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7 冒険者の男と新種魔物

 翌日、クシェルは朝日と共に駐在所に乗り込んで、奥の調理場を自分仕様に整えた。


「――火魔石のコンロに、水魔石の貯水槽まである。食料保存庫の氷魔石もばっちりだし、さすが、公的な施設は違いますねぇ」

「魔石の無駄遣いはしないよう。それと、魔石や備品を盗んで売りさばく行為も禁ずる」

「しませんってば……魔女はコソ泥なんかではありませんよ」


 世の人々は暮らしの中で魔石類を便利に使っているが、庶民が使う分はわずかばかりだ。高身分層の貴族や金持ちなんかは、魔石を仕込んだ魔導具をじゃんじゃん使っているけれど、一般の人々はちょろっと使う程度である。


 薪への着火のために火魔石粉を使ったり、遠路を移動する間の飲み水として、水魔石を備えたり。――その程度だ。


 こういうしっかりとした道具類がそろっている調理場は初めてで、クシェルはつい、目を輝かせてしまった。


 シャルアスに監視されながら、あれこれと調理場をいじっていく。自宅やギタ婆の店に置かせてもらっていた荷物などを移して、カスタマイズ完了だ。


 そのまま朝食を作って、昨夜と同じように二人で食べた。


 シャルアスはまだ警吏服に着替えておらず、シャツにズボン姿というラフな格好をしている。


 彼は二階に部屋を借りているらしく、三階は物置になっているとか。小さな駐在所なので、住み込んでいるのは彼一人のよう。


 


 そうして少々の食休みを取り、諸々の朝の支度を終えたところで、時計の針は九の時を指し示した。駐在所を開ける時間だ。


 シャルアスが玄関扉の鍵を開けた。――と、その直後に、待っていましたとばかりに一人の男が入ってきた。


 日焼けをした肌に、金色の短髪。顔には傷があり、腰に剣を下げている。立派な体格を晒すように、胸元を大きく開けたシャツを着ているこの男は――格好から察するに、冒険者だ。


 冒険者の男はソワソワとした落ち着かない様子で、奥に入ってきた。


「警吏のねぐらなんざ、初めて入ったぜ……。おい、ちょっと話があるんだけどよ」

「まずは名乗ったらどうだ。それから武器の類は玄関で外して、脇の棚に置け」

「……名はザムだ」


 ザムと名乗った男は苦々しい顔をして、剣帯を外して棚に置いた。ソファーにドカリと座り、シャルアスも向かいに座る。


 ついでにクシェルも奥からヒョイと顔を出して、声をかけた。


「あらまぁ。冒険者が警吏に相談事とは、珍しいこともあったものですね。春の街に雪が降ってしまいそう」

「うるせぇな! って、お前、ギタ婆が抱えてる魔女か。てめぇこそなんでこんなとこにいるんだよ。……ギルドで何か言いふらしたら、ただじゃおかねぇからな!」


 冒険者ギルドに出入りをしている人々と、警吏は、基本的に水と油のような関係だ。冒険者にははみ出し者が多いので、生真面目な警吏との相性は最悪である。


 そんな相容れない関係だというのに、訪ねてくるとは……一体何があったのだろう。クシェルの好奇心がムズムズとうずいた。


 魔女は心に抗えない。気になってしまったので、そのまま会話に耳を傾けることにする。


 ザムはクシェルを睨みつけながらも、話を始めた。


「一人、しょっ引いてもらいたい奴がいるんだ。いけ好かねぇ男がいてよ」

「私怨の相談は受理できない」

「まぁ、聞けって! 奴は詐欺男なんだよ! ギルドを通さずに直接顧客とやり取りしてる奴だから、誰にチクればいいのかもわからねぇ。……だから、その……ちっとばかし、警吏の力を貸してくれや」


