第4話:高校入学式とドラマーとの出会い&さなちゃんの実家の楽器店
二〇二三年になる。
わたしは無事、私立毛利高等学校の受験に受かる。
さなちゃんと同じ第一志望の所へ通うようになる。
《……さなちゃんのおかげで入学できたけど。ホントは成績優秀だからもっとすごい所に行きたかっただろうな。『そんなことないよ』って言ってたけど》
わたしは、朝っぱらから申し訳ない気分になってそう思う。
鏡の前で新しい制服の袖を通す。
これは黒を基調とした制服だ。
リボンは赤、カッターシャツは白。
革靴と学生かばんは黒。
こんなわたしにも、よく似合っている。
四月、あの中学の時にあったような桜たち。
ピンク色の雨が降り注ぐ。
髪や肩に付着しては春風に飛ばされる。
地面に落ちて、ピンク色のじゅうたんと化す。
さなちゃんのご両親、自分の両親が話し合っている。
その途中で、わたしはさなちゃんと一緒に校門を抜ける。
その後、校舎の隣に位置する体育館。
そこで入学式が行われる。
左右の壁に紅白幕。
ステージの上に日の丸と校章。
『祝 入学式』の看板が飾られている。
校長先生特有の長いお話が終わる。
わたしたち新入生は、自分たちの教室へ移動する。
奇跡的にさなちゃんとは同じクラスメイトになれた。
――そこで自己紹介をするように先生に言われた。
なのでわたしは、《ドラムが出来る人がこのクラスに居れば、さなちゃんと話し合って加入出来るんじゃないか?》と思い、
「えーと、可愛川もえです。実は去年の終わり頃からエレキベースをはじめて、比治山さなちゃんとバンドを組んでいまして。えーと、それで。ドラムを募集しているので、もしもご興味があれば、わたしかさなちゃんにお声かけください。よろしくお願いします!」
クラスメイトたちが拍手してくれる。
わたしは顔が赤くなる。
お礼を言い、椅子に腰を下ろす。
その後、下校の時間になる。
さなちゃんとは席が離れているので話し掛けようと思う。
わたしは学生かばんに配布されたプリントなどを入れ、席を立とうとすると――
「――ねぇ、ドラム初心者でもバンドに入れてくれるん?」
と、わたしの前の席の子(皆実えまさん)が尋ねる。
椅子に座りながら、背もたれに腕を組んで。
腰にまで達する、長くて綺麗な髪の子だ。
おっとりとした雰囲気で、とても優しい瞳をしている。
「あ、えーと……えーとですね……」
「あ、ごめんね。急に声かけて。焦るよね。チョコあげるけぇ、落ち着きんさい」
「あぁ、ありがとうございます」
と、わたしは受け取って口に含むと、
「美味しいじゃろ? それ」
「はい、とても美味しいです」
「それで、うちはドラム初心者なんじゃけど、バンドに入ってもええ?」
「あぁ、いえ、それはわたしに訊かれましても」
「いや、え?……自己紹介で募集しとるってゆうとったよね?」
「……ん?」
「……ん? あれ? ごめん、人違いじゃったわ」
「あ、いえ、そうで――」
「もちろん良いよ」
と、さなちゃんが近付いて代わりに答えてくれる。
彼女はわたしの机に手を置く。
わたしは、この突然の質問に狼狽してしまう。
危うくドラマー獲得を失うところだった。
「うち、自分のドラムスティックを買おうか迷っとるんじゃけど、どがいなんがええんかねぇ? 比治山さんって、実家が楽器屋さんなんよね?」
「うん。スティックも結構あるよ」
皆実えまさんのこの問いに、再びさなちゃんが答える。
すると、長い髪の彼女は腕を組み、
「へぇ。ちなみにじゃけど、二人のバンドってどっちがボーカルなん?」
「もえちゃんがベースボーカルだよ」
さなちゃんはわたしの方を見ると、わたしはうなずく。
「へぇ、そうなんじゃ。ほいで、これから見に行きたいんじゃけど行ってもええ?」
「もちろん良いよ。すごいね、もえちゃんのおかげで揃ったよ。ちょっと親に連絡するね」
さなちゃんはスカートのポケットから、赤いスマートフォンを取り出す。
ご両親に電話して、ことの経緯を説明する。
すると、わたしの両親と話しながら食事でもするという。
路面電車で楽器店に三人で行けば良いということになる。
まだ皆実えまさんを友達と呼んで良いのかわからない。
けれど、両親はとても喜んでいる様子だった。
手を振って別れると、父が運転する車とさなちゃん父の運転する車を、見えなくなるまで見送る。
それからわたしたちは、電車の駅へ向かう。
そこで数分、待機すると、頭上にあるLED電光掲示板に、
『〇〇(行き先)まもなく』
と表示され、電車はやってくる。
下車する人たちの邪魔にならないように、わたしたちは扉の端に立つ。
降りる人たちが居なくなるとようやく乗車する。
パスピー(ICカード)をカードリーダーにタッチすると、『ピッ』と音が鳴る。
画面に残額が表示され、女性の車掌さんが会釈する。
乗客が多いので、席は空いていない。
