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第25話:文化祭ライブ1(大食い大会、演奏前の不安、3曲目『Burning Heart』(魔王魂))

 文化祭当日、校内はとても賑やかで、非日常的な雰囲気を放っている。

 秋風が木々の枝を、白いテントを、飾りを揺らしている。

 何より体育館の入り口に設置された看板。

『イベント・予定表』の上品で豪華な金色の装飾が、わたしたち学生を心躍らせる。


 ちなみに文化祭ライブは、軽音部以外でも有志のバンドは誰でもステージに立てる。

 有名バンドのカバーをしても良いし、オリジナルソングでも良い。

 ただし、後者を選択して黒歴史が増え、大人になってもフラッシュバックに苦しんでも自己責任だ。


 けれどもちろん、禁止事項はある。

 特定の誰かや企業や国を誹謗中傷した歌詞を歌う(抽象的でも当然アウト)


¨ステージパフォーマンス¨と言って、ジミ・ヘンドリックスみたいにギターを燃やす。

 ザ・フーのピート・タウンゼントみたいにギターアンプを破壊する。

 ミューズみたいにテレビ番組で、演奏を滅茶苦茶にあてふり、口パクしたりだなんて絶対にダメだ。


「そがいなことする人おらんわ」


 と、えまちゃんにツッコまれる。


「あ、可愛川かわいがわさんたちはライブに出るんだよね? それだったら機材運びとか音響の調整をするから、私たちにボサノヴァ喫茶は任せて」


 文化祭実行委員の女子にそう言われる。

 わたしたちはお礼を言って、体育館へ向かう。

 背中にギターとベースを背負いながら。


「そういえば、目標を考えてなかった」

「何のですか?」と、わたしはさなちゃんに尋ねる。

「バンドの」

「目標ははじめは小さめにして、段々と大きくすると継続しやすいって聞いたことあるけど」


 と、えまちゃんがふと思い出して言うと、


「じゃあ三年連続、文化祭ライブをするってことにしようか」


 階段を下りると、壁にも飾りがたくさんある。

 迷わないように各フロアに、どの教室でどんな出し物がしてあるか、張り紙もしてある。


 わたしたちは最初に演奏するので、リハーサルを行う。

 それが終わると、


「ここに置こうかな」


 わたしは、灰色のベースをスタンドに立てかける。

 一方、さなちゃんもギターアンプの前に赤いタルボを置く。


――数時間後、わたしたちは校内の外でテントを張っているダーツ屋。

 ボウリング屋、ホットドッグ屋を回って楽しんでいた。


『大食い大会に参加しませんかー?』


 と、マイクで女子が呼び掛けている。

 わたしは気になってどんな料理か見てみる。

 それは、大きなお皿に大量に盛られたおにぎりだった。


「参加したいです!」

「え?」


 と、さなちゃんはわたしの肩をつかむと、


「ちょっと、あと三十分後に演奏するんだよ? やめた方がいいって……」

「だってわたしの大好物のおにぎりなんですよ!」

「じゃったらうちが今度、作ってあげるけぇさぁ……」と、えまちゃんが言う。

「だってわたしの大好物のおにぎりなんですよ!」

「いやじゃけぇね? 今日の夜にでも作ってあげるけぇ……」

「だってわたしの大好――」

「聞いたわいやそれ! あんたぁ何回ゆうんね?」

「もえちゃん、競い合うのが嫌いなんでしょ?」と、さなちゃんも言う。

『参加しますかー?』

「はい、します!」

「ちょ!」


 わたしは彼女たちに向って手を合わせながら謝る。

 呼びかけていた女子の誘導に従い、席につく。

