13 橋の崩落
「それでね、ミハイルったら心配性でね。あれこれアレコレ、私のために先回りして何でも準備しちゃうの。少しは私に任せてくれてもいいと思わない?」
目の前に座るヴェロニカさんは、頬を膨らませている。
相変わらず仕草が愛らしくて、少しだけ年上のヴェロニカさんの事を微笑ましいと思ってしまう。
もう何度目になるかわからないこのお茶会は、ヴェロニカさんと約束した二年前から、おおよそ二ヶ月に一度の頻度で行われている。
その時々によってお店は変わるけど、今日は領地内のカフェで過ごしていた。
ヴェロニカさんは、私を部屋のバルコニーまで迎えに来てくれると、家族に知られることなく連れ出してくれる。
出かけている間はお昼寝中ということにしてあるので、今のところバレた事はない。
ヴェロニカさんの護衛騎士は、少し離れた場所から見守っているそうで、秘密のお出かけはちょっとだけワクワクした。
従姉妹のライサ以外で親しい女友達がいないから、ヴェロニカさんと同じで、ただの一人の女性として誰にも気兼ねなく町で過ごすのはとても楽しいことだった。
「ヴェロニカさんが愛されている証なので、多少の心配は仕方のないことですよ」
「そうなのだけど、これで子供ができたら、きっともっともっと心配しちゃうでしょ?」
パクリとケーキを頬張るヴェロニカさんは、不満を口にしながらも幸せそうだった。
お二人の幸せを心から喜べている自分がいる。
「そうですね。でも、とても楽しみなことですね」
結婚から二年が過ぎようとしていて、そろそろお世継ぎをとの声は多く聞こえているはずだ。
幸せな結婚だからこそ、周囲からのプレッシャーもあることだろう。
私の方は未だに結婚の予定は無いから、ヴェロニカさんの苦労はなかなかわかってあげられない。
多分、縁談の一つや二つはお父様のところにきているのだろうけど、私の耳に入ってこないあたり、かなりの年上だったり、再婚や再再婚などの、少々難があるものなのだと思う。
ふと、部屋の机の上に置かれたままの腕時計を思い出した。
今も時を刻み続けている時計を身に付けることは一度もなかったけど、常に目に付く所には置かれている。
「ユーリアさんは、恋をしているのね」
「へ?」
思ってもいなかったことをヴェロニカさんから言われて、思わず変なところから声が出た。
「誰かを想っている顔をしていたわ」
「え、いえ、そんなことは」
「本当は、ミハイルに聞いていたの。帝国のキャルム皇子から、ユーリアさんが求婚されているって」
「それは違います!」
思わず大きな声を出していた。
私の声に驚いたのか、ヴェロニカさんはぱちくりと、目を大きく見開いて瞬きを繰り返していた。
「ご、ごめんなさい……大きな声を出して……」
「ううん。いいの。私もちょっと配慮が足りなかったのね」
気を悪くした様子の無いヴェロニカさんは、ニコリと笑いかけてくる。
「皇子殿下は、亡くなられた婚約者さんのことが本当に大切だったから、私によくしてくださっただけで、そこに恋愛感情などは……」
「それはそうね。王族貴族が恋愛して結婚するのは稀よね。って、私が言っちゃいけないかしら。キャルム皇子は、間に森を挟んでいるとはいえ、国境を領地とするライネ家との縁を大切にしたかったのね」
無邪気な口調で話す言葉が、胸にチクリと刺さる。
「えっと……求婚とかはされたわけではなくて……」
「そうなの?でも、そっかぁ……ユーリアさんは皇子には興味が無いのね」
「はい。今は家族と過ごせることが一番の幸せですから」
「なるほどね。その気持ち、とってもわかるわ。あ、そろそろ時間ね。今日もとっても楽しかった。ありがとう、ユーリアさん」
