第36話:練習後にハンバーガー屋&インディーズバンドを取材する記者さん
わたしたちは曲練習をした後、練習スタジオを出てハンバーガー屋へ行く。
セットを注文して、四人席に座る。
ハンバーガーより先に、わたしとえまちゃんはフライドポテトを食べる。
――一方、るかちゃんは、ジュースを一口飲むと、
「……ホント、ドラムがなぁ……」
と、心底、呆れた表情と声で言う。
「あーもう、ゆわんで! ネガティブになるけぇ!」
えまちゃんは、まぶたを閉じて両耳を塞ぐ。
「……もう、るかちゃん。ご本人がわかってるのに、ストレートに言うのやめてくださいよ?」
わたしは、隣に座るえまちゃんの頭を撫でる。
「……あ、あはは。ありがとう、もえちゃん」
彼女は顔を赤く染め、微笑む。
彼女が前にわたしにしてくれたように。
脳内で大量の幸せホルモンが分泌されたようだ。
「そもそも、もえちゃんもさ。えまから聞いたけど、そっちもアニメとかゲームに夢中にならずにベース練習に励んでんの?」
るかちゃんは頬杖をつく。
「やってませんやってません。それなのにおかしいんです」
わたしは、ポテトをまた食べる。
「あぁ、何が?」
彼女はまぶたを閉じる。
まだ頬杖をついたまま尋ねる。
「アニメもゲームも漫画も禁止にしまして」
「あぁ」
「ベースの練習一筋だと思いますよね?」
と、わたしはハンバーガーを食べる。
「あぁ」
「ですがそれだと¨極端¨ですから」
「極端?」
るかちゃんは頬杖をやめる。
閉じたまぶたを開ける。
「まずは精神を安定させるために、¨瞑想¨をはじめたんです」
「……は?」
るかちゃんは口を半開きにする。
「それをはじめたら、気持ちがとても楽になって、『すごい! わたし、ベース上手くなってる……!』って思った時にはベッドの上でして」
と、わたしは咀嚼して飲み込むと、
「障子窓を通す朝日を、顔に浴びて起きてるんです」
「……いやそれ、夢の中で練習してるんだよ」
と、るかちゃんはツッコむ。
「おかげで質の良い睡眠が取れる毎日です」
わたしは笑顔でジュースを飲む。
「……うちもやってみようかな……」
えまちゃんは目を閉じ、鼻で深呼吸をすると、
「やめろやめろ。それ、こいつにしか効かないから」
るかちゃんはジュースを置くと、えまちゃんの肩を手で激しく揺する。
「二人はよく頑張ってるよ。私は上手くなるように応援してるから」
と、さなちゃんは言う。
食べていたハンバーガーをトレーの上に置くと、
「だけど、るかの言う通り、もえちゃんはもっと上手くなるには、地道に練習し続けた方が良いよ。えまもね。そうしたらいつか、努力は報われるから」
「……そうですか。はい! わたし、今日から本気でベース練習します! 応援してくれてありがとうございます! さなちゃん!」
「ありがとう、さな! うちも絶対に上手く叩けるようなるけぇね!」
えまちゃんは笑顔で手を合わせる。
わたしはそんな彼女を見て笑顔になる。
すると、横から唐突にこう声をかけられ、
「あのすみません、夜風コーヒーのメンバーさんですよね?」
彼女は二十代前半と見られる成人女性で、黒縁の眼鏡をかけている。
青いコートを着て、黒いショルダーバッグを左肩にかけている。
両手にはハンバーガーのセットが置かれたトレーを持っている。
わたしたちはとりあえず返事をする。
彼女は名刺入れを取り出し、
「突然すみません。私、インディーズバンドの取材をしているフリーの記者でして。最近、広島で注目を浴びている現役の学生ガールズバンドのあなた方に、どうしても取材してみたかったんです。今、お時間は大丈夫ですか?」
記者さんの名刺をさなちゃんが受け取ると、快く承諾する。
わたしとえまちゃんも頭を下げて同様に承諾するものの緊張してくる。
心臓の鼓動が早まり、礼儀正しく背筋を伸ばし、両手をひざの上に置く。
一方、るかちゃんは面倒なのか何も答えず頬杖をつき、目つきがさらに悪くなる。
彼女はわたしたちが座る四人席の隣の、二人席に腰をかける。
ビデオカメラで撮影し、机の上に置くと、
「いや撮るのかよ」
るかちゃんは、かなり不機嫌な声で言う。
「あ、いけませんでしたか? すみません……」
記者さんは急いでカメラを取って、停止ボタンを押そうとする。
「いや、撮るんだったら先に言えよ。撮るなとは言ってないでしょ」
るかちゃんは荷物から手鏡を取り出し、髪型を整える。
「……もう……何なんね、るか? 失礼じゃしタメ口じゃダメよ。すいませんねぇ~この子、口が悪くて……」
と、えまちゃんは叱る。
一方、わたしは食べかけのハンバーガーを再び手に取り、口に運ぶ。
るかちゃんの身だしなみが終わるまで待つと、ようやくインタビューがはじまり、
「それではいくつか質問させていただきます。まずはバンドリーダーの方はどちらで?」
記者さんは、ぐるりとわたしたちを見回す。
「私です」と、さなちゃんが答える。
「あぁ、やはりそうでしたか。では森下さん」
「本名は比治山なので、比治山で良いですよ」
「あぁ、ですがハンドルネームで活動なさっているのは存じているので、このまま進めさせてくれませんか?」
「あぁ、はい。どうぞ」
「この個性豊かなメンバーさんたちとはどういった経緯で出会われたのですか?」
