第16話:受付バイトの呉さん&水着姿で演奏したくない
「いらっしゃいませー。学生三名でしたら、この料金で――」
「……呉さん、ここでもバイトしてるんですね……」
えまちゃんは苦笑いする。
受付の女性は、あの比治山楽器店で、わたしと一緒に働いてる先輩だ。
料金表を見せてくれたけれど、ぽかんとしている。
――えまちゃんは単刀直入に、
「今日はプールに入りに来たんじゃないんです。バンド演奏のことで、ご相談があるんですが」
「ただいま、担当の者が不在ですので代わりに私が伝えします。どうしましたか?」
「あの、さすがに上着とか着て、演奏しても良いでしょうか? 水着姿で演奏なんて嫌なんです」
「その場合、ファスナーがついたパーカーにしてください。お胸が見えるように下ろし――」
「やっぱり変態じゃないですか! やめようや! こんな所で初演奏するの!」
と、えまちゃんは叫ぶ。
呉さんは、ファスナーを下ろすジェスチャーをしていた。
「今のを聞いてさすがに私もおかしいと思いました。呉さん、我々のバンドだけでも、服を着て演奏させてくれませんか?」
さなちゃんはそう尋ねる。
「……そうですか。それでしたら違約金として百万円を請求しますが、よろしいですか?」
「いや、何で違約金が発生するんですか。まだ応募してないですし、その金額はおかしいでしょう」
えまちゃんは呉さんをツッコむ。
「……そうですか。それでしたら私は一体、どうやったら百万円まで貯金できるようになれますか?」
「いや、知りませんよ。百万円ぐらいは貯金できてた方が良いですよ? 将来が不安な世の中ですからね。それぐらいしか言えませんけど」
「……はぁ、わかりました。まるで私のお母さまみたいですね、あなたは」
「……いや急に逆切れされても……今の話の流れで何がわかったんです? 適当に答えてません?」
呉さんは、メモを取りながらうなずく。
えまちゃんは、受付の台に両腕を乗せると呉さんは、
「いえ、応募するグループが現段階で二組と少ない上に、その二組も『服を着て演奏したい』と、わがままをおっしゃるので、もうあなたたちも服を着て演奏していいですよ」
「……え、何ですか? ほんとにそれで良いんですか?」
「はい、いいですよ」
「……やったぁ! ゆってみるもんじゃね!」
えまちゃんは、ガッツポーズを取る。
「そもそも私が企画したのが採用されただけですからね。……はぁ……どうせ……こうなると思ってました」
「いや、犯人あんたかい」
呉さんは、まるで大切なものを失い、ガッカリするようにため息を吐く。
それをえまちゃんは、また厳しくツッコむ。
「……あはは。はぁー、えかったえかった」と、胸に手を置いて安堵する。
「良かったね」
と、さなちゃんが言ったので、わたしは笑顔で、
「はい。本当は水着姿で演奏する姿を拝みたかったんですが、他の二組も嫌でしたら仕方ないですよね。……ですから来年こそは……ナイトプールで――」
「ええ加減、諦めんさいや」
えまちゃんが、手を組むわたしの言葉を遮ってツッコむ。
呉さんは用紙を手渡す。
その用紙にメンバーのフルネーム、電話番号、バンド名。
曲名、演奏時間などを記入するように言われる。
わたしたちは言う通りに記入する。
――さなちゃんが提出すると呉さんは、
「それではこの度は応募していただき、まことにありがとうございます。バンド演奏をしてくださるグループはご利用料金は無料ですので当日、受付にそのことを告げて入場してください。……それから」
「それから?」と、えまちゃんは首を傾げる。
「くれぐれも、¨下着¨をお忘れないように当日はお越しください。水着を着たままお越しになって、お帰りの際にお着替えで気付くお客さまが多いですので」
「いや、小学生か。そんなことしませんよ」
「それでももしも、下着を忘れた際には、¨オムツ¨を一枚五千円で販売しているので、お困りの際はそちらをご利用ください」
「いや、高すぎますよ! 一枚五千円? しかもオムツ? 赤ちゃんじゃないんですから。ぼったくりやめて、普通の下着にしてくださいよ!」
えまちゃんはまたツッコむ。
呉さんは笑顔で、実際に白いオムツを見せて言っていた。
――何はともあれ、無事に応募することは出来た。
あとは今、コピーしてる曲が、演奏できるように専念するだけだ。
いつも通り、わたしたちはバイトとバンドの二足のわらじ。
自宅とあの地下で練習する日々を送る。
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