第8話:生まれてはじめて眉毛を整えた
「……今、ゆうのも何じゃけどさぁ」
数十分後、えまちゃんが声を発する。
わたしはベースを、さなちゃんはギターを弾く手を止める。
お互いに首を傾げていると、
「もえちゃん、眉毛ボーボーじゃけど、整えたことないじゃろ?」
わたしは自分の二つの眉毛に両手で触れる。
感触はもじゃもじゃ。
確かにしたことは一度も無いし、ストレートでそんなことを言われたことも無い。
「……無いですが……それが?」
「うちがやってあげるけぇ、ちょっとベース、スタンドに立てんさい」
えまちゃんは学生かばんから、化粧道具らしきものを取り出すと、こちらへ近付いて来る。
「……え、いいですよ別に……」
「いやいや、やった方がもっとかわいくなるわ」
「……ちょ……来ないでください……」
わたしはベースを置くと、少し広い練習スタジオの一室を、必死で逃げ回っている。
そのあとを彼女は、まるで猛獣のように追いかけて来る。
「……やめてください、えまちゃん……」
「ちょっと待ちんさいや。絶対、良くなるけぇさぁ」
「……いやいや……え!? さなちゃん!?」
「もえちゃん、大丈夫だから」
さなちゃんに右腕を掴まれる。
そんな小さな体なのに非常に強い力のせいで振りほどけない。
今度はえまちゃんも左腕を掴んで、椅子に座らせようとする。
わたしは視力が悪いので、黒いメガネをかけていたけれど外される。
――えまちゃんは、小さなハサミをチャキチャキと音を鳴らし、近付いて、
「動きんさんなよ? 目に刺さったら危ないけぇね?」
「……いやー!」
わたしは怖くてまぶたを閉じ、叫ぶ。
涙目だったから頬に垂れた感触を得る。
こめかみに汗も垂れる。
ひたすら彼女はハサミの音を鳴らし、わたしの眉毛を切り続けている。
他にも毛を抜かれたりして痛かった。
……数分後、えまちゃんに「目を開けてええよ」と言われた。
なので、恐る恐る開けると、わたしの真正面に手鏡がある。
しかしわたしは、見えないので目を細めて眉間にしわを寄せる。
それでも見えないので黒いメガネをかけてもらうと、
「……え……誰ですかこれ?」
「いや、あんたよ」
と、えまちゃんは言う。
「え、本当に誰ですかこれ?」
「もえちゃんよ」
「え、マジでほんとに……マジで誰ですかこれ?」
「もえちゃんだよ」
と、さなちゃんは言う。
その手鏡を自分で持って、細かく見る。
とても自分の顔だとは思えないし、信じられなかった。
「眉毛を整えるだけで、こんなに変わるものなんですか!?」
わたしは手鏡を下ろして叫んだ。
「ほぉよ。かわいい顔しとんじゃけぇもったいないわ。あとでやり方教えるけぇね? 出来んかったら毎回、うちがやったげるわぁ」
えまちゃんにわかりやすく教えてもらう。
わたしは今まで何故、自分の眉毛を疎かにしていたのだろうか。
不思議で仕方なかった。
わたしはお礼を言うと練習は再開した。
しかし、自分で眉毛を整えると切りすぎたり……。
常に困り顔、怒り顔、悲しみ顔みたいな形になったり……。
なので結局、えまちゃんに整えてもらうようになった。
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