表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/65

第5話:前世で買ったベースと再会&さなちゃんの赤いタルボ

 わたしは、ガラスケースの中にある、¨灰色のベース¨の存在に気付く。

 思わず興奮して足早に近付き、ケースに両手をつく。

 メカメカしいデザインのそれを。


《何でここに!?》


 わたしは前世で買った同じベースを見て、ひどく驚く。

 何故なら色は灰色だし、傷も汚れも無いとても良い保存状態だから。

 もしかして、わたしのベースではないのか?


 それで、シリアルナンバーを呉さんに訊いてみる。

 すると完全に一致していた。

 アルファベット一文字からはじまる証拠を。

 未だにアルファベットが書けない、数字が憶えられない自分でも覚えられたその製造時期を。

 

「……あ、あの……試し弾きしても良いですか?」

「良いですよ。そちらは、最近入った中古のベースです。お値段は¨十六万円¨です」

「……十六!?……あ、そ、そうなんですね。ごめんなさい、やっぱりいいです」


 わたしが購入した時は確か、新品で十万円ぐらいだったはずだ。

 わたしは十六万円という数字に、高騰っぷりに驚いて断るけれど、


「いえ、どうぞ弾いてみてください」


 呉さんがそうおっしゃるのでそのご厚意に甘える。

 彼女はガラスケースから慎重に取り出す。

 そのベースを受け取るわたしは、心臓の鼓動が早まり、


「《……こんな感じだったな……》く、呉さん、弾かせてください」


 その音色を聞くと、わたしは一瞬で気に入る。

 そして、また前世の記憶が鮮明に脳内で映像として流れる。

 高校生で毎月、僅かなバイトの給料から貯金した資金。

 プラスお年玉を手に楽器屋に赴いたことを。

 店員さんに音を聞かせてくれて購入し、背負って帰ったことを。


 何よりわたしが心奪われたところは、この美しい灰色とかっこいいデザインだ。

 それにエレキベースに興味を持ったきっかけの機種だから、また会えて興奮する。

 さらに言えばあの弾いてみた動画の影響も大きかった。

 けれど、前世の記憶を思い出していなければ、《弾けるようになって、また手に入れたい》と思ったことは無かっただろう。


――わたしは思わずこう呟き、


「……また欲しいなぁ……」

「――え?」


 と、背後から声がして振り向くと、さなちゃんだ。

 彼女は、きょとんとすると、


「そんなに気に入ったの? 十六万もするから買えないでしょ?」

「は、はい。このベース、とても美しくてかっこよくて、音色も大好きで。ですが……わかっているんですが、お金が圧倒的に足りなくて……でもどうしても欲しくて……」


 わたしは胸に両手を当てたまま、ベースを凝視する。


「……まぁ、ローンを組む手もあるけど……」


 さなちゃんは天井を見上げて少し考えると、


「あの赤いベースを売って、あとは死ぬ気でバイトして買うとかかな?」

「……え!?……いやそれは……さなちゃんの大切なベースですし……」


 わたしは驚いて、うつむく。


「いいや。そのベースはきっと、もえちゃんと出会うためにこの店に来たんだよ。だから、他の人に買われる前に今日買った方がいいよ。ベースって色々あって迷うけど、結局、一目惚れしたものが一番いいからね」


 さなちゃんの優しい眼差しと言葉。

 これにわたしは、腕を組んで考え込み、ゆっくりとまぶたを閉じる。

 その時、集中して耳に入ってなかった、店内BGMの低音を聞く。

 わたしは閉じたまぶたを開く。


――そして、決断する。


「……やっぱり欲しいです。ですが、売るのは無しです。ローンで買って、バイトして……あ、でも……」


――その後、色々あってさらに弾いてみる。

 やはりまたこの灰色のベースが欲しい。

 そう心の底から思うことが揺るがないと確信し、


「やっぱり……この子に決めました! さなちゃん! えまちゃん!」


 と、生まれてはじめて二人目の友達も、下の名前で呼んだ。


「もえちゃん、好きなベース買えてえかったねぇ!」


 ドラムのえまちゃんは優しくそう言う。

 わたしの背後に立ち、この両肩に手を置きながら。

 わたしたちは、楽器店の玄関前に立っている。


「本当に良かった。言ってたもんね。灰色のベースが気になるって」


 と、さなちゃんも言う。


「は、はい! 今日は本当に良い日ですね!」と、わたしは笑顔で言う。

「それにしても、もえちゃんのおばあちゃんがすごかったわ!」


 と、えまは笑顔で言う。

 わたしは先ほどのことを思い出す。


『もしもし、おばあちゃん? お願いなんだけど。十六万円の中古のベースを買いたいから、お金貸してくれないかな? 絶対、返すから。……うん……うん……え? 貸してくれますって!』


