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11,新しいメイド2

 コレットが私の専属メイドになってから早一週間。徐々に彼女の態度は軟化し人当たりが柔らかくなる、なんてことは一切なく相変わらず彼女は私に対してだけ態度がきつかった。

 しかもそれは二人きりの時だけで、そばに誰か別の人がいる時は猫を被ったかのように大人しい。よくもそうコロコロと態度を変えられるなと、逆に感心までしてしまう。

 私は感情が顔に出やすい人間なのでそんなことは絶対に無理だ。

 やっぱり私は明らかにコレットに嫌われているようだ。その理由はさっぱりわからないが。コレットに嫌われるようなことをした覚えはないのでただただ疑問だけが積もるばかり。



「すっぱいっ!」


 レモンティーをひとくち口にした瞬間私は噴き出した。あまりの酸っぱさに耐えられなかったからだ。

 確かにティーカップに注がれたものはレモンティーで、輪切りのレモンも添えられてはいるが、それにしても想像を絶する酸っぱさ。レモン丸々一個分のような酸っぱさだ。

 砂糖を入れたはずなのに全く意味をなしていない。多少の甘味では酸味は中和されないようだ。

 コレットが二人きりなのに、珍しく何も言わず紅茶を入れてくれたので嬉しくなって、疑うこともなく口を付けてしまった。


「紅茶を噴き出すなんて汚いですよ、お嬢様」


 コレットが今にも笑ってしまいそうなのを押し殺したような顔でハンカチを渡してきた。

 私はそのハンカチを受け取ると口元を拭いながら問いかける。


「コレット、これは何?」

「お嬢様はレモンティーもご存じないのですか?」


 私の知っているレモンティーはこんなに酸っぱくはない。


「……レモンはどのくらい入れたのかしら?」

「レモン丸二個分です。頑張って絞りました」


 一個分じゃなかった。まさかの二個分。そんなことに頑張ったアピールはいらない。思わずため息が漏れる。


「ふふ」


 突然噴き出すように笑い出した。コレットに何事かと視線を向けると、彼女は手鏡を差し出してきた。何だろう。これを見ろと言うことだろうか?

 差し出されるままに受け取り、私は鏡を覗き込む。そこに映っているのは顔の下半分が真っ白になった私。


「え?」


 一瞬意味が分からず鏡を撫でてみる。鏡に映った顔の下半分が白い私は、私自身と同じ動きをした。鏡には何もいたずらもほどこされていないようだ。

 そうなると、私の顔半分は実際に白くなっているということだ。

 口の下あたりを手で撫でてみる。その手を見ると案の定白く汚れていた。朝食を食べた時に汚れたのだろうか? いや、そんなはずはない。朝食は家族そろっていたのだ。こんな滑稽な姿をしていれば、必ず誰かが指摘していたはず。それがなかったということは、ついさっきついたということだ。

 私はさっきコレットから渡されたハンカチを触ってみる。ハンカチに触れた手は白く汚れていた。これが原因だ。


「コレット」


 声が硬いのは自分でも自覚できた。いい加減怒りが隠せなくなっているのだ。


「なんでしょうお嬢様」


 私が怒っていることなどわかっているだろうに、コレットはすました顔で返事を返す。


「もういい加減にして! なんで私だけ嫌がらせばかりするの? 私があなたになにかしたかしら?」


 勢いに任せて私は言い切った。もう堪忍袋の緒がキレた。

 一昨日は靴を左右逆に置かれていたし (気づかないで履いてこけた)、昨日は本を読もうとしたらカバーと中身を入れ替えていたし、今朝は勝手に私の体調悪いと調理場に伝えたらしく朝食なしだった

 無駄に時間と労力を割くくらいならもっと有益なことに使ってほしい。ここまで嫌がらせにかける情熱はいったいどこから来ているのだろうか。不思議でたまらない。

 しかしコレットは私の言葉を聞くやいなや、顔を真っ赤にして叫んだ。


「なにかしたですって?! ええ、したわよ! アタシの母さんを取ったじゃない!」

「え?」


 突然の激高に、私は何も言えずにいた。


「母さんはいつもアンタのことばっかり! 聖女ブランディーヌの生まれ変わりとか言い出して。口を開けばブランシュ様、ブランシュ様って。これだけ母さんが褒めるのだからよっぽど素晴らしい人なのかと思って、母さんに頼んでメイドにしてもらったけど、正直幻滅したわ。ただの病弱な小娘じゃない。こんなやつのどこが聖女ブランディーヌの生まれ変わりよ。嘘にきまっているじゃない!」


 コレットは言いたい事だけ言うと今にも泣きそうな顔で部屋から飛び出していった。

 これは一般的には追いかける方がいいのかもしれない。しかし私は全く追いかける気など起きなかった。

 確かに私は聖女ブランディーヌの生まれ変わりではない。それは彼女の言う通りだ。

 しかしそれ以外の彼女の言葉は、ただ母親に構われなくなって自棄を起こしている我儘な子どもでしかない。

 私にクラハをとられて八つ当たりをしているだけだ。私よりも二歳上なのだからいい加減に親離れしてほしい。


「バカらしい」


 我儘に私を巻き込まないでほしい。私はため息をつくと紅茶を口にした。

 そして噴き出した。紅茶が酸っぱいだけの液体になっていたことを忘れていた。

 クローゼットから新しいハンカチ (流石にハンカチのことは覚えていた)を取り出し汚れた顔を拭く。その時ふと私は部屋に違和感を感じた。

 的確には言い当てられないが、何かが足りない気がする。なんだろうか?

