第27話:もえちゃんがコロナ感染して、学校にもバイトにも来ない
※比治山さな視点
「……もえちゃん、学校にこんねぇ」
と、えまは言う。
彼女は飲み物を両手に持ち、口に含むと軽く飲む。
まるで愛犬が脱走して早くまた会いたいと思う飼い主みたいに。
とても悲しい目をしている。
――一方、私(比治山さな)は、もえちゃんが、
《授業に遅れてでも、来るかもしれない》
と、思っていた。
なので、昼食時間になっても出席しない。
そのことを、さすがに危機感を感じる。
「既読もつかないし、陰性になってもか」
るかは紫色のスマートフォンを見て言う。
「バイトも休んでる。やはり文化祭で¨感染¨したんだろう」と、私は言う。
「ねぇ、もえちゃんちに今日、行かん? もう陰性じゃってゆっとったし、うちは作ったお菓子、持って行くけぇさぁ!」
「うん、そうしよう」
と、私もえまの提案に同意する。
「そうね、えまのお菓子、食べたら元気になるでしょ」
るかもそう言ったので放課後、私たちは路面電車に乗る。
もえちゃんの家に近い場所で下りる。
しばらく歩くとそこは、田んぼと畑という日本の田舎風景だ。
――徒歩で数分後、もえちゃんの祖母の家に辿り着く。
インターホンを押すと、彼女の祖母が出る。
家の中へ入れてくれる。
もえちゃんの部屋は一階の和室なので、ふすま越しから、
「もえちゃん、どしたん? 大丈夫? 入ってもええ?」
「えぇけぇ入りんさい」
えまがそう言ったが、彼女の祖母は催促する。
彼女の言う通りに私はする。
ノックもせずに静かにふすまを開く。
もえちゃんは、夕日が障子窓を通して、オレンジ色に染まる部屋に居る。
そして、ベッドの上で白いマスクをつけて仰向けになっている。
まるで死を迎えるのを覚悟した老人のような雰囲気が漂っている。
「もえちゃん? お菓子食べて元気だそう?」
えまは、ベッドのそばに座って言う。
「文化祭ライブでベースを上手く弾けなかったから落ち込んでる?」
私もそばに座って尋ねる。
「……違います」
貧弱な声で、もえちゃんはそう返事する。
「じゃあ何なの?」
るかは持ち前の明るい声で、冷静にそう尋ねる。
彼女は座らず、もえちゃんを見下ろしている。
学生かばんを肩にかけたまま、制服のポケットに両手を突っ込んでいる。
「……ご存知の通り、わたくし¨コロナ¨に感染しちゃいまして……ご、ごほんっ。げ、げほっ」
「うん、知っとるよ」
と、えまは言う。
辛そうな咳が室内に響く。
「……味がわからなくなったのでヤバいんです……」
「……あぁ」
「……あぁ」
と、えまと私も言う。
この三年間、散々聞いていたコロナの症状の内の一つだ。
それは食事が生きがいの彼女にとっては生き地獄だろう。
「はぁ、マジでなるんだ」
るかは心底どうでもよさそうな感じでそう言う。
そういう言い方をすると語弊があるが。
具体的に言うと同情の気持ちはある。
けれど、声にそれが出ないため冷たく感じる。
「……マジでなったんですよ。もうどうせ味がしないから、おかゆ生活ですし、三キロも痩せましたし、咳がひどくて眠れませんし……」
もえちゃんは突然、起き上がる。
スタンドに立てかけられた、灰色のベースの方へ。
まるでゾンビのように這って向かう。
彼女は手を伸ばすと、
「わたしはもうダメです……歌もベースも……バンドから脱退して――」
「いや、そんなことで脱退されたら、えまたちが困るでしょ」
るかは、彼女の言葉を遮ってツッコむ。
「もえちゃん、気持ちはわかるけどそれだけはやめて。あなたが居ないと私たちはダメなの」
と、私も懇願する。
彼女の右肩に手を置く。
すると、えまも学生かばんからあるものを取り出し、
「二人の言う通りよ。もえちゃん、お菓子持ってきたんじゃけど、味がわかるようになったら食べんちゃいね!」
「……いえ、今食べます。丁度、お菓子を満腹になるまで食べたい気分だったので……」
もえちゃんは、それを一つ手に取る。
口に運ぶと片目から涙が流れる。
そして咀嚼しながら、
「その後、おにぎりを何十個か――」
「せっかく痩せたのにやけ食いしたら、三キロ増えるぞ」
「まぁまぁ、るか……わかった。ちょっと台所、借りるね? うちが作るけぇ!」
と、えまは、るかの発言に手で制する。
彼女の祖母に許可を取り、台所で炊飯器を開ける。
石鹸で手を洗い、大皿に白米を盛る。
左手の手の平に塩を目分量で振る。
幾つかおにぎりを作り、もえちゃんのもとへ戻る。
「……あぁ、お母さんのとは違う味がする気が……」
「気のせいでしょ」と、るかは言う。
「いや……待ってこれ! 待ってこれ!」
「うるさっ、何だよ」
「味がわかります!」
「えぇー!? えかったねー!」
と、えまは笑顔でもえちゃんをハグする。
彼女の右手にはおにぎり、左手にはえまの手作りのお菓子。
交互に食べている。
「これがえまちゃんのおにぎりパワーですか!」
「おにぎりパワーって何だよ」
結構な量をえまが作ってくれたけれど、彼女はすべて食べ切る。
その味の感想を、るかがやはりツッコむ。
その後、もえちゃんは元気を取り戻す。
彼女の大好きだと言う、闘病中に見ていた動画。
文化祭ライブに関する長い語り、えまと私は、相槌を打って聞く。
一方でるかは、興味が無かったようで、紫色のスマホをずっといじっていた。
最後までご覧いただき、
ありがとうございました
※2024.8.21
今作はコロナが無い世界線で書いてましたが、
今回、感染したので主人公の心情に合うと思い、
書き直しました