<<電車が動きます。おつかまりください>>
と、男性の録音音声がスピーカーから流れる。
車掌さんがブザーを数回、押して鳴らす。
すると電車は走行しはじめる。
彼女は窓から顔を出し、安全に走行できるかどうか確認している。
それが終わると顔を出すのを止める。
パスピーをチャージしたい人にどうやって利用するのか優しく教える。
わたしたちは吊革や手すりを持って談笑する。
さなちゃんの実家、比治山楽器店へ向かう。
――やがて、
<<次は〇〇。〇〇です>>
『ご乗車ありがとうございましたー、〇〇。〇〇です。落とし物、お忘れ物なさいませんようご注意ください。まもなく、〇〇。〇〇です』
と、車掌さんがマイクを持ってアナウンスする。
<<ドアが開きます>>
わたしたちは、最寄り駅で先ほどのようにパスピーをかざす。
車掌さんにお礼を言って下車する。
――比治山楽器店のショーウィンドウ。
そこには、様々な楽器メーカーの大きなロゴが貼ってある。
海外ミュージシャンの、ギターを弾いている姿の写真も。
今更だけれど、わたしも皆実えまさんと同じで、未だに自分の楽器道具を手に入れていない。
『初心者用のベースが安いので、これにしましょうか?』
わたしはかつて、さなちゃんにそう言った。
『いや、妥協しない方がいいよ。きっと、もえちゃんが、《これだ》って思うのが来るから』
しかし、さなちゃんはそう言っていた。
彼女に借りたエレキベース、赤いベースで弾き方を教えてもらった。
この楽器店に展示されたベースを見た日々を思い出す。
自動扉が開いて入ってみると、
「へぇー、結構、あるねぇ」
皆実さんは笑顔になる。
わたしもこの光景には毎回、テンションが上がる。
ちなみに、主にエレキギターとエレキベースの有名所は、アメリカの某二社だ。
その二社をコピーした国産ギターとベース。
それらもあるけれど、日本のオリジナルデザインのギター、ベースもある。
そんなわたしとドラムの皆実さんは笑顔だ。
一方でさなちゃんは、「まぁそんな反応をするだろう」と、言いたげな表情で特に変化は無い。
――すると、若い女性店員さんがこちらを向き、
「いらっしゃいませー、¨ギタリスト¨の方ですか?」
と、満面の笑顔で尋ねる。
なので、その言葉に空気が若干、凍る。
さすがにプロの方にしか使わないであろう。
『ギタリスト』という言葉に、ドラムの皆実さんが、
「……はい?」
眉を寄せてそう言ってしまう。
さらに彼女は首を左右に振り、
「いえ、違います」
「では、ベーシストですか?」と、女性店員さんはまた尋ねる。
「違います」
「では、ピアニストですか?」
「違います」
「では、ウクレレニスト――」
「ストストうるさいですよ! ドラムスティックを見に来た初心者です」
皆実さんが、声を荒げてそう言う。
すると女性店員さんは、両手を合わせて微笑を浮かべ、
「あらあら初心者さんでしたか。昔の自分を思い出しますね。でしたらどうぞご自由にご覧ください」
彼女は、レジの方へ向かうと奥の部屋へ入り、姿を消す。
これに皆実さんは、「何じゃあの人……」と呟く。
彼女は、さなちゃんに対して、
「ちなみに訊くけど、さっきの人は比治山さんのお姉ちゃん?」
「いや、あの人は呉さん。最近、バイトとして雇われた人」
「呉さん? 中国の方?」
「いや、広島の呉市出身の日本人だよ。変な人だけど気にしないで」
「……あぁほぉ。ほいじゃあ、ドラムスティック見させてもらうね」
「うん、こっちね」
と、さなちゃんは、わたしの肩に軽く触れると、
「もえちゃんはどうする? 暇になるから私の部屋に居る?」
「あぁいえ、本でも読んでおきます」
わたしは、楽譜や音楽雑誌が並んだ本棚へ移動する。
とりあえずエレキベースの教則本でも読んでみる。
すると、私が買ったものとは違う新たな情報が記載してあって、これを買おうと思う。
――やがてわたしは、さなちゃんとの練習の日々をふと思い出すと、
《……この機会だから、また新しいベースが入ってないか見たいな》
先ほどからドラムスティックの話をしている、皆実さんと説明しているさなちゃんの所へ移動する。
ベースとドラムはまったく違う楽器だ。
だから、耳に入る用語や音色のことなんてまったくわからない。
だけど、楽しそうにスティック選びをしている彼女の顔を見て、わたしは笑顔になる。
いろんな色のベースを見ていると、わたしは今朝に見た夢の内容を思い出した。
それは前世の記憶で、わたしは病院の個室のベッドの上で灰色のベースを持っていた。
弾けないので親指で適当に、弦を押さえずにボンボンと弾いていた。
《あぁ、卒業できなかったな》
と、病に侵された自分の肉体を悲観することなく、《来世もきみに会いたいな》と思っていた。
最後までご覧いただき、
ありがとうございました