第30話:あたし(るか)の過去&えまと共に結婚式の余興でバンド演奏
※宇品るか視点
宇品るか。
かつての名字は何だっただろうか、忘れてしまった。
それでも今の名字は、あたしは気に入っている。
あたしは夢を見て、過去の自分になっている。
離婚届、顔を忘れた父親の背中、埃を被った黒いアップライトピアノ。
仕事が忙しくてあまり会わない母親。
それは中学一年生の頃で、あたしは料理が出来ない。
だから、母親がご飯を作れなくて代わりにお金をテーブルに置いて仕事に行った日。
インスタントラーメンや近所のお好み焼きばかり食べていた。
今、思えば誰かに助けを求めていた方が良かった。
母親も再婚したら良いし、その方が人生が楽だ。
――だけど、誰かの世話になるのが嫌な親子だった。
そんなある日、東広島に居る¨いとこ¨が、広島市内中心部に引っ越すことになった。
えまの母親と父親があたしたちに同情して、
『広島市内に転勤になったんだ。だから一緒にご飯食べよう』
と、電話してきた。
あたしの家の近くに住むことになった。
それ以来、まるで大家族みたいに食卓を囲んでごちそうしていただいた。
「るか! 起きんさーい!」
と、えまの声がする。
フライ返しでフライパンを叩く音。
いつもこの音と声で目が覚める。
「何でアラーム設定してんのに三十分、早く起こすんだよ」
と、あたしは上体を起こし、羽毛布団をどかす。
「社会人になったら、『十分前行動』とか言われるんじゃけぇ、今のうちに慣れんにゃーいけんよ!」
「だったら何で十分前に起こしに来ないんだよ」
「お父さんの会社では、『三十分前行動』じゃけぇよ!」
「知らんわ。あんたのお父さんが勤めてる会社のルールなんて」
えまはカーテンを開け、朝日を顔に浴びる。
あたしは非常に眩しくて目元に手をやる。
えまと一緒に自室を出て、階段を下りる。
洗顔と歯磨き、髪の手入れ。
化粧は朝食後にしっかりとするのがあたしのルーティンだ。
「おはようございます」
えまの両親にあいさつする。
彼らはいつも笑顔で返してくれる。
母親にもあいさつすると、彼女は笑顔で返してくれて支度を再開する。
「ほら、食べんさい!」
「いただきます」
あたしは手を合わせる。
えまの作った朝食から、白い湯気が立ち昇っている。
あたしはまずは味噌汁からいただいた。
「……ふわぁ~……」
と、えまはあくびをして、
「……もう限界じゃ。起こしてねー」
えまはソファでまた寝る。
クッションを枕代わりにして。
いつもの光景だ。
えまは毎朝、五時に起きている。
自分たち家族とあたしらの朝食と弁当を作ってくれる。
それは心から感謝してるけど、礼を言う前に疲れて寝てしまうから、
《次こそは言おう》
と、思うが、化粧をしはじめたら忘れてしまう。
これはきっと遺伝だと思う。
忘れっぽいのがあたしの彼女の共通点。
――だから、いつかは言わないといけない。
「えま」
「……んー……」
化粧を終えたら、えまを起こす。
彼女は、また猫のように大きなあくびをしている。
あたしらは制服で良いらしいので、えまの父親が運転する車に乗る。
結婚式が行われるホテルへ向かう。
「えま」
「……んー……」
「えま」
「……んー……」
「えま」
「……んー……カープ!――」
「……は?」
彼女の寝言にあたしは、眉間にしわを寄せる。
いや、寝言というよりもはや¨歌っている¨。
著作権の関係で書けないが、『それ行けカープ』の歌を。
「カープ!」
「もう歌ってるじゃん」
「カープ!」
「ちょっと」
あたしは彼女の肩を強く揺する。
「……へぇー……豆腐にお醤油をかけたら、こがいに濃厚で美味しいんじゃね……」
「当たり前だろ」
後部座席でも、よだれを垂らして寝ている彼女をようやく起こす。
紫色のハンカチでよだれを拭いてあげ、シートベルトを外すと扉を開ける。
ホテル内部へ入り、結婚式場の丸いテーブルの前に座る。
あたしらの親戚の新婦さんは、新郎さんと同棲している。
だから、今日はじめて会うのは入場したこの時だった。
二人とも真っ白な衣装で眩しい。
スピーカーから流れる音楽。
そのピアノのメロディに、あたしはつい耳を傾ける。
――開宴の辞、祝辞、乾杯、ケーキ入刀、お色直し、テーブルラウンド。
あたしはその光景に食い付けになる。
ついに余興の時間が近付くと、あたしはえまの方を見るが、
「……えぇ……ちょっと、えま!」
と、小声で彼女の肩を揺する。
「……んー、何なん?」
何てことだ。
彼女は椅子に座ったまま寝ていた。
それに首を痛めたようで、手で触れている。
痛みが走ると、彼女は眉間にしわを寄せる。
「『何なん』じゃねぇよ。何、寝てんだよ」
「……あぁ、ホンマじゃ。ねぇ、動画とか撮っとる?」
「あんたのお母さんが撮ってたから、終わったら見ときなさいよ」
「……あぁ、うん。あー……眠たいわぁ……」
まだそんなことを言うのであたしは、彼女が一発で目が覚めることを言う。
「何か、ずっとボケだったえまが、もえちゃんと出会ったのを境にツッコみに切り替わったよな」
「うちのこと、ずっとそがいな風に思うとったん!?」
と、彼女は身体をビクッとして、目を見開く。
顔をバラのように真っ赤にして、勢いよくこちらを見る。
「それで、もえちゃんが居ない時は、あたしと二人の時は、またボケに戻る。ずっと前から気になってたけどそれ何? わざとやってんの?」
「わざとじゃないし、戻りとうないよ!……えぇ……言われるまで全然、気付かんかった……。ボケ担当は、もえちゃんだけで十分なんよ!」
「それはそれで、ひどい言い草だな」
と、あたしは鼻で笑い、
「はいはい、そろそろ演奏すっぞ」
ようやくバンド演奏をする。
えまは愛用のドラムスティックをケースから取り出す。
ドラムセットに前に座り、軽く叩いて調整する。
あたしもしっかりと白いグランドピアノを座りながら弾く。
――そして、あたしはピアノを弾きながら歌う。
相変わらずへたくそなドラムのリズムを横で聞く。
いつになったら上手くなるんだろうか。
『お姉ちゃん、ご結婚おめでとう! お幸せに!』
と、えまはマイクで笑顔で言う。
あたしもぶっきらぼうに、幼少期によく遊んでくれたお姉さんをお祝いする。
新郎さんはとても嬉しそうで、涙目で人一倍、拍手をしていた。
新婦さんのお姉さんも涙を流し、目元をハンカチで拭いて笑っていた。
「るか、かっこよかったよ」
と、あたしの母親は急に褒めて来る。
それが何となく嫌なのでいつも否定する。
それでも本当はわかっているんだ。
顔も忘れた父親の分までこうして褒めてくれて。
たった一人の腹を痛めて産んだ娘を愛しているということを。
最後までご覧いただき、
ありがとうございました
※2025.8.23
当初、えまの寝言が「豆腐にワインをかけたら」でしたが、
夢とはいえ未成年なので問題があると判断し、醤油に変更。
るかが弾きながら歌うことにも変更しました。




