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金欠魔女クシェルは機械人形警吏様を魅了したい…!  作者: 天ノ瀬
悪夢の呪いと咎魔女クシェル
43/44

43 処刑と真の罪人

 パチリ、と、目が覚めた。

 今度は夢の中の目覚めではなく、正真正銘、眠りからの目覚めだ。


 薄暗い牢の中では、いまいち時刻がわからないが……恐らく朝を迎えたのだろう。体内時計が、そう告げている。


 クシェルは固いベッドの上で身を起こして、伸びをした。悪夢の中で母の亡骸と共に時を過ごしていたが、悪い目覚めではない。そこそこ、しっかりとした睡眠を取ることができた。


 眠気をすっかり払い落したところで看守が来た。鉄格子の中に手が伸びてきて、コップを渡される。


「……一応、お伺いしますが、今日の朝ご飯は……」

「この後、間もなく刑が執行される。水のみを口にすることが許されている。心得よ」


 大方察しはついていたが、やはり朝ご飯はないそうだ。


(まぁ、ご馳走ならともかく、最後にあのボソボソのパンを食べてもねぇ……)


 口と腹が少々寂しい気がするが、我慢することにしよう。


 コップに注がれている少量の水を飲み干したら、格子越しに手錠をかけられた。そうしてすぐに檻の扉が開かれる。


「時間だ。来い」

「……はい」


 二人の看守に前後を挟まれる形で、クシェルは牢屋を出た。


 暗い廊下を歩いて階段を上る。半地下の石牢から地上に出ると、朝の清澄な空気が身を包んだ。


 空はまだ朝焼けの赤みを残していて、赤と青が交ざり合った美しい色合いをしている。時刻は朝、五の時くらいだろうか。


 ぼんやりと空を眺めながら、拘禁施設の外廊下を歩いていくと、小広場にたどりついた。施設内に設けられた処刑場だ。


 正面奥に木組みの絞首台が鎮座していて、その程近くを囲うように、腰の高さの柵が立てられている。


 クシェルはここで、一人寂しく命を終えることになる――……と、覚悟していたのだが、思いがけず、柵の外側には人の影があった。


(ギタ婆に、マルコさんとウェインさん……)


 どこからか処刑を聞きつけたらしいギタ婆が来てくれたようだ。彼女の耳の早さには恐れ入る。


 警吏二人がいたのは意外だったが、まぁ、関わりがあった人たちなので、義理で駆けつけてくれたのかもしれない。


 ……もう一人、最後にチラとでも姿を見れたらいいなぁ、なんて思っていた人物の姿は見当たらなかった。


 諦めのため息を吐き、クシェルは歩を進める。小広場の端をぐるりとまわるようにして、絞首台へとたどり着いた。


 そこまで来てふと気が付いたが、台のすぐ側にある建物の中からも人の視線を感じる。他にも処刑の見物人がいるようだ。


 設けられている縦長の細い窓から、中にいる人物の姿がわずかに見えた。ウェーブの赤毛と、白い髭――。恐らく、キャメロンとヴォドルトだろう。


(身を隠して、特別席からご鑑賞とは……臆病者共め)


 きっと死に際の魔女の、悪あがきの呪いを恐れているのだろう。


 獄中でボソボソのパン暮らしをさせられたせいで、クシェルにはもう人を呪う元気すらない……魔女を恐れず、堂々と正面から見物したらよいものを。


 そんなことを考えていると、看守が背中をグイと押した。


「立ち止まるな。上がれ」

「はい……」


 つんのめるようにして絞首台の階段を上り始める。台の高さはそれなりだ。大人の身長程度の高さがある。

 ギシ、ギシ、と、一歩を踏み出すごとに軋んだ音が鳴った。


 次第に音の間隔が空いてくる。中段辺りから、足が上手く上がらなくなってきた。


 ――この、足の動きの悪さは……胸にせり上がってきた恐怖心によるものだ。


 絞首台に足をかけた、今、この時になって、ようやく現実感が湧いてきて、怖さに体が動かなくなってきてしまった――……。


(……おばあちゃんも、お母さんもサラッと死んだのだから……死ぬことなんて、何てことないのだろう……って、思っていたけど…………)


