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第34話:チャンネル登録者数が増えない原因&大晦日は、みんなでわたしの部屋

 わたしは年越しそばをすすりながら、片手で灰色のスマートフォンを操作する。

 夜風コーヒーの今まで演奏した動画を投稿している、ユーチューブのアカウント。

 ヘッダーは床に置いた赤いタルボ、灰色のベース、ドラムスティック。

 アイコンはさなちゃんが描いた、『夜風コーヒー』と書かれたコーヒーカップの絵だ。


――わたしは勢いよく立ち上がると、


「やりました!」

「何急に?」


 と、るかちゃんの紫色のスマートフォンを操作する手が止まる。


「登録者数が三……!」

「あぁ」

「登録者数が三……!」

「あぁ」

「さ、三……!――」

「いいから早く言えよ。三万人、行ったの?」

「いいえ! ¨三人¨!」

「すくなっ! それだけ引き伸ばして置いて何、三人で大喜びしてんだよ」


 るかちゃんは、指を三本立てるわたしをツッコむ。


「だけどおかしいんです」

「何が?」

「再生数がですね」

「あぁ」


 と、彼女は操作しながら。


「常に三千超えなのに」

「あぁ」

「登録者が増えないんです」

「……そりゃおかしいわぁ。マジでおかしいわぁ。何でなん……」


 えまちゃんは、こたつの上に突っ伏す。

 右手でピンク色のスマホを握ったまま、こたつを軽く叩く。


「何ででしょうね? ヘイ、ジリ」

 

