灯るというのはどういった理屈なのかまったくわからない。
魔力を流し込むことで起動する魔導具は一般的だが、触っただけで起動するものは聞いたこともない。
もし本当に触るだけで起動する魔導具だったとしても、疑問は残る。
明かりがつくまで壁を触っていなかったのかとコレットに聞いたら、そんなことはない、薄明りのため壁に手をつきながら歩いていたといった。
私の時だけ起動したというのは何か理由があるのだろうか。私と、コレットの違い? うーん、よくわからない。
どこまで行っても続くのは廊下ばかり。窓も扉も階段もない。
迷宮の中にいるのは私たちだけのようで、二人分の足音だけが静かな迷宮の中で響く。あまりの静寂に、気が滅入ってきた。
「アタシ、心配されたの初めてなんです」
静寂に耐えられなかったのはどうやら私だけではなかったようだ。コレットがぽつりぽつりと話しはじめた。
「アタシには一歳ずつ離れた弟と妹がいるんですけど、二人とも頭良くて気もきいて、魔力量もアタシより多くて……。それに比べて、アタシは頭悪いし、気もきかないし、家事にも碌に使えないくらいに魔力少ないしで何やっても役立たずなんです。そんなんだから両親は弟と妹ばかり可愛がって、アタシの事は邪魔者扱いですし……。二人とも弟や妹が体調崩したり怪我したら大げさなほどに心配するのに、アタシが怪我しても風邪ひいても『お姉ちゃんなんだから我慢してね』だって。アタシだって妹たちのことは大切だから、仕方ないって我慢してたんです。でも、やっぱり全く見向きもされないとちょっと嫌になっちゃって。そんな時母さんがお嬢様のこと執拗に褒めだして、それを聞いたお父さんまで、『お前より二つも年下のお嬢様がこんなに頑張っているのにお前はなんだ』とか言い出して……。なんかちょっとイラっとしちゃったんです……」
クラハの態度でなんとなくは想像ついていたけど、実際に話を聞くとまた違った。コレットのつらさがひしひしと伝わってくる。
自分に置き換えてみるとよくわかる。お父さまもお母さまも毎日のように私とお兄さまたちを比べては出来損ないだと嘆くのだ。
想像しただけで、心が痛くなる。
私は確かにお兄さまたちよりも劣っている。それは間違いない事実だ。だが、実際にはそのことにたいして誰も責めることはない。むしろ温かく見守ってくれている。
病弱であることを申し訳なく思うこともあるけれど、それでも家族を嫌いになることは絶対にない。
今更ながらに自分がどれだけ恵まれているのかわかる。
きっとコレットは毎日少しずつ傷ついたのだろう。だけど言い返すことなどできず、だれにも言えず、相談すらできなくて日々不満が膨らんでいったのだ。
「お嬢様、申し訳ありませんでした。アタシはメイド失格です。旦那様には辞退すると、自分から言います。もう少しお嬢様にお仕えしたかったですけど、……自業自得ですね」
コレットが、泣き出しそうな顔で無理に微笑む。その顔に私はぎゅっと胸が痛んだ。
確かにコレットはメイドらしからぬふるまいをしただろう。どんな理由があるにせよ、仕事はきちんとやるべきだと私は思う。それでも、一度くらいの間違いは許してもいいんじゃないのかと思ってしまうのだ。
我ながら甘いとは思うけど、コレットだって魔が差しただけだ。あのようなことは、もう二度としないだろう。今のコレットを見ていたらそうだと言い切れる。
私は、固く握りしめていたコレットの手に自信の手を重ねた。
「コレット、私はもう怒ってないよ」
「お嬢様はお優しいですね。でも、大人たちはそうはいかないと思いますよ」
確かにそうかもしれない。お父さまもお母さまも普段は優しいけれど、怒るときは怒るひとだ。それでも私は諦めたくはなかった。
「私から、お父さまたちにとりなしてもらうように言うよ。ね?」
かたくなに握りしめていたコレットの手をゆっくりと一本ずつ解いていく。汗ばんで少し冷たくなっている。震えているのは寒さからだけではないだろう。
「な、んで、そこまで、して、くれるんですか……? アタシ、なにも、できてません」
コレットの声は震えていた。強張るコレットの手を私は握りしめる。
「コレットが、専属メイドだと毎日が楽しくなると思ったの。側にいるだけできっと退屈しないんじゃないかなって」
意地悪されるのは嫌だったし面倒だったけど、でも本音で言い合えたのは結構楽しかったのだ。
私には友達はいない。体が弱いため子どものころから、ほとんど外に出られなかったので親族以外で同世代の子どもと一緒に遊んだ記憶もない。
コレットと私の関係は主従関係になる。しかし、コレットとの掛け合いは友達が出来たみたいで楽しかったのだ。