 全然、まったく、そんなことはなかったのだと、今知った。あたり前のように、怖くてブルブルと体が震えるではないか――。

 

 祖母と母は笑って死んでいったが……死の際の(まこと)を理解してしまった。きっと彼女たちも大いに死を恐れたことだろう。


 魔女は心に抗えないというのに、迫る恐怖に怯える素振りを見せなかったのは、きっと愛する子供のためだったに違いない。


 死への恐怖心よりも、『子を恐れさせたくない』という気持ちが勝ったから、その心に従って、祖母も母も虚勢を張ったのだ。


 今、はっきりと理解した。

 母ロレッサの、あの亡骸の笑みは、クシェルへ贈った最後の愛情だったのだろう――……。


 クシェルは一歩一歩、震える足を動かして絞首台に上っていく。


 自分にも愛する子がいたならば、この震えも多少は押し込められたのだろうか。……あいにく、子をもうけるに至らない人生だったので、虚勢も張れずに、どうしようもないほどに震え切っている。


 階段を上り切り、木組みの台の上に立つと、待機していた処刑執行人が手錠を引いた。そうして絞首台の中央――四角い枠が描かれているところに立たされる。


 この部分の床が抜けて、括られた縄が首に食い込む仕掛けだ。理解すると同時に、クシェルの呼吸が大きく震えた。


 ――と、その時、台の下の方――見物人たちの方から声が上がった。しわがれた大声は、ギタ婆のものだ。


「お待ち! あたしはその小娘に大金を貸しているんだが、そいつが死んじまったら、貸してた金はどうしろってんだい!?」

「知ったことか、口を慎め」


 執行人がすかさず注意の声を飛ばした。が、ギタ婆は怯まずに続ける。


「せめて子を成す猶予くらいくれんかね! その小娘に子が生まれたなら、その子に借金を継ぐからさ……!」

「余計な口を叩くな。これ以上ふざけたことをぬかすならば、退場を願おう!」

「チッ……駄目か……」


 ギタ婆は大きな舌打ちを飛ばしていたが……執行人は無視を決め込み、処刑準備が再開された。頭上に下がっている縄の輪が、手繰り寄せられる。


 執行人は垂らされた縄の輪をクシェルの首にかけて締めた。凄まじい恐怖心が胸にせり上がり、ドクドクと心臓の音が大きく速くなっていく。


 目にはじわりと涙が溜まってきて、視界が揺らぎ始める。


 ――と、その時、また下の方から声が上がった。今度の声はマルコとウェインだ。


「ちょ~っと待ってくれ! 駐在所の食料保存庫のものはどうすりゃいいんだ!?」

「私物もたくさん置いてあるっすよね!? それとかどうすればいいんでしょう!?」


 二人は取ってつけたような困り顔をして、ソロソロとうかがうように言う。


「「ほんの少~しだけ、話し合う時間なんかをくれたりしませんかね~……」」


 そんな二人の声に答えたのは執行人ではなく、建物の内に隠れていたヴォドルトだった。扉を破る勢いで開け放ち、顔を出して大きな怒声を飛ばす。


「ええい! 痴れ者共は黙っとれ! 処刑人よ、何をもたもたしておる! 早く床を落とさぬか!!」

「は、はい……! 只今!」


 処刑人は慌てた様子でクシェルの縄を確認して、側を離れた。

 