 その間もさなちゃんは、「戻って来い!」と言わんばかりに激しく手招きをしていた。


『それでは! よーいスタートです!』


 呼びかけていた女子のその言葉で戦いの火蓋が切られた。

 わたしの右側には相撲部の巨漢。

 左側にはいかにも大食い系のぽっちゃり女子だ。


 テーブルには水が入ったコップ、おしぼりがある。

 なのでとりあえず、両手を拭き、一個目を口に運ぶ。

 味は具が無い塩おにぎりだから、全部そうだろうと察する。


 数分後、わたしはしっかりと味わい、順調に食べ続ける。

 すると左側のぽっちゃり女子がなんとギブアップする。

 数えていた方の言葉を聞くと、彼女は二十八個を食べた。


 さらに数分後、右側の相撲部くんが食べるペースが落ちて来る。

 あと二口で終わるおにぎりを、じっと見つめて額に汗を垂らしている。

 わたしはまだまだ胃袋に余裕があり、大好物を食べ続ける。


『残り十秒です!……五秒です!……三、二、一……終了でーす!』


 ゴングの音が鳴り響き、大食い大会は幕を閉じる。

 さなちゃんたちの方を見て手を振ると、彼女はあきれ果てている。

 集計の係の方が、わたしと相撲部くんの食べた合計を、呼びかけた女子に伝える。


『えー、相撲部の山田くんは四十一個! 可愛川さんは五十九個です! 可愛川さんの圧倒的、勝利です! おめでとうございまーす!』


 わたしは学生たち、大人たち、子供たちから大拍手を浴びた。

 正直、《無料ただでおにぎりを食べたい》という気持ちで参加してしまった。


 なので、勝利した喜びも無ければ、五十九個を食べたという。

 こんな黒メガネ、黒髪、地味なオタク女が称賛されるという機会に恵まれるというのは。

 とても嬉しいけれど、まるでサイズの合わない服を着た時みたいな違和感があった。


『ありがとうございます。とても美味しかったです!』


 と、マイクを向けられてそう答える。

 優勝賞品は、アマゾネスギフト券三千円分だ。

《これで気になっていたベースの弦が買える》と思った。


「もう行くよ……もえちゃん」


 すっかり忘れていたけれど、演奏する時間が迫っていた。

 なのでそろそろ体育館へ戻る。

 さなちゃんに腕をつかまれ、足早に。


――体育館にはぞくぞくと観客が集まりはじめている。

 各部活の部員が慌ただしく準備をしていたり。

 文化祭実行委員の人たちもテキパキと作業している。


「……眠たい」


 と、わたしは呟く。

 これにさなちゃんとえまちゃんは、「えぇ!?」と少し叫んだ。

 俗に言うドカ食い気絶、血糖値スパイクだ。

 

「……ちょっと、座りながらで良いので五分だけ寝させてくれませんか?」

「……じゃあそこに」


 と、えまちゃんが言う。

 わたしは体育館の壁に背中を預け、両足を伸ばして座る。

 彼女たち二人も同じ態勢になる。


 わたしは両方のまぶたを閉じる。

 両耳に人々の話し声と歩く音がひたすら入る。


「ねぇ」

「え?」

「今年はやめにせん?」

「うん、そうしようか」


 わたしは驚いてまぶたを開ける。

 えまちゃんは舞台の上にある、さなちゃんの赤いタルボ。

 わたしの灰色のベースを眺めている。


「やっぱり、人前で演奏するのは嫌ですか?」

 

 と、わたしは尋ねる。


「……うん。何かね、クラスの子たちもうちらが夜風だって言い触らさんし、『特定なんてされんよ』ってゆってくれたんじゃけどね。ホンマは三人でいつものように練習したり、顔を隠して動画投稿しとる方が身の丈に合うわって思うんよ」


