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あなたの愛した聖女は……  作者: 奏千歌
ユーリア *胸糞注意
3/17

3 王太子と聖女

「ミハイルって、とても魅力的な人ね」


 治療を終えたヴェロニカさんの言葉が、私の胸にチクリと刺さった。


「学院に通い始めた時は不安でいっぱいで、その気持ちを紛らわせるために中庭で歌っていたの。それを偶然聞いたミハイルが、私を褒めてくれてね。初めて会った時は平民の男性の中には、あんなに上品な方はいないからとても驚いたの」


 ヴェロニカさんは、ニッコリと笑いかけてくる。


「あ、でも心配しないでね。自分のことはちゃんと弁えているつもりだから。私、聖女だと認めてもらえて、たくさんの支援をいただいて感謝しているの。義父となった方にもよくしてもらえて。だから、これからたくさんの人のためになるような事をしていきたいの。それで、まずは貴女に元気になってもらえたらって」


 その言葉には、何の悪意も含まれていない。


「貴女のおかげ」


「え?」


 無意識のうちに俯きかけていて、再び顔を上げてヴェロニカさんを見た。


「私、教えてもらったの。ミハイルが助かったのは、貴女が身を挺して守ったおかげだって」


 六年前のあの日のことだ。


 何故か、国王陛下と当時11歳だったミハイル様は、辺境伯爵家の屋敷に滞在していた。


 観光目的で遊びに来ていた他に、何か大きな理由があったはずだけど、霞がかかったように思い出せない。


 ただ、国境の向こう側で何かが起きて、騎士団もたくさん国境沿いに待機していて、神殿騎士団まで集まってて、その神殿騎士団を見に行くために、ミハイル様がこっそりと屋敷を抜け出して……


 それでそれを止めようとした私と、結局、国境沿いまで行ってしまって、そこで強い光を見たと思ったら、その次の瞬間には大きな爆発が起こって、悪しき魔力の塊である瘴気が噴出して、咄嗟にミハイル様を押し倒した私がそれを全身に浴びることになって。


 その先の事も記憶が曖昧なのだけど、私の治療をするためには神殿に連れて行く必要があって、すぐさま王都まで運ばれて、その後はずっとお城で過ごすことになった。


 家族とも離れなければならなくて寂しかったけど、王都に来た直後は命があるだけマシな状態だったんだ。


 今思えば、騎士団や神殿騎士団が動いている状況下でうちの屋敷に遊びに来ていたのもおかしな状況だけど、今の今までそんな風に記憶していたから疑問にも思わなかった。


 何か、違和感を覚える。


 何か大切な事を忘れている。


「それじゃあ、また二日後に来るね」


 考え込んでしまっていたから、一瞬だけ目の前のヴェロニカさんの存在を忘れていた。


「あ、ありがとうございました。またよろしくお願いします」


 ヴェロニカさんは、悠然とした微笑みを私に向けてくる。


 それはどこまでも人間離れした美しいもので、同時に、畏怖の念も感じていた。






 体調が良くなっているおかげで行動範囲が部屋の外まで広がると、ティータイムを薔薇園で過ごさないかとミハイル様に誘われた。


 それはおよそ六年ぶりのことだ。


 だからとても楽しみで、ミハイル様が誘ってくださったことでも、とても浮かれていた。


「ユーリアが元気になってくれてよかった」


 ミハイル様は本当に喜んでくださっていた。


 綺麗に咲き誇る薔薇に囲まれて、たくさんのお菓子が用意されて、お茶を美味しいと思えるのも久しぶりのことだったのに、私の気持ちは密かに沈んでいた。


 二人で過ごせると思い込んでいた自分を笑いたい。


 私とミハイル様との間に、もう一人、ヴェロニカさんが座っていたからだ。


 彼女は、何の邪気も含まない微笑みを浮かべて私のことを見ていた。


 側から見れば、私の回復を喜んでくれているようにしか見えない。


 当たり前のようにこの場にいるヴェロニカさんに、何も言うことなんかできない。


「ヴェロニカも君のことをとても心配していて、最優先に治療にあたってくれていたんだ。何日か学院を休ませてしまったけど、こうしてユーリアが元気な顔を見せてくれていることが私は嬉しい」


「……ご心配をおかけしました。ヴェロニカさんもありがとうございます」


「いいの。ミハイルの頼みだもの」


 また胸が締め付けられたように感じられたのは、病のせいではない。


 ミハイル様とヴェロニカさんが、お互いを見て微笑みあっている。


 二人が私の回復を喜んでくれているのは嘘ではない。


 でも、次の言葉でミハイル様から何を言われるのか、私はずっと怯えていなければならなかった。


 それだけこの場にいる二人は、私に仲睦まじい様子を見せ続けていたのだから。


 おそらく無意識だったのだと思う。


 あからさまに触れ合ったりなどはもちろんしていないのだけど、ふとした時のお互いの視線で、誰がどのように想っているのか知ることができた。


 だからこの場では、私は仮面をかぶってずっと微笑みを絶やさなかった。


 この場の空気を壊さないためにも。








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