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12、新しいメイド3

 クラハと別れた私は、再びコレット探しに戻っていた。

 コレットの性格がねじれてしまった原因はわかった。しかしそれと私が彼女から嫌がらせを受けるのはまた別の話だ。

 クラハに告げ口するのはやめたし、怒りも既におさまっている。けれど、文句の一つぐらい言っておきたい。ぬいぐるみも返してもらわないとならない。

 とはいってもどこにいるのかなんて全く分からない現状。案外もう既に家に帰ってしまっているのではないだろうか。ああ、ありえそうだ。

 だとしたらどうしたものだろうか。このままクラハを家に帰してしまっては、間違いなくまたコレットを怒るだろう。

 ただ怒るだけなら仕方ないが、先ほど聞いたような人と比べて蔑むような真似はよくない。拗らせるだけだ。何一つ解決できない。

 下手したらこのままコレットが私の専属メイドをやめさせられるかもしれない。どうすれば解決、までは行かなくてもこれ以上こじれない方法はないだろうか。


「あー、だめだ」


 ついさっき家庭の事情に首を突っ込むのはやめようと思ったばかりだというのに、またうだうだ考えてしまっている。

 前方に庭師さんとそのお弟子さんが柵に寄りかかって座り込んでいる。今は休憩中だろうか。とりあえずあの二人にコレットを見ていないか聞いてみよう。

 これより奥には屋敷林しかない。二人とも見ていないと言ったら、探す場所を変えた方がいいかもしれない。


「なあ、これさっきデカい木のとこで拾ったんだけど誰のか知らないか?」

「なんですかこれ? 猫? 犬? どっちにしろ不細工ですね」


 近づくと庭師さんたちが話している会話が耳に入って来た。不細工な犬のぬいぐるみって、まさか……。


「ちょ、ちょっと、それ見せてください!」


 突然割り込んできた私に、二人は驚いて固まっている。私は気にすることなく二人の手元を覗き込んだ。

 庭師さんの手の中にあったのは薄汚れた少し不細工な犬のぬいぐるみ。この微妙な不細工具合は間違いなくお母様からもらったぬいぐるみだ。


「これどこにありました!?」

「や、屋敷林の中の、でかい木の前に落ちていました」

「その時誰か見なかった?」

「あー、ぬいぐるみを見つけるちょっと前ですけど、朱色の髪のメイドが林の中に入っていくのを見ました!」

「わかった、ありがとう!」


 朱色の髪をしたメイドなんてコレットかクラハしかない。クラハはさっきあったばかりなので違うだろう。林の中に入っていったメイドとはコレットのことに違いない。

 ぬいぐるみを受け取り、庭師さんにお礼を言うと私は急いで庭へと向かった。

 ぬいぐるみは再び私に戻ってきたけど、まだコレットに一言文句を言うという目標は達成できていない。コレット捜索はまだまだ続行だ。



 この屋敷は門を抜けた先に庭が広がっている。現在は冬支度を終えて閑散としているけれど、春になると色とりどりの花を咲かせて、見たものの目を楽しませる花壇や、動物や幾何学模様を模った樹木が立ち並んでいる。

 それら華やかな庭を抜けた先には、鬱蒼(うっそう)と木々が立ち並んでいる屋敷林が存在する。その林の中腹ほどに、一際大きく古いイチイの木がある。

 イチイの木は千年以上前からあったと言われており、その雄大な姿には神が宿っているとも言われている。

 ご先祖様がオトテール家の屋敷を建てる際には、イチイの木は切られることなく残され、今も悠然とした姿で私たちを見守っている。

 庭師の言っていた『デカい木』とはこの巨大イチイの木のことだろう。

 私はコレットを探すために、屋敷林へと足を踏み入れた。とりあえず、ぬいぐるみが落ちていたイチイの木を目指してみることにする。


 我が家の屋敷林は、田舎なだけあって広さだけはかなりある。しかしさすがに屋敷内なので、魔獣の類などはいないので安全だ。居るのはどこからか迷いこんだうさぎやリスといった小動物くらい。私が一人で歩き回っても危険はない。

 屋敷内の階段の上り下りだけですぐに息を切らせる私には、この林は広すぎる。少し歩いただけで私の息は切れていた。

 途中道端に落ちていた木の枝を杖代わりにしながら、私は何とか巨大なイチイの木の根元にたどり着いた。

 小さなころお父さまに連れられて一度きたきりで、この巨大樹を見るのは随分と久しぶりだ。

 見上げても木の先端は遥か高く、私の視界には入らない。秋ごろに真っ赤な実をつけるが、今は既に冬がすぐそこまで迫っているため実の姿は見られない。

 結局ここまでの道中、コレットらしき姿を見ることは叶わなかった。

 犬のぬいぐるみはこの木の前に落ちていたと、庭師さんが言っていた。となれば少なくともコレットは巨大樹の前を通ったということだ。何か手掛かりになるものはないだろうか。