だから私はコレットに側にいてほしいと思った。
「お、おじょうさまっ、いっしょう、おつかえ、します……!」
コレットは泣きながら私の名前を呼んだ。ほとんどなにを言っているのかわからないけど、嗚咽交じりで謝罪とお礼をずっと言っていた。
私は、黙って頷きそれを聞いていた。
何も言わないけれど、握った手は繋いだままだ。
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コレットが泣き止んだ後も私たちは手をはなす気にはなれず、繋いだまま迷宮をさまよった。
いい加減お腹も減り、足も痛くなり、これ以上は歩けないとなったあたりで、ようやく部屋らしきものを見つけることが出来た。
屋敷のダイニングルームより少し広いくらいの部屋には、今まで同様に窓も扉も見当たらない。
しかし何もないわけではなく、部屋の左右には二体ずつ石像が並び、部屋の中央には犬のような石像が置かれ、その隣には黒い箱のようなものがあった。
「さっき探索した時は、ここまではたどり着けませんでした。いったい何の部屋でしょうか?」
なんとなくこの部屋の造りには見覚えがあった。とはいっても全く同じではない。左右の石像がその場所を彷彿とさせる。
「……神殿みたい」
土着の神や精霊への信仰を続けるオトテール領では昔から土地神や精霊の像を祀る神殿がある。ここ領都エルネスヴィールにも小さいながらも神殿があり、私も何度か足を運んだことがある。
神々の石像を祀る礼拝の間がここと似たような造りだ。数は違うが左右に石像が置かれていた。エルネスヴィールの神殿には中央には何も置かれていなかったけれど、それ以外は大体同じだ。
「ああ、そう言えばそうですね。私は、あまり神殿に行っていないので記憶はあいまいですけど……。じゃあ、あの石像たちも神様ですか?」
私はコレットに聞かれて、石像をよく観察する。
「……みたことない」
四体ある石像はどれも、エルネスヴィールの神殿にはないし、図鑑などでも見たことがない。
だが石像の着ているものや手にしている武器や装飾品などを見れば、神々の石像に酷似している。
「そうなんですか? じゃあ、神様じゃないんですかね?」
「あ、いや。そうとは限らないよ。見たことない神様もいるし。まあ、神様じゃなくて精霊の可能性もあるけど……」
今現在では土着信仰を続けているのはオトテール領くらいだけど、昔はこの国全体が同じ宗教だったらしい。その当時はそれぞれの地域でその土地特有の神を崇めていたらしいので、文献では百近い神様いると言われている。
しかし今ではきちんとした神々の資料が残っているオトテール領しかなく、記録として残っていない神がたくさんいるらしい。
ここに祀られている神々も記録が残っていない神だとしたら私が見たことないのも仕方ないだろう。
またオトテール領にはないけれど、別の場所では精霊を祀っていた所もあると言われている。精霊は神々と違い、地域によって姿が全く変わるので、それぞれ地域差が出ていたらしい。
「この箱は何でしょう?」
人が入れるほど大きな箱に触れてみると、ひやりと冷たく石の感触がした。見た目ではわからなかったけれどこの箱も石で作られているようだ。
上部にある箱のふたは少しずれており、覗き込めば中が見える。
「空っぽだ」
「なにもないですね」
二人して中を覗いてみるが、中には何も入っていなかった。ここから脱出するヒントでもあるかと思ったけれど残念だ。
「この犬? みたいのは精霊ですかね?」
コレットが中央に置かれた犬のような石像を撫でた。
「なんかかわいいよね、これ」
「そうですか? ちょっと不気味じゃないですか? 首が三つの犬とか」
私たちがこの石像を犬だと言い切れないのは、首が三つあるからだ。それぞれの顔や胴体は犬にしか見えないけれど、首が三つあるというだけで違和感を感じる。
見ようによっては魔獣にも見えるし、精霊にも見えなくない。
「可愛いよー」
「お嬢様の美的感覚ビミョ―ですよね」
私は可愛いと思うのだけど、コレットは賛同してくれない。
コレットがしているように、私も犬の頭を撫でてみる。石特有のゴツゴツした感触が手に伝わる。
我が家は犬は飼っていないので、ここぞとばかり撫でてしまう。もちろん本当は本物の犬がいいのだけど、ここにはいないのでしょうがない。
「え、なに!?」
私が無心で犬の頭を撫でていると、コレットが驚きの声をあげて石像から手をはなした。
私は一瞬何があったのかわからなかったが、石像の顔を見れば何があったのかわかった。
「……なにこれ?」
今までなんの変化もなかった石像の目が光っているのだ。何がおこっているのだろうか?
