第6話:バンド結成時の約束&さなちゃん父が作る、お好み焼き
「ちなみにバンド結成時の約束を守ってもらいたいんだ」
と、さなちゃんは言うと続いて、
「音楽と言う字のように、ただ音を楽しんでやっていくバンドにしたいんだ。たとえ『こうした方が売れる、聴いてくれる』と言われてもね。守ってくれる?」
「それはうちも同感よ。わかる人にわかってくれればええわ」と、えまちゃんはうなずく。
「そう、えまの言う通り。わかる人にわかればいい」
「好きなぁ~こと。仕事にしてぇ~メシが食えたらいいのになぁ~」
「……え?」と、えまちゃんは首を傾げる。
「そしたらぁ~一生、恋人が出来なくても構わない!」
「……ほぉね」
さなちゃんは、座りながらベースを弾いて歌う、わたしを見て苦笑いする。
えまちゃんは冷めた反応をしながら、わたしの肩に優しく触れる。
このたった今、リーダーの言葉で閃いた気持ちを歌にすることが、音楽なんだと悟った。
壁にかかった丸い時計の針は、十八時丁度をさしている。
さなちゃん父からパインのメッセージが来る。
『お好み焼きを作ったので食べて帰りなさい』とのことだ。
わたしはベースをソフトケースに入れる。
ストラップとシールドをそのポケットに入れ、後ろに背負う。
比治山楽器店のビル二階がさなちゃんの家だ。
家に入った瞬間、お好み焼きの美味しそうな匂いが鼻を通る。
さなちゃん父がダイニングテーブルの上。
ホットプレートを置き、フライ返し二つで裏にひっくり返す真っ最中だった。
出来上がってわたしたちは食べてみると、お店レベルの味で驚いた。
表面にふりかけた青のり、お好み焼きソースの甘くて濃い味。
丁度良い加減の柔らかさの焼きそば麺、たくさんの蒸らしたキャベツ。
完食し、さなちゃん父に味の感想とお礼を言うと、そろそろ帰宅する時間になる。
「じゃあ、おやすみ。もえちゃん、えま。気を付けて帰ってね」
と、さなちゃんは手を振る。
「おやすみなさーい! 今日は本当にありがとうございましたー!」
わたしも笑顔で手を振る。
「ほいじゃあね、おやすみ!」
わたしたち二人は、ゆっくりと歩いて帰る。
かつては土の道だったアスファルトの上を。
談笑しながら、お互いに笑顔で。
――その後、えまちゃんに再びお礼を言って別れる。
彼女が見えなくなるまで見送る。
そしてわたしは、時間をかけて祖母の家に辿り着く。
「ほいで、写真送ってくれたけぇ見たけど、そがいに高級なベースがえかったん?」
「うん。とっても綺麗でしょ?」
と、わたしは笑顔で、ソフトケースから出して見せる。
母は腰に手をやって渋い顔で、
「ベースの中古ってよぉわからんけど大丈夫なん? 古いけぇすぐめげるんじゃないん? 調整とかしてくれたんね?」
「『しっかりとメンテナンスして販売してます』って店員さんが言ってたから大丈夫だよ。『どこか故障しても修理に出してくだされば、可能な限り直せます。学生割引もあります』って聞いた」
「ほぉ、それならええんじゃけど」
母は納得すると、わたしにコーヒーを淹れてくれる。
ベースを抱えたまま椅子に座り、一口飲むと心も体も暖まる。
母もマグカップを両手に持って一口飲んだあと、
「それにしても、もえはラッキーじゃね。入学式の初日にもう一人もお友達が出来て、バンドメンバーが揃って」
母は腕を組むと片手を頬に当て、曇った表情で、
「……ホンマ、あんたには悪いことしたわ。ごめんなさいね。早くはじめさせればえかったわ」
「別に謝らなくて良いよ、お母さん。だから……」
わたしは、視線を落とす。
ベースの灰色のボディを撫で、
「さなちゃんたちとこのベースに出会えて、最高なんだ。この子に決めて大正解だよ」
わたしは、母と祖母の目を見て、
「本当にはじめるのを許してくれてありがとう。わたし、頑張って上手くなって、歌って弾くから!」
「もえ。『エレキベースをはじめたい』って、お母さんから聞いた時は抵抗があったんじゃけど、もえなら人を癒す音楽を、感動させる音楽をやってくれると信じとるよ」
「うん、おばあちゃん。そんな音楽を目指して頑張るよ。必ずお金、返すからね。ねぇねぇ聞いて。最近、このベースラインを弾けるようになったんだ」
わたしは指で弦を弾き、祖母に聞かせる。
祖母は、「上手じゃねぇ」と笑顔でそう褒めてくれる。
毎日、笑顔でいるから顔にしわが刻まれ、それを見るたび、わたしは安心する。
他のベースラインも弾けるように奮闘することを告げる。
その後は、スタンドも買ったので、ベースを立てる。
その姿がとてつもなくかっこよく、何度も灰色のスマホで写真を撮る。
隣には、さなちゃんからずっと借りている赤いベースもある。
これは明日にでもお礼を言って返すつもりだ。
「……ふ、ふひひ……! ぐ、ぐへへ……! ぬ、ぬへへ……!」
当然、ストラップをつけて肩にかけ、自撮りもする。
スマホの壁紙、パインのアイコンをベースに変更する。
ニヤニヤが止まらずふすまを勢いよく開けた母から、「あんたぁ、不気味な笑い声がうるさいわ」と怒られた。
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