「はい。私も楽しい時間を過ごさせてもらいました」
ヴェロニカさんと席を立つと、会計を済ませてお店を出る。
「ユーリアさんの今の幸せが知れてよかったわ。またね」
「はい」
いつものように、ヴェロニカさんに部屋のバルコニーまで送ってもらうと、そこでお別れとなった。
楽しかったと思える時間の終わりが少し残念に思えたところで、私の手を別れ際にぎゅっと握ったヴェロニカさんを見て気付いたことがあった。
どこか遠くを見つめているヴェロニカさんの目が笑っていないことに、最後の最後になって気付いて、お城に向けて飛び立つ背中を疑問に思って見送りながらも、最後に覚えた奇妙な違和感をすぐに忘れてしまったのには理由があった。
ヴェロニカさんとのお茶会を終えた数日後。
すぐ隣の領地で、悲惨な大事故が起きた。
ライネ領の国境とは反対側の領地でのことで、とても重要な大きな橋が崩落したのだ。
その事故の影響は、二つの領地を分断しているだけでなく、崩落時の被害も甚大なものだった。
ちょうど、婚礼を終えた貴族の一団が上を通過している最中に起きて、花嫁と花婿、付き添いの者、見学に訪れた民衆が犠牲になった。
花嫁の親は、元神殿騎士で、今は引退して地方の教会の管理を手伝っていたそうで、目の前で唯一の家族、最愛の娘が崩落に巻き込まれて瓦礫の下敷きになり、神々を呪う言葉を吐き続けていたとか。
人々に与えたその衝撃はかなりのもの。
悲しいことだけでは終わらず、ライネ領への影響も大きかった。
ライネ領は孤立してしまって、お父様がその対応に追われていて、でも、それまではまだ、隣の領地のことだと、どこか他人事だった。
事故から数日が経った頃、青い顔をしたお兄様が部屋を訪れると、すぐにお父様の執務室に一緒に来るようにと言われた。
私も事故のことが気になっていたので、部屋に入るなりお父様に問いかけていた。
「お父様、事故の後始末は目処が立ったのですか?」
家族の誰もがお父様の疲労が心配のはずなのに、この場にお母様はいなかった。
最近お母様は体調を崩すことが多く、部屋で過ごされてばかりいる。
だから、余計にお父様が心配になった。
ゆっくりと顔を上げたお父様は、お兄様と同じように顔色が悪かった。
「ユーリア……お前に嫌疑がかけられている」
「えっ?」
何を言われたのかわからずに、何の反応もできないでいた。
「先日、レイク領近くの町で、誰と何をしていた」
「レイク領近くの町……」
レイク領とは崩落事故が起きた領地で、すぐにヴェロニカさんの顔が浮かんだ。
言うべきか迷ったけど、今は隠し事ができない状況のようだと判断して、お父様にそのことを話した。
「お父様達には黙っていたことですが、ヴェロニカさんとお店でお茶を飲んでいました」
「聖女と!?いや、だが、聖女ヴェロニカは、体調を崩しており、ここ最近は自室から一歩も外に出ていないそうだ。だから橋の崩落時にも支援に来ることができなかったそうだ」
「えっ!?いえ、それは、魔法で、だから」
私が慌てて説明を付け足そうとしたところで、お父様の言葉にさらに驚かされることになった。
「お前が見知らぬ男と二人でいるところを写真に撮られているらしい。レイク領の橋の崩落は、お前が謀ったとされている」
「まさか!私ではありません!私には、そんなことをする理由がありません!それに、外で男の人と会ったことなどありません!」
「わかっている!だが、疑いはお前に向けられている。結婚を望めないお前が他人の幸せを妬んで謀った事だと……デタラメだ!!腹立たしい!!」
お父様の怒鳴り声を、呆然と聞いていた。
どうして、誰との写真を撮られたのか。
男の人といたなどと、そんな事実も記憶も全くない。