「えぇ、ベースボーカルの大瀬良さんとは中学が同じで、一緒に合唱コンクールで歌っていて、《良い声だなぁ》と思い、バンドに誘いました」
「それですと当初はベースを弾いていらっしゃなかったんですね?」
と、記者さんは言う。
「いえ、大瀬良さんは元々、ベースをはじめてみたくて、それだったらベースボーカルにしようということで落ち着きましたね」
「そうなんですね。ちなみにそちらの方は?」
と、記者さんはるかちゃんの方を見る。
彼女の代わりにさなちゃんがこう答え、
「彼女は友達です」
「あぁ、メンバーさんではないんですね」
記者さんは目を見開くと、
「ドラムの菊池さんとは?」
と、記者さんは言う。
「菊池さんは高校入学の際に、大瀬良さんがメンバー募集をしたきっかけで加入してくれました。菊池さんもドラム初心者なのによく叩けてすごいですよ」
と、さなちゃんは答える。
「では、ドラム暦はまだ一年未満ということで?」
「そうですよ」
再びさなちゃんは答える。
「そうでしたか。それでは次の質問に移りたいと思います。夜風コーヒーというバンド名にはどんな由来があるのでしょうか?」
「ただ単に私が、『漢字と英語の組み合わせってかっこいいな』と思い、みんなと相談すると、私たちが好きな飲み物がコーヒーで、大瀬良さんが誕生日の時のパーティーの帰り、夜風が吹いていて彼女が『夜風コーヒー』と言ったのでそうなりましたね」
「そうだったんですね。なかなか素敵なエピソードでほっこりしました。では次の質問です。CDや音源のデータ販売などはされないのですか?」
「やってみたいのですが、お金が無いので。とりあえず、ユーチューブに公開しているユーチューバーバンドということで」
「そうですか。楽しみに待ってますね。私もぜひ、お聞きしたいので」
「ありがとうございます」
と、さなちゃんが頭を下げるので、残りのわたしたち二人も下げる。
「では最後の質問です。あなたにとって音楽とは? まずは森下さんから」
「……そうですね」
と、さなちゃんはあごに手をやると、
「コーヒーのように自由に味を楽しめることですね。ギターの音も歪ませればロックになり、クリーンにしてフロントピックアップで弾けばジャズになり、ギターシンセを取り入れればテクノになります。それは豆の産地によって、淹れ方によって味が変化するのと似ています。音楽は芸術ですから正解なんて無いと個人的には思いますが、それでも『どれぐらい曲が売れたか? どれぐらい動画の再生数と高評価が稼げたか?』それでそのバンドやミュージシャンの価値が音楽業界によって日々、決定づけられます。ですが、わたしは常に大事にしていることが二つあります。まず一つ目は、音楽という字のように音を楽しむこと。二つ目は、それをわかってくれる人にだけわかれば十分なことです」
「……なるほど」と、記者さんはうなずく。
「三つ目は――」
「……え?」
記者さんは驚いて身体がビクっとする。
メタリックレッドのギターが入ったケース。
さなちゃんは、その相棒に優しく手で触れると、
「このタルボのようにたとえ廃墟に不法投棄され、雨ざらしの金属は、いつまでも赤く枯れた熱を帯びている……ということです」
締めは真剣にそう答えるけれど、わたしたちはまったく意味がわからない。
この場がまるで、南極大陸の吹雪にさらされる気がする。
それなのにさなちゃんは、「名言だ」と言いたげにどや顔である。
そして、「二つじゃねぇのかよ」と、るかちゃんがぼそりと呟く。
「……は、はぁ……では、菊池さんは?」
「……音楽……何ですかねぇ」
と、えまちゃんは天井を見上げると、また苦笑いをして、
「古代の人たちってたぶん、最初に奏でた音が叩いた音だと思うんです。なので、音楽の中でドラムを叩くってことは、古代を感じさせることだと思います。……あのすみません、深く考えたことがなかったので適当です」
「なるほど。では最後に大瀬良さん、どうぞ」
「……音楽……ですか」
と、わたしはとっくに食べ終えたハンバーガーからポテトを頬張ると、
「……このポテトのようにですね、揚げたても美味しいですけどね、冷めても美味しいですけどね」
わたしはまぶたを閉じて、さらに上手い言い方を考えると、
「とにかくまだまだ食べていたい、毎日通い詰めたい、地球が滅亡する時も最後の晩餐はポテト……ポテトってそういうことですね」
「何言ってんだよ」
と、るかちゃんはツッコむと、
「……あ! 何、あたしのも食べてんだよ!」
無意識にるかちゃんの分のポテトにも手を出してしまい、叱られる。
そして、取材は終わりを迎え、撮影した動画の編集作業が終わり次第、報告すると約束される。
わたしたちは顔を隠して活動しているので、そこは編集してくれる。
記者さんも音楽評論系のユーチューバーだった。
「じゃあね、また明日」
と、それぞれ別れのあいさつを言う。
一月の寒い夜を徒歩でバス停へ向かう。
温かい手袋で背負ったギグバッグのストラップを、両手でつかみながら。
吐く息も白く、上にのぼるとすぐに見えなくなった。
最後までご覧いただき、
ありがとうございました
2024.4.15
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