 建物から顔を出したヴォドルトの背後には、キャメロンがくっ付いている。彼女の赤毛を視界の端でとらえた後、クシェルの目はいよいよ涙で満たされて、明瞭さを失った。


 処刑人は絞首台の端に立ち、床を落とす大きなレバーに両手をかける。


「…………はっ……あぁ……っ…………」


 とめどなく押し寄せてくる恐怖に、全身が震え切って上手く息ができない。ままならない呼吸で、のどからは言葉にならない音がこぼれ出た。


 胸は早鐘を打っていて、痛みを感じるほどに苦しい。目に涙の大水が溜まり、流れて、水の中にいるように視界がぼやぼやと揺れている。




 この心地はまるで、溺れているみたいだ――……。




 そう思った直後、ガコンという大きな音と共に床が抜けた。


 途端に浮遊感に襲われる。首に縄が食い込み、息が止まる――――……


「クシェル……ッ!!」


 ……――――直前に、大声と突風がクシェルのもとに届いた。


 首にかけられていた縄が、頭上でブツンと断たれる。強靭な魔法の風に乗って、矢のようにサーベルが飛んできたのだ。()ち込まれた刃先によって、太い縄は弾けるように裂けた。


 クシェルの体は抜けた床から絞首台の下へと落下し、ドシャリと石床の上に着地する。足に鈍い痛みが走ったが……そんなことよりも、息が続いていることの方に意識が向く。


 絶え絶えの息のままどうにか上体を起こして、絞首台を囲む柵の向こう側――遠く、小広場の入り口に目を向けた。


 そこには大きな馬に跨って、黒いマントをなびかせた男がいた。


「…………シャルアス……さん…………?」


 ハクハクとした、おぼつかない呼吸のままに、クシェルは名前を呟いた。



 シャルアスは一つ息を吐いた後、馬の歩を進めて、絞首台の方へと歩みきた。柵の前まで来て下馬し、馬の背にへばり付いていた男――エドモンドを引きずり下ろす。


 地面に転がして、場に凛とした大声を響かせた。


「南外れの集落における悪夢騒動は、魔女クシェル・ラモール・ド・ナイトメアの呪いではない! この男、エドモンド・ウィーパーがすべてを白状した! 彼女を陥れるために、罪を捏造する計略に加担したと!」


 言いながら、シャルアスは地面に伏しているエドモンドの背中を踏みつけた。エドモンドは呻きながらボソボソと言う。


「……っ……やれと命令されたんだ……。処刑までの、少しの間だからって……坑道の封印を解いて、集落に毒の風を流せって……。ぼ、僕は乗り気じゃなかったんだけど……金細工の装飾品を、色々ともらった手前……やるしかなくて……」


 シャルアスは場にいる面々に向かって――いや、その向こう側にいるヴォドルトの方を向いて、言い放つ。


「金品を与えてこの男を操っていた者こそが、(まこと)の罪人であろう! 民をそそのかして罪に手を染めさせ、集落の人々の暮らしを害し、さらに無実の娘を死に追いやろうとした大罪人をこそ、牢へと送り、絞首の刑に処すべきではないか! ――警吏隊の元隊長であらせられるヴォドルト様ならば、きっと俺と同じことを思われることでしょう! いかがか!」

「……ぐぬ……っ」


 シャルアスの睨みを受けて、ヴォドルトは顔を歪めた。


 しばし動きを止めた後、彼は杖をガツガツと打ち鳴らして歩き出し、連れていた警吏たちに低い声で命を出す。


「……エドモンド・ウィーパーを警吏基地に連行しろ。その後のこともワシが命ずる。早くしろっ」

「は、はい」


 取り巻きの警吏たちはエドモンドを囲み、荷のように引きずって連行する。処刑広場を歩き去ろうとするヴォドルトの後に続き、ぞろぞろと動き出した。


 彼らを横目で睨みつけながら、シャルアスは木柵を越えて絞首台へと歩を進める。――が、一歩を踏み出したところで、甲高い声に呼び止められた。


「……シャル……っ」


 キャメロンが駆け寄り、柵越しにシャルアスの腕を掴んで引き留める。彼女はオロオロとしながらも、切々とした面持ちで訴えてきた。


「シャル……! なぜ……なぜ魔女なんかを庇うのですか……!? あなた、きっと悪しき魅了の術をかけられているんだわ……! 正気に戻ってくださいませ! 元のあなたに戻って!! わたくしのシャルに戻ってよ……っ!!」

