17 悪夢は終わる
処刑場でヴェロニカさんが斬首されてから、ルニース王国内では不気味な現象が起きていた。
国民が同じ悪夢に悩まされ、集団ヒステリーのような状態になっていた。
聖女の呪いだと誰かが言い、それはさらに人々に不安を与えた。
帝国にいた私も、同様の症状に見舞われていた。
悪夢によって眠れなくなり、大学に通うことができなくなって、日中もベッドから起き上がれずにいた。
「ユーリアさん、具合はどうですか?」
急激に弱っていった私の元を、キャルム様が心配して何度も訪れてくださった。
この時になって、詳細を教えてもらった。
ルニース王国内で起こった凄惨な出来事を。
ヴェロニカさんは、父親が誰かもわからない子供を産んだそうで、乱心したミハイル様は、自らの手で御自分の両親を滅多刺しにして殺し、さらに聖女を処刑した後にミハイル様も自決したことにより、国が呪われているという噂はさらに信憑性をもって、国中に広がっていった。
ミハイル様の死を、私は受け入れることができなかった。
どうしてこんな事になってしまったのか。
ヴェロニカさんは、本当にミハイル様を裏切っていたのか。
どうして。
彼を愛していたのではなかったのか。
耐え難いことは、私の精神を蝕み、夢なのか現実なのか判別出来なくなった頃、いつの間にか悪夢の真ん中に取り残されてしまっていた。
暗闇の中、お父様の怒鳴り声が響いた。
お父様が何かに憤っていたのは確かなのに、何を言ったのかは言葉として認識できない。
それから、何度も繰り返す光景。
目の前で幼い女の子が殺された瞬間に、強烈な光が瞬いた。
その女の子を剣で突き刺さした人物は、私の姿をしていた。
私のこの腕が、何度も何度も小さな女の子の体を剣で突き刺し続ける。
やめてと、何度も何度も叫んだのに、その夢を見続けていた。
私はそんな残酷なことなんかできない。
だから、これは夢なのだと理解していても、苦しくてたまらなかった。
手の中に、現実ではあり得ない人体を刺す感触が生々しく残る。
これはきっと、ヴェロニカさんが体験した記憶の一部で、これだけ恐ろしいと記憶するほどに誰かに殺されそうになって、もしかしたら大切な誰かを殺されたのかもしれない。
孤児院で保護される前に、彼女と彼女の家族はこんな風に誰かに襲われて……
あれだけ一緒に過ごした時間があったのに、どうして私に話してくれなかったのか。
やはり、私たちは、友人となれる関係ではなかったのか。
ヴェロニカさんの悲しみを知っていれば、彼女にもっともっと寄り添ってあげることができたかもしれないのに。
ごめんなさい
ごめんなさい
許して
夢の中で、自らの手で傷つけた女の子に何度も謝る。
ヴェロニカさんは、きっと誰かのことを恨んでいて、そんな境遇に陥れたルニース王国自体を恨んでいたんだ。
ヴェロニカさんの深い絶望が、彼女を苦しめて。
それに、ミハイル様は道連れにされて……
私に、何もできなかったことが悔しい。
知っていれば、ヴェロニカさんを救うことに手を尽くしたのに。
たとえ自分が無力だとしても。
「ユーリア!!」
キャルム様の声で、目を開いた。
それが、私の目覚めの瞬間だった。
目覚めて、ボロボロと泣いていたことに気付いて、汗もびっしょりとかいていて、でも、そんな私をキャルム様は抱き起こすと、しっかりと抱きしめてくれていた。
「貴女が、うなされていて、このまま目を覚さなかったどうすればいいのかと」
私を抱きしめるキャルム様の腕は震えて、同じように声も震えていた。
漠然と、あれはヴェロニカさんが最後に私達に訴えかけた悪夢なのだと、感じていた。
でも、どんな夢を見ていたのか、目が覚めた私は、夢の内容を何も覚えていなかった。
私達の悪夢に終わりをもたらしてくれたのは、レナート王子だったそうだ。
王都での被害は悪夢だけではなかったと聞いた。
聖女の呪いに引き寄せられるように一体の魔物が王都に入り込み、建物を次々と破壊していった。
建物の被害だけでなく犠牲者も出てしまい、竜に乗ったレナート王子が王都上空に現れると、暴れる魔物を始末し、光のブレスによって呪いの浄化を施していた。
人々の悪夢は取り払われ、それは、壁画に描かれた神話の一節のような光景だったという。
王族が次々と非業の死を遂げ、国王は、最終的になるべき者がなった。
王冠は、正統な後継者に渡った。
だけど、これでは、ミハイル様が報われない。
そして、悲しみはまだ続きがあった。
私が悪夢にうなされていた頃、ライネ領では、お母様も倒れて、そしてもともと体調を崩されて体力が無かったお母様は、そのまま帰らぬ人となった。
私はもう、お母様に二度と会えない。
最期の時を看取ってあげることができなかった。
大切な家族との永遠の別れ。
そんな底の見えない悲しみに襲われても、己を見失うことがなかったのは、キャルム様の励ましがあったからだった。
混乱を鎮めたレナート王子は、新たな国王となって国を統治した。
若き新王を、お父様は支えた。
そして故郷、ルニース王国は、末永く安泰の道を辿ることになる。
レナート王は、歴史に名を残す賢王となっていた。
彼が、ミハイル様が追放したヴェロニカさんの子供を引き取り、後継者として育てたのは驚きだった。
公式な発表として、先祖返りのためにこのような容姿で生まれただけだと宣言した。
間違いなく、兄ミハイルと、聖女ヴェロニカの子供だと。
何のためにあの二人は死ななければならなかったのか。
ミハイル様の歪んだ嫉妬故だったのか。
どこで何がすれ違ってしまったのか。
これ以上、何も知ることができない私は、胸が締め付けられる思いだった。
「彼は、選ぶ女性を間違えてしまったのです。貴女を裏切らなければ、真の幸せを得られたかもしれないのに」
キャルム様の言葉が心に刺さる。
それは誰にも分からない、あったかもしれない未来だけど、少なくとも私の方からミハイル様を裏切ることがないのは確かなことだった。
残された私は、私の道を歩いて行くしかない。
「行きましょうか。ユーリアさん」
「はい。キャルム様」
悪夢から目覚めた一年後。
私とキャルム様は結婚式を挙げていた。
キャルム様の元婚約者の方のご実家が、帝国での私の後ろ盾となってくださって、この日を迎えることができた。
式にはお父様は参列できなかったけど、お兄様が帝国まで来てくださった。
苦い初恋は心の奥底にしまい、今は、包み込まれるような温かい想いが心を満たしている。
ミハイル様とヴェロニカさんの分まで私が幸せになってもいいのかはわからない。
キャルム様と共に歩んで行く先に、もう二度とあのような悲劇が起きなければいいと願っていた。
これで完結となります。
読んでいただきありがとうございました。