 わたしは、バーチャルアシスタントを呼び、


「動画の再生数が三千超えているのに、登録者数が三人なのは何でですか?」

<すみません。それは私にはわかりません>

「何でわからないんですかぁー!」


 わたしは勢いよくスマホを振る。


「……もえちゃん、何かおかしなことしたん? まぁ恥ずかしいけぇ、見とらんうちが訊くことじゃないけど……」


 えまちゃんが深刻な顔で尋ねる。


「……おかしなこと? 強いて言えば……」

「うん」

「動画の最後にですね」

「うん」

「『チャンネル登録と高評価はしないでください!』って字幕と声を入れてるんです」

「……え?」


 えまちゃんは、目を丸くする。


「なのに登録もしてくれないし、高評価もくれないっておかし――」

「ちょっと待てや、待て」


 と、るかちゃんがわたしの言葉を遮り、手を前に出している。


「え、何何何?」


 わたしは座り、下半身を温かいこたつの中に入れる。


「何でそんなことしてんの?」

「え?……いや、あのだから、学校に¨火災報知器のボタン¨があるじゃないですか?」

「あるな」

「『それを火災以外で押したら絶対にダメ!』って先生に教わるでしょう?」

「教わるな」

「ですが、『押すな』と言われたら押したくなりますよね?」

「……なるけど……で?」

「ですから、さなちゃんと話し合って、『登録と高評価しないでください!』にしたんですが、そうしたら逆にしたくなる心理が働くじゃないですか?」

「働かねぇよ。逆なんだよ。あんたの指示に視聴者は従ってるんだよ」

「何でわたしの言う通りにしてるんですかぁー! 視聴者さーん!」

「うるさいわ。それやめろ」


 わたしはスマホに向かって叫ぶ。

 けれど、るかちゃんにそう言われ静かにする。


「ええけぇはよ、『チャンネル登録と高評価、お願いします!』って変更しようや? もえちゃん、さな……」


 えまちゃんは、眉を八の字にしてそう言う。


「あ、二〇二四年になった」


 と、さなちゃんは呟く。

 テレビでは、除夜の鐘が鳴る場面を映している。

 ゴーンゴーンと、鳴り響いている。

 女性のアナウンサーが、笑顔で新年のあいさつを言う。


 前世ではテレビはこんなに薄くなかった。

 スマートフォンなんて便利なものは無くて、ガラケーだった。

 けれど平成から令和になっても日本の年明けは変わらないことに安心する。


――わたしは、スマホをこたつの上に置くと笑顔で、


「あけましておめでとうございます!」

「あけましておめでとう」


 と、さなちゃんはクールに。


「あけましておめでとう!」


 と、えまちゃんは優しく。


「あけおめ」


 と、るかちゃんはぼそっと言うと、


「そんなことより早く修正したら? 年越して早々にすることじゃないけどさ」

「うん。今からするし、ツブヤイターでもフォロワーさんに伝えるね」


 さなちゃんはスマホを駆使して、修正作業に入る。

 まずはテレビの音をミュートにする。


 わたしの声を録音する。

 そのデータをさなちゃんが動画編集ソフトで読み込み、字幕を書く。

 投稿した動画の編集で、登録者数が増えない原因をカットする。


――その作業が終わると、


「うん。出来た。今からツブヤイターで言うね」


 さなちゃんはチャンネル登録と、高評価を呼びかける投稿をする。

 新年のあいさつも兼ねて。


「……更新……更新……わぁ……! すごいです! 三百人になりました!」

「早いなおい、早すぎるわ。でも良いじゃん良いじゃん。さなのフォロワーさんに感謝だわ」


 と、るかちゃんは笑顔だ。

 わたしも笑顔で、スマホをかかげる。


「初日の出まで起きて、一万人超えるか見たいです。あの、このまま起き続けますか?」

「ごめん、もえちゃん。私は寝ないとダメだから今から寝るよ」


 と、さなちゃんは片手を縦にして言う。


「あぁ、良いですよ。それではわたしと寝るので狭いですが、ベッドで」

「ベッドありがとう、おやすみ」


 さなちゃんは横になる。

 羽毛布団をかけると、障子窓の方へ寝転ぶ。

 彼女の後頭部だけが見えるようになる。


「おやすみなさい」


 と、わたし。


「おやすみ」


 と、るかちゃんとえまちゃん。


「では、どうしますか? 落ちゲーを音無しでプレイします? 漫画でも読みます?」


 わたしは、年越しそばを食べ終えると、ゲーム機のコントローラーを持つ。


「ほいじゃあうちは、ゲームにするわ」


 えまちゃんはコントローラーを取る。


「あたしは漫画で」


 るかちゃんは、本棚の方へ移動する。


 落ち物パズルゲーム¨『ぶよぶよ』¨を無音で、えまちゃんとプレイして遊ぶことにする。

 これなら、さなちゃんの睡眠を妨げることもない。


「もえちゃんの一番好きな漫画ってどれなの?」と、るかちゃんは尋ねる。

「わたし、アニメの方が好きなんですよね」

「こんなに集めているのにか?」

「はい。わたし、アニメから入って原作を読むタイプなので。そこにあるのはすべてアニメ化した漫画ですね」

「いるよなあんたみたいなやつ。あたしは映像化したやつより先に原作を読むタイプだけどさ」

「るか、そこの一巻と九巻が逆になって並んどるけぇ、綺麗に並べといて」

「えまもこういう時は几帳面だよな」

「るかの本棚も一緒よ。上巻の次に中巻じゃのうて下巻が来とったら綺麗に並べたくなるわ」


 るかちゃんは本当に一人でこの間、読んでいた漫画の続きをじっくりと読み進めることに決めたようだ。


「――今、言うのも何だけどさ」


 るかちゃんは本棚の前に立ち、室内をじろりと見渡すと、


「もえちゃんの部屋、和室ってダサいよね」


 そう言われて、わたしは顔を赤くし、静かに怒りを露わにする。

 ゲームをメニュー画面にして、一時停止させる。


「わ、和室で、何が悪いんですか?」