「っあ」


 巨大樹のまわりを見て回っていると、ふと一か所が目についた。根元近くから生えた枝に、何かが引っ掛かっている。

 すぐ傍まで行って、その何かを手にした。それは布の切れ端のように見える。紺色の布の切れ端。

 紺色の布など色々あり、屋敷でも様々なものに使われている。ひとつひとつ上げていったらきりがないだろう。

 私の頭に真っ先に思い浮かんだのは屋敷のメイドたちが着用しているメイド服だ。手の中にある切れ端とよく似た紺色で、手触りも近い。

 見るかぎり劣化していないので最近のものだ。今日コレットがこの場所に来た際に服を枝に引っ掛けちぎれたのだろう。

 どうしてこんなところに服を引っかけたのか。切れ端が引っ掛かっていた枝は通行の邪魔になるほどには伸びていない。普通に歩く分には引っ掛かることはないだろう。

 だというのにここに服が引っ掛かったということは、コレットはこの巨大樹に近づいたということだ。

 何のためここまで来たのかという答えは、切れ端が引っ掛かっていた枝の近くを見ればおのずと分かる。

 飛び出した枝のすぐ近くに、人が入れるほど大きなうろがある。コレットはおそらくうろに入ろうとした時に枝に衣服を引っ掛けたのではないだろうか。

 なんでこんなところに入ろうとしたのかはわからない。隠れようとでもしたのだろうか。それともこの中に何かあるのだろうか。

 今現在は見るかぎりではうろの中には誰もいない。何か他に手掛かりでもないかと、私はうろの中を覗きこんだ。


「あれ? 奥がある……」


 うろの中は想像よりも深かった。うろの最奥には穴がぽっかり開いている。もしかしてコレットはここを通って中へ入っていったのだろうか。

 穴は小さく小柄な私でもギリギリだ。大人では入れないだろう。コレットは私よりも少し背が高いが、細身なので入れないことはないと思う。

 見るかぎり真っ暗な穴。どこまで繋がっているのかはわからない。正直不安がある。しかしこの先にコレットがいるのかもしれないのなら、私は彼女に会いに行く。文句を言うために。


「っよし!」


 意を決して私は穴へ潜る。入り口同様に中も狭く、這いつくばるようにして先へと進んでいく。中は暗くて何も見えないけれど、進むうちに徐々に闇に目が慣れていく。

 真っ暗で何もなく、ただ狭いだけの空間。嫌気がしてきた。

 出口はまだだろうか。随分と長い間、穴に潜っている気になってきたけれど、実際にはそんなに長い距離は進んでいないかもしれない。

 正直四つ這いの体制はつらい。腰は痛いし、膝も痛いし、手も痛い。痛いとこだらけだ。長時間でなくとも普段から運動なんてものを全くしていない私にはとてもつらい。明日には間違いなく筋肉痛だろう。

 頭がぼんやりしてきたが、頭を振ったり、手をつねったりして意識を保たせる。こんなところで意識を飛ばしたら、だれにも見つかることなく死んでしまう。なんてこともあり得るので意識を途切れさせるわけにはいかない。

