第9話:演奏してみた&1曲目『still(魔王魂)』
一時間後、まだまだベースは不安定だ。
それでもさなちゃんは、ずっとわたしに言っていたこと。
やりたいことリストの内の一つを口にする。
「ねぇ、ネットに¨演奏してみた¨を投稿してみない?」
と、彼女は言うと続いて、
「もえちゃん。作詞を任せたけど、どう? 出来た?」
「え?……あぁ、さなちゃんのおかげでベースラインを憶えたので、歌って弾けますよ」
わたしは、灰色のスマートフォンをスカートのポケットから取り出し、
「こんな感じなんですが、読んでくれますか?」
グループパインに画像を送信する。
二人は拡大して、じっくりと読みはじめる。
最初に口を開いたのはさなちゃんで、
「あ、前に急に歌ったやつを歌詞にしたんだ」
「そうなんです。本当は一番最初に書いたやつにしようかと迷ったんですが」
「それの曲名は?」
「『頑張るのやめようか』」
「……え?」
と、さなちゃんとえまちゃんは同時に言う。
「『頑張るのやめようか』です」
「いや聞こえたよ。何かネガティブじゃない?」
と、さなちゃんは言う。
「これだけっ苦しんだぁ~んだからぁ~」
「いやちょい……歌うん?」
と、えまちゃんは苦笑いをする。
「……まぁ聴こう」
と、さなちゃんは目を閉じる。
「何か逆転がぁ起きるだろぉ~」
と、わたしはベースを弾きながらそのまま歌い続けると、
「でもぉーそんなもんは無かったわっ。あるのはぁこの醜いコンプレックスたちだけぇ~その辺のやつよりハンデ背負って生きてるのにぃい~……ダラッタ、ダラッタタ~♪」
「ギターパートまで歌うんね」
と、えまちゃんは吹き出す。
「……ダダダダン!」
「ドラムパートもじゃわ」
「頑張るのやめよぉ~かぁ~競争なんてわたしには向いてなぁ~い。勝ち負けで空気がピリつくのがぁ嫌だからぁーあっ。ただのんびりして生きぃ~たぃ~。そして今日も夜に起ーきてぇ~……また月を見上げるぅ~」
「無職の歌かな?」
えまちゃんのそのツッコみに、常に無表情のさなちゃんがうつむいて笑う。
笑わせるために歌ったわけじゃないけれど、それが嬉しくてかわいかった。
わたしも「ご清聴いただき、まことにありがとうございます」と頭を下げる。
そう言うとまたえまちゃんが、「いやぶち口挟んどったよ、うち」と返す。
「まぁとにかく時間がもったいないので、今までやったコピー曲を演奏して動画撮りましょう。早く準備してくださいお二人さん」
「いやあんたが歌ったけぇじゃろ」
「まぁそれでいいよ」
数分後、さなちゃんは三脚を持ってきたので、赤いスマートフォンに装着する。
ベースボーカルのわたしは、しっかりと愛する楽器が映るように位置を調整する。
撮影前に複数回、練習をしているので準備は整う。
「よし、はじめるよ?」
彼女は、親指で画面を押す寸前、後ろを向く。
「ええよ!」
「いいですよ!」
と、えまちゃんとわたしはうなずく。
「はい、スタート」
さなちゃんはスタンドから赤いタルボを取る。
ギターストラップを肩にかけ、軽く弾きはじめる。
わたしもベースの音量を調整する。
『……よし、演奏するよ? ワン・ツー・スリー・フォー!』
うなずくさなちゃんは、赤いノートパソコンに接続したトラックボール。
それを操作して、わたしたち三人の楽器の音を録音する。
わたしは、スマートフォンのレンズに目を向けカメラ目線。
この演奏を見てくれるネットユーザーたちの顔を想像する。
とても期待してる人も居れば腕を組み、
《さて、どんなもんかな》
と、高みの見物をする上級者の心情。
それを先読みすると、演奏しはじめる。
さなちゃんの赤いタルボから奏でる、荘厳なイントロ。
それと彼女が事前にパソコンで録音した、ストリングスやシンセサイザーの音。
えまちゃんのはっきり言えば、まだまだ未熟なドラムのリズム。
わたしはベースを座りながら、とても簡単にボンボンボンと弾いている。
しかし、弦を押さえる左手から目が離れられない。
仕方ないので、マイクにぐっと唇を近付けている。
左手を見ながら歌う。
――緊張して弦を押さえる場所を間違えた。
逆に押さえる力が弱くて音が、しっかりと鳴らなかった。
それでもわたしは、最後まで歌いながら弾き終わった。
『聞いてくださり、ありがとうございましたー。この曲はみなさんご存知、魔王魂さんの『still』です。よろしければこれからも、わたしたちの演奏を聞いてください』
わたしは笑顔で手を振ると、二人も手を振っている。
さなちゃんはシールドを踏まないように。
足元を見ながら、スマートフォンの方へ向かって録画を停止する。
「……んー……! はぁ、終わったわぁ」
と、えまちゃんは背伸びをし、
「相変わらず安定した良い歌声じゃったけぇ、ベースのミスも誤魔化せたわ、たぶん。これも成長記録よ。もえちゃん、えかったよ!」
「……あっ……ごめん。動画撮れてなかった」
えまちゃんはがくんと力が抜け、ドラムの音が響いた。
額に汗をかいたわたしは、盛大に椅子から床に仰向けで倒れた。
もちろん、ベースに傷がつかないようにしながら。
情けない低音が、スタジオ内に響いた。
――ちなみにその後。ちゃんと撮影した動画の再生数は、そこそこ伸びた。
数少ない、さなちゃんのチャンネルの登録者数とほぼ一致していた。
それから、そのユーチューブアカウントは、わたしと彼女とで共有することとなった。
彼女が密かに目標を掲げていた、
『ユーチューバーは難しいけど、再生数と登録者数が千ぐらいは行きたいね』
という気持ちを、この日を境に明確に意識するようになった。
――ちなみにわたしが作詞した曲。
『好きなこと仕事にして、メシが食えたらいいのにな』
『still』の演奏から数日後に動画を撮り、ユーチューブに投稿した。
オリジナル曲というのもあり、再生数は壊滅的だった。
けれど、意外と共感してくれる方が居て嬉しかったし、二人の演奏は最高だった。
レトロゲーム好きにはたまらない、シンセサイザーで奏でるピコピコ音。
さなちゃんはテクノ音楽が好きというのもあり、わたしたちの曲はテクノ調に仕上がっている。
ノスタルジーを感じさせ、それでいて新しく、楽しい気持ちにさせてくれる。
最後までご覧いただき、
ありがとうございました