「橋が復旧するまで猶予がある。お前は部屋から出てはならない。お前を連れて行かせはしない。いざとなったら帝国に亡命させる。ヴィクトル、ユーリアを頼む。私はこれからの対策を考える」
「わかった。行こう、ユーリア。お前は大丈夫だ。俺たちがついてる」
お兄様に支えられて、ふらつきながらも部屋を出た。
どうして私ばかりと……頭が考えることに疲れてしまっていた。
ライネ領は、不幸中の幸いなのか、橋の崩落によって他領と分断されている。
でも、橋が通行可能になると、私を捕らえるために人が来る。
その前に帝国にいかなければならないのか……
部屋に戻って一人でいたら、嫌なこと、怖いことばかりが頭をよぎっていった。
私が捕らえられたらどうなるのか。
家族は、領地は大丈夫なのか。
私一人で帝国に亡命などできるのか。
大きな不安を抱えて一夜を過ごすと思われたけど、事態がさらに急展開したのはこの日の夜だった。
コンコンと、窓ガラスを叩く音がした。
窓の向こうに暗闇に浮かぶヴェロニカさんの姿が見えて、心臓が飛び出すかと思った。
「ヴェロニカさん、体調が悪いって……」
外は寒いだろうと、慌てて窓を開けて中に入ってもらった。
ひんやりとした外気と共に、ヴェロニカさんが入ってくるなり私に飛びついてきた。
「それは私が妊娠してるからで、ごめんなさい、ユーリアさん、私、こんなことになるだなんて」
え、まって、ご懐妊中の身でここに来たの?
そう言えば、抱きつかれてわかったけど、ヴェロニカさんのお腹はかなり大きく突き出ている。
服のせいなのか、全く気付かなかった。
「大丈夫なのですか!?」
心配をよそに、ヴェロニカさんは泣きそうな顔で私を見た。
「私、ちゃんと言ったの。ユーリアさんといたのは私って。でも、ミハイル以外は信じてくれなくて」
私を捕えたくてあの国王主体で動いているのなら、ヴェロニカさんや王太子殿下がいくら訴えてくれたところで聞き入れられるはずがない。
目的は、難癖をつけて、私を人質にしたいのだろうから……
「お父様は、帝国に私を行かせる気ですが、間に合うか……それに、長旅の体力に自信ががなくて」
「帝国に行きたいのね?それなら私に任せて。私の可愛い魔法使いが貴女を守るわ。レナート王子が、短時間で人を輸送する手段を持っているの。だから、大丈夫。王都からここまですぐに来られるし、貴女は無事に帝国へ行けるわ」
「えっと、レナート王子は信用できるのですか?」
会ったことがない第二王子のことを信頼できるのか、ヴェロニカさんの以前からの懸念もあるから……
「大丈夫。レナートはミハイルと仲良くしてて、私も敵対するよりは仲良しの方がいいって思ったの。それに私の妹がちゃんと監視してくれるわ。ミハイルもそうしなさいって」
他に方法がないのなら、王太子殿下とヴェロニカさんの厚意に甘えるのもいいかと思っていた。
何よりも信頼できるミハイル王太子殿下がそう仰るのならと……
「貴女のことは、私の妹が守るから」
「はい。でも、まずは家族と相談させてください」
「いいわ。大切なことだものね。話が決まったら、明後日の早朝にレナートをここに向かわせるわ。そのようにミハイルにも伝えるから。また明日の夜に来るからそれまでに話を決めておいて」
ヴェロニカさんはそれだけ言うと、夜空に飛び立っていった。
妊娠中の女性がこんな寒い夜空を行き来して、それも私のために。
心苦しくなると共に、家族以外の味方がいることが頼もしく思えていた。
私が家族にヴェロニカさんから提案されたことを話すと、意外にも両親、特に父と兄は大いに賛成していた。
こうして急遽、私の帝国行きは、私の気持ちの整理を待つ間も無く決定することとなった。