 何度目になるかわからないため息を吐いた瞬間、地面についていた手がずるりと滑った。


「え?」


 斜面になっているのに気が付かずそのまま体重をかけたせいで、私の身体は前方に滑った。


「キャー―!!」


 慌てて壁に手を突こうとするが、特殊な素材でできているのかつるつる滑るだけで止まれない。

 いったい私はいつまで滑り続けるのか。このまま行き止まりに突き当たったりしたら私はぺちゃんこに潰れてしまうのではないだろうか。

 そんなことを考えていると、前方にかすかな光が見えてきた出口だ! よかった行き止まりじゃなかった。

 いやでも、どこに出るのだろうか? 崖の中腹とかにこの穴がつながってたとしたら、私は真っ逆さまに崖下へと落ちてしまう。そうなればなすすべなく私はぺちゃんこだ。


「と、とめて――!!」


 私の叫び声は、穴の中で虚しく反響するだけで誰の返事もない。当然だ、誰もいないのだから。

 心配をよそに穴は終わりを迎え、私は穴からぺいと吐き出された。

 出口があったのは崖の中腹でもなんでもなく、空中にほうり出されることなく、私は地面へと叩きつけられるとことなった。

 前のめりに落ちた私は思いっきり顔を打ち付けた。鼻が拉げていないかと撫でながらよろよろしながら立ち上がる。


「いたた……。え……、ここ、どこ?」


 辺りを見回すと、うっすらと壁が光っているように見える。穴から見えたかすかな光はこれだろうか。

 精霊の力が宿った自然物には特殊な効果が備わっていると聞いたことがある。

 触ると電気が流れる貝殻や、水が噴き出る木片など。それらは精霊物とよばれる。精霊物は希少なことから、とても高値で取引されているので市場には滅多に出回らない。

 私は見たことはなかったけれど、多分ここの壁は精霊物なのだろう。ここから見えるかぎり全ての壁が淡く光り輝いている。

 それにしてもここはどこだろう。てっきり屋敷林の別の場所に出るのかと思っていたけれど、野外ではなかった。

 立ち上がろうと壁に手をついた瞬間、壁に備え付けられていた燭台に一斉に灯がともった。


「え? え? なに?!」


 気が付かないうちに燭台のスイッチでも押してしまったのかと思って、壁を調べるがスイッチらしきものは何もない。

 なら誰かが灯りをともしたのかと周りを見渡すも当然誰もいない。いったいどうなっているのだろうか。

 不思議に思いながらも私は、明るくなり見通しの良くなったこの場を改めて眺めてみる。

 地面には石畳が敷かれており、周りの壁もまた石作り。明らかにそこは人の手が加えられたものだった。

 たいした距離は進んでいないので、敷地内ではあるのだとは思うけど、こんな場所は見たことも聞いたこともない。

 目の前には扉などはなく、石畳の廊下が続いているだけだ。この先に何があるかもわからない。一旦引き返すべきか。

 誰かに聞いてみた方がいいだろう。お父さまならここが何のための場所であるかも知っているかもしれない。

 引き返すために私は、今さっき自分が通ってきたばかりの穴へと入った。しかしそこで私は困惑した。

 登れないのだ。それほど急斜面ではないはずなのに、手が滑る。穴を通っている最中も異常に滑るなとは思ったものの、勢いがあるからだろうと勝手に納得していたが傾斜自体になにか秘密があるようだ。

 これもまた精霊物なのだろうか。


「……どうしよう」


 来た道が通れないのだとしたら、また別の道を探さなければならない。別の出入り口などあるのかは甚だ不明だけれど、いつまでもここで途方に暮れているわけにもいかない。とりあえず出口を探すことにした。



 出口を探して早数分。ぐぅと切ない音が鳴り響いた。私のお腹の音だ。

 正直お腹が減って限界なのだ。朝食も昼食も食べていない。さっきから頭がぼんやりするのはおそらく低血糖か貧血なのだろう。

 早く帰りたい。そしてなんでもいいから食べよう。


「!」


 向こう側から、足音が聞こえてきて私は足を止める。人だろうか? それとも獣? こつりこつりと響く足音。動物の足音ではない、靴音、人だ。間違いない。

 こんなところに、いったい誰が?

 びくりと体が震える。逃げ出した方がいいと本能ではわかっているが体が動かない。そうこうしているうちに、足音が迫ってきている。ついに曲がり角から影が伸びてきた。

 恐怖から後ずさるが、すぐに壁に当たってしまった。汗ばむ手の平をグッと握りしめた。唾を飲み込む音がやけに大きく感じる。


「え?……おじょうさま?」

「コ、コレット……?!」


 なんと壁の向こうから顔を現したのは、私が探していたコレットその人だった。

 突然の人の気配にパニックになり忘れていたけれど、コレットを探しにここまで来たのだから、彼女がここにいても何もおかしくはない。

 私は詰めていた息をホッと吐きだした。


「お、お嬢様―!」

「え、コレット?」


 今にも泣きそうに顔をクシャりと歪めて、コレットが抱き着いてきた。とっさに振り払おうかとも思ったけれど、彼女の身体が小さく震えていることに気が付き、私はコレットの好きにさせることにした。


「よ、よかった! このままアタシ、ここから、で、出られないのかと……!」


 話ながら感極まったのか、とうとう泣き出してしまった。一言文句でも言ってやるつもりだったけど、弱弱しいコレットを見ていたら何にも言えなくなる。

 震える背中を撫でていると、コレットはしゃくりあげながらもぽつりぽつりとこれまでの経緯を語りだした。


「お嬢様に怒られた後、屋敷を飛び出して、林の中をさまよってました。どこか目的があったわけではなく、ただ何となくふらふらと。戻るわけに、もいきませんし……。きっと今頃、お嬢様が母さんに一部始終話しているんだろうなって思うと家に帰る気にもならなくて……」


