第13話:ベースの練習時間&エフェクター沼へようこそ
「徐々にベースが上手くなってきたね」
えまちゃんは、演奏し終えた後、わたしの方を見てそう言う。
相変わらず女子大生かと思うぐらい女子高生離れ。
でありながらも、身長はわたしよりも、メンバーの中で一番高くて美人でかわいい。
そう言われるととても嬉しい。
けれど、未だに弦を押さえる左手を見るクセが無くならない。
それでも弦の押さえ方を間違えたり、押さえてもしっかりと音が鳴らないミスはかなり減ったものだ。
なので自分の努力を自分自身で褒めても、罰は当たらない気がしてくる。
――わたしは、額の汗をタオルで拭く。
すると、えまちゃんがこう尋ねる。
「いつもうちら、週二日で三時間ぐらい練習しとるけど。もえちゃんは帰宅してから毎日、何時間、練習しょーるん?」
「え? えーとですね。家に帰ってぇ」
「うん」
「夕飯が出来て呼ばれるまで弾いてぇ」
「うん」
「夕飯を食べたあとも弾いてぇ」
「うん」
「いつも一番風呂なので、入浴後にまた弾いてぇ」
「……うん」
「ですから、えーと……」
「うん」
「わからないですね」
「いやわかるじゃろ。つまり寝るまで練習しとるんよ、あんたは」
「いえ、寝る時間がランダムなので正確な練習時間は……」
「いや正確さは求めてないんよ。じゃけぇ、練習熱心で上達するのも納得の集中力なんよ」
と、えまちゃんは、ドラムスティックを持ったまま背伸びをすると、
「んー……うちは家事の手伝いとかもあるけぇ、ホンマはずっとドラム練習したいんじゃけど、もえちゃんみたいによう出来んわ」
「ちょっとそれが最近の悩みでして、新聞配達屋さんがやって来るバイクの音で、『あ、やべっ。もう外明るいわ』って気付いて――」
「いや大丈夫? ちゃんと寝れとる?」
「大丈夫です。授業中に寝てるので」
「いや大丈夫じゃないわいや。ちゃんと寝んさい。今度のテストでえらいことなるよ」
えまちゃんは手を前に出し、困惑の表情をする。
わたしは話している内にまぶたが重たくなってくると、
「……まぁまぁ、もえちゃんは一生懸命、努力しとるけぇね。えらいわホンマ、ええ子ええ子」
「……へ、ぬへへ……」
「いや笑い方」
えまちゃんはドラムから離れる。
わたしに近付き、頭を撫でてくれる。
とても柔らかい手の感触と、優しいぬくもりを感じる。
思わずわたしは汚い笑い声を出してしまい、彼女が手を撫でるのをやめる。
「さなもえらいわホンマに。頭なでてあげるけぇ、こっち来んちゃい」
と、彼女は手招きをする。
「それよりも、私の考えたギターソロを聞いて。どう?」
するとさなちゃんは、赤いタルボで素晴らしいギターソロを聞かせてくれる。
弾き終えた涼しい顔も相まってさらにクールだ。
「うんうん、ええね、ええね。さなはホンマにギター上手じゃねぇ」
「……えまちゃん、ありがとうございます! 癒されました……わたしもなでなでしますね」
「あはは、ありがとー」
えまちゃんは、まぶたを閉じながら笑顔で答える。
彼女の髪はとてもしっとりとしていて、お花の香りのような良い匂いがする。
思わず吸い過ぎてドン引きされていると、
「……うーん、こっちの音の方が良いかな」
さなちゃんがしゃがんで、機械みたいなものをいじっている。
するとまた立ち上がり、ギターの音が変化したので驚く。
わたしは、えまちゃんから離れるとその機械の近くでしゃがんで、
「さなちゃん、これって何なんですか?」
「¨エフェクター¨。これは¨マルチエフェクター¨だけどね」
「えふぇくたー? まるち?」
「簡単に言うとこれでギターの音を色々変えられるんだよ」
彼女はマルチエフェクターと呼ばれる、その機械のペダルを踏んでみると、
「これがリバーブ」
彼女がギターを弾く。
まるでカラオケのマイクのようにエコーがかかっている。
「おぉー……!」と、わたしは目を輝かせる。
「これがフランジャー」
また彼女は踏んで弾く。
まるでジェット機が飛んでいるような音になる。
「おぉー……!」
「これがディレイ」
またまた踏んで弾く。
まるで山彦のように音が綺麗に響く。
「おぉー……!」
「これが三味線」
「……三味線?」
と、えまちゃんは言う。
「おぉー……! えっっっど……!」
「いや、『えっっっど』って」
と、えまちゃんは苦笑いしながら呟く。
「これがピアノ」
さなちゃんは、聞いたことあるクラシック音楽を奏でる。
確かエリック・サティの『ジムノペディ』だ。
「おぉー……! それ聴いたことあります!」
「これがバンジョー」
「あっ、なかしま牧場みたいじゃわ」
「あぁ、なかしま牧場ですよね」
わたしは、えまちゃんの方を見てそう言う。
「あれってホンマ頭に残るわぁ」
「残りますよね」
「うんうん」
「……」
「……」
「ちなみに、なかしま牧場って何ですか?」
「いや知らんのんかい」
えまちゃんがそう言うと、さなちゃんは音を消す。
広島のローカルCMの曲に似ているとのことだ。
さなちゃんはロックなギターの音に切り替え、軽く弾き終えると、
「まぁさっきのは¨ギターシンセ¨だから。もえちゃんも音作りに興味持ったら、まずはコンパクトエフェクターを一個買ってみると良いよ」
「……エフェクター……《足元で何やってんだろ?》ってずっと謎だったんですが、こうやって音色を変えてたんですね! さなちゃん、今から買いに行きましょう! ちょっと付き合ってください!」
「ようこそ、エフェクター沼へ。使ってないやつあるから、試しに比較しよう。今から持ってくるね」
手を合わせてお願いするわたしに、優しい彼女は赤タルボをスタンドに立てる。
防音扉を開け、自室へ取りに向かう。
これにえまちゃんは、鼻から深いため息を吐いて呆れていた。
わたしは見事、エフェクターの魅力にも憑りつかれた。
さなちゃんに貰ったベースシンセサイザーのエフェクター。
バイトの給料ではじめて購入したものなど。
自分の理想とするジャズのようなウッドベースの音と共に、わたしたちの曲調に合う低音の音作りに熱中した。
最後までご覧いただき、
ありがとうございました
2024.5.5
エフェクター沼を追加しました