『……すっご……』


 えまちゃんは鼻で笑い、「ありえない」と言いたげな顔だった。

 わたしは灰色のスマートフォンをもう一度、耳に当てると、


『おばあちゃん、ありがとう! うん……うん……じゃあね! あの呉さん。後日、お金を持ってくるので、このベースを取り置きしていただけませんか?』


『いいや、私が店長の父に頼むから今日からそれは、もえちゃんのベースだよ』


 と、さなちゃんが言った。

 現在、わたしの後ろには、念願の自分のエレキベースが背負ってある。

 本当はこの重さが大変なのだろうけれど、この重さがわたしには心地いい。


――そしてその後、比治山楽器店の地下練習スタジオへ移動する。

 地下へ通じる階段を一段、一段と下りる。

 大きくて分厚い防音扉をさなちゃんは、とても慣れた動作で開ける。

 室内を見ると音楽室の壁と同じ、クリーム色に近い有孔ボード。


 壁に貼られたピカピカの鏡には、わたしたちが映っていた。

 大型ギターアンプ、同様に大きなベースアンプ、ドラムセット。

 わたしは黒いソフトケース、そこからベースを取り出す。


「ちょっと自分のギター、持ってくるね」


 さなちゃんは防音扉を開け、出て行く。

 数分後、彼女は戻ってくると、


「お待たせ」


 防音扉が閉まる。

 わたしとえまちゃんは後ろを振り返る。

 比治山楽器店の地下練習スタジオの、しんとした室内に暖かい雰囲気が漂う。


 彼女は赤いタルボを、とても大事そうにネックとボディを持っている。

 肩には黒くて細い、肩パッドつきのギターストラップをかけている。


「おっ、さなのギターって、何か近未来的じゃね」


 と、えまちゃんが言うので、彼女はネックをさすり、


「これは東海楽器さんの¨Talboタルボ¨って名前でね。静岡県の楽器メーカーのギターなんだ。一九八三年に発売された国産オリジナルギターで、これは現行品だけど。色はメタリックレッド、ボディはアルミ」

「え、その子、木で出来とらんのん?」と、えまちゃんは指をさす。

「うん」


 それはピックガード(傷から守る部品)が黒色で、右側にはツノみたいな部分がある。

『Talbo』と黒い筆記体のロゴが貼ってある。

 えまちゃんの言う通り、近未来的なデザインだ。

 けれどわたしは、雨の雫のようなかわいい形だと思う。


「えーと、今が二〇二三年ですから」

「うん」

「……ということは…タルボ生誕七十周年……」

「四十周年だよ」

「えーと、確かゲーム機の順天堂フィミコンの発売も一九八三年だったので」

「うん」

「えーとですから……」

「うん」

「……ということは……同い年」

「そうだね」

「……七十歳」

「いやだから四十周年だよ」

「ホンマおもろいね、二人は」


 と、えまちゃんは鼻で笑う。

 わたしは両手の指で数えながらも、連続の計算ミスで顔が赤くなる。


 さなちゃんは、色んな角度でタルボをよく見せる。

 メタリック塗装がとてもかっこよく、銀色のパーツとの相性は最高だ。

 対してわたしのはボディの灰色と、白いピックガード。

 同じく銀色の金属パーツの組み合わせが最高にかっこいい。

 

――さなちゃんはタルボをギターアンプに接続すると、軽くカッティングをする。

 その一定のリズムを持続する奏法が、彼女は得意で好きだと言う。

 また、金属特有の硬い音が、生かされてとてもかっこいい。


「もえちゃん。一緒に買ったストラップをつけて、あっこのミラーの前に立ってみんさいや」

「は、はい!」


 わたしは、えまちゃんの言われた通りに、ケースのポケットから取り出す。

 その前にベースをスタンドに立てかける。


――ストラップを、二つのピンに付けようとすると、


「……え?……え?……何で?……かったぁ……」


 新品のストラップの穴が硬い。

 なかなかどうして、上手くはまらない。

 力んで思わず歯ぎしりする。

 眉毛同士がくっつきそうなぐらい、寄せてしまう。


 数十秒後、ようやくはまり、どっと疲れが出る。

 わたしはよろよろと肩にかけ、壁に貼られた横に長い、鏡の前へ移動する。

 私の姿は反対になり、ベースもネックが左から右になっている。


――すると今までの疲れが一瞬で消える。

 わたしは感動のあまり目が潤んできて深呼吸する。

 感嘆の息を長く吐き、


「……はー……どうです? 似合いますか?」

「ぶち似合うよ!」と、えまちゃんは笑顔で言う。

「めっちゃかっこいい」と、さなちゃんも無表情に言う。

「あー……えーと……ぐすん……。とりあえず……! とりあえず……! とりあえず……!」


 わたしは狼狽する。

 鼻をすすり、溢れ出た涙を指で拭う。


「写真じゃろ? わかるよゆわんでも。はい、撮るけぇねー?」


 えまちゃんは、制服のスカートのポケットから、白いスマートフォンを取り出す。

 わたしにカメラレンズを向け、


「はい、チーズ!」


 その後、撮ってもらった写真を見せてもらった。

 わたしは涙目でありながらも、笑顔を保っている。


 そして、三人で撮ることになる。

 さなちゃんは赤いタルボを、わたしも灰色のベースを。

 えまちゃんはドラムセットの前に座って。

 とびっきりの笑顔を要求されるけれど、言われる前にとっくにそうだ。

 鏡にカメラレンズを向けて撮る。


 その後、メッセンジャーアプリ『パイン』の友達リストに追加しあう。

 早速、さなちゃんはその写真をグループパインに投稿する。

 わたしたちは笑い合った。

最後までご覧いただき、

ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