「いや、悪くはないけどさ。何かオタクの部屋って和室が多いなってイメージでさ。よく言うじゃん。¨和室界隈¨って」


 わたしは畳の床、畳の上に敷いたじゅうたん、暖かいこたつ、障子窓。

 ふすま、押し入れ、床の間、長押なげし、木製の学習机をぐるりと見ると、


「だ、だから何ですか? 和室は日本伝統のインテリアなんですよ? もしかして洋室至上主義の¨変態¨さんですか?」

「変態じゃないわ。いやせっかくさ、そんなかっこいいエレキベースがあるのに、それが和室に置かれてるとダサくなるなって」


 彼女はスタンドに立てられた、灰色のベースを指さす。

 わたしは立ち上がると、


「ちなみにるかちゃんは、趣味が自作小説とのことですが?」

「え? あぁ、趣味で書いてんだ」

「へぇー、それで¨先生¨は」

「先生って言うな恥ずかしい」

「どんなお話を書いたんですか?」

「えー、そうだな。異世界転生ものだな」

「あらら、ベタですねー」

「ベタだけどな。それを逆手に取ってな」

「ほぉ」

「主人公は男性トラック運転手なんだが」

「ほぉ」

「ある日、男の子を轢いて殺してしまうんだな」

「だけど主人公は地獄ではなく、天使のミスで異世界に転生されて」

「同じく転生した被害者の子の復讐に怯えて放浪するんだ」

「そこで未亡人と出会って恋に落ちるんだ」

「しかしある日、未亡人が経営する宿で強盗殺人が起きて」

「主人公は未亡人を守るためにもう一度、人殺しをしてしまうんだ」

「そんでラストは被害者と再会してバトル」

「主人公は負けて、強盗殺人の賞金をだな」

「その賞金でもう一度、宿屋を経営してくださいって未亡人に渡して地獄に落ちるんだ」

「バッドエンドだけど、主人公は己の罪と恋に戸惑うって話だな」

「面白くないですね」

「はっきり言うな。どの辺が?」

「まずチート要素が無いですし、雰囲気が暗いですし、恋愛が成就できませんし」

「いやだからね、異世界転生という流行りを逆手に取った話なんだよ」

「ちなみにそれは読めますか?」

「いや、ネットに投稿したけど削除した。プロットは頭の中に残ってるけどデータも残してない」

「別のお話を聞かせてくれませんか?」

「え? そうだな。これはハイファンタジーなんだけど」

「ほぉ」

「水の魔法使いの女主人公とな」

「治癒の魔法使いの女幼馴染が旅をするんだ」

「そこで二人は森でハープを弾く女エルフを出会って」

「女エルフの村が古代から敵対してる、ダークエルフたちに占拠されて二人は助けるんだ」

「女エルフは伝説の三つの試練を受けることして」

「試練に合格したら小型ハープの弦が増えて、ドラゴンを呼べる資格を得るんだ」

「それでいざドラゴンを呼ぶんだけど、男女のダークエルフの支配魔法でな」

「女エルフが支配されるんだけど、ドラゴンの咆哮でモブエルフたちの支配が解けてな」

「モブエルフがダークエルフを短刀で刺し殺そうとすんだけど」

「女ダークエルフが、男ダークエルフを庇ってモブエルフに刺殺されるんだ」

「それで男ダークエルフは絶望して死の魔法を周囲に撒くんだ」

「それによって森や水、大地が死んでいって男ダークエルフが死んだ女とな」

「『水と大地を殺したからお前らは残り僅かな食料を奪い合って殺し合え』って」

「そう言いながら逃げるんだな」

「女主人公たちは考えて、前に聞いたエルフの伝説を思い出すんだ」

「それはピンク色の雨を降らせて、死に絶えた大地を生き返らせた伝説だった」

「そして三人でドラゴンの背に乗るんだ」

「それで最終的にはドラゴンの魔法でピンク色の雨が降って、水と大地が蘇るんだ」

「死んだ女ダークエルフも生き返ってハッピーエンドってわけだ」

「これはどう思う?」

「面白くないですね」

「……あぁそう。それは何で?」

「まずチート要素が無いですし――」

「チートチートってうるさいな。逆手に取ってんだよ」

「ちなみにそれは読めますか?」

「いや、それも削除した」

「ちょっとー! 消してばっかじゃないですかー!」

「いいだろ別に! 受けが悪かったんだから!」

「二人とも……! 静かにしんさいや……!」


 えまちゃんに叱られると、わたしとるかちゃんは閉口する。

 寝ているさなちゃんの方を見ると、依然としてこちらに背中を向けたままだ。

 彼女の言う通り、自作小説のことで声を荒げるのはもうやめる。


――一時間後、登録者数を確認すると、四百人を超えている。

 これに対してわたしとえまちゃんは静かに喜ぶ。


 さらに数時間後、四百五十六人になったところで完全にストップする。

 何度も更新しても数字は増えない。


「増えないですね……」


 わたしは頬を膨らませる。


「さすがに今、五時だし、初詣に行く人や寝てる人が多いからよ」


 と、るかちゃんは言う。


「増えていくのが楽しかったけど、そがいに焦らずに待てばええよ」


 と、えまちゃんも言う。


「……そうですか。ところで」

「ん?」


 と、二人は言う。


「……ふわぁ……眠くないですか?」


 わたしはあくびをする。


「……そうなると思ったわ」


 と、るかちゃんとえまちゃんは間を置いて鼻で笑う。


「ごめん、リタイアです……おやすみなさい……」


 と、わたしは、さなちゃんの隣で寝る。


「おやすみ」


 と、二人は返す。


 るかちゃんは、漫画を読み続けることにする。

 それに付き合うかのようにえまちゃんが、棚から漫画を取り、こたつに戻る。


 まるで老夫婦のように初日の出を待つ二人を見ながらわたしは。

 まぶたが自然と閉じていくのを待つ。

 それは一瞬の出来事で、寝た瞬間を憶えていない。


 ちなみに初夢は、今は亡き祖父が笑顔で出てきた。

 わたしの顔面にパイ投げされる夢だった。

 美味しかった。

最後までご覧いただき、

ありがとうございました

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