 詐欺という言葉を聞いて、シャルアスは姿勢を正した。書類を取り出して、ペンと共にザムへと差し出す。


 ザムは指示された通りに書類にペンを走らせながら、事情を話し始めた。


「俺は魔物ハンターをやっててな。珍しい魔物を狩って、コレクターに売って金を得てる。得意先の金持ちがいて、抱えられてたんだけどよ……最近、契約を切られちまったんだ。他に、新種をどんどん捕まえてくる、良いハンターが見つかったから、つって」


 クシェルはまたヒョイと顔を出して、ペラッと所感を口にする。


「単純に商売敵に負けただけじゃないですか」

「本っ当に、魔女は黙ってられねぇ生き物だな! 新種がどんどん出てくる、っつーのが、まずおかしいんだよ! 秘境を旅するでもなく、奴はそのへんを狩場にしてるのに……! 何か細工をして、新種っぽい見てくれの魔物を作り出しているに違いねぇ」

「偽装してるってことですか?」


 たまに、ただの獣の皮を魔物の皮だと偽ったり、そのへんの石ころを魔石のように加工したり――という細工品をギルドに流す冒険者がいるが、これは違法である。


 余所に比べて法の縛りのゆるいギルドだが、一応、決まり事はあるのだ。――が、ギルドを通さない個人間のやり取りとなると、顧客が気付いて詐欺を訴えない限り、まかり通ってしまう。


 得意先の客を取られたザムにとっては、黙ってはいられない事態だろう。詐欺を明らかにしてやりたいと思うのは、まぁ、わかる。


 シャルアスは考えるように腕を組み、ザムへと問いかける。


「お前の元得意先には、詐欺を知らせたのか?」

「あぁ、言ってやったさ! 新種の魔物でもなんでもない、ただの作り物だろう、ってな! でも聞いちゃもらえねぇ。コレクターの貴族野郎め、すっかり浮かれちまって、新種だと信じ切ってやがる」

「その偽装魔物、そんなに素敵なんですか? ちょっと見てみたいですね」


 金持ちを大いに浮かれさせて、詐欺を疑う気持ちすら跳ねのけてしまうような、素敵な魔物。――どんなモノなのか、気になる。


 ザムは話を聞いてもらって勢いづいたのか、胸を張って立ち上がった。


「おう! 見せてやろうじゃんか! 実は一体ちょろまか――……手に入れて、家に置いてあるんだ! 警吏の野郎もついてこい、現物を見てくれや」


 シャルアスは静かに立ち上がり、ザムの後に続いた。現物を確認しに行くようだ。


 もちろん、クシェルも後に続く。が、玄関先でシャルアスに睨まれた。


「メイドまでついてくる必要はない」

「これも解呪のためですよ。ワクワクを共有することによって仲間意識が生まれて、いずれ恋心へと変わるかと」


 コソリと言うと、彼は素っ気なく吐き捨てた。


「ワクワクしているのはお前だけだ。ついてくるな」

「ちょっとだけならいいでしょう? 魔女は心に抗えない生き物なんです。魔物、見たい! 見たーい!」

「……まとわりつくな。鬱陶しい……」


 シャルアスのマントにグルグルと絡まってやると、彼は諦めたように歩き出した。


 ザムは警吏に絡みついている魔女を見て、『本当に命知らずだな、魔女って生き物は』と、ぞんざいな独り言をこぼしていた。




 このシアラトアの街は西側が海に面している。ザムの家は海にほど近い、崖上の眺めの良い場所にあった。


 一階は倉庫になっていて、魔物ハンターらしく狩りの道具やら魔物素材やらが所狭しと置かれている。


 目を輝かせて見まわしていると、ザムが両腕で抱えるほどの大瓶を持ってきた。近くのテーブルにドンと置くと、彼はやれやれと説明をする。


「ほれ、これが新種の魔物とやらだ」

「わぁ~! ……って、これっぽちも素敵じゃないですね」

「禍々しい……」


 大瓶は保存液で満たされていて、中には大きな魚の魔物(仮)が入れられていた。


 ギョロッとした大きな目は異様に飛び出ていて、腹のあたりがボコボコと膨れている。口と尻からも何か出ているし……とてもじゃないが、コレクションする人の気が知れない代物だ。