 彼女の声からとてつもない不安が感じ取れる。

 わたしたちを心から信頼し、仲良くしてくれるのはとても嬉しい。

 けれど、わたしはこう返したかった。


「でも本当は、えまちゃんは自分が叩くドラムの音を、たくさんの人に聞いてもらいたいですよね?」

「……それは」と、えまちゃんはうつむく。

「さなちゃんもあの中学の軽音部のすごい方々よりも、わたしなんかを選んだのは、わたしと友達になりたかったからですよね?」

「……うん」


 二人とも段々と顔が赤くなっている。

 それが抱きしめたくなるほどのかわいさだ。


 この時、えまちゃんが当たり前のように頭を撫でてくれる理由。

 さなちゃんがわたしを常に激励してくれる理由がわかった。

 花に水をあげるように相手に愛を与えられるほど優しいからだと悟る。


「わたしも軽音部員でライブをしていた、さなちゃんにずっと憧れていました。毎日、楽しいんです」

「……私もそうだよ」


 ここでようやく彼女は、わたしの目を見る。

 わたしたちはこれからプールの時よりも多い人たちの前で演奏をする。

 そう思うと心臓の鼓動が早くなり、息苦しくなる。


「でしたら間違いじゃないです。さなちゃんの選択は。来年でも良いです。最後の文化祭でも良いです」


 けれど抱きしめるなんて、わたしにはそんな勇気は無いので出来ない。

 わたしは力強く、それでいて優しく。

 笑顔で二人の肩に手を回すと、


「焦らず落ち着いて、その時にオリジナル曲をやりましょう。わたし、さなちゃんの神曲を魂込めて歌いながらベース弾きますから。えまちゃんも、ドラムのリズムにしっかりとついて行きますから」


 彼女たちもわたしの肩を触れてくれる。

 それが了承の合図だった。


 その後、体育館に戻ったことを、先ほどの文化祭実行委員の女子に伝える。

 薄暗い舞台袖から眩しい舞台へ、わたしたちはついに立った。


 演奏前、さなちゃんは三脚に赤いスマートフォンを装着している。

 動画を撮るようにしているので、その画面にはわたしたちがよく映っていることだろう。

 ちなみに動画は、通っている高校も顔もバレるので三人だけで共有する。

 観客にも文化祭実行委員が、無断で録音、録画しないようにお願いしている。


――わたしはベースアンプの上に、黒いメガネを置くと、


『こんにちはー、わたくし可愛川かわいがわとギターの比治山ひじやまとドラムの皆実みなみで』

『サーターアンダギーズです』と、えまちゃんが言う。

『どうか三時間、お付き合いください』

『いや、一曲だけじゃわ。単独ライブか』

『……えまさん、わたし失敗しちゃいました』

『え、どしたん?』

『バンド名をですね』

『うん』

『広島に』

『うん』

『関連するべきでした』

『いやほいじゃけぇゆうたじゃろーが。『ほんまに沖縄でええん?』って』

『ズンダモチーズにするべきでした』

『いや、ずんだ餅は東北のお菓子じゃわ』

『個人的には、ずんだ餅よりずんだ大福の方が好きというお話をしましょうか?』

『もうオチゆうとるじゃん』

『美味しいですよねー、ずんだ大福』

『うちは、食べたことないんじゃけど……』

『でも一番好きな食べ物は――』

『あのええ加減、歌ってもらえる?』

『……あぁ……歌えばいいんですね?』

『何じゃこいつ』


 と、えまちゃんが言うと観客の何名かが笑ってくれる。

 ふざけるのもここまでにして、わたしもベースの調整をする。

 音量バランスが揃うと、


『それでは聞いてください。魔王魂さんのカバーで『Burning Heart』』


 えまちゃんがドラムスティックでカウントする。

 さなちゃんがわたしをバンドに誘ってくれたあの日のように。

 赤いタルボで綺麗なイントロを弾く。


 わたしもベースを簡単アレンジしたものを弾く。

 しかし、緊張してミスが多い。

 弦を押さえる場所を間違えたり、リズムが一瞬、乱れたり。


 それでもわたしは、楽器の音に負けないように歌った。

 演奏後、わたしたちはお礼を言って、拍手を浴びながら素早く舞台から下りる。

 さなちゃんも自分のスマホを回収し、三脚を携える。

最後までご覧いただき、

ありがとうございました

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