第43話:春の修学旅行 大阪編1(道頓堀、生まれてはじめて路上ライブをした)
奈良の夜は、修学旅行で非日常感がある。
当然だけれど、特別な気分になる。
夜風も広島とは違う匂い。
シカの匂い、シカの匂いなのかな?
だとしたら宮島と変わらないはずなのに。
歩き疲れたわたしたちはホテルに入る。
和室に入って、荷物と楽器を置く。
夕食を食べ、一緒に温泉に入る。
「ついベースを持って来ちゃいましたが、先生の言う通り、移動が大変になりますね」
と、わたしは言う。
全員、敷布団の上に座って、浴衣姿でそれぞれ楽器を持っている。
隣の部屋の子たちの迷惑にならないように静かに歌い、弾いて、叩いている。
「だから言ったじゃん」
るかちゃんは目を細める。
「ですが、るかちゃんもMIDIキーボード持ってきたじゃないですか」
わたしは指をさす。
「……そ、それは……」
彼女は視線をそらし、顔が赤くなる。
彼女は紫色のノートパソコンと共に、小さいキーボードを持参していた。
「まぁ、これも良い思い出になるから、良いんじゃないかな」
さなちゃんは赤タルボのボディを左手で触れて言う。
「うん。修学旅行に自分の楽器を持って行く学生バンドなんて、そうそうおらんよ」
えまちゃんは笑いながら、あぐらをかくのを直す。
それによって、練習パッドが少し動く。
「みなさん、そろそろ寝てください。明日は大阪ですよ」
扉をノックする音がして、開くと先生がそう言う。
「はーい」
わたしとえまちゃん、るかちゃんは軽い感じでそう言う。
扉が閉まると、寝る準備をする。
自分の灰色のベースをギグバッグに入れる。
ファスナーをつかんで閉める。
障子の向こう。
椅子とテーブルが置かれてある¨謎スペース¨にみんなは置く。
そこはさなちゃんが教えてくれたけれど、¨広縁¨と呼ぶらしい。
みんなで敷布団を敷き、川の字になる。
「おやすみ」
と、それぞれ異なる言い方をして電灯を消す。
羽毛布団を肩までかけ、まぶたを閉じる。
――翌朝、洗顔と歯磨きをする。
髪型のセット、軽めの化粧をえまちゃんにしてもらう。
浴衣から制服に着替える。
朝食を食べるとバスに乗車する。
数時間後、大阪へ入る。
道頓堀を徒歩で観光する。
テレビでよく見る、グリコの看板、カニの看板、道頓堀川の戎橋。
わたしの第二の故郷、広島とは違う独特な都会の風景だ。
とにかく人が多い。
そして笑いで満ちているように感じる。
すると、その橋の隅でバンドが¨路上ライブ¨をしている。
観客が大勢、見て拍手している。
楽器を背負うわたしたちも近付くと、歌っているのは――
「呉さん!? どうしてここに!?」
と、わたしは叫ぶ。
「何で呉さんがここに居るんだよ」
るかちゃんは、相変わらず冷たくツッコむ。
『紹介します、私の弟子です』
と、彼女はマイクで言う。
「弟子じゃないわ。勝手に弟子にすんな」
と、るかちゃんはまたツッコむと、
「何、そのギター?」
「¨セ・ギター¨」
呉さんは、マイクスタンドから離れる。
「は?」
るかちゃんは、眉間にしわを寄せる。
「セ・ギター」
「……何? 何ギター?」
るかちゃんは、顔を少し前に出す。
「セ・ギター」
「セ?」
「セです。カタカナのセの形をしたギター」
「……変形ギターだわ」
るかちゃんは鼻で笑う。
わたしはいつの日か、ネット上にそのギターの絵を投稿している人を見たことがある。
確かペンネームが夜風紅茶というおっさんで、ニコニコ静画にバンド漫画を『首から下が描けない病ですが』と投稿したら、『上も酷いから安心しよう』とか『上から下もどっこいどっこいだろ』とコメントされ、すぐに削除して黒歴史を増やしてそうなクッソ哀れなおっさんだ。
「呉のイニシャルから取ってセです」
「いや取れてないわ。ローマ字じゃないし。カタカナ、日本語だし」
「じゃあ――」
「じゃあって何だよ」
「アメリカの観光地、セドナから取ってセです」
「どっからセドナが出て来たんだよ」
「この伝説のギターに見覚えはありませんか?」
呉さんは、セ・ギターのボディに触れる。
「いや、見たこと無いし。そんなダサいギター」
「当然ですよ。今日はじめて人様にお見せしたんですから」
「じゃあ知らねぇよ。何で訊いたんだよ」
「――私は、尖った物が好きなんです」
彼女は、両手にポケットに入れる。
「あぁ、音楽性が尖っているとか?」
「そうですね。私が作った曲は、とてつもなく尖っています。それでは聞いてください」
彼女は、セ・ギターをジャーンと弾き、
『『先端恐怖症』』
マイクに口を近付けて、歌いはじめる。
【私は先端恐怖症で
包丁を持てないけど
あなたのために料理を作るよ
私は先端恐怖症で
腕時計をつけないけど
あなたのために時間を作るよ
私は先端恐怖症で
棒針を持てないけど
あなたのためにマフラーを作るよ】
演奏後、呉さんファンは、何故かしんとしている。
わたしは拍手をしたけれど、さなちゃんたちはノーリアクションだ。
とても良いメロディだったし、歌詞も良かったのに何故だろう?