「気味の悪い魔物を好むコレクターも多いんだよ。こいつはちょっと古いから萎びてるけど、狩りたてはもっとブクブクしてて、悪魔じみた見た目をしてるらしいぜ」


 クシェルは瓶に張り付くようにして眺めまわしていたが、シャルアスはさっさと話を進めた。


「その詐欺疑惑のある男とやらは、どこで魔物を狩っている」

「海だよ、海。あいつが売り込んでる新種は、全部海のモノだ。湾を出る手前の、岬あたりに船を浮かべているのを見た。ちょうどここからも見える」


 ザムが倉庫の窓を開け放つと海が一望できた。街が面しているのは遠浅の湾だ。


 水深の浅い場所には大型の魔物が出ないので、漁師たちは皆、陸に近い安全な場所に船を浮かべている。湾から出るあたりで水深が急激に深くなるらしく、それより先に船を進める者はいない。


 沖を走ることができる船は、王属の魔術師を乗せた商船のみだ。


 クシェルは指し示された海と、大瓶のグロテスクな新種魔物(仮)を見比べて、しばし考える。

 そうして思ったことを、ペラリと口にした。


「この新種魔物(仮)、道具と運があれば私でも捕まえられるかも。たぶん、似たような見てくれのものは捕れると思いますよ」

「なっ……魔物狩りをしたこともねぇ小娘が、適当言ってんじゃねぇぞ!? そんならやってみせろや! 船を出してやらぁ!」

「魚釣りの道具、あります? 貸してください」

「ほらよ! これとこれと、あとこんなのも」


 ノリと勢いで準備を始めたクシェルとザムをよそに、シャルアスは一人、帰り支度を始めていた。


「っておい! 何帰ろうとしてんだよ! せっかく三人分の道具出してやったのに」

「シャルアスさんも釣りしましょうよ、釣り」

「断る。海は好かん。俺はその詐欺ハンターとやらの身元を調べる」


 シャルアスはさっと踵を返してしまった。クシェルとザムはつまらなそうな顔をして、ヒソヒソと喋る。


「海釣り、絶対楽しいのに~。警吏様はノリが悪いですねぇ」

「なんせ機械人形だからな。あいつ、塩水で錆びちまうから避けてんじゃねぇか?」


 小声の会話だったが、シャルアスの耳に届いていたようで、ジロリと睨まれてしまった。


 倉庫の入り口で足を止めて、彼は言う。


「ザムよ、魔女といえど、そいつは娘だ。船上で不埒なことをしたらただではおかん。それから岬より沖へは出るなよ。馬鹿みたいにはしゃいで、船から落ちぬよう」


 生真面目に注意を寄越すと、シャルアスは踵を返して歩き出す。が、一歩足を出したところで、また振り向いた。


「魔物の気配を感じたらすぐに引き返せ。風と波の様子にも注意を払い、くれぐれも無茶なことをするな」


 追加の言葉を言い放ち、今度こそ歩いていった。が、一呼吸するうちに戻ってきて、彼は右手をこちらに向ける。


 中指にはめている警吏の指輪――風魔石の指輪(シルフリング)を起動させて、クシェルとザムに魔法をかけてきた。


 空気の塊が魔法によって固定化されて、二人の体に風魔法の浮き具が取り付けられる。ザムは両腕に小さく、そしてクシェルは腹回りに大きな輪っかの空気が付けられた。


 ポカンとする二人を置いて、今度こそシャルアスは場を後にした。


「……浮き具、俺にまで付けてくれた」

「……あの人、意外と心配性なんですかね」


 船出の支度を整えて、クシェルとザムは海へと向かった。


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