 私はゆっくりと自室を見回す。廊下に続くドア周辺は変わりがない。ベッドルームに続くドアも同様だ。本棚はカバーと中身の入れ替え以外には何もない。机の上は……。


「……ない」


 本来そこにあるべきものが無いことに気が付いた。机の上の目立つ位置に置いていた、ちょっと不細工な犬のぬいぐるみがない。確かに朝起きた時にはあったはずだ。

 犬のぬいぐるみは以前お母さまにもらったものだ。貰った時はあまり好みではなかったのだけど、今ではそれなりに愛着がわいている。

 どこかに落としたのではと、部屋中探してみる。しかしいくら探しても目的のものは見つからない。一体どこに行ったというのだろうか。


「……まさか」


 頭によぎるのは一人の人物。コレットが私への嫌がらせに盗んだのではないか。

 決めつけるのはよくないが、朝起きてから今までにこの部屋に入ったのは私か専属メイドのコレットしかいない。

 私はコレットを探すために自室を出た。



 ▼



「コレット? いや見てねーな」

「いえ、朝以来見てませんね」


 屋敷中見て回ったが、見つからない。使用人たちにも聞いて回ったのだが、誰も見ていないという。すでに屋敷の中にはいないのだろうか?


「お嬢様!」


 血相変えたクラハが廊下の向こう側から走っていた。普段は冷静沈着で、誰かが廊下を走っていると注意してくるというのに珍しい。


「クラハ、廊下は走っちゃだめだよ」

「申し訳ありません。つい我を忘れてしまいました」


 クラハがこんなになっているということは、おそらくコレットのことだろう。

 きっと私があちこちで、コレットの所在を探し回っていたことがクラハの耳にも入ったのだろう。

 別に隠れて探していたわけではない。むしろ真っ先にクラハに尋ねるつもりだったのだけど、丁度外に出かけていて聞けなかったのだ。

 正直なはなしコレットの嫌がらせにはいい加減嫌気がさしているので、ここらでクラハに言いつけてガツンと叱って懲らしめてもらおう。

 告げ口なんて大人げないかもしれないけれど、それほどに私は怒っているのだ。

 何だったら私の専属メイドは変えてほしい。何されても許せるほど私の心は広くはない。


「お嬢様、コレットが見つからないと伺いましたが……」

「うん、三時間前から姿を見てないの」

「さ、三時間も前からですか!? あぁ……あの子は、全く」

「あのね、クラハ」


 私がクラハにコレットからされた嫌がらせを言おうと口を開く前に、クラハが深々と頭を下げた。


「ク、クラハ!?」

「うちの娘が申し訳ありません! 自分からブランシュ様に仕えたいと言い出したにもかかわらず、仕事が大変だからと投げ出して……」


 どうやらクラハの中では、コレットは仕事が面倒からとずるしてサボっているということになっているようだ。


「あー、違うの……」

「あの子は昔から何をやっても中途半端な子で、何一つ満足にできない子でした。そのうえ、サボり癖もついて……。本当に周りに迷惑ばかりかけるどうしようもなくて。不出来で面倒な子で申し訳ありません」


 あれ、いくら娘がやらかしたからってこれはちょっと酷いんじゃないのかな?

 我が家はお父さまもお母さまも結構何やっても褒めてくれる。流石にそれは親ばかだよね。と思っているので比較対象にはならないかもしれないけど、流石にこれは言い過ぎではないか?

 いくら問題児でも、ここまで言うものなのだろうか? これでは少しコレットが可愛そうに思えてきた。

 未だにクラハはコレットがいかに不出来化を騙っている。


「下の子たちは、皆気もきいて勤勉でよく働くいい子たちばかりなんですよ。それなのにあの子だけ、あんなにダメに育ってしまって……。いったい誰に似てしまったのやら」


 ああ、コレットがなぜあのようになったのか合点がいった。コレットは毎日のようにこれを聞かされていたのだ。毎日毎日、下の子たちと比べられて、いかに自分が不出来なのかと言い聞かせ続けられて思い込まされた。

 妹や弟だけでなく、クラハは私ともコレットを比べていたのだろう。いかに「あなたと違ってブランシュ様が素晴らしいか」を滔々(とうとう)と語っていたのだ。

 だからコレットは私がどんな人間か気になったのだ。どんな素晴らしい人間なのかその目で見てみようと思って、屋敷に働きに行こうと思ったのだろう。

 そして実際にその目で見てみて、私がクラハの語るような立派な人間でないことを知って愕然としたに違いない。

 こんな何もできない、貧弱で病弱な人間が自分よりも上だなんて思えなかったのだ。

 ああ、これはダメだ。これはしょうがない。

 私のコレットに対する怒りは既に消え失せてしまった。今彼女に対してあるのは同情心だけだ。


「クラハ」


 静かな声はクラハに届いたようで、彼女は愚痴を話す口を閉じた。

 私はつとめて冷静に口を開く。でないと、次は私がクラハにたいして怒ってしまいそうだったから。


「コレットを誰かと比べないであげて。コレットはコレットだよ」


 クラハは驚き、目を真ん丸にしてこちらを見ている。


「毎日そうやってコレットの事乏していたの? 人間は褒めないと伸びないんだよ」


 毎日けなされていたら自分が本当にダメな人間なのだと思えてくるのだ。

 お父さまもお母さまもダニエルお兄さまもいつも褒めてくれる。そのおかげで、私は少なくとも真っすぐには育ったんじゃないかなと思っている。

 マクシムお兄さまだっていつもは意地悪だけど、十回に一回くらいは褒めてくれるし……。


「お嬢様……」


 クラハが何か言いたそうにしていたが、私は踵を返してその場から走りだす。

 これ以上よそ様の家庭の事情に首を突っ込むのは無粋だろう。まあ、今更な気がしないでもないが。

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