「ですから私は、このオリジナルギターも、誰よりも尖っているようにオーダーメイドしました。……どうですか? あまりのかっこよさに、恐れおののきましたか?」
「いや、《過激な音楽でもなく、尖った意見の持ち主でもねぇわ》って思って。曲名も『先端恐怖症』だし。普通に優しい恋人の曲だし。どうやって料理作ったりしてんだよ」
と、るかちゃんはツッコむ。
「まぁそれは、聞いてくれる人のご想像にお任せしています。何たって尖っていますから」
「だから尖ってねぇって。尖ってるのそのギターだけなんだよ」
と、るかちゃんは指さす。
呉さんは天を見上げている。
「まぁとにかく、ここでまた出会えたのも、何かの¨悲劇¨です」
「悲劇なのかよ。奇跡とか運命じゃなくて。どっちかというと喜劇でしょ」
「……フッ……所詮、私の曲なんて……リーダーの作詞作曲が素晴らしすぎて売れたんですからね。私は有名バンドのカバーしか受けないと痛感させられましたよ」
彼女は鼻で自嘲する。
「まさに悲劇を見せられたわ。伝説のバンドって称されても、あんたのオリジナルはからっきしダメなんだな」
るかちゃんは痛いところを突く。
傷口に塩を塗るようなことをする。
言われた彼女はまた自嘲気味に鼻で笑うと、
「まぁとにかく、あなたたちも演奏してみなさい。最高に楽しいですよ」
「……え、えぇ!? 良いんですか?」
わたしは呉さんに腕をつかまれる。
マイクスタンドの前に立たされる。
――他のメンバーは慌てていたけれど、わたしが、
「ぜひ、やりたいです!」
と、言ったので二人は、呉さんのバンドメンバーに頭を下げてお礼を言う。
背中に背負ったギターとベース、ドラムスティックを取り出す。
灰色のベースをアンプに接続し、音量調節もする。
わたしは観客の女性に、灰色のスマートフォンを渡し、動画撮影をお願いする。
その方は了承してくれる。
――わたしはお礼を言って、マイクを掴むと、
『み、みなさん、はじめまして。広島で夜風コーヒーというバンドで、活動しているバンドです。呉さんのご厚意に甘えて、演奏させていただきます。それでは聞いてください。『次は猫になりたい』』
事前に何を演奏するか言っていないのに、順応性が高いみんなはうなずいてくれる。
えまちゃんはカウントして、ドラムを叩きはじめる。
さなちゃんも、はじめての路上ライブでテンションが上がっているのか、思いっきり弾いている。
わたしもこの空気に酔いしれて、気持ち良く歌えた。
演奏後、観客の反応はとても良かった。
たくさん拍手をしてくれる。
ひゅーひゅーと指笛も。
――わたしは嬉しくなって、
『あ、ありがとうございます。二曲目、行きまーす!』
「えぇ!?」
えまちゃんは声を上げる。
「もう移動するので、やめてください!」
先生が、観客の間を縫って叫ぶ。
わたしの右腕を強く掴んだ。
わたしは頭を下げて、ベースや道具を片付ける。
録画してくれた彼女にスマートフォンを返してもらい、
「お、おおきに……!」
と、呉さんたちと観客に大きく手を振って、道頓堀から離れる。
先生に謝りながら歩き、バスに乗車してUSJへ向かう。
「もえちゃんがとうとう夜風コーヒーってゆっちゃったね」
と、えまちゃんが言うのでわたしは口に手を当て、
「あ! すみません!」
「いや、いいよ。だからもうサーターアンダギーズ名義はやめよう」
「ほうじゃね。紛らわしいし、これからも顔を隠して動画投稿すれば大丈夫じゃろ」
二人がそう言うので、わたしは安堵する。
確かにそう言われればそうだ。
わたしたちはネット上とリアルで名義を変えてバンド演奏するよりも、統一して堂々と夜風コーヒーと名乗った方がいい。
最後までご覧いただき、
ありがとうございました