今更ながらにもこわくなり、石像から手を放すが石像の目は光り輝いたままだ。どうすれば元に戻るのかわからない。何かスイッチでもあるのだろうか。
私がスイッチを探して犬の石像を調べていると、ゴゴゴという地響きが聞こえてきた。
「なに?!」
「いったいなにをされたんですか、お嬢様?」
「なにもしてないよ!」
本当に何もしていない。ただ頭を撫でただけだ。それだけで何か起こるとはとても考えられない。
次は何が起こるのかと身構えていると、目の前の壁が左右に開いた。開かれた壁の先には上へと続く階段。ここからではどこに繋がっているのかはわからない。でももしかしたらこれは外に繋がっているのかもしれない。淡い期待がよぎる。
「開きましたよ! きっと外に繋がる出口です。お嬢様はその犬の石像がカギになっていたのはとうにお気づきだったのですね。流石お嬢様!」
私は曖昧に笑う。そんなことまったく気が付かなかった。犬の石像を撫でたのもただの偶然だ。
この先にあるのが出口であればいいとは思う。しかし実際のところは確かめてみるまでわからないのだ。
行き止まりかもしれないし、魔物が待ち受けているかもしれない。それでも、他に道などないのだ。進むしか手はないだろう。
一足先に駆けだしたコレットを追いかけて私も出口へと向かった。
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まるで鉛でもつけているかのように体が重い。足の裏、土踏まず、ふくらはぎ、股関節、足全体がまんべんなく痛い。呼吸はずっと乱れたままだ。膝も震え、意識していないと今すぐにでも崩れ落ちてしまうだろう。
すぐにどこかへと出るだろうと思って登り始めた階段だが、体感的に三十分近く私たちは登り続けている。こんなに長い階段など初めてだ。このまま天国にまで登ってしまうのではないかと錯覚してしまうほどに。
「……つかれた」
思わず口から零れた泣きごと。口にしても状況は変わらない。辛いのはコレットも一緒だ。それなのに彼女は弱音の一つもはかず、黙々と階段を登り続けている。
だから私もせめて口にだけはしまいと口を引き結んでいたのだけど、許容範囲を超える疲労にぽろりと本音が漏れてしまった。
まずい、と思ったけれど口から出たものはもう戻らない。耳ざとく聞き取ったコレットが、くるりとこちらを振り向いた。
しまった。小さな呟きだったが、他に音もないせいで前を歩くコレットにも聞こえてしまったらしい。
ああ、きっと幻滅されるのだろう。そう思った。
「気が付かないですみません、ブランシュお嬢様!」
しかし振り向いたコレットの表情は、呆れでも怒りでもなかった。しいていうなれば焦りだろうか。
「え?」
予想外の表情に私は疑問で返すしかない。叱られることは覚悟していたが、まさか謝られるとは思っていなかった。
「お嬢様が体が弱いというのは重々承知していたというのに、アタシったら一人で勝手に突き進んで……。これではお嬢様専属メイドを名乗る資格などありません! さあ、お乗りください、ブランシュお嬢様!」
「え? なにを?」
コレットは私に背を向ける形でしゃがみ込んだ。これはまるで……。
「お疲れのお嬢様をあたしが背負います!」
「えー!? いやいやいや、そこまでしなくても大丈夫だから。それにコレットだって疲れているでしょ? 私よりも先にここにきて出口探していたんだから」
「いえ、このくらいなんともありません。体力だけには自信ありますから!」
胸を張ってそう言うコレットを断ることも出来ずに、結局私は彼女におんぶされる形となった。
「ブランシュお嬢様軽すぎますよ!?」
コレットは言葉の通りに軽々と私を背負うと、一人分の重みが増えたとは思えない足取りで階段を登り始めた。しかも歩く速度は私が自分で歩くよりも早い。
申し訳なく思う反面、ありがたくもあった。一人だったら確実に途中で倒れていたに違いないだろう。
「ブランシュお嬢様! 扉が見えてきました!」
永遠に続くと思われた階段にもようやく終りが見えた。石で作られた重厚な扉が見えてきた。扉の隙間からは光が漏れ出ているので、外に続いているに違いない。
これでようやく屋敷へと帰れるのだ。お腹が減りすぎてふらふらする。帰ったらコレットになにか美味しいものを作ってもらおう。
コレットに降ろしてもらい、私は扉に手をかける。扉は重かったが、鍵などはかかっておらず二人掛りで押すと何とか開かれた。
数時間ぶりに浴びる日の光に、目を細める。眩しさに慣れた目を開くと、私は目の前の光景に愕然とした。
「うそでしょ……」
「なんで、そんな……」
私の隣で、コレットも同じように絶望にくれた声を上げた。
迷宮から抜け出しようやく帰れると思った私たちの前には、倒れた太い木々が道を塞いでいた。
そう言えば数か月前の雨の影響で地面が緩み、屋敷林の木が何本も倒れたとお父さまが言っていたのを思い出す。
特に影響もないからと、そのまま放置していたのだ。まさかこんなところで影響が出るなんてお父さまも思っていなかっただろう。
「……どうしましょう、お嬢様」
倒れた木はとても太くて長いので、私たち二人ではとてもじゃないが動かすことは出来なかった。迷宮の出口を塞いでいるので遠回りも出来ない。
誰か人が来るのを待つしかないだろう。迷宮内よりも外に近いために叫べば誰かに聞こえるかもしれないが、ここが屋敷のどのあたりになるのか見当もつかない。
喜んだのも束の間。まさか最後の最後で足止めを喰らうとは思っていなかった。
このまま助けが来なければ私たちは死んでしまうのだろうか。だれにも見つかることのないまま。
そう考えると、くらりと眩暈がした。目の前が真っ白になる。
「お嬢様!」
ああ、コレットの声が聞こえる。このままじゃまた彼女を一人にしてしまう。
必死に意識を保とうと踏ん張る。しかし無情にも私の意識は深く沈んでしまった。