「お言葉ですが、元の俺とは何でしょう」


 シャルアスは無表情な顔を向け、淡々とした声を返した。


「心を揺らさず、人形のような顔をして、あらゆる物事に涼しい態度で対する機械のような姿か? あいにく、俺は元よりそういう人間ではありません。……溺れて泣きじゃくるような男だ。あなたも見ただろう。幼き頃、深い水の中に落とされて、大いに取り乱した俺の姿を」


 子供の頃、血の繋がらない三人の姉たちの嫌がらせ遊びを受けて、貯水池に落とされた。


 が、その場には他にもう一人、少女がいたのだ。溺水の死の縁で見た地獄のような光景は、忘れもしない――。


「俺は心のない機械ではない。悪魔のような三人の姉たちと、もう一人、見て見ぬふりをして逃げた四人目の悪魔を、未だ許せずにいる。キャメロン嬢、あなたのことだ。溺れてもがく俺に、あなたが吐いて寄越した言葉をよく覚えている。『泳げないなんて格好悪い。こんなのシャルじゃない』と、見限って、あなたは走り逃げたのだったな」

「そ、それは……だって、わたくしもまだ幼くて……っ、溺れてる人を前にして、こ、怖くて……だから……っ」

「昔話は仕舞いにしましょう。話を戻しますが、キャメロン嬢、」


 言い募るキャメロンの手を振り払い、シャルアスは冷たい睨みを返した。


「俺に対して、あなたがどういう気持ちを抱こうが勝手だが、俺の目には未だ、あなたの姿が悪魔として映っている。俺の心はあなたのもとにはなく、俺はあなたのものではない。それだけは心に留めおいていただきたい」

「…………っ……」


 言葉を終えると、シャルアスはキャメロンに背を向けて歩き出す。


 キャメロンは唇と指先をブルブルと震わせた後、弾かれたように踵を返して走り去った。涙の雫が散り、石床に落ちる。そのシミの跡だけを残して、ニルトニア一行は処刑広場から去っていった。


 ――と、柵のあたりでは、そんなやり取りが繰り広げられていたようだが……絞首台の下で、グズグズの視界でめしょめしょに泣きじゃくっていたクシェルには、さっぱりであった。


 シャルアスが歩み寄ってきたことで、ようやく意識がそちらに向く。彼はクシェルの真ん前に両膝をつき、肩に手を伸ばして、そっと触れてきた。


「遅くなってすまなかった。大丈夫か?」

「……大丈夫に見えます……?」


 手のあたたかさと、かけられた労わりの声に、クシェルの涙の量はぶわりと増してしまった。ボロボロと泣きながら、魔女らしく、言いたいことをペラペラと口にしてやる。


「……怖かったし、足痛いし、牢屋のパンはボソボソだし……もう……散々ですよ…………」


 文句を言いながら泣きじゃくっていると、シャルアスが身を寄せて、両腕を背中にまわしてきた。彼はクシェルの体を腕の中に収めて、強く抱きしめる。


 そうして背と頭を撫でながら、今まで聞いたことがないような優しい声を寄越した。


「よく耐えた。よく頑張った。よしよし、泣くだけ泣いていい。怖かったな。もう大丈夫だ。大丈夫――……」


 彼はクシェルが落ち着くまで、ずっと声をかけ続けて、抱擁のぬくもりを分け与えてくれた。


 そのあたたかな心地の中で、ふと思い出す。昔、溺れた子供を助けたことがあったけれど……自分も、その子に同じようなことをしたなぁ、と。同じような抱擁と、同じような言葉をかけてやったのだった。


 ぬくもりと、懐かしさを感じる不思議な心地を覚えながら、クシェルはシャルアスの胸に縋りついて、遠慮なくワンワンと大泣きをする。


 機械人形にこんな優しげな慰め機能が備わっていたなんて――。また一つ、新たな機能を発見してしまった。


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