 私は慰めるでも肯定するわけでも否定するわけでもなく、ただ黙ってコレットの話を聞いていた。


「そんな時、あの大きな木まで来たんです。ずっと走ってたらちょっと疲れちゃったから、少し休憩しようと思ってうろに入り込んだらなんか穴が開いているの見つけて。この奥どうなってるのか気になって入ってみたんですよ。そしたら見知らぬ場所に出て。入って来た穴は、滑って戻れなくて……。仕方ないから出口探して歩いていたんですけど、窓もドアも何も全然見つからないんです。このまま戻れないのかと、途方に暮れてたら何か物音がして、その後すぐに突然明かりがついて……。何があったのかと思って音がする方に向かったら、お嬢様がいました」


 なるほど、コレットがこの場所に来た経緯はほとんど私と同じだ。

 しかし出口が見つからないとは、困ったものだ。出口くらい探せばすぐに見つかると思っていたけれど、どうやら簡単には終わらないかもしれない。

 今私たちがいるこの場所がどのくらいの広さなのかは知らないけれど、コレットが出口を探し回ったけれど見つからなかったということは簡単に見つかるものでもないようだ。

 摩訶不思議な場所なのだ、もしかしたら出口自体が存在しないなんてことも考えられる。そうだとしたら私とコレットはここで野垂れ死んでしまう。

 だからと言って大人しく死ぬわけにはいかない。まだ私は十一歳だ。学校にも行ってないし、王都にも一度行ってみたい。美味しいものもいっぱい食べたいし、恋だってしてみたい。だから絶対に死んでなんかやるものか。

 病気と共に生きてきた私からしたら、病死はまだ受け入れられる心構えもあるが、こんなところで閉じ込められての餓死なんて御免こうむりたい。

 なんてことを考えて一人熱くなっていると、コレットが私の手を両手で握って間近で見つめてきた。その瞳はキラキラと輝いている。輝いているのは涙のせいだけではないだろう。

 私はこの目を嫌というほどに知っている。だって最近よく向けられるのだから。


「もうこのまま死んじゃうんだって、諦めてたんです。アタシがこのままいなくなっても誰も探してくれないんだろうなって……。だってアタシまだ入ったばっかの新人だから同じ使用人でも仲いい人なんていないし、母さんにもお嬢様にも嫌われているし……。でも違いました! お嬢様はこうやってアタシを心配して探しに来てくれました! あんな子どものような癇癪で八つ当たり起こして、何の関係もないお嬢様に意地悪していたというのに、許してくれるというのですね? ああ、やっぱり母さんの言っていたことは本当だった。お嬢様は聖女のように慈悲深く尊いお方です! アタシが間違っていました」

「え? い、いや、ちがっ」


 何か勘違いされている! 私はただお母さまからもらった犬のぬいぐるみを取り戻したかったのと、一言文句が言いたかっただけだ。別に心配してコレットを探していたわけではない。

 今までは私が気を失っている間に私のそっくりさん (仮定)が何かすごいことをやってそれを私がやったのだと皆勘違いしていた (のだと思う)のだけど、今回に限っては私は一度も気を失ってないしそっくりさんとも入れ替わってない。

 コレットが完全に勘違いしているだけだ。この子ちょっと思い込みが激しすぎるのではないだろうか。変な人に騙されないか少し心配になった。

 私は慈悲深いとか尊いとかそんな言葉が似合う人間ではない。毎日自分のことでいっぱいいっぱいな、どこにでもいるただの病弱な症状だ。誤解を解かなければ。


「ち、違うの。私はただぬいぐるみを取り戻したかったのと、盗んだことに対して一言文句が言いたかっただけなの。だから、そのコレットを探していたのは心配していたわけでは……」


 声に出すとなんだか私がひどい人間な気がしてつい声が小さくなる。

 でも言わないまま黙っておくと後ろめたい。事実を言っておけば、コレットが私に対して抱いている幻想なものは消えてしまうことだろう。


「まあ! お嬢様はそうやって謙遜ばかり! 本当に奥ゆかしいのですね」

「え?」


 なんて親子で同じようなことを言うのだろうか。本当は仲いいのではないのではないか? と、言うか、皆してなんで私の言葉を信じてくれないのだろうか。


「さあ! 行きましょうお嬢様!」


 さきほどまで泣いていたコレットが、急に元気になって私の手を引きながら急かしてきた。


「い、行くってどこに?」

「出口を探しにです! 聖女ブランディーヌの生まれ変わりであるお嬢様と一緒なら、こんなとこあっという間に抜け出せます!」


 私は聖女ブランディーヌの生まれ変わりでもなんでもないのでそんなに期待されても困る。

 だがせっかく元気になったコレットに水を差す気にもなれない。何はともあれ、絶対にここから抜け出してみせる。

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